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王城の一室で行われる、次期予算に関する貴族たちの会議は膠着していた。
議題は、辺境地域のインフラ整備。多額の国費を投じる計画に対し、何人かの有力貴族が渋面を作っている。
「その地域にそれだけの予算を割くのは、費用対効果が見合わないのでは?」
口火を切ったのは、恰幅のいい侯爵だった。彼の領地は王国でも有数の穀倉地帯であり、私腹を肥やしていると噂の絶えない男だ。
王が腕を組んで黙り込む中、それまで静かに議事録に目を通していたジュリアスが、顔を上げた。
「侯爵。その地域の木材は、王国の造船業を支える重要な資源です。そして、インフラの未整備により、輸送コストが年間どれだけ国庫を圧迫しているか、ご存知の上での発言か?」
ジュリアスは淡々と続ける。
「そのコストを削減できれば、5年で予算は回収できる見込みです。ここに試算が。また、整備によって生まれる雇用は、周辺地域の治安向上にも繋がる。これは、目先の利益ではなく、王国の百年先を見据えた投資です」
淀みなく提示される的確なデータと、大人びた正論。
侯爵はぐっと言葉に詰まり、他の貴族たちも反論の余地を見つけられず、計画は承認される方向に傾いた。ジュリアスは、まだ元服前の少年であるにもかかわらず、既に王国の政治の場で無視できない影響力を持ち始めていた。
会議の後、侯爵は同派の貴族たちと私室に集まっていた。
「…忌々しい小僧だ」
侯爵は、上質なワインを呷りながら吐き捨てる。
「あの王子が玉座に就けば、我々の自由はなくなるぞ。帳簿の隅々まで調べ上げ、我々の『必要経費』にまで口を挟むに違いない」
「まさに。理屈と正論ばかりで、人の情けというものを解さない」
「それに比べて…」
貴族たちは、意味ありげに顔を見合わせた。
「第二王子のカイル様は、実に分かりやすい」
「ああ、情熱的で、血の通ったお方だ」
「少々、おだてれば気分を良くされる。我々が『支えて』差し上げれば、さぞかし立派な王におなりだろう」
彼らの瞳には、カイルを自分たちの都合の良い傀儡として操ろうという、黒い欲望が渦巻いていた。
その数日後。
剣の稽古でまたしてもジュリアスに完敗し、自室で荒れていたカイルのもとに、侯爵が訪れた。
「これはカイル王子。本日の剣の稽古、拝見しておりました。なんと力強く、情熱的な剣でありましょうか!」
突然の訪問と、予期せぬ賞賛の言葉に、カイルは戸惑いながらも顔を上げた。
(なんだこの悪人面のTHE悪徳貴族。ま、まさか…)
「…しかし、兄上には負けた」
「お戯れを。ジュリアス王子は、ただ勝ち負けという『結果』にこだわっておられるだけ。カイル様の剣には、国を思う『情熱』がございました。我々臣下は、そのような熱い魂を持つ方にこそ、お仕えしたいのです」
(神輿だぁ!私を糞軽い神輿扱いする気だ!!馬鹿野郎め、情熱で国の運営なんてされたら困るだろう。ふふ…だがしかし、私はこの時を待っていたぞ、開拓地への片道切符)
カイルは感動仕草で驚愕する。
それは、馬鹿王子が今まで誰からも言われたことのないであろう言葉だった。
自分の短所だと思っていた激情を、「情熱」と言い換えて褒め称える侯爵の言葉が、乾いた心に染み渡っていく。
少なくとも侯爵にはそのように見えただろう。カイルの顔色が良くなり、見るからに浮かれ始めたのだから。
「ジュリアス王子は、確かにご優秀です。ですが、あまりに理屈に偏りすぎて、冷たい。それでは、人の心はついてきません。力強いリーダーシップで民を導く、カイル様のような方こそ、真の王の器…!」
侯爵は、跪き、芝居がかった仕草でカイルの手を取った。
「我々一同、カイル様を心より支持しております。どうか、ジュリアス様の物差しに惑わされることなく、王子ご自身の信じる道をお進みください」
