左目に眼帯をした男。
その正体について、おれはいくつか仮説を立てていた。
本当に平民なのか。
反神民派に所属しているのか。
どういった目的で行動しているのか。
そもそも、目撃情報のすべてが同一人物なのか。
ちょっと可能性が多すぎて絞り切れないため、誰かと相談したこともない。
ただ、国としては限りなく王国に敵対的な存在のひとりとしてリストアップされ、過去の記録を含めてさまざまな捜査が行なわれたらしい。
義姉上が教えてくれたことなんだけどね。
結果、どうやら同一人物らしい存在が、ずっと昔から活動していたようだという事実が判明していた。
おおよそ、百年ほど前から。
この時点で、平民という線は限りなく薄くなる。
相手はどうやら王国のあちこちに独自の情報網を持っている様子で、王国がこの男について調査を始めた途端、王国内部での発見情報がぱったりと消えてしまった。
つまり、王国から撤退したということだ。
逃げ足が速い。
耳がよく、判断力も高い存在。
実際のところ、聖国でもこの人物について聞き込みしてみたのだが……。
聖国内部では、ここ数年の目撃情報がないのだという。
聖国はお国柄として、伝統的に寺院のちからが強く、宗教的な統制ができている。
そのせいで銃が浸透できないと最初から判断していたのかもしれない。
聖国の王族が潰されたのも、各国で起きている騒ぎに乗じて貴族が暴れたから、らしいしね。
たぶん反神民派の関わらないところで起きた、彼らにとっても予想外の出来事なのだろうと判断できる。
聖国の外では、彼らは積極的に活動していた。
たぶん、おれたちがここまで足を延ばしているなんて気づきもせずに。
結果、おれたちは左目に眼帯をした男の手がかりを発見し、迅速にこれを追いかけた。
たったの一日で、追いついてみせた。
※
夕暮れの、周囲を木の柵で囲っただけの、人口二百人ほどのちいさな村。
おそらく、この地を治める者は誰ひとりとして魔力を持っていない程度の村。
そこに、いましもたどり着こうとしているひとりの男がいた。
背負った大きな荷物に隠れているものの、体格がよく、目立つ男だ。
その目の前に、上空から落下する義姉上。
男はとっさに飛び退き、義姉上の持つ剣の範囲から逃れてみせる。
明らかに、平民の動きではなかった。
高い魔力で身体強化魔法を使った者特有の敏捷さであった。
義姉上が男を睨み、間合いを詰めようとする。
男は重い荷物を背負ったまま、地面を蹴って距離を取り、右手を振るう。
義姉上は咄嗟に横へ跳んだ。
一瞬前まで彼女がいた地面が、激しい爆発を起こす。
少し離れた丘の上から、おれと琥珀の姫君は、
うん、近づくのは危険だからってね……ここで見ているだけならってことで許して貰えたんだよね……。
ただし、できるだけのことはする。
いまも『相棒』が両者の戦いの様子を計測していた。
のだ、が……。
「マスター、相手の男ですが、魔法を行使している様子がありません」
「そんなはずはございませんが……計器の故障でしょうか」
琥珀の姫君が首をかしげる。
おれは『相棒』の観測機器のデータをチェックして、義姉上の身体が放つ残存魔素をきっちり計測できていることを確認してみせた。
そうこうしている間にも、男は何度も右手を振るう。
そのたびに、地面が激しく爆発し、土煙が上がる。
攻撃が激しく、義姉上は迂闊に近づくこともできなかった。
相手がどういう魔法を使っているのかさっぱりわからず、警戒している様子である。
「どういうことだい?」
「つまり、おれたちの『相棒』に誤謬はない」
「相手は魔力なしで、彼女と互角に渡り合っていると? いやいやいや、そんなことが……」
「信じがたいことだが、事実だ。たぶん、すぐに種明かしされるよ」
この展開も、いちおう予想のひとつではあった。
でもなあ……これってことは、つまり……うん、いろいろ読めてきた気がする。
前世の創作だと、この場合って……。
はたして。
相手の動きを見切った義姉上が、隙を見て肉薄する。
その剣が、男の眼帯を切り裂く。
眼帯の奥のものを見て、義姉上が驚愕した。
その一瞬の隙を突き、男は全力でその場から離脱しようとする。
「『相棒』、結界発動」
「かしこまりました、マスター」
あらかじめ周囲の地形に設置しておいた結界魔法が、『相棒』のコントロールによって起動する。
集落の手前、男の周囲百メートルほどを包み込むように、青白い結界が構築された。
うん、もっと前から追いついてはいたんだけどね。
男の進路を先まわりして、罠を張っておいたのである。
いま結界の内部にいるのは、男と義姉上のふたりだけだ。
そしていまの義姉上には、一対一なら大型の魔物を相手にしても勝利するだけのちからがある。
勝ったな、ガハハ。
いや……勝利フラグとかじゃなくて、ですね……。
結界の内側で、男が一瞬、丘の上のこちらを見た気がした。
遠くて、その表情はわからない。
だが、次の瞬間。
男の身体が爆発した。
爆風が結界を揺さぶるが、結界は揺るぎもしない。
なにせこれ、
近くにいた義姉上のことがちょっとだけ心配だったが、まあ彼女のことだ、たぶん大丈夫……。
土煙が晴れる。
義姉上が、結界の中から「終了」の合図を送ってきた。
おれたちは、安堵の息を吐く。
いやー、絶対に大丈夫だとはわかっていても、未知の相手に対して義姉上ひとりだけを送り出すのは怖かったよ……。
※
結論から言えば、男の身体は機械で出来ていた。
義姉上が驚いたのは、眼帯の向こう側にあったのが機工人形のカメラアイだったからである。
そう、左目に眼帯をした男は機工人形だったのだ。
『相棒』よりはるかに進歩した技術でつくられた、圧倒的に精巧な機工人形であった。
まあつまり、ロボットだね……。
いやーこれつまり、反神民派が何百年も活動していた理由も同じなんだろうね……。
地面には、バラバラになった機械の部品が転がっている。
そのひとつをとっても、わが家がつくる機工人形の部品よりはるかに細かく、精巧であった。
「
義姉上が訊ねる。
「わからないよ。あたしは当時、まだ生まれていなかったんだから。公主さまに聞けば……いや、でも当代はどうだろうなあ」
妖精たちのトップは公主と言うのか。
妖精公主、ねえ。
当代、ということはつまり代替わりしているということで。
妖精にも寿命がある、ってことなのかな。
なんてことを考えつつ、とりあえず口には出さないでおく。
どうせ、これから数日でわかることなのだから。
「バラバラになっていまいましたが……いちおう、部品はかき集めておきましょう。解析はあとまわしで、落ち着いたところについてからです」
こいつが運んでいた荷物も、丁寧に爆破されてしまった。
たぶん銃を積んでいたと思うんだけどね……まあ、自爆はさすがに予想外だったので仕方がない。
反神民派の手がかりは途絶えてしまった。
だが、それ以上の収穫はあった。
おれたちは一日かけてもとの道に戻り、旅を再開する。
南へ。
深い森の中へ。
それから七日後。
真夏のさかりにて。
おれたちは目的地にたどり着いた。
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