開拓地でスローライフを送りたい。   作:ごすろじ

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第四話。馬鹿王子仕草

隣国からやってきた使節団をもてなす謁見の間は、華やかさの中に、水面下で探り合うような独特の緊張感に満ちていた。

国王の隣には、完璧な礼装に身を包んだ兄ジュリアスが、そしてその隣にカイルが座っている。

 

 

使節団の代表を務め、狐のように目の細い貴族が、淀みない口調で賛辞を述べる。

 

 

「パリスタン王国の歴史と文化の深さには、いつもながら感服いたします。我が国も、ぜひ見習わせていただきたいものですな」

 

 

誰もがお世辞だと分かっていても、褒められれば悪い気はしない。第二王子は少しだけ胸を張った。

 

 

しかし、貴族の言葉は続く。

 

「…そういえば、先日我が国で開発された最新の魔道具は、天候を予測する精度が飛躍的に向上しましてな。これにより、来るべき季節の食糧確保も、より盤石なものとなりましょう。これも、ささやかながら我が国の民の知恵の結晶でして」

 

 

言葉は丁寧だが、その声には隠しきれない自慢の色が滲んでいた。それは、暗にパリスタン王国の技術力はもう古い、とでも言いたげな響きだった。

 

 

(短気なカイルならここでキレるか…?よしキレとこ)

 

 

カイルの顔が歪む、何かがカチンと音を立てたように。

黙って聞いていれば、いい気になって。父上も兄上も、なぜこんな侮辱を黙って聞いているのだと言わんばかりの表情だ。

 

 

我慢ならないとばかりに、カイルは勢いよく立ち上がると、謁見の間に響き渡る声で言い放った。

 

 

「天候予測だと?笑わせるな!そんな小手先の技術に頼らずとも、我がパリスタン王国には無敵の魔法騎士団がいる!もし凶作になれば、食糧を持つ国を力で奪えばいいだけの話!それが王国の力というものだろう!」

 

 

瞬間、謁見の間の空気が凍りついた。

 

使節団の貴族は驚きに目を見開き、やがてその表情を侮蔑を含んだ笑みに変えた。

居並ぶ自国の貴族たちは、あからさまに顔をしかめ、ため息をついている。

父である国王が、こめかみをピクピクと痙攣させているのがカイルの視界の端に入った。

 

 

次にどうするべきか?カイルの頭に後退と謝罪の二文字が浮かぶもそのまま突っ走る。

ここで引くのは王族の恥。カイルはさらに胸を張り、貴族を睨みつけた。まるで国の威信を背負っているかのような仁王立ちだ。

 

 

その時、隣から静かで、しかし不思議とよく通る声がした。

 

 

「――弟が、大変失礼をいたしました」

 

 

いつの間にか立ち上がっていたジュリアスが、優雅な仕草で一礼した。

 

 

「弟の言葉は、我が国の騎士たちへの深い信頼の表れ。ご覧の通り、少々、血の気が多いのが玉に瑕でして。ですが、彼の言う『力』とは、国を守るための力。決して、隣人を脅かすためのものではございません。どうか、お見知りおきを」

 

 

(お、おぉ…流石は出来る男。我らが兄上)

 

完璧なフォローだった。カイルの暴言を「若さゆえの勇み足」と「愛国心」にすり替え、同時に相手を立てる。凍りついていた場の空気が、ジュリアスの微笑みひとつで、じんわりと溶けていくのを感じた。

 

貴族も、その場は「いやはや、頼もしい王子様ですな」と笑顔で応じ、謁見は何とか体面を保ったまま終わった。

 

 

カイルは、面白くなさそうに眉をしかめる。

助けられたという事実が、何よりの屈辱だったのだろう、カイルをよく知る貴族達はそう結論付ける。

 

 

謁見の後、国王からは雷のような叱責を受け、カイルはふてくされたまま自室に戻った。

 

 

夕食の席に向かうため、重い足取りで長い廊下を歩いていると、角の向こうから侍女たちのひそひそ話が聞こえてきた。

 

 

「まあ、聞きました?またカイル王子が、外交の席で…」

 

「ええ。本当に、ジュリアス王子がいらっしゃらなければ、どうなっていたことか」

 

「兄君はあれほどご優秀なのに、弟君はなぜこうも…感情のままに行動なさるから」

 

 

そして、決定的な一言が、カイルの耳に突き刺さった。

 

 

「だから、『馬鹿王子』なんて陰で呼ばれてしまうのよ…」

 

 

(き、キタぁッー!!私の愛すべき二つ名がこんな時期にもう産まれるだなんて…頑張ったかいがあった。おっと誰がみているかわからない。一応傷ついておこう)

 

 

――馬鹿王子。

 

 

「この俺が?このパリスタン王国の第二王子である、俺が、か?」

 

 