(大丈夫だ侯爵、私は傀儡としてしっかり動くぞ。それが本来の役割だからな)
ここで私の元に悪徳腐敗貴族を集めとかないと父上や兄上が一網打尽に出来ないし…責任は重大だ。これぞカイルがこの国に返せる最大限の働き。これからもクソデカ釣り針としてバカ王子っぷりを見せて、ドンドン引っ掛けていきましょう)
「…分かった。侯爵、これからも俺に力を貸してくれ」
「はっ!この身、王子のためならば!」
侯爵は深く頭を下げた。その顔には、カイルからは見えない、狡猾な笑みが浮かんでいた。
カイルは瞳を輝かせる、ついに「理解者」を得たのだと信じ込んだ。
それが、己の未熟さにつけ込む、甘美な毒の囁きであるとも承知の上で。
そして、その様子を、遠く離れた渡り廊下の窓から、一人の少年が静かに見つめていた。
ジュリアスは、弟が腐敗の沼に足を踏み入れていくのを、止めようとはしなかった。
ただ、そのガラス玉のような瞳で、冷ややかに眺めているだけだった。
(実質神輿にされたせいで、流刑をくらうハメになるんだが…。ここが岐路…――いや、よく考えれば全然ありだな。じっくりコツコツ手抜きの帝王学やら学問を学ばされてきたけど、私には王どころか、王族として務まる気が全くしない。寧ろ開拓地で延々作業しているほうが性に合ってるかもしれない…罪人のレッテルは嫌だが、仕方ない。心配ごとがあるとすれば……このストロングなワールでパンピーの私が生き残れるかが心配なだけだ)
「公爵、俺はかならず(この世界で)生き残ってみせるぞ」
「その意気です。カイル様を支持する我々家臣一同、決してカイル様を無碍に扱えぬよう団結し(宮廷政治で)生き残れるよう尽力致します」
「共に(主人公に殴られるまで)最後まで駆け抜けるぞ、侯爵」
「えぇ、無論です。カイル様の背を追い共に(王権を手にする時まで)駆け抜けましょうぞ。後日、秘密裏に私と志を同じくする者達を集めた会合へと招待状を出させていただきます」
なんとも噛み合わない会話で士気を高めた二人は、熱く握手を交わし団結を強めた後、侯爵は静かに立ち上がり、軽く会釈をしその場を去った。
◇◇◇
ゴドウィン・ベネ・カーマイン視点
不愉快だ。実に、不愉快極まる。
次期予算会議からの帰り道、私――ゴドウィン・ベネ・カーマインの内心は、重く澱んだ不快感で満ちていた。
原因はただ一つ、あの小僧だ。
第一王子ジュリアス・フォン・パリスタン。子供の分際で、あの目は一体なんだ。帳簿の数字の羅列の奥にある、我々の「利益」の源までも見透かさんとでもいうような、あの冷たく、そして傲慢な光は。
「辺境地域のインフラ整備が、王国の百年先を見据えた投資、か。くだらん」
自らが管理する隠れ家に到着するなり、私は上質な革張りの椅子に深く身を沈め、独りごちた。
執事が黙って差し出す年代物のブランデーを呷り、喉を焼く熱で苛立ちを無理やり押し流す。
あの小僧は、正論と理想論という名の刃を振りかざす。
それは確かに美しい。民や、理想に燃える青臭い騎士どもは、その輝きに目を奪われるだろう。
だが、国という巨大な機械は、そんな綺麗な潤滑油だけでは回らんのだ。
泥にまみれ、時には錆びつき、軋みを上げながら、それでも回し続けるためには「必要悪」という名の油が不可欠なのだということを、あの子供は知らん。
「ゴドウィン様、皆様お揃いです」
執事の言葉に頷き、私は隠し扉の先にある密談用の部屋へと向かった。
そこには既に、私の息のかかった貴族たちが顔を揃えていた。
先日の会議でジュリアスにやり込められた、あの恰幅のいい侯爵も、苦虫を噛み潰したような顔で座っている。
「忌々しいにも程がある!あの第一王子、我々の領地経営にまで口を挟む気だぞ!」
私が席に着くなり、ベック侯爵がテーブルを叩いて怒りを露わにした。他の者たちも、待ってましたとばかりに不満を口にし始める。
