転生魔法貴族の次男坊は無責任に生きるよ   作:星野純三

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第8話

 この世界のこの国において、暦や時間には独特の名前がついている。

 たとえば年が明けて最初の月を、星詠神の月と呼んだり。

 

 そのあたりをいちいち説明していては面倒なので、ここでは星詠月ではなく一月と呼ばせてもらう。

 ひと月は30日か31日で、一年は12か月、368日である。

 

 一年の日数が少し違う以外はだいたい前世の地球と同じだ。

 ちなみに大陸においては地動説が主流で、一部の国が天動説をいまも信奉しているらしいが、他国のことまではおれもよく知らない。

 

 時間についても、同様に一日24時間で表記させてもらう。

 一時間が60分で、一分が60秒だ。

 

 長さと重さについても、以前に語ったようにメートル法で表記する。

 ヤードポンド法は敵だ。

 

 さて、なぜこのようなことを書き記したかと言えば、前世の日本とは違う、この国での風習を語るからだ。

 たとえば、新年の幕開けと共に学院の新学期が始まるとか。

 

 おれが十二歳になる年がやってきた。

 新年休みが明けた直後。

 

 今日、おれは学院に入学する。

 馬車から下りたら、冷たい風が吹き抜けていって、思わずぶるりと震えた。

 

 道の端には残雪がある。

 この時期は王都でも稀に雪が降るのだ。

 

 おれと兄上のふたりは、おれたちの屋敷の馬車が去っていくのを見送り――あ、弟と妹が手を振りながら泣いてる。

 あいつらだって、あと二年と四年で学院に入るんだからさあ。

 

 まあ、そのころにはもう兄上は卒業しちゃっているわけだけど。

 おれのみっつ上だからね。

 

 大先輩なのである。

 十六歳になった兄上は背もだいぶ伸びて、いまや見上げるほどの体躯となっていた。

 

 たぶん身長190センチくらいはあるんじゃないだろうか。

 その割には華奢だから、ちゃんとご飯を食べているのか、ちょっと不安である。

 

 いや、帰省中のわが家ではバクバクたくさん食べていたけどね。

 大勢の学院生と共に、高い壁に囲まれた学院の門をくぐる。

 

 常緑樹の並木道の向こう側に、四階建てで煉瓦造りの立派な建物がそびえ立っていた。

 あれが中央校舎、これからのおれの学び舎だ。

 

「兄上は、これからどこへ」

 

「生徒会に用事がね。弟よ、くれぐれも騒ぎを起こすんじゃないぞ。――少なくとも、初日の今日くらいはおとなしくしていてくれ」

 

 え、なに、兄上っておれのことどう思ってるの?

 心配しなくても、騒ぎなんて起こさないよ。

 

 ただちょっと、登校したらまっさきに研究棟に来いって文通していた研究者たちから言われているだけで……。

 たぶんその場でちょっと挨拶するだけだ。

 

 ちなみに兄上は生徒会に入っている。

 学院の生徒会というのは成績優秀者だけでなく模範的な生徒でかつ高位の貴族家の者でなければ入れないところで、さすが兄上といったところだ。

 

 現在の生徒会長は王族で、兄上はその右腕になっているのだとか。

 不肖の弟として、実に鼻が高い。

 

「……くれぐれも、騒ぎは起こさないでくれよ」

 

「もちろんです!」

 

 歴然たる根拠しかない自信でもって、おれはうなずいてみせる。

 兄上は、少しじとーっとおれを見つめた後、正面の中央校舎に向かった。

 

 さて――こっちも、いよいよ念願の研究棟に足を踏み入れますか!

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 研究棟は学院の敷地のはずれにある。

 中央校舎を右手に見ながらぐるっとまわって、斜め後ろだ。

 

 ちなみに学院生の寮は中央校舎を左手に見ながらぐるっとまわったところにあって、両者はかなり離れていたりする。

 これは別に研究者たちが除け者にされているというわけではなく、単純に機密も多い場所から普通の学院生を離しておくためであるらしい。

 

 それが証拠に、研究棟の周囲は、外側のものよりは少し背が低いながらも、高さ三メートルくらいはある立派な壁に囲まれている。

 二か所ある門には、どちらも厳重な警備が為されていて……あ、よくわからないで迷い込んだ新入生が警備の兵に追い返されているな。

 

「おい、きみ! こっちは立ち入り禁止だ! 戻りなさい!」

 

 おれが近づくと、同じように警備の兵が叫ぶ。

 おっと、そうだった、そうだった。

 

 おれは、以前の手紙に同封されていた錬金銀製のバッヂを懐から取り出し、高く掲げた。

 いやこれ普通に胸もとにつけるだけでいいとは言われてるんだけど、こういうのつけるのってなんか恥ずかしくてね……。

 

