村の周囲をうろついているという盗賊団には出くわさず。
そのまま何事もなく、依頼主である領主の統治している村へとたどり着いた。
辻馬車は襲えど、さすがに十人で徒党を組んだ冒険者は襲わぬということか?
と、この黒騎士などは考えていたが。
「ふむ」
思えば、あの老騎士ゲシュペンストは怪しんでいたようであった。
何処か不審者を見る目つきで、私と、矮人のランタン以外を見ていた。
あの名前もろくに憶えておらぬ、また憶える必要もない愚劣どもを見聞していたのである。
ファンブル。
ここで私は大失敗をした。
少なくとも、ここで老騎士に尋ねるべきだったのである。
何故、そのような目つきで仲間を見られるのかと。
一応は任務を共にするパーティーであるぞと。
だが、聞かなかった。
聞かなかったのならば答えぬ。
そういう姿勢を、御二方は貫いていた。
いや、そうだな。
別に私の事を疑っていたのではないが。
私を信用するわけにもいかない。
御二方の立場に立ってみれば、それも当然というのではないかな。
当時を思い出すと、そう考えるよ。
場合によっては賊にも雇われておかしくない身分の、黒騎士であったしな。
当たり前だが、無条件に信用して頂ける立場ではない。
「お腹空いた、お腹が空いたよゲシュペンスト。旅の間、干し肉しか齧ってないよ」
「落ち着け、宿に着けばマシな食事も出よう」
だが、あの怠惰なるエルフは、あまりそこら辺を心配していなかったようだが。
何もかもを老騎士に任せきりにしている。
そんな印象であった。
まずは、ともかく領主が統治を任せている村の代官に出迎えられた。
そこで盗賊団が近くの森を根城にしていると情報を得て、翌日には急造パーティー全員で出向いて討伐することを約束して。
その夜は村内の宿にて眠りにつき、やがてのろのろと起き出して。
さて、討伐の準備を調えて、森の中でそれは起きた。
斥候に出ていた矮人のランタンが、慌てた様子で走って逃げてきたのだ。
「綺麗なエルフの嬢ちゃんが混じってるじゃねえか」
会敵(エンゲージ)。
報告に合った通り、盗賊団の数は十人ほどで。
こちらの予想数と一致している。
「女は殺すな! 色々と使いみちがあるからな!!」
「下賤な言葉を吐くな、下郎」
ここで老騎士ゲシュペンストが名剣スターホーンを抜き放ち、こう言ってのけた。
「それで、我がパーティーの内、何人が裏切っておる?」
と。
私は目をひん剥いた。
裏切り!?
我が徒党の中にか?
確かに急造パーティーではあるがと慌てて周囲を見渡せば、斧や剣で武装した徒党が我々を取り囲んでいる。
上手く罠に嵌めてやったという薄ら笑いすら浮かべて、なんと六人が盗賊団の仲間であった。
うろたえているランタンは、明らかに敵ではないようである。
それを見て、怠惰なるエルフがこう口にした。
「まあ、胡散臭いなあとは思っていたよ」
エルフがあまりにも呑気にそう口にした。
気づいていたなら言ってくれ!!
そう叫ぼうとしたが、状況が判っているのか、いないのか。
干し芋らしきものを、ムチャムチャと音を立てて口にしていた。
食事をしている状況か!!
