寺院の者たちによれば、聖国で起きたクーデターは有力豪族たちによるものらしい。
周囲の国々が下克上しまくっているのを見て、じゃあおれたちも、とのことで……。
王家を滅ぼした後、今度はその豪族たち同士での殴り合いが始まったんだとか。
アホなのかな、というのが正直な感想である。
なんかね、聖教の中でも分派とかあってね、豪族たちはそっちの分派の方を信仰しているから寺院とも敵対しているらしくてね。
結果、しっちゃかめっちゃかな現状に至っているのだとか。
ただ、実際。
聖国の王族の中に逃げ延びた人もいる、という噂もあって。
どこかの寺院がそれを匿っていると、まことしやかに囁かれていて……。
豪族の方でも、寺院に対して「おまえら隠してねぇだろうなぁ、あぁん?」とやっているらしくて……。
そんな厳しい状況で、おれたちがやってきた、と。
かといっておれたちが聖国の争いに手を貸すのは、政治的にあまりにもマズすぎる。
そもそも、旅の目的はそんな世直し的なやつじゃないんで……。
できることなんて限られてくるわけで。
さて……どうしたものか。
※
翌日、琥珀の姫君は、『相棒』と、そして護衛役の
託宣について調査するためだ。
さて、おれの方はどうやって時間を潰すかなと考えていたところ……。
「少し見ていただきたいものがございます」
と老僧に連れられ、寺院の地下に案内された。
おれの護衛役は義姉上である。
すべての寺院が託宣を受けられるわけではないらしい。
この寺院を始めとしたいくつかの特別な寺院だけが、聖教における神々の託宣を聞くことができる場所であるとのことで……。
何故、そのような場所があるのか。
どういう理屈で、託宣の出る場所が決められているのか。
答えは薄々、理解していた。
実際にそれを目の当たりにして、やはり、という気持ちが強い。
はたして。
寺院の地下にあったのは、神民の遺跡であった。
以前、おれたちが落ちたような剥き出しの土に覆われた場所とは違う。
長年にわたってきちんと手入れされてきた、乳白色の金属製の壁に覆われた通路。
それが、下り坂となってずっと続いている。
通路全体が淡く白く輝いていて、遠くまで見渡せる。
その通路の先に、見たことのあるドーム状の空間があった。
天井までの高さは十メートルほどで、差し渡し二十メートルほどの広さだ。
かつて『相棒』の魂となる虹色のコア結晶をつくった、吸着装置。
あれを設置したのと同じような空間である。
魔素濃度はあの時ほど高くない。
それでも、通常の倍くらいの濃度があるだろうか。
その中央に、動かなくなった機工人形が山となって積まれていた。
いや……欠損が激しいはずなのに、その魂は抜けきっていない?
それは、この空間にあるが故なのか。
それとも別の理由があるのか。
機工人形たちは、もはや動くこともできない状態であった。
しかし死ぬこともできず、そこに放置されているのだった。
「信者の方々が、寄進としてこの寺院に持ってくるのですよ。我々としても持て余し、この場に……。しかし不思議と、この機械たちは、この場にいる限り生きながらえ続ける様子なのです」
老僧がおれに頭を下げる。
「神王国が誇る人形の司の星宿しとお聞きいたしました。どうか、あなたの手で、この者たちに新たな身体を与えていただけませんか」
「すべてを元通りにすることはできません。パーツ取りに使った機工人形の魂は消えるでしょう」
「それで結構です。彼らも、このまま朽ち果てるくらいなら同胞の役に立つことを望んでおりましょう」
「わかりました。出来る限りのことはします。……手先の器用な方がいましたら、手を貸していただけますか」
「もちろんです。よろしければ、若い者たちに基礎を仕込んでいただけますか」
おれはさっそく、若い僧たちの手を借りて作業に入った。
見込みのありそうな機工人形を母体として、無事なパーツを他から取って組み立てていく。
ずいぶん昔の機工人形が多く、パーツ同士の互換性もろくになかった。
おれの知らない、王国の手が入っていない機工人形もあった。
それでも、まあ、こっちだって専門家だ。
代用パーツを即興で組み立てていく。
