読みづらければすまぬ。
吾輩はサンドバッグ…であるらしい。
カイル・フォン・パリスタン、それが今の自分の名前だ。
この名前に聞き覚えはあるだろうか…名前を知らなくても役割は恐らく皆知っているだろう。
婚約破棄、断罪、男爵令嬢、この三コンボからなる擦り切れるまで使い倒された古のテンプレートの代名詞、ざまぁ系王子だ。
だが、私は余りにも私を知らない。私が知っていることと言えば、開幕から婚約破棄をかまし男爵令嬢共々殴り飛ばされるくらいだ。
実家で妹が見ていたアニメと漫画の無料分をチラ見した程度の知識しか私にはない。
「困った」
鏡に映る自分の姿。
焦げ茶色の髪に翠眼、外見は悪くない。だがなんだろうな…この妙に軽薄そうなヘラついた表情、子供だということを差し引いてもなんだが憎たらしい顔つきだ。
王族だというのに、よくある王子様特有のキラキラを全く感じない。
高貴なオーラを漂わせる、我が金髪イケメン兄上とはえらい違いだ。
「どうするべきだ?妹の本棚から少女漫画は割と読んでいたがどこまで通用するか…順当に考えればモツァレラピザのような名前の私のヒロインは転生者だが…。呪われた黒髪で孤高の北部の大公や醜い噂だらけのイケメン侯爵や実は人に優しい淋しい魔族の王とかいなさそうなんだよな」
男ながらに、主人公が追放されて幸せになるシンデレラストーリーは山ほど見てきたので、なんとなくその後の展開は読める…。だがパーティー会場を血祭りに上げて尚、追放でもなく、そのまま国に留まるタイプは正直見たことがない。
国を追放され、呪われていたり厄持ちの北部の大公と婚約して幸せになるテンプレ。
醜いと噂される年老いた貴族に嫁がされるも、実はその噂は父親の方で息子はイケメンだったり。
魔物が蔓延る領地に捨てられ魔王に拾われるも、魔王は心に寂しさを喪失感を抱えるイケメンだったり。
その他にも腐る程色々あるが…知ってるものが全て追放が成立した上でのものだ。
「…確か。廃嫡、投獄、流刑だったか?犯罪者か……嫌なんだが」
とはいえだ。この手のストーリーは先に何があるか全くわからない。
チラ見した感じ恐らくバトル要素に大きく力を入れているはずだ、魔王とか戦争とか反乱とか世界の危機だとか先々の展開で用意されていても可怪しくはない。
世界規模でハッピーエンドを目指すのであれば、流れは変えるべきではないのかもしれない。
「………」
鏡に映る無表情の子供を見つめる。
皮肉った表情が顔面に張り付いているのか、広角の端が微妙につり上がっている。
演技自体は簡単そうだ、こうして笑いの表情を浮かべると…うわぁ、なんか腹立つな。
「俺の名前はカイル・フォン・パリスタン。この国の未来の王だ」
よし、我ながらアホ臭い顔だ。
ニタァ~…おぉ、悪意をすごく感じる。
「えぇと、不味い。全然セリフを覚えてないぞ。確か奴隷だとか付き人だ、とか言えばいいんだったか?私はマゾだから逆の方がいいのだが……」
魔王は知らないが、この世界では魔物は出るし、国同士の戦争もよく起きていることは知っている。
仮に流刑にされて罪人となれば、それで終わりだ。
なんの力もなければポックリと人知れず息絶えるだけだ……よし、鍛えよう。
「立ち位置的に主人公に殺される可能性が一番高いか?…確か妹は主人公のことをスタープ◯チナや衛宮
◯嗣とか言ってたな。え…あれ、スタンド?え…化物。最低でも時を止められても対応出来ないと駄目なの?数倍速で動くのは当たり前とか?」
い、いや。待てよ?確か妹曰く神様や悪魔やドラゴンとかも実在するんだよな?
え、え…無理。こんなストロングワールドに大した武力もなく、ほっぽり出されて生きていける訳ない。
この身体、加護とか特殊能力とか一切無いぞ。
幸い血筋の影響か魔力などという現代人ビックリの神秘のエネルギーは多めだ。
凄まじい能力が突然降って湧いてくる可能性などありはしない。
この身体と魔力、これらをひたすら伸ばすしかない…でないと死ぬ。
よし……それなら基礎が大事だ。何事も身体が資本で基盤だと言うしな。
「試しにこんなのはどうかな?」
体内を流れる魔力の経路、脈のようなものに意識を向ける。恐らくこの世界にそんな概念は無いのだろうが、イメージするためには形に当てはめるのが一番だ。
私は全身の関節の連動に加えて、体内を流れる魔力の経路を雑にだが同調させる。物理的なエネルギー伝達と、魔力のエネルギー伝達を完璧にシンクロさせることで、本来ありえない速度と威力を生み出すことが可能となるはずだ。
そして、骨の数百箇所で簡単な身体強化である加速を極小規模で連鎖させる。足首、膝、腰、肩、肘、手首。関節を動かす順番に合わせ、結節点で更に速度を乗せていく。魔力の流れは物理運動エネルギーを受け取りながら、波のように次々と加速・増幅されていく。
そして、末端である拳に、物理エネルギーと魔力エネルギーが最大効率で到達した瞬間、全てを解放する。
――ッパン!!
