結局、寺院には四日滞在し、充分な収穫を得た。
最後の方は若い僧たちもそこそこ技術を習得し、合計で二十二体の機工人形が稼働状態に戻った。
素材はまだまだある。
若手の僧の何人かには基礎的な機工人形修復技術を教えたから、彼らには今後もゆっくりと戦力を増やして貰おう。
ついでに、もし本格的に機工人形の技術者として修業がしたいなら……と。
おれの名前で一筆したため、彼らの代表になりそうな者に「うちの門を叩くなら歓迎しますよ」と渡しておく。
この間に、老僧に対して義姉上が陛下からの親書を渡してもいる。
それまで超然とした雰囲気でいた老僧も、この親書には慌ててしまった。
「わたくしどもがこのようなものを受け取っても、どうしたらよいのか……」
「わが国がいま欲しいのは、話が通じる窓口なんです。この国が将来的にどうまとまるかは、わかりません。でも、ここ以外の場所では、我々が領地に足を踏み入れるだけで狂ったように騎士たちが襲ってきたのですよ」
そう義姉上が説明すると、老僧は天を仰いでしまった。
まあ、そうだよねえ……あんたら以外は狂ってるからあんたらを窓口にしたい、と言われても困るよねえ。
とはいえ、比較的聖国の北の方にあるこの寺院なら、うちの国と最低限の情報をやりとりすることもできるだろうし……。
将来的な布石のひとつ、くらいに思って欲しい。
「実は、我々七寺院は飛竜便で互いに連絡を取り合っております。他の者たちとも相談し、今後の対応を決めさせてください」
なんでも、聖都壊滅の際、聖都の寺院が持っていた一体の飛竜をこちらにまわしてくれたのだという。
聖教寺院の虎の子であるらしいが……。
それが今後、現在も託宣を受けられる七つの寺院にとって必要になるからとのことである。
ひょっとして、それも託宣の結果なんですかね……。
AIを搭載した観測衛星かなにかと推測できる聖教の神々、どこまでの情報を持っているんだろう。
※
かくして。
老僧たちに見送られ、おれたちはふたたび旅路に戻った。
このまま南下すると豪族同士の係争地帯に足を踏み入れてしまうということで、少しだけ西側にまわっていく。
「通信プロトコルの効率化により、情報のロスを大幅に下げることに成功しましたわ」
『相棒』の背で、後ろに乗った少女が前に乗ったおれにそう語る。
「また並列処理の対象数が大幅に増加しました。もっとも妖精が数万もいるとは思えませんから、これは不必要な効率化かもしれませんが……」
「別のところでその技術が生きるかもしれない。将来的に、機工人形を数万体繋ぐこともあるかもしれないし」
機工人形の集団運用には将来性がある。
おれは前世の歴史から逆算して、そう理解していた。
「大規模な戦争になりそうですわね」
少し嫌そうな声色だった。
おれは後ろの座席に座る少女に振り向く。
「技術の発展は……」
「わかっておりますわ」
少女は身を乗り出し、おれの手を握ってくる。
ちからを込めて、痛いほどに強く。
「構いません。わたくしたちの技術は、もとより戦争のためのものだったのですから。貴族とは、戦いの中で身を立てる者なのですから。ただ、いまの各地の争いは、これはなんと申しますか……」
おれたちは王国を旅立ってから、戦いの痕跡をいくつも見てきた。
無残な屍が地を埋める様子も、大人の死体のそばに蹲っている子どもの姿も見た。
そもそも、これまでの戦争では、平民の存在など無視されてきたのだ。
彼らは騎士を傷つけることもできないし、なんの邪魔にもならない、透明な存在であった。
平民たちが住む村があっても、素通りした。
時には糧秣を徴発することもあっただろうが、基本的には戦と関わりのないもの、と騎士たちも平民たちの方も理解していた。
いまは違う。
騎士たちは、平民に対して過剰に反応しているのだという。
すべての平民が銃を手に襲って来る前提でその姿を見かけたとたんに追いかけて、殺すのだと。
それに平民の方も対応し、騎士たちが近づいて来る前に村人が逃げ出す。
そうして土地を失った者たちが集団で移動している様子を、おれたちは何度か見てきた。
