半年が過ぎた。
かつて妖精たちが眠りの塚と呼んでいた地。
結界により隔離された、閉じた小世界。
その地上、ストーンサークルのそばには、こじんまりとした小屋が立っている。
『相棒』に頑張ってつくって貰った、おれたちの住処だ。
大工仕事を覚えさせた甲斐があったというものである。
もっとでかい小屋をつくることも考えたんだけどね。
どうせ、大半の時間は地下で研究しているんだから……。
ということで、こういうことになった。
そもそも、ここでのおれたちの研究は『相棒』に頼りきりなわけだし。
長々と建築に費やしている時間がもったいないのである。
雑魚寝できるスペースがあるだけの小屋で、おれたちは泥のように眠り、起きてはまた疲労困憊するまで研究し……。
半年ほどで、いくつかの興味深い事実が明らかになった。
なお、この頃にはすでに聖国の動乱は終結している。
生き残った王子と王女による、共同統治体制を築いていた。
帝国や商国では反乱軍内部で分裂が起こり、他の小国も含めての大戦国時代が到来している。
そして。
「観測者が、けっして観測結果を明らかにしない場所……そこになにかがある、と?」
おれたちは、一か月ぶりに眠りの塚を訪れた義姉上に、そう報告した。
義姉上は怪訝な表情をした後、「いやでも、おまえたちの報告はこれまでも正確だったしな……」と首を振る。
「で、そこになにがあると思うんだい? 王国はいま、きみたちの情報のおかげで上も下もてんやわんやなんだが」
「たぶんですけど、観測者に対する上位命令権があるなにか、ですよ。観測者は、基本的にこちらの要請に対して素直に従ってくれるんです。おれたちの要求に対して露骨な抵抗を示すのは、上位命令に抵触する場合だけです」
「上位命令……神民か? いまさら、また神民の遺跡を探索する暇なんてないんだが……」
「もちろん、その可能性もあります」
でも神民の遺跡については、わりとフレンドリーに教えてくれていたんだよね。
もちろん、本当に重要な遺跡は教えてくれていないのかもしれないけど。
「いちおう、王国に伝えておかないといけないと思いまして」
「……それ以外の可能性もあるということかい? 最悪の可能性を答えてくれ」
「反神民派に命令を下した者、とかですかね。つまりは原初のヒトです」
「生きていると?」
「ここの妖精みたいにずっと眠っているのかもしれませんし、なんらかの延命措置があるのかもしれません。さっぱりわかりませんよ、そのへんは」
コールドスリープとかね。
正直、可能性としてはなんだって考えられる。
実際にどうなんだろう。
神民と原初のヒトに関しての質問は、観測者もほとんど答えてくれないのだ。
これは妖精も同様……なのだが妖精はそもそも原初のヒトに対しての情報を持っていない様子である。
たぶん、妖精の開発は完全に神民の主導で行われたんだろうなあ。
はたして、義姉上はめちゃくちゃ悩んだ末……。
「わかった、陛下にお伝えしよう。賢明な陛下なら、きっと誰も過労死しないような仕事の割り振りをしてくれるに違いない。わたしはそう信じている」
と、悲壮な顔でそう言った。
王国における現状が垣間見えて、さすがにちょっと申し訳なくなるなあ……。
「安心したまえ。王家直轄の部隊は皆、きみたちに対して『仕事を無限に増やしやがって。顔を見たらぶん殴ってやる』と思っているからね」
「悪いのおれたちじゃなくて、こんなに報告しなきゃいけないことをする反神民派の方でしょう」
「理屈ではわかっているんだ! わかっているけど、それでも許せないという彼らの気持ちもわかるんだ!」
反神民派のさまざまな行動を観測者と妖精演算で予測し、捕捉し、報告した。
結果、王国の上層部は現在デスマーチ状態で、末端の騎士たちも疲労困憊といった状態であるらしい。
王国内部は、だいぶ平穏なんだけどね。
なにせ銃の持ち込みも未然に阻止できた結果、他国の反乱が伝播するきっかけをまったく失ってしまったのだから。
本当は、他の国でも同様の方法で混乱の収拾に動きたいところなんだけど……。
国内と、あと一部周辺国に展開した軍だけでもこんな状況なのである。
なんとか各地の
