ホールに並べられた、永眠という特殊な眠りについた妖精たちの数は527人。
彼ら、彼女らと『相棒』のリンクはスムーズに進んだ。
いくつかの計算テストは軽くクリアして、いよいよ本題に入ることにする。
各種データから、大陸のどこに
今回、その作業のために専用のユーザーインターフェースをつくった。
前世におけるキーボードに似た入力装置を『相棒』に接続し、出力装置として映像魔法の投影をホールの壁面に対して行うこととする。
かくして。
『相棒』が肩にかついだ魔道投光器により、ホールの壁に大陸の地図が映し出される。
地図のあちこちに赤い点が現れた。
ひとつひとつが計測地点である。
地図の赤い点が放射状に広がり円となる。
円の一部がいびつなのはそこに山や谷が存在するからだ。
円と円が重なり、魔素濃度に従って混ざりあう。
結果……いくつかの、黒い点が生まれた。
「この黒点が、魔素濃度が異常に薄い一帯となります」
「そこに、
義姉上が訊ねてくる。
おれは首を横に振った。
「その可能性が高い、というだけですね。すでに確認済みの七つは、すべてこの黒点に重なっています。未確認の黒点が十二。いくつかはハズレと思われます」
「だとしても、たいした成果だ。陛下もお喜びになるだろう」
「これで、最低限、ここに来た目的は果たせたわけです」
さて、と。
うん、これは最低限なのだ。
おれは琥珀の姫君とうなずき合う。
それを見た義姉上と
「これで終わりではない、ということかね。そんなところだろうとは思っていたが」
義姉上の言葉に、おれは当然だとうなずく。
「この旅の間に、いくつか演算するべきことができました。まずは……聖教の神々について、いきましょうか」
「ちょっと待った。あたしは、きみたちが余計なことを嗅ぎまわることまで許可していないよ?」
「余計なこと、じゃないんだ、
彼女を説得しなければ、これ以上の調査はできない。
おれは、ここまで案内してくれた妖精に向き直る。
「たぶんこれは、いまの文明のこれからを決める演算になる」
「話してみて」
勝負どころだ。
琥珀の姫君が、おれの手をそっと握る。
ちからが湧いた。
ひとつ深呼吸して、おれは話し出す。
「あの寺院におれたちを案内したあなたなら、薄々気づいていると思うんだが……聖教の神々と呼ばれる存在は、妖精や機工人形と同様に神民の遺産だ」
義姉上が、さもありなんとうなずく。
彼女には寺院の地下でいくらか話をしたから、あの時点でそのあたりに気づいていてもおかしくはないよなあ。
対して
相槌も打たず、まっすぐにおれを見上げている。
「最初は、聖教の神々と呼ばれる存在も、妖精や機工人形と同様に創神計画の一部だと思っていた。でも託宣の内容を読むうちに、それ以外の可能性に思い至った。――
「覚えているよ。続けて」
「全能側が機工人形だ。これはまあ、いい。問題は全知の方なんだけど。妖精の演算能力はたしかに驚異的だ。この方向の先に全知がある、というのはわかる。でも、すべてを知る、とはそれだけで完結するものではないよね」
「具体的に」
「演算するには、前提となるものが必要だ。すなわち、知識だよ。聖教の神々。これは知識方面から妖精を補助するためのなにか……世界中を観測するような存在だったんじゃないか」
「――それで、文明のこれからを決める、というのとどう繋がるんだい?」
「なんらかの要因によって、妖精は聖教の神々との直接的な接触が遮断されている。これは状況証拠からも明らかだ。対して聖教の神々がそれをどう考えているかは――託宣の中で、おれたちが寺院に来ることを歓迎していたんだから、これは向こう側からの、なんらかのアプローチだと考えられる」
「つまり?」
「聖教の神々と妖精との再接触。これは両者が望みながら、なんらかの要因によって許されていないものである、という可能性が非常に高い。その壁を、おれたちが突破する。これによって――おれたちの前に、全知の前提条件が、ほぼすべて整うことになる」
「それは文明のこれからについて、なんの関係がある?」
「
「ああ、たしかに言った」
