第十八話「落ち葉焚き」
辺りは夜だった。
「何燃やしてるの?」
「枯れ木に落ち葉だよ。見れば分かるでしょう?」
「なるほど、ファウルハウトの姐さんが言うならば、そうなんだろうけどさ」
ランタンとファウルハウトが、何やらブツブツと喋っている。
燃やしているのは確かに落ち葉であり、それら全てが枯れていた。
私は森から集めてきた枯れ木を、一本放り入れる。
今日は風も凪であり、焚き火をしているのは道から少しはずれた場所。
森への延焼の恐れはない。
別に焚き火をしたところで、森林官に怒られることはないだろう。
だから、それはどうでもよいとして。
「そうだ、干し芋も軽くあぶっちゃおうか」
「オイラの干し肉も焼いていい?」
我が妻、ファウルハウトが燃やしたのは落ち葉だけではない。
アレは間違いなく手紙だった。
道すがら、何者からか手紙を受け渡された瞬間を目撃している。
はて、何者からの手紙か、という点は確認するまでも無く。
我が息子、アインからの手紙であることは確認する必要もなかった。
私にも同じように手紙が送られてきている。
一年ほどで帰ってきてくださいね、というだけで特別な内容では無かったが。
ファウルハウトに対しての手紙の内容は、また違ったのだろうな。
「……」
焚き火の前に、どっこらせとばかりに座り込む。
私も自分の干し肉に、竹串を刺して火の近くに置いた。
少し炙ると柔らかくなる。
あまりに炙ると堅くなる。
何事も、加減というものが必要であるのだ。
たとえばそう。
知っていても、察していても口には出さないと言うこと。
それが夫婦関係を長じるコツであるのだ。
ファウルハウトが燃やしたと言うことは、おそらく彼女にとっては不快な内容だったのだろう。
なれば触れまい。
そうやって今までの夫婦生活を長らえてきたのだ。
今回も何か息子アインが戯言をほざいて、我が妻を困らせたのだろう。
何分、旅の途中だ。
荷物は少ない方がいい。
私はファウルハウトと同じように、焚き火へと息子からの手紙をくべてしまった。
よく焼ける。
その手紙を焼いた行為に対して。
「……」
我が美しい妻は何も言わない。
ランタンでさえ何も言わなかった。
相変わらず空気が読める矮人であるのだ。
さて、次はどこの都市に行こうか。
我々の仲間に、昔馴染みに会いに行くぞと決めたまでは良かったが。
別に我々の仲間は小さな数人のパーティーでは無い。
それこそアキレウスのような男も数えるとすれば、数十人にも及ぶ仲間たちがいた。
だから、次に出向く都市は何処にしようかと悩むことになる。
まあ、長い旅になることは承知の上だ。
だから、適当でいい。
それこそ木の棒を立てて、ただ手を離したら倒れた方向に進む。
そのような、本当にいい加減でもよいのである。
いっそ、そうしてしまうか。
焚き火を瞳に映す、我が妻が美しい。
私は愛妻のその姿に見惚れながら、別に旅先は何処でも良いのだと。
愛妻と一緒ならば何処でも良いと、そう結論づける。
そんな時に、ふと道に人影が現れた。
ランタンが少し警戒した様子を見せるが。
「美味しそうな匂いがしますね」
危険な気配ではない。
むしろ、こちらに混ぜてくれないかなと。
そんな親愛のこもった声色であった。
「旅の人よ、こんな夜にどうしたのかね?」
私は朗らかな声を返してやる。
旅の人は、マントに身を包んでいる。
種族は、私と同じくただの人間のようだった。
マントの下からは、チェーンメイルの軋む音。
帯剣しており、まあ私から見ればそれなりの。
世間に言わせれば、この平和な時代でありながら一流の腕前を持つ剣士だと把握出来た。
「少し急ぎの用がありまして、移動中でした」
「こんな夜分にかね?」
「はい。何分に私も仕事があり、早めに片付けねばなりませんが――同時に、どうしても外せない用件がありまして」