「おい、そこの矮人と黒騎士。お前も裏切らねえか!? もう勝ち目はあるまい。ジジイは殺して、エルフは楽しむがな」
盗賊団の首領らしき男が声をかけてきた。
私は――一瞬悩んだ後に。
断固としてこう放った後。
「お断りする。主君無き黒騎士とて騎士である。命惜しさに老騎士を見捨て、貴婦人を囲んで犯すことを許しては、この世に騎士道など要らぬわ!!」
このカーライルは一抹の正義と純真を宿しておるので、賊になどならぬ。
私は剣を抜いた。
老騎士の愛剣スターホーン以上に頼りない、数打ちの剣であったが。
死に物狂いで闘えば、御二人を逃がせると考えたのだ。
「爺ちゃん、こうなったら覚悟を決めて、アンタも自分の命だけは諦めて、死に物狂いで闘いな! エルフの嬢ちゃんだけは、オイラが死に物狂いで逃がして見せるからよ!!」
矮人のランタンも、私と同意見であるようだった。
十六対四、しかも取り囲まれた状況である。
厳しいが、少なくともエルフだけは逃がして見せよう。
貴婦人だけは守ってこそ男である。
出来れば、逃げ延びた後で領主殿に報告して復讐してくれると嬉しいがな。
そのように動いて。
「ふむ」
老騎士は、軽く首をひねって。
「要するに、カーライルとランタンは裏切っておらぬのだな。安心したぞ。ほら、私が昨晩言った通りではないかファウルハイト。未だに『勇者ごっこ』を演じられる連中はおる。世の中、そう捨てたものではあるまい」
本当にそう嬉しそうに口にして、次にこう述べた。
喜色満面といった顔で、負けるなどとは一つも考慮していない結論を。
「そこで見ておれ、ファウルハイト。さて、依頼条件はなんだったかな」
「本当に記憶力ないね、ゲシュペンスト。キル・ゼム・オール(皆殺し)だよ。皆殺しさ。それだけぐらいは覚えておいてね」
「そうであったな」
何を呑気な――私はそう叫びそうになって、やめた。
明らかに怠惰であるが、仮にもエルフは魔法使いである。
そして、すでに仲間が裏切っていることにも気づいているようだった。
どうとでも出来る実力があるのかと、そう考えて。
「じゃ、ここで見てるから。私、人間を殺すの嫌なんだよね」
腕組みをしながら、ただ佇んだ。
逃げる様子もなく、闘う様子もない。
おい、お前、では何のためにここに来た!
依頼内容は盗賊団の皆殺しであるのだ。
「そうしておれ。元々、物見遊山で受けた任務にすぎぬ。さて、おのれらに告ぐ。ただただ、無惨に死ね」
「……舐めてんのか?」
盗賊団の首領は明らかに、御二人の呑気さが気に食わぬようであった。
「ジジイ、テメエは簡単には殺さねえ。エルフはお前の前で犯して、お前は生きたまま五体をバラバラに切り刻んで――」
「左様か」
一瞬だった。
何が起きたのか、よくわからぬ。
いや、現実に何が起きたのかは理解できる。
「ひとつ」
老騎士ゲシュペンストが幻のようにゆらりと動き、一瞬で数メートルあった間を詰め、首領の首を刎ねたのだ。
ただそれだけ。
それだけのことが、全く私の目には記録されず、一瞬の内におきた。
「は?」
首領の横にいた、副首領と思しき男が間抜けな声を上げた。
それがそいつの最期の言葉になった。
「ふたつ」
ごろんと、首が落ちる。
玩具の人形を、大人が掴んで振り回したように。
別に名剣とは呼べぬであろう、老騎士の愛剣スターホーンに首を刎ねられたのだ。
「おい、黒騎士カーライルにランタンよ。裏切り者ではないのだから、ちゃんと胸を張って『勇者ごっこ』を続けよ。我が愛しの怠惰なる姫君を守っておくれ」
私は呆気にとられていたが、指示にはちゃんと従って。
もはや興味は失せたと言わんばかりに、干し芋を口に含みながら腕組みをしている怠惰なるエルフの両脇に立ち。
とにかくも彼女を守るために、剣を抜いて盗賊団の前に立ち塞がった。
指示には従ったのだが、はて、この行為は必要だったのか。
多分不要であったと思うのだ。
「みっつ、よっつ、いつつ」
ハッキリ言えば、まあ、その必要はないのだ。
まず首領と副首領があっさりと首を刎ねられ、指揮系統など崩壊した。
後は幻のようにゆらり、ゆらりと老騎士ゲシュペンストが体を揺らして、まるで果実の収穫のようにだ。
首が刎ねられていく。
「むっつ、ななつ、やっつ」
いっそ哀れなぐらいに、盗賊団の士気は崩壊した。
これはもう明らかに勝ち目がない。
あの老騎士は異常な強さである。
何もかもを捨てて逃げだそうとする輩もいたが――
「ゲシュペンスト。依頼はキル・ゼム・オールだよ」
怠惰なるエルフが、今回の任務を口にした。
そして指を一つくるりと回すと。
魔法が発動して、逃げようとする賊たちの足元に蔦が生えた。
その蔦が賊の足を絡めとり、地面へと釘付けにする。
「わかっておるわい。ちゃんと皆殺しにするさ」
ゲシュペンストはそう答えて。
やはり、ゆらゆらと身体を揺らして、かつ素早く追いかける。
不思議な歩方であった。
後でゲシュペンストに聞いたが、昔、この歩き方をする暗殺者に出くわして闘うにあたり苦戦したので。
その技をその場で盗み取ったらしい。
その場で暗殺者は潔く負けを認めて自害しようとしたので、有能さを認めて殺さずに部下にしたそうだが。
それを深く語れば、また別な話になってしまうであろうな。
ああ、もうここまでくれば展開など判るであろう?