こういった作業の得意な僧が手伝ってくれたこともあって、半日の間に三体の機工人形が完成した。
その三体には、寺院の護衛任務に就かせることとなった。
「他の勢力がこの地を狙っている、という情報がございました。戦力が増えるのは喜ばしいことです」
「王族を匿っていると疑われていると聞きました。……本当に匿っているんですか」
「いいえ。ですが、ここは七つある古寺院のひとつで、聖教発祥の地でもあります。この地を押さえることは、聖教において重要な意味を持つのです」
なんと、発祥の地とは。
おれたちも、よくもまあちょうどよく、そんな場所に来たもんだ。
で、この場所を示唆したのは
あいつめ、ピンポイントでここに来るように誘導したのか。
だとしても、それはきっと悪意があってのことではないのだろうが……。
「ここが宗教的な権威の頂点なんですか」
「いいえ、聖教でもっとも権威のある寺院は聖都にございます。もっとも、現在かの地がどうなっているのか、ろくに連絡も取れない我々には……」
ひどいことになっているらしい、というくらいしか情報がないんだよな、聖国の都である聖都については。
今回の旅のルート上からも大きく外れているしねえ……。
「この寺院の託宣は、毎日下るんですか」
「いいえ、これまでは年に一、二回でした。ですが、この国が大きな混乱に包まれてから、託宣の数が非常に増えております。最近は数日に一度となり、ついにここ三日は毎日……」
おれたちが近づくにつれ、託宣が増えた?
いや、それはさすがに考えすぎか。
でもなあ。
託宣でおれたちに関することが出たということと、
このふたつには、きっと繋がりがある。
つまり託宣を出している、彼らが神々と呼んでいる存在は、妖精と現在進行形で連絡を取り合えるということだ。
「この一年の託宣を、すべて見せて貰うことってできますか」
「そうするように、との託宣が出ております」
おれは作業の手を止め、若い僧が全力ダッシュで持ってきてくれた羊皮紙の束に目を通した。
うーん、託宣って言うとものものしいけど、聖国に動乱が起こる以前のものの大半は、わりと普通の予報だなあ。
たとえば「間もなく大雨が降るから注意を呼びかけなさい」とか。
あと「東方で魔物が増えるから避難を呼びかけ討伐しなさい」みたいなものもある。
で、聖国動乱直前に「古き邪悪な者たちが神殺しを目論見て動く、対応を」という趣旨の警句が出てくる。
ただこれだけじゃ、どうにも曖昧すぎて動けなかったところで……。
聖王家壊滅に至る事態が発生した、と。
その後は、門を閉じて最低限の者だけを寺院に入れなさいとか、蓄えを増やしなさいとか、時を待ちなさいとか……。
で、つい先日、おれたちが来る前日に、おれたちに関する託宣が出たわけだ。
なんだ、これ?
聖教の神々って気象衛星のことだったりするのか?
この世界をまわる気象観測衛星のAI、みたいなものが正体だとして……。
そいつが魔素濃度も観測していれば魔物が集まるとかも予測できるわけだが……。
うーん、反神民派の動きをある程度事前に察知していたのは、それとは別の機能だよな……。
そのあたり、ちょっといまの情報だけじゃよくわからない。
おれは礼を言って、羊皮紙の束を返却した。
機工人形の修復作業に戻りながら思考の海に沈む。
深く、深く潜って……。
気づくと深夜で、完成した機工人形たちが、じっとおれを見下ろしていた。
「やれやれ、だ」
ずっとそばにいてくれたらしい義姉上が、呆れた様子で声をかけてくる。
「手伝いの僧たちには、帰って貰ったよ」
「お手数をおかけしました、義姉上」
「それで、なにを気づいたんだね。聞きたくないが、いまこの場にはわたししかいない。教えたまえ」
「彼らの言う神々は、たぶんこのプロジェクトに命運を懸けてます。だったら全力で乗っかるしかないかな、と」
「いや待て、話が飛躍しすぎだ。もう少し段階を踏みたまえ」
慌てる義姉上。
ごめんなさい。
たしかに結論だけ告げても意味はないか。
「聖教の神々と妖精が裏で繋がっているのはご存じだと思いますが……」
「知らない。初耳」
あれ?
