転生魔法貴族の次男坊は無責任に生きるよ   作:星野純三

9 / 58
第9話

 文通していた教授との顔合わせが終わった後。

 おれはその教授に手を引かれ、新しい寮へ案内された。

 

 この新寮は、旧寮とは違い研究棟のすぐ近くにある。

 兄の寮での話から察するに、あちらより警備が厳重なようだった。

 

「おい見ろ、研究棟のヌシが歩いているぞ」

「あのご老人が……おれ初めて見た」

「手を引かれている子は誰だ、迷子か?」

「ただの迷子を、わざわざ研究棟のヌシが案内するものか。孫なんじゃないか?」

「え、ヌシに孫なんていたの? あの人、そもそも結婚していたの?」

 

 おれたちの様子を見た周囲の学院生たちがこそこそと噂話をしている。

 声を潜めているのかもしれないが、まる聞こえである。

 

 というか、教授、ヌシとか呼ばれてたんですね……。

 今度からおれもそう呼ぶわ。

 

 あとなんで、にこにこ顔でおれの手を引いているんですかね……。

 おれ、これでも今年十二歳になるんですよ?

 

「きみはぼくとの約束も忘れて研究棟の床に這いつくばっていたりする奇行の持ち主だからね、しっかりと手を引いてあげないとね」

 

「あ、約束の時間に来なかったこと、ちょっと怒ってますか」

 

「全然、怒ってはいないよ。うち、奇人変人はたくさんいるから。でもきみの場合、放っておくとどこまでもふらふら行ってしまいそうだからね……。ちょっと心配だよ、ぼくは」

 

 ソンナコトナイヨ。

 ………。

 

 実は毎年、わが家の領地の屋敷に赴くと町の散策が(護衛つきで)許可されるんだけど……。

 あちこち興味の赴くままふらついていたら、「あなたはもう少し護衛の苦労を考えなさい」と母上からガチめのお叱りを受けたんだよね。

 

 なおこの前に、「護衛があなたを見失えば、それは護衛たちにとって非常に苦しい状況になると思いなさい」と釘を刺されていたりする。

 

「それって首が飛ぶってことですか? 概念的に? それとも物理的に?」

 

 母上は、にっこりと微笑まれた。

 怖い。

 

 おれは無責任を目指しているが、自らの無責任で他人が損害を被ることは望まない。

 ただまあ、なにごとも夢中になってわれを忘れてしまう、ということはあるわけで……。

 

 そうならないよう、学院内では気を張っているつもりなんだけどなあ。

 

「その顔は、心当たりがありそうだね」

 

「教授は心が読めるんですか」

 

「そういう魔法を研究していたことも、あったかもしれませんね」

 

 読心の魔法、公には存在しないとされているはずなんだけど。

 うーん、冗談かどうか、ちょっとわからない。

 

 新しい学院生寮は、思ったよりこじんまりとした、三階建ての建物だった。

 コンクリートづくりで、内部に魔素を循環させる配管がびっしりと詰め込まれているため、壁はかなり分厚いのだとか。

 

 わが国において、コンクリートとは火山灰と石灰を混ぜたものに魔法で強化を施したものを指す。

 前世におけるローマ時代に使われていた、いわゆるローマン・コンクリートを、さらに魔法で補強したものだ。

 

「内部は左右に分かれていて、二階、三階は右手側が男子寮、左手側が女子寮になっています。一階部分は共用部です」

 

「他の寮は男女で別に建てられていますよね」

 

「今回、実験も兼ねた新しい寮だからねえ。いろいろ使い勝手を試す意味でも、このかたちにしろって上がうるさくて」

 

 ああ、上からの命令だったんだ……それはお疲れさまです……。

 いやこの教授の上って、それ王宮からの命令ってことですよね?

 

 王宮はいったいなにを考えているんだろう。

 たしか、いまこの学院に通っている王家の者はふたりいて、あと公爵家からは三人だったか……?

 

 魔爵家が、おれと兄上を含めて五人。

 侯爵家が十人くらい。

 

 たぶん、この新しい寮に住むことになるのは、このあたりの面々だろう。

 いやどうかな、兄上は寮についてなにも言ってなかったんだよな……。

 

 と思ったら、新しい寮から兄上が出てきて手を振った。

 

「わたしもさっき、聞かされたばかりなんだが……。おまえとわたしは、この新しい寮で同室になるらしい。わたしの荷物が勝手に運び込まれていたよ」

 

 おれは無言で教授を見た。

 教授は、「おやおや」と呑気に笑っている。

 

 ほう・れん・そう!

 報告と連絡と相談しようよ!!

 

「あと、おまえが寮の管理責任者って話は本当なのか?」

 

「さっき、この方にうかがったばかりですね。兄上、学院ではこういったことがよくあるので?」

 

「普通はないよ……。いや、殿下がらみだと時々あるかな……? ああそうか、殿下が……?」

 

 兄上が、ぽん、と手を叩く。

 なるほど、生徒会長をやっている王族の人の采配か。

 

 で、その人がらみだと、ほうれんそうがすぽっと抜けることがあるのね。

 ……この国の頂点である王族として、それはいいのかな?

