森の中、獣道を通っている途中で、ふと違和感を覚え、周囲をぐるりと見渡した。
先道していた
「さすがだね。いま結界を通ったんだ。招かれざる者は、この内側には入れない」
「任意に入れる者を選べる結界……。そんな便利なものがあるんですか」
「あるのさ」
それが、妖精の技術か。
水準の高さが異次元だなあ。
ただし彼らは、それを発展させるということにてんで興味がない。
ひょっとしたら、そういう発想すらないのかもしれない。
神民によって、創神計画といわれるものの一環としてつくられた、そんないびつな種族。
神民でもヒトでもない、見かけと違ってひどく異質な存在なのである。
「もう少し歩くよ」
そう言う妖精は、しかしふよふよと浮いていたりする。
彼女の歩幅で『相棒』の歩調に合わせるのは大変だからね……。
人目のあるところではともかく、こうした人目につかないところでは、その方がずっと効率がいい。
なお、いまはいちばん後ろを歩いている義姉上は、普通に徒歩である。
おれと琥珀の姫君は、相変わらず『相棒』の背だ。
だって歩くのとか面倒だし……。
「念のために確認するが、この先の妖精たちに連絡が行ってるのかね? 急に襲われたりしたらたまらないから、一応聞いておくよ」
足を止めたのがいい機会と、義姉上が
妖精は、あれ、と首をひねる。
「もちろん言ってないよ?」
「おいおい、大丈夫なんだろうね?」
「大丈夫さ。ここに襲ってくるような同胞はいない。だって、みんな眠っているからね」
「どういうことだい?」
「ここはね。きみたち風に言えば、妖精にとっての墓場のようなものなんだ」
義姉上だけでなく、おれと琥珀の姫君も首をかしげてしまった。
ちょっとよくわからないな……。
どうやら思っていたような場所ではないっぽいが。
「別に謎かけをして楽しんでいるわけじゃないんだ。この先に行けばわかるさ」
おれたちは互いに顔を見合わせた後、慌てて追いかけた。
※
開けた場所に出た。
まるで前世におけるストーンサークルのような縦長の岩の柱が、円を描くように等間隔で何本もそびえ立つ場所であった。
これまで歩いてきた森の中は昼でも薄暗かったのに、ここは空が開けていて明るい。
でも、いまは真夏で時刻は午後三時くらいのはずなのに、空の真上に輝く太陽は真冬のように弱々しい。
気温も湿度も違う。
さっきまでは高い湿度と気温に辟易していたのに、いまは少し肌寒くて汗が引っ込んでしまうくらいだ。
空気の匂いも変わった。
森の中特有の草木の香りも腐臭もしない、清浄で澄み渡った空気だ。
異界、という言葉が脳裏をよぎった。
ここではないどこかに飛ばされてしまったような、そんな錯覚だ。
はたして
「他から切り離された、閉鎖された場所。大陸のどこにも存在しない、ただあの場所が出入り口でしかない場所さ」
そう、答えてくれた。
つまりまあ、おれたちの住む世界とは違う、別の世界という理解でいいのだろう。
世界、というほど大きなものではないらしいけど。
このストーンサークルとその周辺だけで独立して存在する、そんな小世界であるらしい。
そのストーンサークルの中央に、花畑がある。
綺麗な青い花が無数に咲いていた。
おれたちは
すると、花壇の中央に階段があった。
「ここを下りるよ」
と言われたので、おれと琥珀の姫君も『相棒』の背から下りた。
『相棒』自身も戦闘用ボディから分離して、小柄で動きやすいメイド型ボディ単独でついて来させる。
地下の空間は壁面が白く輝く金属に覆われていた。
神民の遺跡と同じだ。
天井の高さが三十メートルくらいはある、とても広いドーム状の空間。
その中に、ところ狭しと金属のベッドとおぼしきものが置いてあった。
なぜベッドと考えたかといえば、いくつかのその上に妖精が寝かせられていたからだ。
ベッドの総数はおおよそ2000個ほどで、その1/4ほどが妖精の身体で埋まっていた。
男の妖精も、女の妖精もいた。
皆、白く汚れひとつない貫頭衣をまとっていた。
一瞬、死体なのかと思った。
しかし妖精たちの胸もとがゆっくりと上下していることに気づく。
睡眠している……のか?