そのあたりが上手くいくには、年単位の時間がかかるであろうとのことである。
いまさら焦っても仕方がない。
少しずつ、少しずつ、反神民派の手足をもぎ取っていくしかないのだ。
どれほど時間がかかろうとも。
そして、時間が彼らの味方であろうとも。
「それで」
と義姉上は不機嫌そうに琥珀の姫君を見る。
正確には、次第に大きくなってきたそのお腹を。
「本当に、医者はいらないんだね」
「はい、『相棒』もそのあたりのことは一通り。一時期、医療棟に通わせていましたし」
「この件に関しては、うちの夫もとても心配している。へんに貸しになんてしないから、遠慮なく頼りたまえよ。……わたし個人の感想としては、こっちが忙しくてろくに夫との時間もつくれないのに、と恨みがましい思いが……いや、やめよう。素直に祝福しようじゃないか」
ごめんなさい、本当にそれはごめんなさい。
ただでさえ魔力量の差で、兄上と義姉上の間には子どもをつくりにくいというのにね……。
実のところ、おれと相方だと、琥珀の姫君の方が少し魔力量が高い。
向こうは母親が王族だから、その分ね。
でもまあ、そこは実は、観測者からの援助があって……。
これはそもそも以前からの疑問だったんだけど。
神民と原初のヒトの間に子どもが生まれたって話だけど、これそうとうに大変だったんじゃないの? と。
観測者にそう訊ねたら、あっさりと答えが出た。
特殊な薬で一時的に魔力量を調節することで妊娠しやすくするという方法があるのだとか。
しかも、母体の方が魔力量が高い場合、母体の魔力量に近い子どもが生まれるようにできるのだとか。
そんな面白そうな話を聞いたら、やるしかない。
おれと琥珀の姫君は観測者から得られたデータを基に薬を自作し、自分たちで試してみた。
結果は、出産時にわかるだろう。
それでなんの問題もなければ、晴れて義姉上にも報告し、使ってもらうつもりである。
いまはまだ黙っておく必要があった。
ぬか喜びさせるのは本意ではないのだ。
しかし……。
「なにをニヤニヤしている? また隠し事をしているな? おい、吐け。吐きたまえ。わたしがいまさらきみたちに容赦すると思っているのかい?」
「あ、はい、申し訳ありません……」
義姉上に脅され、おれたちはあっさりと魔力量均衡薬の存在について吐いた。
義姉上は額を手で押さえ、天を仰いで呻き声をあげる。
「それはまずいぞ……実にまずいぞ……なんてものをつくってくれたんだ、わたしはいま、猛烈に聞かなかったことにしたい」
「まずいですかね、やっぱり。では義姉上だけの秘密ってことに」
「いちばんまずいのは、子の魔力量を見ればわかってしまうことだろう!」
「……それは、そうですわね」
琥珀の姫君が不本意そうに首肯する。
うん、そこがちょっとばかり問題だとは思っていたのである。
ひとりくらいなら、まあ運よく上振れた、と考えることもできるだろうが……。
ふたり、三人と産んでその全員が母体と同じくらいの魔力量を持っていたら、これはもう言い訳ができなくなる。
というかこれ、王族をぽんぽん増やせる薬なんだよね……。
ちょっと危険すぎるな、とは思っていたんだけど。
義姉上だけなら、いいかなと……。
そりゃよく考えたら、魔力量が高い子が何人も生まれたら怪しまれるわけで……。
「もちろん朗報ではあるんだ。大陸全体で見た場合、ここ数年で王族級の魔力量を持つ人材はごっそり減った。二度と元の水準には戻らないだろうと思われている。この薬があれば、事情は変わる。だが……いくらなんでも変わりすぎる」
「材料と製法は、ちょっと特殊なんです。妖精演算で厳密にやったおかげで、ばっちりのものがつくれましたけど」
「それを公開するのだけは、待ちたまえよ。くそっ、こんなの陛下にだって伝えられん! どうする……? ああもう、きみたちはいつもそうだ! ちょっとしたことで世界のありようを変えていく!」
今回に関しては、やらかしたの観測者ですよ。
向こうとしてはおれたちを実験台に、上手くいけば聖教関係者に流すとか考えていたっぽいんだけど。
それはそれとして、うちの子には自由に生きられる環境を整えていきたい所存であります。
ええ、はい。
「まったく。
