観測者との対話が始まって、数時間が経過した。
義姉上と
そんなふたりを他所に、おれは時折、琥珀の姫君と『相棒』のサポートを受けながら、淡々と質問を重ねていった。
結果……。
「反神民派の拠点は、おおむねこの七か所ですべてかな」
『相棒』のプロジェクターがドームの壁面に映し出した大陸の地図に簡易キーボードでプロットしたものを眺め、よしとうなずく。
「いったい、この中のどこが本拠地なんだろうね」
義姉上が呟く。
おれは首を横に振った。
「おそらく、本拠地はこのどこでもないんです。……いや、本拠地なんてものはもう存在しない可能性が高い」
眼帯の男。
あいつが眼帯をしていた理由は、露出した機械部分を隠したかったからだろう。
修理できれば即座にしただろうから……。
この大陸にはもう、あれの修理ができる場所は残っていない可能性が高い。
そう考えると、ね。
反神民派が百年前に動き出したというのは、つまりそれがもう奴らの限界だった可能性が高い。
原初の機工人形たちも活動限界である。
彼らがなんの目的を与えられていたかは推測しかできないが……。
「観測者、眼帯の機工人形は、彼らをつくり出した者にどんな命令を与えられていたんだろうか」
「不明だ」
「それは、観測者、あなたに設けられた制限が故に、ということ?」
「回答を拒否する」
なるほどね、薄々、そうじゃないかと思っていたんだけど。
この観測者って存在、神民側じゃなくてヒト側の勢力の意向が強いんだな。
機工人形も妖精も、神民がつくったと考えられていたけど……。
ひょっとしなくても、これ、ずっと昔に神民とヒトが出会った後、技術もまた混ざりあって……。
どちらの技術だけでも創神計画は立ち上げられることがなかったのだろう。
両方の技術が揃って初めて、機工人形や妖精、そして観測者が作られることとなった。
眼帯の男だったアレも、その頃につくられた可能性が高いわけで。
そして、観測者に関してはヒトの技術が多く投入されていて、故に。
太古のヒトの精神的な末裔である反神民派に対する行動に、ある程度の制限がかかっている。
ひょっとしたら、反神民派も観測者を利用しているのかもしれない。
たぶん、こっちのアクセスには気づいていないと思うけど……。
「そう考えるのが妥当だと思うんですよ、義姉上」
おれは自分の考えをまとめながら、義姉上に報告した。
義姉上は疲れ切った様子で肩を落とし「そうか……」とちからなくうなずく。
「もっと驚いてくれると話す甲斐もあるってものなんですけど」
「今日だけでも一生分、驚いた気がするぞ! もうちょっとペースとか考えてくれないかな! 一気にいろいろ頭に詰め込まれて、破裂しそうなんだよ!」
「とはいっても、結局、重要な部分は少しだけなんですけどね」
2000年後の魔法文明の終わりを防ぐための足がかりができた。
本当に重要なのは、この二点だ。
他はその背景であり、実務においては些細なことである。
そう語ったところ、ジト目で睨まれた。
「ごまかされないよ。もっとも重要なのは、聖教の神々……観測者とコンタクトを取って、今後もさまざまな知識を引き出せるようになったことだろう?」
「それは、まあ、そうですね」
観測者の協力が前提の部分は多い。
というか、これまでおれたちが足で集めてきたデータなど、観測者の持つ膨大なデータの前では蟻と象ほどの差がある。
だからってこれまでの努力が無駄だったわけじゃないけどね。
足し算から始まって掛け算、割り算と順序よく学んでいったからこそ、いまがあるのだ。
順番に、一歩ずつ階段を登っていったからこそ、観測者から得たデータを処理することだって可能となったのである。
あと観測者には地表の魔素濃度を観測できる装置がないっぽくて、データを渡したら普通に感謝された。
「もう一点、ご報告がございますわ」
琥珀の姫君が義姉上に告げる。
「観測者さまとの通信魔法を妖精演算で解析した結果、かなり遠くの目標との相互通信が可能となりました。それ専用の送受信端末を埋め込んだ機工人形が必要ですが……」
「かなり遠くって、具体的にはどれくらいなんだい?」
「ここと王都くらいでしたら、妖精演算による補正も含めれば問題なく」
「それはかなりどころじゃなく遠いんじゃないかな!」
あ、また元気にツッコミを始めた。
さすが義姉上、ツッコミ体力も尋常じゃない。
「で、でも、送受信端末がないと駄目なんだろう?」
「ところでおれ、出発前、兄上に送受信端末を埋め込んだ機工人形を渡しているんですよね」
「なんでだよ!?」
「こんなこともあろうかと」
技術者が言いたいワード、世界ナンバーワンを口にして、ドヤ顔した。
義姉上が、またジト目になる。
「予想していたのかい?」
「ここまで上手くかどうかはともかく、兄上の秘書として、『相棒』の成果をフィードバックした機工人形は便利かな、と。会話はできないですし思考能力も限定的ですが、手先が器用で書類を仕分けるくらいのことはできます。テスト役としてお願いしたら、喜んでやってくれたんですよ」
ついでにスピーカーもつけただけです。
隠し機能で。
「そりゃあ、あいつにとっては可愛い可愛い弟からの贈り物だからねえ!」
「というわけで、いまから兄上に連絡を入れてみますね」
