転生魔法貴族の次男坊は無責任に生きるよ   作:星野純三

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第7話

 暴徒に屋敷を焼かれてから、屋敷が再建されるまでの、しばらくの間。

 おれと弟と妹の三人は、幾人かの使用人を伴い、王宮の隅に身を隠していた。

 

 先の暴動に他国の関与が濃厚であるならば、本当に狙われていたのはおれたちである可能性が高い。

 実際のところ、その扇動が行き過ぎて制御不能な大規模な騒乱が起きてしまったわけだが……。

 

 ここまでのことをしでかした者たちが、二の矢を放って来ないとも限らない。

 ならばいっそ、王宮で匿ってしまえ、というのが陛下の決断であったのだ。

 

 父上と母上は領地から屋敷の再建を指揮し、長男である兄上は警備の厳重な学院の寮に戻った。

 故に、次男以降のおれたち三人だけが王宮でしばしの時を過ごすことになったのである。

 

 王宮で暮らす日々の中、おれは『相棒』の鎧についた傷を研究していた。

 この鎧はおれが設計したもので、最後まで『相棒』を――年老いた機工人形の繊細な内部を守り抜いてくれたわけだが。

 

 それはそれとして、鎧が暴徒たちからどのようなダメージを受けたのかは、知っておく必要があった。

 なによりそれは、後におれがつくることになるであろう機工人形の安全性をより高めることに繋がるのだから。

 

 そういうわけで、真冬の王宮の庭にて。

 その一角にある東屋を借りて、おれは鎧をバラし、部品ひとつひとつに魔力を通しながら損耗をチェックしていた。

 

 冷えついた空気が、ほどよく頭を醒ましてくれている。

 なにもしないでいると、『相棒』の最期を思い出してしまいそうだった。

 

 自分の判断で失ったものについて考えてしまいそうだった。

 だから、がむしゃらに手を動かした。

 

 木製のテーブルに広げた部品を、ひとつひとつチェックしていって……。

 

「やっぱりだ。鎧への衝撃が均等に分散している」

 

 鎧は、暴徒たちの攻撃を数多く受けていた。

 前面のあらゆる場所が傷ついていた。

 

 内部の消耗を鑑みると、全面に渡って均等にダメージを受けていた事実が判明したのである。

 暴徒の攻撃が技巧を凝らしていることは稀であろうから、奇妙な事実であった。

 

 普通に考えれば、鎧の消耗が均一になるはずなどないのだ。

 あえてそういう風に傷を受けなければ。

 

「つまり、『相棒』は……」

 

 目頭が熱くなる。

 

「もう限界に近い身体への衝撃を均等にすることで、残り少ない耐用年数を限界まで使いきろうとしたんだ。最後の最後まで、敵に立ちはだかるために」

 

 それは、明らかに高度な戦い方だ。

 本来単純労働にしか従事できないとされていた、使い魔の魂でできる範疇を越えた行動であった。

 

 機工人形に使われる魂の限界は、書物でも家庭教師からの聞き取りでも、おおむね一致を見ていたのである。

 その仕様において、このような動きができるはずはない、そのはずであって……。

 

 そう、まるで――。

 原型からコピーされた魂が、長い『相棒』の活動の中で成長でもしなければ。

 

「『相棒』、おまえは……おまえの魂は、己の限界を超えて成長していたのか」

 

 かじかんだ手が、ねじの一本を拾い損ねた。

 ねじがテーブルから落ちて、石を敷き詰めた床を転がる。

 

 慌ててかがんで、ねじを拾おうとした。

 そのおれの顔のそばを、黄色い蝶が横切った。

 

「冬に――蝶?」

 

 違和感を覚えて、顔をあげる。

 東屋のまわりを踊るように舞うそれを、じっと眺める。

 

「いや、これは――」

 

 冬の眩い陽光を浴びて、蝶の体表に金属のきらめきが見えた。

 機工人形の一種だ。

 

 ただ飛ぶだけの機工人形が、愛玩用として王宮に納品されているという話を思い出す。

 たしか、家庭教師の先生が、当家以外がつくったさまざまな機工人形のひとつとして挙げていたものだ。

 

 子どものおもちゃとしての用途しかないにもかかわらず、ひどく高価なため、本当にごく少数しか生産されていないという……。

 なるほど、これがそうなのか。

 

 それにしても……と蝶の形をした機工人形の羽ばたきを観察していて、首をひねる。

 聞いていたそれは、勝手に主人のまわりを羽ばたくだけであったはずだ。

 

 周囲にそれらしい人影はない。

 それに、この機械の蝶、どうやらおれの存在を認識し、まるでおれを心配するように周囲をぐるぐると……。

 

 ふと思いついて、手をかざした。

 蝶はおれの掌の上に舞い降りた。

 

 その緑色に輝く双眸が、じっとおれを見つめている。

 

「知性が――ある? そんなことが?」

 

 機工人形の魂は高度な知性を持たず、単純労働がせいぜいである。

 これまでずっと、そう言われてきた。

 

 そもそも、「使い魔の魂の研究」はおれの家とは別の魔爵家が担当している。

 わが家で機工人形に搭載する魂の原型も、そこがつくったものだ。

 

 かの魔爵家は、一般にこう言われている。

 魂狂い、と。

 

「魂狂いの新型か?」

 

 ふと、そう呟いていた。

 どこからか、拍手が聞こえる。

 

 いや、いつの間にか、東屋のそばに、おれと同じくらいの背丈の少女が立っていた。

 たっぷりとフリルのついた白いドレスを身にまとい、悪戯っぽい笑みを浮かべた少女だ。

 

「正解ですわ。さすがは、人形狂い」

 