ここで、何百もの妖精が?
「ここは眠りの塚。ここに寝っ転がるのが、あたしたちの末路さ」
ドームの一角に降り立った
「あたしたちは長い時を生きる。でもね、本当に長く生きた者たちは、次第に生きることに飽きてしまう。やがて眠りにつく時間が長くなり、その果てに――こうなるのさ。ここに眠る同胞たちは、もう目覚めることはない。この世界が終わるときまで……あるいはこの世界から魔素が無くなるときまで、永遠にこうして眠り続ける」
なるほど、永遠の睡眠。
だからこそ、彼女はこの場のことを墓場と言ったのだ。
「もしかして――
「そうさ。すでに上の許可は得た。快く、とはいかなかったが、了承させることができたよ。……ここに眠る人たちには許可を得るもなにもないけどね」
「いいのか、それで」
「あたしたちにとって、永眠に至った者たちは、いなくなったものと同じだからね」
永眠、か。
前世では、それは死に対する表現のひとつだったわけだが……。
この妖精たちは、実際に永遠の眠りにつくのだ。
なんて変わった種族だろうか。
「まあ、あなた方妖精がそれで構わないならいいんだが……」
「いいのか」
義姉上がツッコミを入れてくる。
いやだって、そもそも妖精の頭を計算機に使うって言い出したのはおれなわけだし……。
その時点でもうだいぶ、倫理的なハードルは高いと思っていたのだ。
あえてそれは無視したわけだけど。
あとはその対象が、同意を得た個々人か、それとも同意を得ることができない永眠者たちか、というだけの違いにすぎない。
その違いがでかい、と言われれば、それはそう。
「
「理屈はわかるよ。でも、うーん、わたしとしては心理的な抵抗が……」
「もちろん、抵抗はございますわ」
琥珀の姫君が義姉上に同意を示した。
「ですが、わたくしたちはここに来る旅の中で、さまざまなものを見ました。わたくしたちがやらなければ、もっとひどいことが起きるような気がするのです」
「それは、そうだね」
義姉上が肩を落とす。
「いや、その通りだ。うん、わたしもそこは割り切ろう。……なにか手伝えることがあるかい?」
おれは背負ったリュックサックから、魔物の皮でつくったボタンサイズの魔道具を大量に取り出した。
「パッチ……簡易的な送受信端末の魔道具です。ここに眠る全員の首の後ろに貼ってください。全員で手分けしましょう」
※
パッチを貼った後も、まる一日かけて準備をした。
たまに、気分転換で外に出てみる。
太陽は常に正午の位置から動かず、青い花は咲き続けていた。
この世界には夜がない。
なのに、地下の妖精たちは、ずっと眠り続けている。
ためしに、眠っている妖精のうち一体だけを『相棒』とリンクさせてみた。
効率は、
「眠っている方が計算効率は上がるのか……いや、そもそも計算力が異様に向上して、その処理の負荷で眠りにつくようになるのか?」
「あたしたち妖精の解析から始める気かな?」
「先にセキュリティホールを塞いでおきたいんですよね」
「ああ、前に言ってたアレか。でも、ここからすべての妖精に対してそれができるのかい?」
出発前に
服の下に首飾り型の装置を装着して貰っていた。
外部から不正侵入するコマンドが打たれた瞬間に接続回路そのものを遮断する魔道具だ。
この措置により、彼女は首飾りをしている限り『相棒』とのリンクもできなくなった。
「それはさすがに無理です。そもそも、最初は起きている妖精たちに会えると思っていたので……」
「それは申し訳なかったなあ」
「言えない理由もわかるから、そこはそれ、です。ひとまず、ここにいる眠っている人たちだけでも、ちゃちゃっとやっちゃいましょう」
いま眠っている妖精たちに対しては、別の方法でセキュリティホールを塞ぐ。
旅の間に相方の魔法の精度が上がったため、可能となった条件分岐式を使う。
そうして……ここに来て、およそ二日の時が経ち。
いよいよ、妖精演算装置の作動する時がきた。
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