「あっさりしすぎだよ!」
義姉上の抗議は無視して、おれはこの世界で初の国際通信を兄上に繋げた。
『相棒』のスピーカーから兄上の驚く声が出る。
おれは兄上に簡単に事情を説明し、自分たちの無事を告げた。
兄上も最初は驚愕していたが、向こうでの現状を説明してくれる。
どうやら王都では、頻繁にテロが起きているようだ。
平民の間に銃が出まわっているが、これは帝国や六か国同盟の土地で使われていたものが持ち込まれている形跡があるとのこと。
おれは壁に映し出されたままの大陸地図を見る。
帝国の銃工場と、六か国同盟の銃工場……そこからの輸送を押さえるルートは、と。
「兄上、これから言う場所に部隊を派遣するよう、陛下にお伝え願えませんか」
「おまえの言葉を疑うわけじゃないけど、たしかな情報なんだね?」
「確実ではありませんが、銃の輸送ルートはだいたい割り出せました。その他の情報についてはまた後ほど」
というか、銃の生産工場なんてかなりの歳月をかけてつくったんだろうから、一度潰してしまえば、再起も難しいだろう。
広まった銃も、メンテできなければ次第に壊れていくだろうしね。
どうせまた新しい工場をつくるだろうけど……こちらが観測者を押さえているなら、いくらでも対策は可能である。
「わかった、伝えよう。他には?」
「旅の途中で聖教の寺院と接触しました。若手の僧に機工人形の修理のノウハウを教えましたが、本格的な修業を望むならわが家の門を叩け、と言ってあります。訊ねてきたら、温かい対応をお願いしますと、父上に」
「それはおまえが帰ってから自分で伝えなさい」
「おれと相方はしばらく……少なくとも数年は帰れません。義姉上はきちんとお返ししますので、ご容赦を」
回線の向こう側が、しばらく沈黙した。
義姉上もおれをひどく睨んでくる。
「あー、おまえたち、貴族の義務から逃げるのかい?」
義姉上が低い声で訊ねてきた。
「観測者にアクセスできる場所として、妖精演算の場所として、ここ以上に効率のいいところがない以上、『相棒』とおれたちはここを離れられません」
「なら、相応の人員を……」
「この場所の秘密は絶対に守る必要があります。反神民派にこの場所がバレたら、すべてがご破算ですよ」
この場所がある森に入る手前の町で、反神民派の人物とおぼしき男の目撃情報があった。
彼らはこの近くまで来ていて、しかし森にはいっさい興味を示さない様子で東に向かったという。
本当に、彼らはこの場所の存在を知らないということだ。
ならばこの秘密は絶対に守り通すべきである。
「義姉上は闇夜に空を飛んでひとりで戻ってください。それがいちばん安全です。地上を何度も行き来するのは、情報管理の面で危険すぎる」
「食料はどうするつもりだい」
「そこはまあ、あたしに任せたまえ」
「空を運んで、適当に調達してあげよう。なあに、無垢でかわいい子どものフリをして適当になんとかするさ」
無垢でかわいいかどうかは議論の余地があるとして、それは実に助かる。
最悪、森の中でサバイバルも辞さない覚悟だったからね……
「『相棒』のメンテナンスに関しては、予備部品をある程度積んでありますから、なんとかなります。最悪、
「それで、何年もかけて……きみたちは、どうしたいんだね? 正直に話してもらおうじゃないか」
おれは琥珀の姫君と顔を見合わせた。
互いに、ゆっくりとうなずき合う。
「この場所を王国が独占するわけには、いかないでしょう。聖国の寺院を含めて、希望するさまざまな勢力に情報を渡す国……組織……そんなものをつくります」
「陛下がそれをお許しになるとでも?」
「おれたちのバックに妖精がつくことになるでしょう。そうだよな、
「政治とか、あたしにはよくわからん!」
妖精は胸を張った。
「だけどな、こいつらがヤバいってのはわかる。こいつらがやってることはもっとヤバい。あんたたちの国だけに独占させるわけにいかない、ってのはその通りだよ。……まあ、どこまでこいつらの面倒を見きれるか、ってのは別の話になるが……」
そこは、はっきりとケツモチを宣言してくれよ!
ある程度、きみには相談していただろう、
「わかった、そのあたりはわたしから陛下に話そう。実際のところ、聖国の寺院も巻き込んだおかげで、ことはひとつの国の問題に収まらなくなっている」
そもそも
いろいろと解決するためには、どうしても幅広く活動できる組織が必要になる。
だからこれは時間の問題だったのだ。
ただまあ、当然ながら、おれと琥珀の姫君は、その中に自分たちを滑り込ませる隙を窺っていたので……。
「で、そうすればきみたちは、晴れて家のしがらみから逃れられるわけだ」
「まあ、結果的にそうなりますね」
「結果的に、じゃないだろう」
義姉上がずい、とおれたちに顔を近づけてくる。
悪戯っぽく、笑ってみせた。
「ここが着地点になるよう、狙っていたんだろう?」
おれと琥珀の姫君は、無言で一度、互いに顔を見合わせた後……。
義姉上に対して、ニッと笑ってみせた。
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あとはエンディング2話だけなんですが、先日高熱で寝込んでたので少し推敲に時間をいただきます。