 

「殿下は、式典の準備で忙しいから……後で聞いてみるよ。おまえの荷物も部屋に運びこまれていたから、あとで整理しておくように」

 

「はい、兄上」

 

「それじゃ、おれも式典の準備に行くから!」

 

 本校舎の方へ小走りに去っていく兄上の背中を見送る。

 なんとも忙しそうだなあ。

 

 なお、式典というのは新入生の入学式のことで、生徒会はこれを取り仕切っている。

 学院は学院生の自主性を高めるという名目のもと、こういった行事を学院生に仕切らせているのだ。

 

 実際のところは、高位の貴族たちが持ちまわりで……箔づけも兼ねて行なわれているらしいんだけどね。

 貴族ごっこの予行演習、といったところか。

 

 まあ、おれには関係ないことだ。

 次男坊だから……というだけでなく、たぶん研究棟の方で忙しくなりそうだからである。

 

 現にいまも、研究棟からの依頼で、この新しい寮の管理なんて面倒な仕事を抱え込むことになったわけで。

 いやそれはそれとして、この寮のシステムについては興味があるんだけど。

 

「教授、この寮のマニュアルの下書きとかメモはありますか」

 

「ぼくの書き殴りでよければ、はい、これ」

 

「……汚い字ですね」

 

「ごめんねえ」

 

 貴族って、家で字の指導をきっちりやらされるものなんだけどな……。

 この人、たしか実家は公爵家のはずだし……。

 

 ジト目で睨むと、「あとで清書しようと思っていたんだけどねえ」と謝られた。

 ちいさくため息をつき、蛇がのたくったような文字を解読しながら、寮の中に入る。

 

 ええと……ここのあたりで開印の魔法を使って……お、壁がスライドした。

 ここに寮内部の配管を調べる装置が……これか、起動の魔法印は……。

 

「うんうん、ちゃんと魔法学の基礎ができているね。その年で、たいしたものだ」

 

「セキュリティについては機工人形のものとたいして変わりませんからね」

 

 当たり前だが、機工人形にも厳重なセキュリティがついている。

 新型の機工人形が敵国に奪われて、みたいなことは物語の中でしか起こらないようになっているのだ。

 

 うん、この国で公演されている演劇には、そういう物語もあったりするんだよね……。

 演劇の真似をして機工人形を盗もうとする輩が、年に数人は捕まっているんだ、これが。

 

 なおこういった魔法的セキュリティについては、第三の魔爵家がその専門家である。

 そこは、魔爵家でもいちばん正気、と言われていて……。

 

 まるで人形狂いと魂狂いが頭おかしいといわんばかりの風潮だね。

 おおむね事実だから仕方がないね。

 

 まあ、おれは極めて正気なわけだが……。

 

「配管、すべて正常です」

 

「うんうん、昨日ぼくがチェックしたばかりですからね。ですが万一というものがあります」

 

「はい、これは毎日、チェックした方がいいですね。……これ、正式なマニュアルはおれがつくるヤツですか?」

 

「それもまた、ひとつの勉強ですよ? 大丈夫、最終的には、ぼくがチェックしますから」

 

 勉強、と言われたらまったくその通りなので、否も応もなかった。

 最初から実地で勉強させてくれるだけでも、実に贅沢な話である。

 

「これ各部屋の点検とかはやらなくていいんですよね?」

 

「ああ、そのあたりは専門家の仕事です。きみは女子寮側に入れないわけですし」

 

「助かります。そっちも行け、と言われたらどうしようかと。……女子寮側の共用部は?」

 

「琥珀の姫君に頼めばいいと思いますよ。彼女と友達なのでしょう?」

 

 いきなり、その名が出てきてびっくりする。

 どこでそんな噂が広まったの?

 

 おれ、彼女に会ったのって一年前の王宮で、一度きりなんだよ?

 しかもちょっと会話しただけ。

 

 再会の約束はしたけど……。

 あのときのことを、誰かに見られていた?

 

 いや王宮で監視の目がない方がおかしいか。

 それにしたって、目の前の、ヌシと呼ばれる教授が知っているの……?

 

 とジト目で睨んだところ、ははは、と笑われてしまった。

 

「王宮にはおしゃべりな小鳥が多いのです。気をつけた方がよろしいですよ」

 

「肝に銘じます。……怖いところですね」

 

「怖いところなのです。だからぼくは、あそこに近づかないことにしているんです」

 

 素直に無茶な人だなあ。

 いや、こうして警告をしてくれるだけ、優しいのはわかるけど。

 

 それにしても、おれと彼女の会話がどう世間に伝わっているのか……。

 気になるような、聞きたくないような。

 

 まあ、ここで考えても仕方がないか。

 

「このマニュアルの手順はひととおり試しましたけど、他になにかありますかね」

 

「いくつか裏技を教えておきましょう。緊急時の対応のために、念のため覚えておいてくださいね」

 

「ちょっと待ってください、メモしますから」

 

「メモはなしです。紙に残すと、よろしくありません」

 

「いやそれ、なにを教えようって言うんですか!」

 

「まずは回路が熱暴走したときのための自爆コマンドを……」

 

 なんで自爆コマンドが寮についているんだよ!

 聞けば、寮全体を自沈させ深く埋めることで周囲への被害を最低限にするためらしいが……。

 

 このシステム、そんな不安定なの?

 本当に、王族を住まわせて大丈夫?

 

「念のため、あくまで念のためと趣味ですから」

 

「いま趣味って言いました?」

 

 




感想、ブックマーク、評価等いただければたいへん喜びます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。