侍女たちはカイルの存在に気づかぬまま、足早に去っていく。その後ろ姿を、カイルはただ茫然と見送ることしかできなかった。

 

 

ふと、視線を感じて顔を上げると、少し離れた柱の影に、兄のジュリアスが立っていた。

いつからそこにいたのか。彼は侍女たちの会話を、そして今のカイルの表情を、すべて見ていたに違いない。

 

ジュリアスの瞳には、何の感情も浮かんでいなかった。

ただ、まるで遠い国の出来事を眺めるかのように、静かに弟を見つめているだけだった。

その同情も軽蔑も含まない、ガラス玉のような無感情な視線が、カイルを射抜いていた。

 

 

(せ、セーフ。危ない…あの兄上陰からめっちゃくちゃ見てくるな…。気をつけなければ)

 

 

カイルはジュリアスを視線から逃げるように走り夕食の席へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

珍獣観察録Ⅱ

 

観察対象: カイル・フォン・パリスタン(珍獣ランクR+)

観察者: ジュリアス・フォン・パリスタン

 

 

人は、己の理解を超えるものに二つの反応を示す。

一つは神聖視による崇拝。もう一つは、矮小化による侮蔑だ。

今日、我が弟カイルは、宮廷における後者の地位を確固たるものにしたらしい。

 

「馬鹿王子」

 

侍女たちの口の端に上ったその二つ名は、実に的確であり、そして同時に、恐ろしく的を外している。

 

 

謁見の間。隣国の狐が仕掛けた、僅かな毒を含む言葉。

父も私も、貴族たちも、あれが外交辞令という名の牽制であると理解していた。

ゆえに、誰もがポーカーフェイスという名の鎧を纏う。

 

 

その中で、カイルだけが鎧を脱ぎ捨て、剥き出しの刃を振り回した。

「食糧を持つ国を力で奪えばいい」

まるで三流の戯曲に出てくる、頭の悪い暴君の台詞だ。

 

 

タイミングが良すぎた。

使節団の挑発が、場の空気をわずかに苛立たせた、まさにその瞬間。

彼の言葉は、その苛立ちを全て引き受ける避雷針のように機能した。

 

 

そして、その後の私のフォロー。

結果だけ見れば、どうだ?

 

「短気で愚かな弟を、冷静沈着な兄が鮮やかに諌め、場を収める」

 

これ以上ないほど、私の「有能さ」と弟の「無能さ」を際立たせる構図が出来上がった。

 

 

自らを舞台装置として、私という主役を輝かせたのだ。

あの場で彼が沈黙を守っていれば、父か私があの狐をいなして終わっていただろう。それでは、ただの「滞りない謁見」でしかない。

 

カイルが「問題」を起こし、私がそれを「解決」することで、物語はより鮮烈な印象を残す。

これを、ただの偶然と呼ぶには、出来過ぎている。

 

 

廊下で侍女たちの陰口を耳にした時の彼の表情。

あれは見事な演技だった。

 

世界が終わったかのような茫然自失。

信じていたものに裏切られたかのような瞳の揺らめき。

プライドを砕かれた王族の、痛々しいまでの屈辱。

 

だが、私は見てしまった。

侍女たちが角を曲がり、完全に姿が見えなくなる、その刹那。

弟の表情から、すっと感情が抜け落ちるのを。

まるで、舞台の幕が下りた役者が、素の顔に戻るように。

 

そして、私の視線に気づいた時の反応。

逃げた。

だが、あの走り方は、「屈辱から逃げる」者のそれではない。

 

あれは、「見られてはならない素顔を見られた」者の、焦燥と狼狽だった。

いや、それ自体が演技の可能性もある。弟に関してはこれまでの経験が通じない、余りにも不可解でありノイズが激しい。何も断言出来る根拠などない。

 

 

カイルは、「馬鹿王子」という役割を自ら選び取り、完璧に演じている。

問題は、その目的だ。

 

当初考えていた「王位継承権争いを避けるための擬態」という仮説は、少し違う気がしてきた。

彼の行動は、消極的な回避ではない。もっと積極的な、何かを構築するための行動に見える。

 

「愚かなカイル」と「有能なジュリアス」という対比を明確にすることで、王国の権力構造を、意図的に私に集中させようとしている……?

 

もしそうだとすれば、その献身は不気味ですらある。

一体何のために、自らの尊厳を踏み躙ってまで、兄を王に押し上げようとするのか。

 

あるいは、これも全て私の考えすぎか。

カイルという存在は、私の思考の中に、常に「あるいは」という選択肢を突きつけてくる。

 

 

カイル。お前は本当に面白い。




カイル「脳死の激怒プンプン丸。よし、今日も気持ちよくカイル出来たな」

珍獣ハンタージュリアス「あれは恐らくああいうことで、これはそういうことで…」観察記録カキカキ

カイル「??????????なにを…言うとんの?」×2
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