「もうちょっと話のランクを下げなさい。最初から説明を」
「……といっても、裏付けはないので、そういうものだと思っていただければ」
「これだから天才は」
おれは前世の知識ってアドバンテージがあるだけで、才能そのものはたいしたことないですよ。
とは言えないためそこはぐっと飲み込み、話を続ける。
「とにかくそういうわけですので、神々の託宣を通じておれたちは誘導されているわけです。とりあえず、この機工人形たちを修理するのもそうですね。あと託宣に、来訪者から修理のノウハウを教えて貰えって文言がありました。そもそもここに機工人形を集めたのも、ずっと昔の託宣にあったからだそうです」
「待て待て待て、聖教の神々は、我々が昨日、この地を訪れることを予見していたというのかい?」
「そこまではわかりません。高度に演算された未来予測は予言の魔法と区別がつかない、ってことなんですかねえ」
「きみが何を言っているのか、本当にさっぱりわからないんだが……」
「どっちみち、おれたちにとって都合がいいことなら、乗っかるべきでしょう」
義姉上はまだ納得がいかないという様子であったが、ひとまず「それはそうだね」とうなずいた。
「で、ただ流されるだけでいいのかい?」
「いまのところは。そもそも、聖教の神々がおれたちになにをさせようとしているのかも、未だ不明です」
妖精と完全に同じ利害関係を持っているというなら、話は単純なんだけどね。
そうじゃないなら……聖教の神々に対しての考察にも意味が出て来るというものである。
でもなあ、いくつか可能性は考えたけど、現段階でこれってものはないんだよなあ。
まず間違いなく、創神計画に関わるなにかで、中途半端に放り出されたモノだとは思うんだけど……。
「いまできるのは、若くて手先の器用な人たちに修理の基礎を叩きこんで、機工人形をひたすらに仕上げることくらいですねえ」
「それでいいなら、いいんだが」
今日一日で仕上げた機工人形は、全部で七体。
山と積まれていた欠損機は、まだまだたっぷりある。
「あと二日で、今日のぶんも合わせて合計二十体くらいですかね。目の前で修復しながら、若手にやり方を教えます。後は彼らに頑張って貰いましょう」
「その程度じゃ、この寺院の守り手としては、いささか心もとない気がするが」
「王族からすればそうでしょうが……。この寺院の僧兵たち、大半が騎士級ですから。追加戦力としては充分だと思いますよ」
本格的な軍が襲ってきたら無理だろう。
そもそも、この険しい山中に一軍を派遣するようなことになったら戦略的に負けだろうからなあ。
「なんとかなるとは思うんですよね」
「何故だい?」
「聖教の神々は、たぶんこの地下施設を守りたいんでしょう。これも、その一助になるからだと思います」
「機工人形の残骸しかない、この場所を?」
「さあ。でも……」
おれが入れたのは、このドームまでだ。
ドームの出入り口は、今朝、おれたちが入ってきたひとつだけ。
だが、かつておれたちが立ち入ったあの地下のドームは……いくつもの道が放射線状に伸びていた。
たぶん壁の一部が開閉する系の仕掛けがあるんだよな……。
あえて探さないけど。
この奥にある、本当に聖教の神々が守りたいものがなんであれ……。
おれがそこに立ち入るべきだと彼らが考えたなら、とっくにその道は生まれているだろうからね。
そうじゃない、ということは、おれに入って欲しくないという意思表示なのだろう。
そういったことを、簡単に語った。
ついでに、おれがこの場でそう語っていることも、聖教の神々はきっとどこかで盗み聞きしているとも。
「あえていまの話を聞かせた、ということかい」
「別にそれで向こうが安心するとも思えませんが、まあ、損にはならないかなと」
「きみのその手の発言は、あまり信用できないんだがなあ」
そんな、ひどい。
「おれがいつ、勝手な行動でまわりに迷惑をかけたと……」
「ちょっと待ちたまえ、指折り数えるから」
あ、待って、数えなくていいです。
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