もし彼らの手に銃があったら、はたして彼らは騎士に立ち向かっていたのだろうか。
そんなことを、つらつらと考えた。
※
旅をしながら、他にも陛下からの親書を渡せるような勢力はないかなあ、とあれこれ物色する。
でもこれが本当に難しくて……。
別の寺院では、とても外のことに関わっている暇はないと断られたり。
民を受け入れすぎて、いっぱいいっぱいだから支援が欲しいとねだられたり。
あと、そもそもおまえらの国なんて信用できないと怒鳴られたこともあった。
そりゃ、つい最近まで戦争していたんだから当然ではあるんだけど……。
どっちみち、そこまで政治ができない相手はこっちからお断りである。
他にも、話を聞いてくれそうな豪族のもとに赴いたら、そこはもう滅亡していたり。
激しい戦いの最中で、とうてい近寄れそうもなかったり。
あとは恒例の初手で
なんの収穫もないまま、降りかかる火の粉を払い除け進むうち……。
聖国の領土を抜けて、その先の森林地帯に辿り着いてしまった。
この先はもう、まともに国の様相を呈しているところはほとんどなくて……。
小規模な町や村が転々としているだけであるらしい。
この先に、
そう考えると、身が引き締まる思いであった。
※
聖国を出て、さらに南へ一日ほど。
おれたちは、とある町にたどり着いた。
機工人形のひとつも置いていない、十人ほどの騎士とひとつの貴族家が守るちいさな町だ。
門番に止められ、『相棒』を胡散臭いものを見るような目でジロジロ見られたので、機工人形についてイチから説明する羽目になった。
しまいには領主が出てきて……。
いやこの領主は、おれたちの魔力量がなんとなく分かったのか、平伏せんばかりの態度だったのだけども。
「聖国の北の、さらに北の北から来なさったとか。是非とも旅の話をお聞かせ願えませんでしょうか」
そう言われ、丁重に町でいちばん立派な屋敷へ案内された。
実際のところ、彼らも北の事情について詳しく知らず、情報を切実に求めていたようである。
そりゃ、これだけ聖国に近いなら、聖国の政変の影響をもろに受けるだろうからね……。
なんでも聖国からの商人は完全にストップしてしまっているそうで、今後どうなるか非常に不安であるらしい。
難民がちらほらと来ていて、その対応もたいへんなのだとか。
今後、我々はどうすれば、とか領主に言われてしまったけど……。
おれたちにそんなことを言われてもなあ。
できるのは、情報を交換することくらいだと思う。
というわけで、おれたちは聖国の現状について語り。
かわりに彼らには、南の森の様相について説明して貰った。
なんでも、この町で受け入れられなかった難民が南の森で野盗化しているらしい。
そのせいで森の中の魔物たちも気が立っているのだとか。
「いま、森の奥に赴くのは危険です」
と再三再四、止められてしまった。
うん、おれたちとしても
彼女は子どものフリをして差し出された果実のジュースを飲みながら椅子の下に届かぬ足をぷらぷらさせニコニコしていた。
しかし、おれたちが視線を向けると、「案内は任せて」とだけ言ってうなずくのだった。
まあ……戦力的には、彼女と義姉上がいれば実質、王族がふたり分なわけで……。
おれたちの一行が、いまさら野盗を相手に後れを取るとは微塵も思っていない。
むしろ過剰戦力とさえ言える。
大型の魔物が相手でも余裕を持って戦えるだろう。
「ところで、あなた方がおっしゃっている機工人形というもの、わが町でも導入することはできるのでしょうか」
領主にそう問われたので、うちの家がつくる機工人形の一般的な金額を説明する。
あまりの高さに絶句されてしまった。
まあね……しかもメンテナンスに技術者が必要だからね……。
うちの国だと町に数体までなら補助が出るんだけどね……。
もちろん、うちの家ではなく他家の廉価版なら話はまた変わってくるんだけど。
そうなると、戦闘力も相応に低くなってしまう。
この町、規模の割に騎士が多いので、たぶん昔から散発的に魔物が襲ってきていたんだろうなあ。
だから、戦力の拡充を切望するのもわかるんだけど……。