「文明の終わりまで演算していたきみたちだ、それ以外の方法についても考慮はしたんだろう。でも、動かなかった。これは妖精の思考様式によるものだと思っていたんだけど、実はそうじゃないんじゃないか?」
琥珀の姫君と義姉上が驚きの声をあげる。
どういうことなのか、とおれを見つめてくる。
「この場に眠る527人の永眠者たちを見て、おれは思ったんだ。もしかして、妖精たちは2000年後に魔法文明が終わりに至ることにこそ、救いを感じているんじゃないかって」
「待て待て待て!」
たまらず、義姉上が割って入った。
「なんでそれが、妖精にとっての救いになるんだ? ここで眠っている者たちだって、魔素があってこそ生きているんじゃないか。2000年後に魔素が絶えたら、ここの妖精たちも死ぬんだぞ」
「ええ、死ねるんです。永眠という状態でずっと眠り続けなければいけない苦行から解放される。だからこれは、救いなんですよ」
義姉上は、愕然とした様子であった。
なにか反論しようとして、しかし言葉が出てこないようで、口をぱくぱくさせていた。
うん、妖精はヒトではない。
神民でもない。
彼らは目的のために創造された存在で……そして、その目的は永遠に達成できない。
おれは義姉上にうなずいた後、再度、
「違うかな?」
「妖精の一般的な価値観として、それは限りなく正解に近いと言えるだろう。でも、だったらあたしたちは、200年後の終わりを許容してもいいはずじゃないかい?」
「そうなんですよね。おれもそこがちょっとわからない。でもまあ、
「ほう? あたしのなにを、きみが知っているというんだい?」
「あなたは生きたがっている」
今度は、
そう、単純な話だ。
目の前の妖精は500歳程度の若造なのだ。
これまでずっと、その若造ひとりがおれたちにとっての妖精のサンプルだった。
だから、妖精の一般的な価値観にまで思い至らなかった。
そして、そのたったひとりのサンプルが、一般的な妖精のそれと違う思考様式を抱えているということにも思い至れなかった。
この場に眠る無数の妖精たちの姿を見るまでは。
なぜ彼女が、これほど手の込んだ方法でおれたちに情報を流したのか。
いまとなっては、その理由は明らかであった。
彼女は生きたいのだ。
他の妖精たちは、もう長い生に飽いているというのに。
「あなた以外にも、何人かいるんでしょう? 若い妖精が。あなたが説得したのはあなたが先日言った妖精公主のような、生きるのに飽いた者たちじゃない。若い人たちなんだ。そもそも
具体的には、とおれは告げる。
その決定的な言葉を。
「妖精の老人たちと若手たちとの交渉の結果、彼らは妥協案を飲んだんじゃないか。『ヒトが自ら望んだなら、文明の終わりが多少、延びても構わない』って。長い間待った老人たちにとって、2000年が3000年になっても、それはきっと些細なことなんだろうからね」
その結果が、
彼女は、おれたちが自らその答えを導き出すための手引きをしてくれた。
きっとその行動にはさまざまな制限がかかっていたんだろう。
だけど知恵を絞って、自らができる最大限の助力として、おれたちに気づきを与えてくれたのである。
「それで、きみたちヒトは、なにを望むんだい?」
「おれたちヒトは、文明の終わりに抗う。滅びを座して待つなんてごめんだ。全力で、抗い続けるよ。分断された全知をひとつにすることで、文明の終わりから逃れる方策を探る。そのために、聖教の神々にアクセスするんだ」
「わかった。じゃあ、好きにするといい。それが終わりに抗う行動である限り、あたしはもう、きみたちの行動を掣肘しないと誓おう」
そう告げて――
「よくやった。よくもまあ、これだけのヒントからあたしたちの事情を理解したね。さすがは、
「どういたしまして」
これだけの、というにはずいぶんと多いヒントだったけどね。
だって、さっきから彼女はずっと、すがるような、願うような目でおれを見つめていたのだから。
「大変なのはこれからだ」
「いや、だとしても、あたしは賭けに勝ったんだ。素直に喜ばせて欲しいな」
そう言って。
妖精は、にっこりとしてみせる。
感想、ブックマーク、評価等いただければたいへん喜びます。