「おれも、誰が最初にそのふたつ名をつけたか知らないんですよね。いつの間にか、往復の書簡で使われてて……」
まだ年齢一桁の頃である。
あれから、ずいぶん遠くへ来たものだ。
「あと、今後、自分を実験材料にするのは禁止だ! 今回は大丈夫だったようだが、きみの身体はきみひとりのものじゃないこと、よく理解したまえ。……これから、父親になるんだろう?」
「あ、はい。……それは、言われてみればそうですね」
「言われてみれば、じゃないんだ。きみがいなければ、観測者からこれほど情報は引き出せなかっただろう。きみは質問の……なんというか、角度が少し違う」
「おっしゃる通りですわね。わたくしも、少し先走りすぎたこと、反省しておりますわ」
あっ、ずるいぞ、先に義姉上に降伏しやがって。
いやまあ、今回に限っては、たしかに早まったことかもしれないけど……。
よく考えなくても、結局。
原初のヒトがどうして原初の機工人形を使い、ここまでのテロを起こしたのかわからない以上……。
神民と原初のヒトの間で使われていたモノが本当に安全かどうか、入念なテストが必要だったのは明らかなのである。
いや、でもどうなんだ。
魔法文明で生きていた神民が、わざわざ魔力を持たない原初のヒトとの間に子どもをつくらなきゃいけない理由なんてあったのだろうか。
「ねえ、義姉上。神民はどうして、魔力のないヒトとの間に子どもをつくろうとしたんでしょうか」
おれはふと、そう問うてみた。
義姉上は、一瞬、呆けたように口をぽかんと開けて……。
それから、けらけら笑いだしてしまった。
「きみは時々、ひどく阿呆になるなあ」
「そんなにへんな質問でしたかね」
「決まっているだろう。その神民は、そのヒトを愛してしまったのさ」
ああ、とおれは手を叩く。
横で琥珀の姫君がジト目になっていた。
「ただそれだけで。……いや、それだからこそ、なのかな。薬までつくって、子孫を残そうとして……」
結果、ヒトは二派に分かれてしまった。
魔素のある世界に適合する者たちと、そうではない者たちに。
「神民を愛する人がいたと同時に、そうではない者たちもいたんだろう。反神民派、という名前だけでも、当時の様子の一部がわかるというものだ」
「そう、ですね。いろいろなヒトがいたんでしょう」
「子孫のわたしたちに、苦労を残さないで欲しいものだよ」
義姉上の言葉は、まったくその通りなのだが……。
これはまた、おれたちの世代が、また次の世代に対してなにをしてやれるかという問題でもある。
「ところで、
「日が暮れてから、帰って来るそうです。空を飛んでいるところを見られたくない、と」
「そうか。じゃあ、先にご飯をつくっていようか。土産にいい肉を持ってきたんだ」
わーい、義姉上だいすきー。
実際のところ、ここじゃ狩りをしている時間もないからなあ。
おれたちは小屋に戻ろうとする。
ふと、ストーンサークルの上に浮かぶ、いつも変わらず澄み渡った青空を見上げた。
中天に輝く太陽。
この光景をつくった者たちは、なにを考えていたのだろうと。
ずっと、世界が続いていてくれることを望んでいただろうか。
妖精たちは、しかし生きることに倦んで、ひとり、またひとりとこの地下に眠ることとなった。
永遠に続くなにかなど存在しないと、その者にもわかっていただろうに。
それでも彼らは、永遠を求めて……創神計画などというものを望んで……。
それはいったい、何故だったのだろう。
ふと、先ほどの義姉上の言葉が脳裏をよぎった。
「愛していたから、か」
案外、その程度だったのかもしれない。
愛していたからこそ、それが永遠であると信じたかった。
そうして生まれたのが、この光景であり、創神計画であり……。
妖精であり、機工人形であり、観測者であり。
だったら、きっと。
彼らが信じた、愛していたが故に用意されているものが、まだまだこの大陸には残されているはずだ。
それらが見つかれば、きっと。
彼らの子孫があらゆる苦難を乗り越えられると、そう信じて。
「乗り越えられるさ」
おれは呟いた。
極めて無責任に。
了
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