と、今度は最低限の金額について語った。
ついでに、魔物の外皮とかと交換すればかなり割引きになることも。
「なるほど、我々が手に入れた魔物の外皮を加工して、機工人形の装甲に……重くて邪魔だと、いままでは捨てておりました。だいぶ勿体ないことをしていたのですなあ」
「あー、そのへんの広報が不足していたわけですね。ちょっと待ってください、一般的な魔物の利用部位、リスト化しますから」
こういうのは将来性も含めたビジネスだ。
ひとたび機工人形を導入すれば、その町とは長いつき合いになる。
仕組みを丁寧に説明し、できれば他の町にも伝えてくれるよう頼む。
最終的にはわが家ではなく他家か……あるいは他国の工房のものを頼むことになるかもしれない。
でもそれはそれで、いいのだ。
機工人形が広まれば広まるほど、その第一人者としてわが家の名声が高くなるのだから。
「人形の司としての、正式な文書です。これを持って工房に行けば、どの国でも無下にはされません」
こっちでも、一筆したためてた羊皮紙も渡しておく。
領主は人形の司のことすら知らないようだったが……。
まあ各地の工房でうちの家を知らないやつはモグリだからね……。
この書面を渡せば大丈夫だと思うよ。
「助かります。こちらでも最近、銃という平民も使える武器が入ってきていて……。いまのところ深刻な問題は起きていませんが、あれはなんなのでしょうねえ」
ふと、そんなことを漏らす領主。
今度は、おれたちが緊張する番だった。
「このあたりでは、どういうルートで銃が入って来るんですか」
一行を代表して、おれが訊ねる。
領主は、おれたちの雰囲気の変化に気づいたのだろう、少し慌てた様子で返事をした。
「ルートというほどのものではありません。つい先日、平民に銃を配る者がいる、という報告がありまして。平民の方でも、この銃というものをどうしていいかわからず、結局、こちらに献上してきたのです」
どうやらこの町、だいぶ善政を敷いているらしいなあ。
普段から態度の悪い騎士とかいたら、とりあえず殺しておくかくらいの感覚で銃を撃つヤツの話、旅の間にいっぱい見てきたぞ。
まあ、うちの領地の町と似たような感じになったのは、なによりである。
「一応訊ねますけど、銃を渡してきた人物って、どんなヤツだったんですか」
「さあ? 平民だった、としか聞いておりません」
なんで即座に平民だと思ったんですかねえ。
念のため、銃を貰ったという平民を呼び出して貰うことにした。
はたして。
おれたちの前に呼び出された中年の男は、おどおどしながら「左目に眼帯をした男」の存在について告げるのだった。
「その男は、いまどこに?」
「さあ……この町から東の方に向かうと」
「何日前でしょう」
「昨日のことです」
一日差、か。
いまから追いつけるか? とおれたちは互いに顔を見合わせる。
ここから東には、いくつか集落があるという。
その更に先は、東方諸国と呼ばれる小国が存在する。
いまのおれたちには、それより優先するべき事項があるが……。
「本来の任務から外れるべきじゃない。わざわざ危険を冒す必要はないよ」
義姉上が、苦虫を噛み潰したような表情でそう告げた。
彼女としても、この情報を追いたい気持ちは強いだろうが……。
それ以上に、いまおれたちを危険に晒すべきではないと考えている様子であった。
「義姉上、どうせこれまでもあちこち寄り道してきたんです。千載一遇のチャンスだ。追いかけましょう」
おれは、そう提案した。
向こうが徒歩なら、こちらはその数倍の速度で移動できるのだから、一日程度の遅れは容易にリカバリできるはずであった。
「義姉上と
「それは……そうかもしれないな」
迷った末、義姉上は進路を東に向けることに同意してくれた。
「ただし、三日だ。三日経って成果を得られなかったら、戻って本来の目的を果たす」
そう、期限をつけてくる。
こちらとしても、空振りだったときを考えれば異論はない。
※
実際に。
左目に眼帯をした男を発見したのは、翌日の夕方のことだった。
感想、ブックマーク、評価等いただければたいへん喜びます。