転生魔法貴族の次男坊は無責任に生きるよ   作:星野純三

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第6話

 暴徒がおれたちの屋敷を襲った経緯は、以下の通りだ。

 不景気の折、王都の平民の間でこんな噂が流れた。

 

 我々が職につくことができないのは、魔爵家の人形が我々の職を奪っているせいである。

 あげくに魔爵家は、さらなる新型人形を開発し、果てには平民からあらゆる職を奪うであろう。

 

 かような暴虐、もはや許してはおけぬ。

 われらいまこそ、かの悪逆を働く者どもに法の神の鉄槌を下さん――。

 

 ちなみに法の神というのは教会で祭られる八柱の一柱で、民に正しい裁きを下す神として知られている。

 物語の中では、しばしば悪い貴族が成敗される際にデウス・エクス・マキナ的に降臨したりする。

 

 市井で流行っているというこの話を聞いて、おれは思った。

 そんなアホな、と。

 

 こんな話を信じる馬鹿はいないだろう、と。

 いくらなんでも荒唐無稽にすぎるではないか、と。

 

 実際に、父上と母上も笑い飛ばしていた。

 当家とつきあいのある他の貴族たちも同様であった様子である。

 

 ただ市井が不景気なのは事実であった。

 それへの対策として王家が大規模な財政出動を決めたことは伝えられていて……。

 

 冬から春にかけて大規模な公共事業がいくつも行われる、という情報はおれたちのところにも下りてきていた。

 同時に教会でも炊き出しを増やしたり、いろいろ手を打ってはいたのだ。

 

 ただ、それでもやはり現状に不満を持つ者たちが次第に増えてきている、という実感はあったらしい。

 とはいえ、だ。

 

 他にも噂話なんて山ほどあった。

 おれたちの屋敷は貴族街でも奥の方にあるわけで、平民はそこに到達するのも難しい。

 

 本当に機工人形が悪いなら工場を潰す方にいくはず、とおれたちの誰もが思っていたわけで。

 そもそもわが家が管理している機工人形って王宮に納品する高級機や軍事用が大半で、民生用はほとんどなかったりするんだよね……。

 

 民生用の機体は、すでに枯れた技術として公開し、他の貴族家がこれをつくっていたりする。

 いやそれでも民からするとだいぶグレードが高くて、富豪でもないと手が出せないシロモノだったりするんだけども。

 

 そう、機工人形はわが国の誇る産業ではあるが、非常に高価なものなのだ。

 そんなハイグレードなシロモノが、民の職を奪うことなどできない。

 

 少なくとも、いましばらくは。

 将来的には大量生産されてそういう未来が訪れるかもしれないけどね。

 

 しかし一部の原材料の問題とかもあり……。

 そういう日が来るまでにはあと百年はかかるだろう、と考えられていた。

 

 うん、おれたちは、そう思っていたのだ。

 わが家の者はなまじ機工人形について詳しかったし、まわりの貴族たちだって相応に知識があった。

 

 このあたりの未来予測がしっかりできていない者は、王国において主要な地位につくことができない。

 必然的に、わが家とつきあいのある貴族たちもそういう面で選別されていく。

 

 故に、気づけなかった。

 民の無知と、そこから迸るすさまじいまでのエネルギーに。

 

 故に、起こってしまった。

 王都における暴動という、致命的な瑕疵が。

 

 のちの調査によれば。

 推定人口百万人の王都で、なんらかのかたちで暴動に参加した者は実にその三パーセント、つまり三万人に及んだという。

 

 彼らは貴族街を襲うだけでなく、富豪の家や商店に押し入って強盗を働いた。

 止めようとした者たちとの間で、激しい暴力のやりとりがあったという。

 

 貴族街では、なぜか一部のセキュリティが無効化されていた。

 暴徒の中から魔法の弾丸が撃ち込まれ、かけつけた衛兵たちが殺害されたという。

 

 このあたりの経緯も後の検証で明らかにされたものだ。

 暴動当時は、貴族街のセキュリティは万全、故に避難の必要もないと貴族の誰もが思っていたのである。

 

 結果、まずなにが起きたか。

 貴族街の入り口付近に屋敷を構えていた、なんの関係もない男爵家がいくつか、暴徒の渦に呑み込まれ、一族郎党皆殺しにされた。

 

 暴徒たちは、貴族の老婆の頭を叩き割って金歯を抜き取り、令嬢の死体から身ぐるみ剥いで裸で木に吊した。

 屋敷は炎に包まれ、逃げ遅れた使用人たちの断末魔の声が響いた。

 

 ここに至り、おれたちも状況が非常に悪いことを理解する。

 父上と母上がおらず、兄上も学院の寮にいる現状、屋敷での最上位はおれであった。

 