ただの拳が音速を超え、突き出された。
「お、おぉ…ただの空手の正拳突きなのに。出来るも――」
バタン。
ファンタジーのパワーに関心しながら、全身が前のめりに倒れ。自室のカーペットに鼻をぶつける。
ジンジンと甘い激痛が両足と背骨、右腕を走り回る。
まるで血管一本一本に熱した針金を通されている気分だ。感覚という感覚がまるでしない、痛み以外の何物も存在しない生き地獄だ。
だが問題はない。私は前世からの筋金のマゾ野郎、この手の苦行苦難は慣れたもの、痛みは忌避すべきものではない、私の愛しい隣人なのだ。
「……。筋繊維はズタズタ、骨は可動箇所全てが複雑骨折一歩手前。魔力の流れは…まだ大丈夫。掌も脚も背中も紫一色でタコみたいにぐにゃぐにゃだ」
身体強化で、まだ無事な皮膚を強化し動かない箇所を人形のようなイメージで強制的に動かし立ち上がる。
脊柱神経をヤってしまっているせいか無事な左腕も全く動かない、仕方なく全身の皮膚を強化しカクカクとした動きでベッドに潜り横たわる。
「やはり王族だけあって才能はあるのか?感覚で色々しているが結構できるもんだ。これなら十年もあれば相当鍛えられるかもしれない。完全な破壊は、完全な再生を促す。より強固な肉体とは、破壊と再生の歴史そのものである。これぞ私の師の教え」
骨は折れば折るほど頑丈に。筋肉は傷つければ傷つけるほど頑丈に。
人体の神秘のとファンタジーを神秘を存分に活用して死なないよう鍛えまくろう。
人体の自然回復に必要となる師の教え一、識心。「自らの心と精神を深く識る」こと。
その二、変成。「物質や状態を別のものに変える」こと。
これらを総合した技術を「識心変成術」。つまり、「自らの精神力で、自らの肉体という物質を自在に変える術」と。
「ついでに全身を砕いておこう。一度死んでいるんだ、以前より恐れずこなせるはずだ」
横になったまま瞑想状態に入り、自らの肉体を完璧にイメージしていく。
骨格、筋肉、神経、魔力の回路。解剖図のように鮮明に。
次に「無事な半身の骨と筋肉が、螺旋を描くように砕ける」というイメージを、絶対的な確信をもって脳内で描き、何度も叩き込む。
瞬間、脳から「骨が砕けた」という信号が魔力と神経を通じ肉体へと伝わる。
肉体はその信号を「事実」として受け入れ、外部からの衝撃が一切ないにも関わらず、イメージ通りに自らの骨を内側から破壊し出す。
痛みと衝撃が全身を支配する。全てが自らの内部から発生し、精神を強靭に保てなければ、発狂していただろう。マゾ様々である。
「で、治していく。治ると本気で信じれば治る、疑っちゃいけない」
破壊された全身を魔力で覆う。
理想の骨格を脳内で設計していく。バラバラになった破片が一本の強靭な骨へと戻ることを強くイメージ。
魔力が接着剤のように骨へと染み込み遥かに以前よりも強靭なものへと生まれる想像を思い描き、筋繊維が針金のように捻じれ束ねられていく。
余分な脂肪が急速に燃焼され全身を再生させるためのエネルギーへとまわされていく。
炎症が引き、細胞が急激な分裂と消滅を繰り返す、恐らく寿命を削る行いだろうが老後をそこまで永く生きる気もないので問題はない。
日が落ち、月が顔を出し、朝日が登る。
永遠とも思える最中、集中力を一切絶やさず全身の再構築をイメージし続けた。
そろそろメイドさんがやってくる時間だ。
ノックが聞こえる。
「カイル様、お目覚めでしょうか?」
「あぁ、入れ」
私は内に沈む意識を外に向け、上半身を起こす。
魔力の補助は行っていないが、何事もなく起き上がれた。
「……」
掌を開いて、閉じる、全身で伸びをするが問題は無い。
まだポキポキと骨の割れる音と激痛こそするが、ほぼ全快といってもいい。
骨も筋肉も少しだが頑丈になった気がする。
右手の鬱血がまだ酷いな、手袋で隠しておこう。
とりあえず基礎鍛錬としてこれを毎日繰り返そう、たった十年で暫定スタープラチナやら化物達から生き延びられるのか疑問だが、やるしかない。
時が止まったと錯覚する速度で動けるようになれば、ワンチャン私も時止め世界にも入門出来るかもしれないしな。
「とんでも人間、神様、悪魔、ドラゴン、私のような常人からすれば規格外の化物ばかりだ…。こんな魔境みたいな世界でやっていけるのか?」
悩みは尽きない。
だが、一度死んでいるとはいえむざむざ死んでやる趣味もない…精々頑張ってみようか…。