 人形狂い。

 うちの魔爵家に対する、あまり品の良くない呼び名だ。

 

 ちなみに、もう少し上品な呼び名として、人形の司、というものがある。

 こっちは人前で呼んでも失礼に当たらない。

 

 というか、人形狂いと正面から呼ぶのは喧嘩を売っていると解釈されてもおかしくないんだが……。

 まあ、魂狂い、という呼び名も同じくらい品がないとされているからおあいこだろう。

 

 となると、目の前にいるこの少女は――。

 

「魂狂い――失礼、魂の司は、現当主の妻が王家から出ているんだったか」

 

「ええ、お母さまの里帰りについてきました。相変わらず、王宮は退屈ですね。ですが、あなたに会えました、理崩(ことわりくず)し」

 

 理崩(ことわりくず)し。

 それは、学院の研究棟でいつしか広まった、おれに対する呼び名であった。

 

 これまで当然の理とされてきた森羅万象の基礎について、片っ端から疑念をなげかけ――。

 学院の者が真面目に調べてみたところ、そのいくつかについて、根本から覆るような発見が生まれたことから、その名がついたとされている。

 

 知らん、なにそれ。

 おれはただ、書物の中に、おれの前世の知識では首をひねってしまうようなことが書いてあったから、ダメモトで確認してみただけなのである。

 

「なるほど、あなたが琥珀の姫君」

 

 魂狂いの麒麟児、白眉。

 琥珀の姫君。

 

 ちなみにこの世界では白眉にあたる言葉が、「星宿し」とかになるんだが……。

 この世界の慣用句はなるべく前世の言葉に置き換えることにする。

 

 とにかく。

 彼女は幼くして、特殊な琥珀色の魔法鉱石を基盤にして使い魔を生み出すという新技術を生み出した、魂狂いの最高傑作と呼ばれる人物である。

 

 年はおれと同じ。

 なんか知らないけど、市井の噂では勝手にライバルにされていると聞いていた。

 

「この蝶は――きみが作ったのか?」

 

「はい。もっとも、ボディは既製品とあまり変わりません。魂だけ、わたくしが一からビルドいたしました」

 

「知性化」

 

「まだ、その最初の坂を登ったばかりと言うところです。加えて、非常に魔素の消費が大きいため、わたくしの魔力で補助をしております」

 

「使い魔とのリンク技術の応用か。機工人形で使うには効率が悪いと聞いた」

 

「おっしゃる通り、現状では戯れにしかなりませんね。良きこともございます。この蝶の視界は、わたくしの視界と連動しているのです」

 

 使い魔との視界の同期。

 それはそれで、すごいことである。

 

 機工人形で成し遂げた者は、これまでいなかったはずだ。

 さらっとそんな新技術を披露してよかったの?

 

「残念ですが、この蝶はわたくしから少し離れるだけで動けなくなってしまいます。視界の同期にも、多大な魔力を使います。わが家の技術ではこれが精一杯、とのこと」

 

「うちの家の技術なら、もっとなにかできるんじゃないか、ってことですか」

 

「できますか?」

 

「目的次第ですね」

 

 少女は考え込んでしまう。

 

「特に、これといった目的は……」

 

 ひょっとして、作りたいから作っただけ、って感じかな。

 それでこれだけのものができてしまうのだから、噂通り、本当に規格外だな……。

 

「まだこれも初期の試作品です。いろいろと、できることをやっているだけの段階なのです」

 

 故に、魂の知性化とリンク技術と視界同期で、コンセプトがごちゃごちゃしているわけか。

 この子、噂以上に才能に振りまわされているなあ。

 

「この中だと視界の同期は、国がもっとも興味を持つ技術になる。あなたが手軽に評価を求めるなら、ここをまず突き詰めていくのがいい」

 

「そうなのですか」

 

「上空から誰にも見つからずに偵察兵として動けるだけでも、王家が機密に指定して研究するだけの価値はある」

 

「機密……それは困りますね。ではこれは、わたくしとあなただけの秘密ということで」

 

 おいこら、それでいいんかい。

 彼女にとっては、家への貢献より自分の研究、ということらしい。

 

 まあ、それならそれでいいけどね。

 自由に動けなくなるよりは、無責任でいた方がマシだ。

 

 それからも、いろいろアイデアを交換した。

 彼女の意見のいくつかは思ってもみなかったもので、あっという間に時間が過ぎていった。

 

 いつの間にか、日が暮れかけていた。

 どこからか、彼女を呼ぶ女官の声が聞こえてくる。

 

「そろそろ、この楽しい時間も終わりですね。それとも、このままわたくしの手を取って、共に逃げてくれますか」

 

 くすりと笑う少女。

 おれは肩をすくめて、「それでは研究に支障が生じます」と返事をする。

 

「わたくしと研究、どちらが大事なのですか」

 

「あなたと共に研究できたら、どれほど楽しいでしょうね」

 

 お互いに顔を見合わせ、くすくす笑いあった。

 ライバルにあたる魔爵家同士、立場というものはよく理解している。

 

「次にお会いするときは、学院に入学するとき、ですね」

 

「はい」

 

 そうなのだ、おれも彼女も、一年後に学院に入学する。

 どうせ、そのときにまた会うことになる。

 

 家のしがらみがある。

 だが学院の中では、そういったしがらみは最低限に抑えられる。

 

 そういう気風なのだと、十日に一度帰宅する兄から伝え聞いていた。

 学院の中で肩を並べて学ぶことで、家のしがらみを越えて協力するという、そんな自由の気風である。

 

「一年後を楽しみにしておりますわ」

 

「おれもです」

 

 立ち去る少女の背中を、じっと見つめた。

 




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