 もっとも、実際のところは年老いた家令がすべてを差配していたのだが……。

 彼も、このような状況は想定しておらず、いささかうろたえていた。

 

「どうしよう、下兄ちゃ……」

 

 すがりついてくる弟と妹。

 彼らに対して笑顔で「大丈夫だよ」と言った後、おれは家令に対して命令を下した。

 

「逃げます。すぐに準備を。門番さんたちにも、おれたちが逃げた後に撤退するよう伝えてください」

 

 前世で、大地震が起きたときのことを思い出していた。

 

「まずは社員の命だ」

 

 当時、まだ現役だった父からそう命じられ……。

 おれは避難とその後、電気が止まって鉄道も動かず途方にくれる社員たちへ宿泊、炊き出しの差配をしたものである。

 

「使用人の皆も、命を大事に。こんな暴動で死ぬのも馬鹿げています。さっさと避難しましょう」

 

 結果的に、周囲の屋敷が襲われた中でも、本来の標的であったはずのうちの屋敷の面々はその全員が無事で……。

 その代償として。

 

 門番たちの退路を確保するため最後まで戦った機工人形である『相棒』は。

 その機体に残されたわずかな寿命を使い切ることとなった。

 

「よくやった。ありがとう」

 

 燃え尽きた屋敷に戻ってきたおれたちを代表して、一報を聞き駆けつけた父上は。

 立ち尽くしたまま二度と動かなくなった『相棒』にそう声をかけた。

 

 機工人形の目の緑の輝きは消え、二度と戻らなかった。

 以後、『相棒』のボディは新品同様に修復されて……。

 

 再建された屋敷の玄関で、皆を見守るように静かに鎮座することとなる。

 父上も母上も、兄上も弟たちも。

 

 そして使用人やおれたちも。

 全員が、屋敷の玄関をくぐるたび、『相棒』に軽く頭を下げるのがしきたりとなった。

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 暴動は一昼夜続いて、王国の近衛隊が出動した結果、収束した。

 暴動と同時に発生した火災によって焼け出された者は王都の民の半分以上に及び、死者・負傷者は数えきれないほどとなった。

 

 暴徒の半数は殺され、残る半数は逃げ散ったがその大部分は鬼のような形相をした近衛たちによって草の根わけてでも探し出され、捕縛された。

 

 彼らは厳しい尋問を受けた後、ことごとく死刑となったという。

 その過程でさまざまな検証が行われ……。

 

 暴動に他国の関与があった疑いが濃いこと、暴徒の中にそういった者たちが紛れていた可能性が浮上した。

 ただ、最終的に決定的な証拠を握ることはできず……。

 

 それでも、一部貴族の強い声と焼け出された民の憤懣やるかたない声に背中を押された王家は……。

 かねてから関係の悪かった、とある近隣の国への出兵を決断した。

 

 半年の戦いの末、この国の半分が焼き払われ、わが国は多額の賠償金をせしめた。

 おれは見に行かなかったが、凱旋した貴族たちは、派手なパレードをしたらしい。

 

 見に行かなかった理由は単純で、そもそも父上が見に行かなかったからだ。

 

「あれは茶番だよ。王家もそれはわかっているのだ」

 

 そんな、意味深なことを言っていた。

 その父上であるが、自身が不在の間、使用人たちの指揮をとったおれに対してねぎらいの言葉をかけてくれた。

 

「よくやった。おまえの決断が皆を救ったのだ。誇るがいい」

 

 それに対して、おれは首を横に振った。

 

「迂闊でした。暴動が始まった直後に動いていれば、『相棒』も無事であったでしょう」

 

「あれは最後までその責務を果たしたのだ。おまえが気にすることはない。それよりも、機工人形の犠牲で救った者たちの方に目を向けなさい」

 

 父上が言いたいことは、よくわかる。

 結局のところ、機工人形は機工人形でしかなく、大切なのはヒトであるのだということだ。

 

 理屈では、当然そうなる。

 おれだって、使用人の皆の命と『相棒』の機体とを天秤にかけたら何度だって使用人の命をとるだろう。

 

 それでもおれは、今回の一件で己の無力を露呈したと認識している。

 ぼろぼろのまま立ち尽くす『相棒』にすがって泣いていた弟と妹の姿を、この目に焼きつける。

 

「次はもっと上手くやります」

 

 だからおれは、そう父に告げた。

 

「もっとも……次、なんてないことを願っていますが。おれは所詮、次男坊なんですから」

 

 そうだな、と父は笑った。

 おれの頭の上に手を置いて、やさしく撫でてくれた。

 

「そうであれば、いいのだがな……」

 




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