開拓地でスローライフを送りたい。   作:ごすろじ

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短いです。本編にはそこまで絡まないので読まなくても大丈夫。


閑話。都市伝説の産まれ方

都市伝説の生まれ方

 

 

王都の空気は、澱んでいた。

陽の当たる大通りは、着飾った貴族や活気ある商人たちで賑わっているように見える。

 

 

だが一歩、裏路地に入れば、そこには日々の糧に喘ぐ民衆の、深く、そして重いため息が染み付いていた。

 

 

重税、不作を理由にした食料の買い占め、理不尽な法の施行。貴族たちの気まぐれ一つで、庶民の暮らしはいとも簡単に踏み躙られる。

 

 

誰もが不満を抱えていたが、それを口に出せば、待っているのは衛兵の棍棒か、牢獄の冷たい石畳だけだ。人々は諦め、ただ耐えるしかなかった。

 

 

そんな絶望的な空気に、最初の亀裂が入ったのは、ある肌寒い夜のことだった。

 

 

標的となったのは、"血啜りの"と悪名高い金貸しだった。

 

彼は法の穴を巧みに利用し、貧しい者から法外な利子を巻き上げては、返せぬ者の家財や、時には娘まで奪っていく外道として知られていた。

 

 

その夜、金貸しの事務所が入る石造りの建物で、何かが爆ぜるような轟音が響き渡った。

何事かと駆けつけた衛兵と野次馬が見たのは、信じがたい光景だった。

 

 

事務所の分厚い鉄扉が、まるで内側から巨大な獣に食い破られたかのように、ひしゃげ、引きちぎられていたのだ。

 

 

中では金貸しと用心棒たちが、手足をありえない方向に曲げ、誰一人として意識を保ったまま倒れていた。

 

 

奇妙なことに、金庫は手付かずで、金品も一切盗まれてはいなかった。

ただ一つ、顧客との不法な契約を記した借用書の束だけが、盗み出されていた。

 

 

「…なんだってんだ、ありゃあ。まるでトロールが暴れたみてえな有様だったぜ」

 

 

翌日、安酒場のカウンターで、現場を見たという荷運び人が興奮気味に語っていた。

 

 

「扉だけじゃねえ。壁にも人が叩きつけられたようなヒビが入っててよ。お貴族様の騎士団の連中も、『こんなの見たことねえ』って首を捻ってたぜ」

 

「金目当ての押し込み強盗じゃねえのか?」

 

「それが違うんだ。金には一切手がつけられてねえ。ただ、あの"血啜り"が溜め込んでた借金の証文だけが、綺麗さっぱり消えてたのさ」

 

 

その話に、酒場はにわかに色めき立った。

あの金貸しに苦しめられていた者は、この場にも少なくない。

 

 

「そりゃあ、天罰ってやつじゃねえのか?」

 

「だが、誰がそんな真似を…」

 

その時、隅の席で飲んでいた若い衛兵が、声を潜めて口を挟んだ。

 

 

「…実は、一つだけ奇妙な目撃証言があるんだ。近くの家の婆さんが、物音で窓の外を見たら、一瞬だけ見えたって言うんだが…」

 

 

「見えたって、何がだ?」

 

 

「…屋根の上に、月明かりを浴びて立つ、黒い人影がいた、と。その顔が…なんだか、角の生えた、気味の悪い獣のようだったって…」

 

 

その言葉が、人々の想像力に火をつけた。

獣のような破壊の痕跡。獣のような仮面。

その日から、王都の片隅で、奇妙な噂が囁かれ始めた。悪党の元にだけ現れる、謎の「獣人」の噂が。

 

 

 

第二の事件は、その数週間後に起こった。

 

 

今度の標的は、穀物を不当に買い占め、価格を吊り上げていた悪徳商人だった。

 

 

彼の巨大な倉庫の壁が、夜中に巨大な円形の穴を開けられていた。

中では、やはり屈強な護衛たちが全員伸され、商人は腰を抜かして震えていたという。

 

 

今回も金品は無事だった。

だが、倉庫に隠されていた、買い占めの取引記録や貴族への賄賂を示す裏帳簿だけが、綺麗に持ち去られていた。

 

 

そして、現場近くで、またしても目撃証言があった。

 

 

「黒い影が、山羊みてえな気味の悪い仮面を被ってた」と。

 

 

噂は、確信へと変わりつつあった。

 

 

「おい、聞いたか?また出たらしいぜ、あの『仮面の男』が」

 

「今度は穀物問屋のデブだろ?おかげで小麦の値段が少し下がったって話だ」

 

「一体何者なんだ…?俺たちの味方、なのか…?」

 

 

酒場の喧騒の中、一人の酔った詩人が、赤ら顔で吟じるように言った。

 

 

「獣のような力で悪党の巣を喰い破り、奴らが溜め込んだ『腐った肉』…不正の証文だけを喰らっていく。まさに、悪人を裁くために現れた、地獄の番人よ…」

 

 

その言葉に、最初に事件を語った荷運び人が、ニヤリと笑った。

 

 

「地獄の番人、か。いいねえ。あの気味の悪い仮面は、確か『山羊』だったな?なら、こう呼ぶのはどうだ?」

 

 

彼は、少しの間を置いて、わざとらしく声を張り上げた。

 

 

「――『腐肉喰らいの山羊』、と!」

 

 

その瞬間、酒場にいた全員の視線が彼に集まった。

数秒の沈黙の後、誰かが「そいつはいい!」と叫んだのを皮切りに、あちこちから同意の声が上がった。

 

 

腐肉喰らいの山羊。

その名は、あまりにも的確で、どこか背徳的な魅力を秘めていた。

 

 

それは恐怖の対象でありながら、同時に、虐げられた者たちの鬱屈した願望を映し出す鏡でもあった。

 

 

その名は、酒から酒へ、人から人へと、瞬く間に王都中を駆け巡った。

 

 

子供たちは、路地裏で「山羊ごっこ」に興じ、親たちは「悪いことをすると山羊が来るぞ」と子供を躾けた。

 

民衆は、貴族や役人の前では決して口にしなかったが、仲間内では密かにその名を呼び、次なる出現を心待ちにした。

 

 





民衆「山羊」

カイル「なにそれ知らん」万年部屋に引き籠もってるのでも何も知らない人。
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