帯剣には、どこぞかの家中と思われる紋章が刻まれている。
どこの家かはすぐに思い出せないが、見覚えのある紋章だった。
「騎士かね?」
「おや、おわかりになりますか?」
ランタンが少しだけ警戒を緩めた。
なんだかんだ身分ある立場の者が、それも騎士が弱者を虐めると言うことは世にあまりない。
少なくとも山賊が奪った物ではないようだし。
また、そこらの山賊風情がこの騎士に勝てるとも思えなかった。
「どこの騎士家の方かは存ぜぬが、まあ焚き火に当たりなさい。無理を通して夜を歩くよりも、休んだ方が効率が良かろう」
「丁度そう思っていたところです。もしよろしければですが」
「かまわん。寝るのは交代となるが、よろしいかな」
交換条件に承知したらしい。
ぺこり、と騎士が一礼した。
我々も座ったままだが一礼し、座を一つ開ける。
騎士はそこに座り、彼もパンを取り出した。
「竹串はおありかな? よければ一本お譲りするが」
「よろしいのですか? 有り難く」
返事は言わず、黙って一本の竹串を渡す。
騎士は頭を下げてパンに竹串を刺し、火に近づけた。
小麦粉が炙られる、パンの匂いがする。
「失礼ながら、エルフの方でしょうか?」
騎士はようやく、我がパーティーに我が妻がいることに気づいたようである。
エルフの数は少ない。
そもそもの生まれがエルフ同士の番か、同じ樹の股からであるからして。
「エルフという種族に、初めてお会いしました」
「そんなに珍しい物かい?」
ファウルハウトが、ややげんなりとした顔で答えた。
彼女はあまり人間が好きではない。
ごくごく親しい人間を除いて、会話すら拒むのだが。
「まあ、何処へ行くのかは知らないけれど、ゆっくりしていきなよ」
こうして焚き火を囲むことを許すと言うことは、騎士から邪念を感じないと言うことだろう。
長命種族への嫉妬。
美しさへの性的な欲望。
そういったものが無いのだろう。
「そうします。さて、不躾ですが、あなた方はどちらに行かれるおつもりでした? まあ初見の相手に、答えずとも構わないのですが」
ならば正直に話しても問題は無かろう。
「ふむ。特に用はない。ただの旅行で、これからどちらの方角に向かうか。それを今から相談しようとしていたところよ」
炙っていた干し肉を囓る。
味の良し悪しはともかく、食事が温かいというのは何よりの馳走であった。
「そうですか、特に急ぎの用事は無いと。ならば――」
ちらりと、騎士が私の帯剣を見た。
不思議そうな視線だった。
どうも、私の腕と帯剣のちぐはぐを感じているようであった。
ふうむ。
私の力量を剣で判断せず、私だけで判断できるとなると、これは本当に一流の剣士である。
我が愛剣スターホーンが、私の技量に見合わない理由?
それについては説明する必要を感じていない。
また、騎士もそれを聞こうとはしなかった。
「失礼ながら、そこの老騎士殿に頼みがあります。報酬を支払いますので、頼まれてくれませんか?」
「ほう」
何の頼みか。
色々と考えるが、まあ聞こう。
「これから三日後に果たし合いをします。その立会人になって頂きたいのです」
単刀直入に。
若い騎士が口にしたのは、夜分に駆けるだけに値する十分な理由であり。
「果たし合いの理由は?」
「敵討ち」
この老騎士ゲシュペンストの興味をそそらせることにも、成功した。
私は我が愛妻に視線を送り。
「うん、話だけでも聞いてみようか」
了解を得ることで、ともかくも騎士の話を聞くことにした。
ランタンが、焚き火に枯れ木の一本を投げ入れた。
その矮人の瞳は、ようやく興味あるイベントが始まったと、期待で爛々としていたが。
私も若い騎士も、それを咎めようとはしなかった。
諦めている。
この好奇心旺盛な種族が、自分の命よりも冒険を求めているというのは。
もう世界では誰もが知るところであり、いちいち咎める方が無粋なのだから。