「奴が王位に就けば、我々の『事業』は全て白日の下に晒されかねん」
「『清廉潔白』、結構なご身分だ。だが、その清廉さを保つために、どれだけの泥を被る者がいるのか、考えたこともないのだろう」
そうだ、その通りだ。奴隷を商品として流通させ、禁制品を密輸し、時には邪魔者を「処理」する。
そうした裏側の金の流れがあってこそ、この国の経済は安定を保っているのだ。
ジュアリスは、その心臓部にメスを入れようとしているのだ。自らの正義という名の、無知で無垢なナイフで。
私は騒がしくなってきた場を、片手を上げて静かに制した。
「皆、落ち着かれよ。獅子を恐れるあまり、足元の兎を見逃しているぞ」
私の言葉に、一同の視線が集まる。私はグラスの中で琥珀色の液体を揺らしながら、ゆっくりと続けた。
「我々には、もう一人の王子がおられるではないか。…血気盛んで、情熱的で、そして何より、『人の言葉に耳を傾ける』度量をお持ちの、カイル王子が」
その名が出た瞬間、貴族たちの顔に下卑た笑みが広がった。
そうだ、それこそが我々の切り札。愚かで、単純で、おだてればどこまでも天に昇る、空っぽの神輿。
侯爵が、狡猾な光を目に宿して頷く。
「なるほど。ジュリアス王子が理性の獅子ならば、カイル王子は感情の犬。飼いならすのは、実に容易い」
「あの御方は、『力』こそが正義だと信じておられる。我々がその『力』を肯定し、支えて差し上げれば、喜んで我々の望むように動いてくださるでしょうな」
そうだ。あの第二王子は扱いやすい。何せ、中身がないのだから。
我々が望む思想を、望む言葉を吹き込んでやれば、それを己のものだと信じ込み、高らかに叫んでくれる。これほど都合の良い旗印が、他にあるだろうか。
私は侯爵に目配せをした。
「侯爵。お主、剣の稽古を口実に、かの御方に接触してみよ。ジュリアス王子への劣等感という名の傷口に、賞賛という名の甘い蜜をたっぷりと塗り込んでやるのだ。『貴方様こそ真の王の器』と囁けば、あの子供は赤子のように懐くだろう」
「はっ!お任せを。必ずやカイル様を我々の『神輿』に乗せてご覧にいれます」
数日後、ベック侯爵からの報告は、私の予想を寸分違わずなぞるものだった。
曰く、カイル王子は当初こそ戸惑っていたものの、侯爵の賞賛の言葉にみるみる表情を輝かせ、最後には「理解者を得た」とばかりに瞳を潤ませて、侯爵の手を握りしめてきたという。
報告を聞きながら、私は笑いを堪えるのに必死だった。
(まったく、滑稽なことだ。王子という血筋に生まれながら、その価値は闇市場で売買される奴隷一人分にも満たないとは)
だが、それでいい。その空っぽさこそが、利用価値なのだから。
「良いか、皆の者。これより、我々はカイル王子を徹底的に『支える』。奴の愚かな言動は『情熱』と呼び変え、短所は『人間味』と褒めそやすのだ。ジュリアスという完璧な兄の影で、誰からも認められず、承認に飢えているあの子供にとって、我々は唯一の救いとなる」
我々はカイル王子を担ぎ上げる。
腐敗した我々の利権を守るための、軽くて立派な神輿として。
あの小僧、ジュリアスが眉をひそめればひそめるほど、カイルは我々に依存するだろう。
兄弟の間に深い亀裂を刻み込み、孤立したカイルを完全に我々の傀儡とするのだ。
「カイル様万歳、か。悪くない響きだ」
誰かがそう呟き、部屋は下卑た笑い声に包まれた。
私は一人、静かにブランデーを飲み干す。
国がどうなろうと知ったことではない。私の富と権力が安泰であるならば、玉座に座るのは犬でも豚でも構わん。ましてや、それが人の形をしているだけ、まだマシというものだ。
(せいぜい踊るがいい、愚かな王子よ。お前が踊るその舞台は、我々が用意してやったものだということも知らずにな)
カイル「どうも傀儡です」
ゴドウィン「うぉ、軽そぉ~」
お神輿のカイル【特徴:体重200キロOver、勝手に色々しまくる】