 バッヂを見た警備の兵が、慌てて姿勢を正す。

 

「失礼いたしました、特待生の理崩(ことわりくず)しさまであらせられますね! ご案内いたします!」

 

「ありがとうございます。案内は結構です。通ってよろしいですか」

 

「もちろんです! どうぞ、右手の第二実験棟にお進みください!」

 

 ああよかった、ちゃんと話が通っていた。

 おれは少し安心しながら、研究棟の敷地に足を踏み入れた。

 

 

    ◇ ◇ ◇

 

 

 本当は、学院に入学する前から研究者たちに誘われてはいたのだ。

 

「一度、研究棟を見学に来ないか。きみならいつでも歓迎するよ」

 

 と、手紙にはそう書かれていた。

 父上とも相談した末、それをこれまで断っていたのは――単純に、他にもやりたいことがいっぱいあったからだ。

 

 おれには、まだまだ詰め込むべき知識がたくさんあった。

 屋敷で独自に調べることができる、機工人形に関する技術が山ほどあった。

 

 この国における最先端の研究者に会うなら、その前に、できる限りのことを身に着けておきたかったのである。

 それが礼儀だ、とおれは思ったし、父上も「おまえがそう思うなら、そうしてみなさい」と少し呆れた様子ながら肯定してくれた。

 

 外は寒かったが、研究棟の中は暖房が利いていて、上着を脱がなければ暑いほどだった。

 というか床暖房もしてるなココ――床下に配管が通ってお湯が循環している?

 

 いやお湯じゃない……ああ、そうか。

 これ機工人形の内部で循環させている魔素オイルだ。

 

 機工人形の技術を応用して研究棟全体を暖房しているわけか……考えたなあ。

 いやこれ、同じ技術で冷房もしているんじゃないか? となると魔素オイルに流す魔力を調節するシステムが……。

 

 とか考えながら研究棟の内部をふらふら歩いたり床に這いつくばって魔力の流れを調べたりしていたら。

 不審な子どもが紛れ込んでいると思ったのか、白衣の男女が集まってきた。

 

 そのうちのひとりが、「あっ」と声をあげる。

 

「もしかして、理崩(ことわりくず)しとはきみのことかね」

 

「そう呼ばれることもありますね」

 

「教授が研究室でお待ちだ。来なさい」

 

「あ、はい」

 

 そうだった、そうだった、と立ち上がる。

 本来の目的を思い出していた。

 

 今日は、ずっと文通を続けていた教授に直接、会うためにここを訪ねたんだった。

 建物内部で使われている仕掛けがひとつひとつ面白過ぎて、つい解析に夢中になっちゃったよ。

 

 そんな話を、ようやく会うことができた教授に語った。

 禿頭の老人だった。

 

 教授は大笑いして、「ぼくが開発したシステムを、そんなに楽しんでくれたなら、これほど嬉しいことはないよ」と穏やかな口調で告げる。

 

「あなたがつくったんですか、この研究棟の冷暖房システム」

 

「ほう、冷房もできると気づいたのですね。さすがです」

 

「兵士型の機工人形が連続動作で過熱した場合に冷却するシステム、そもそもあなたの開発だとお聞きしました」

 

「そこと繋げましたか。さすが、理崩(ことわりくず)し、慧眼です」

 

 実際のところは、単に前世のエアコンみたいだなと思っただけなんだけどね。

 この研究棟にいれば冬だけでなく夏も快適というなら、そりゃあ研究者たちも泊まり込みで仕事をするだろう。

 

 いや、そもそもここだけじゃないのかな?

 学院生の寮とかは、どうなんだろう。

 

「実は先日、完成したばかりの新寮では、ここと同じ冷暖房システムが備えつけられています。きみもそちらの寮に入りなさい。そのついでにシステムの管理権を、きみにだね」

 

「もしかして、ちょっとした修理とかはおれにやらせようとしてます?」

 

「適切にいじれる者が少なくてね……。本来は専用のメンテナンスの人員を育てるべきなのでしょうが、技術者の育成が滞っていてね、このシステムが王宮に敷設されていない理由なのですよ」

 

 ああ、そのへんのノウハウを貯める意味でも、学院寮でテストしたいわけね。

 そのあたりをおれに任せたい、と。

 

 え、ついでに運用マニュアルも作る?

 あ、はい……。

 

「それ、どう考えても今年で十二歳になるガキが担当することじゃないと思うんですが……」

 

「普通の十二歳の子どもは、この研究棟に入ることもできませんよ。この敷地内では、謙遜は悪徳だと思いなさい。きみは魔爵の次男坊ではなく、ひとりの研究者の卵なのです」

 

「そうおっしゃるなら、やってみましょう」

 

 かくして、いきなりおれは新しい寮の管理を任されることになった。

 どう考えても、新人がやることじゃないんだが……。

 




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