私はあの『道化師』ランタンほどに面白おかしく話を語れぬのだ、許せ。
矮人の饒舌さを持たぬ、ただの『元』黒騎士にすぎぬ。
「任務達成」
最後は小便を漏らして命乞いをしはじめた盗賊達全員の首を刎ね、それで仕舞いだ。
結局のところ、あれはな。
そうだな、神々の戯れに近いところがあったな。
全て何もかも状況を理解したうえで、哀れな盗賊を弄んだのだ。
まあ仕方あるまい。
悪人に人権はないのだ。
「ああ、思い出した。残酷な老騎士のゲシュペンスト」
呆気にとられて、ただ立っていただけの私とランタンをほうっておいて。
「何かな、愛しの怠惰なる姫君。ファウルハイト」
エルフと老騎士が、二人だけの世界に入ったかのように語っている。
まるで何事もなかったかのようにだ。
「『浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ』って言ってのけた大泥棒だけど。今思い出したよ。最後は釜ゆでにされて凄い苦しんで死んだって。悪人の最期なんでそんなもんだね」
「そうか、私も特に意味はなく、連中を苦しめるべきだったか? どうせ悪人であるわけだし。それも醜い穢れた欲望をお前に抱いた罪もある」
首を傾げる老騎士ゲシュペンストに対し。
怠惰なるエルフはこう告げた。
「めんどいから別にいい」
やる気はなかった。
最後まで何しに来たのだこの女と言いたくなるぐらいに、彼女にはやる気という物が何一つ感じられ無かった。
まさに怠惰である。
老騎士ゲシュペンストは愛剣スターホーンについた血液を盗賊の服で拭い、そのまま鞘に収めて。
「さて、依頼は達成した。死体の確認を代官にしてもらわねばならぬ。ランタン、頼めるか。おそらくお前が一番足が速い」
「え、うん。やるけど」
オイラの命懸けの決意って何だったの?
あと、アンタどれだけ強いの?
そうブツクサと口にしながら、ランタンが小走りに走って去っていく。
「さて、黒騎士カーライルとやら。よくぞ我が怠惰の姫君を守ってくれた。感謝するぞ」
何もしていないよ。
いや、本当に何もしていないよ。
ただ突っ立っていただけだよ。
そう言おうとさえ思ったが、まあなんだ。
「あの啖呵は見事であった。主君無き黒騎士とて騎士である。命惜しさに老騎士を見捨て、貴婦人を囲んで犯すことを許しては、この世に騎士道など要らぬわ!! か。自分の命を投げ捨てて、そう口にできる男を黒騎士のままにしておくには惜しいな」
そう語って、老騎士ゲシュペンストは嬉しそうに笑って。
本当に嬉しそうに笑って、私を見て。
「お主さえよければ、とある国への。正式な騎士となるための推薦状を書いてやれるがどうだ? まあ、繰り返すが、お主さえよければ、だが」
思いもよらぬことを口にした。
ああ、そうさ。
私が、この元「黒騎士」であるカーライルが、この国に勤めている経緯がそれよ。
彼に推薦状をもらい、ちゃんと採用試験を受けて。
見事に「一人前の騎士である」程度の実力を示して。
あの御二方の息子である、ハーフエルフの王子殿下にな。
正騎士として臣従礼を受け、肩を剣で叩かれたのだ。
そうさ。
あの御二人は、勇者グランと、その奥方である魔女トーリ。
その正体を隠して、ハネムーンという名の物見遊山をしていた御二方だったのだよ。