「さて、話を受けるのは良いが、この平和な時代に果たし合い。それも仇討ちとは物騒なことだ。これはよくよく話を聞かねばならんな」
私はひとまず話を聞いてやることにした。
受けるかどうかは、まあ別な話なのだが。
おそらく事情を知ったからには、受けることになるだろう。
それを覚悟で尋ねることにする。
「はい、まず事情も知らないのに引き受けていただけるとは、こちらも思っておりませぬ。委細承知の上で立会人を受けて頂きたいと思います」
焚き火が燃えている。
我が妻が興味なさげに枯れ枝を一本、また焚き火の中に放り入れた。
「そうですね。まずは私の身分を明かさねばなりませんが、どこまで明かしたものか。もちろん貴方がたを私の事情に巻き込む以上、全てを正直に話をするつもりですが。実のところ、主君に迷惑をかけたくないのです」
「なるほど」
私は得心した。
「ならば、貴殿が何処の家中の騎士かは尋ねずにおくとしよう」
「そうして頂けると。そもそも、この果たし合いは主君から禁じられておりますゆえに」
まあ、そうだろうな。
騎士と言うからには基本的に従者がおり、それすら連れておらずに夜中に人目を忍んで旅をしていたのだ。
であるからには、特別な事情があっての果たし合いであろう。
ランタンが好奇心で目を輝かせた。
「もちろん、果たし合いが終わった後に主君からのお叱りは受けるつもりです。それがたとえ騎士としての身分の剥奪であり、追放処分をされたとしても、これは致し方ないことと覚悟しております」
「ふむ、となれば。よくよくと、ご覚悟をされての行動とみたが」
これはいよいよもって話が怪しくなってきた。
さて、どうするかな。
「ひとまず名前ぐらいは伺っておこうか」
「アルベールと申します」
知らんな。
まあ、当然だがウチの国の騎士ではないのだから知らぬ。
他国の騎士の名を全て知っているほど、私は異常者ではないのだ。
何のために紋章官という仕事があると思っているのだ。
だが、この家紋だけは。
『獅子』の紋章は確かに記憶があるのだから、それなりに縁のある家中の騎士のはずである。
さて、何処でこの紋章を見たのか?
それだけがどうにも思い出せぬほどに老いぼれてしまった。
「アルベール? ひょっとして『若獅子アルベール』かい?」
ランタンは知っているようだった。
ならば話せとばかりに、視線をくれてやるだけで。
我がパーティーの旅先案内人は、調子よく口を開いた。
「前の都市で噂になってたよ。オイラの記憶が間違いないとすれば、とある国家での剣術トーナメントの優勝者じゃないかい?」
「よくご存じで。それほど自分は有名では無いと思っておりましたが」
アルベールは謙遜するが、一流の腕前であることは間違いなかろう。
さて、それほどの腕前の者が、人目を忍んで主君の命にも逆らいて果たし合いに出向く。
「ふむ」
これはきな臭いな。
話を断るなら今が最後のラインだが、正直なところ私も興味が出てしまった。
ランタンほどではないが、話を受けてやってもよい。
だが、その判断となる決定打を決めるのは私ではない。
我が愛妻、怠惰の姫君ファウルハウトである。
「……話の続きをどうぞ」
その彼女からの催促。
どうやら愛妻からの許可は下りたようだ。
うん、と頷いて話の続きを求める。
「有り難うございます。さて、一度最初に申しましたことを繰り返すことになりますが。三日後に果たし合いの約束をしております」
「その因縁については? 仇討ちと伺ったが」
「我が父を殺めたのですよ」
ふむ。
若獅子アルベールと名乗っているが、その割には歳がいっている。
「年齢は?」
「今年で29歳となります。いや、若獅子などと呼ばれておりますのが、それなりの歳にてお恥ずかしい限りでして。まだ嫁御もおりませぬ」
なれば、魔王戦争時代は丁度母親の腹の中か。
因縁があるとすれば、あの時代だろうか?
時は混乱期であり、人間同士の刃傷沙汰も探せばあっただろう。
私も今は墓の中のアキレウスと、ある程度加減をしての殴り合いぐらいはしたことがある。
もちろん、争いは我が愛妻を奪い合ってのことだが。
「父君の敵といったが、何年前のことであるかな?」
「30年前。私は仇討ちを名乗りながら、父の顔も知りませんな。その頃は母親の腹の中でしたので」
では今更ではないかな。
そう口走りそうになるが、人の事情など聞かねばわからん。
「ある程度長命種のオイラからしても、ずいぶんと昔のことだけど」
ランタンの、人を煽るような軽口に。
「ええ、繰り返しますが私は父の顔も知らぬのに、その仇討ちをしようとしています。これは傍から見て今更であることも自覚しておりますよ」
あっけらかんとして、アルベールは答えた。
「ですが、まあ母は随分と恨んでいるようでしたので。そのために私を育ててきたようなものなので仕方ないでしょう。私も自分の人生の因縁には決着を付ける必要がある」
「ほう」
そのために育てられてきた、か。
よくよく因縁があっての話らしい。
「私は果たし合いの約束を相手と交わしましたが、実のところ、未だに相手の顔も知らんのですよ」
「それはまた奇妙な話だ」
私が親ならば。
たとえ自分が殺されたとしても、三十年をかけて仇討ちをして欲しいとは思わんがな。
相手も相手で、逃げもせずによく受けたものだ。
「さて、その因縁を話せば長くなるのですが――そうですね、本当に長くなってしまいます。どうしたものか」
うつらうつらと、我が愛妻が眠たそうにしている。
そんな妻も可愛いが、正直話を聞けば一時間や二時間で済みそうにない。
「なるほど、とりあえず立会人は受ける。果たし合いの場にはしかと立ち会うことにしよう」
「よろしいのですか? まだ話は終わっておりませんが」
「かまわん。そもそも最初からアルベール殿が悪人で無いことだけはわかっている」
その果たし合いに正義があるのかどうかまでは知らんがな。
それは口にせずに、立会人については快諾する。
とにかくも、これを断ってはランタンがつむじを曲げる。
なんであんなに面白そうな話を断ったのさと、旅先案内人に反抗的になられては面倒臭い。
「有り難うございます。では、明日の道すがらに、相手との因縁については話すこととしましょう。交代という話でしたが、さて」
アルベール殿が、すっかり眠る体制に入った我が愛妻を見て。
微笑ましく笑いながらに、照れくさげに頭を掻いた。
「恥ずかしながら、立会人をお願いしたにも関わらず。私は貴方がたの名前すら知らない状況でありまして。どうか、自己紹介などをして頂けますと」
それはそうだ。
まあ、アルベール殿は私の腕前を見込んで立会人を依頼したのだろうが。
ちゃんと自己紹介ぐらいは済ませておくべきだろう。
「我が名はゲシュペンスト。流浪の老騎士だ」
「オイラの名前はランタン。まあ、この二人の旅先案内人だよ」
二人して名乗りを済ませる。
「ファウルハウト」
我が愛妻は、それだけ言ってマントに自分の身を包んで、寝る体勢に入った。
これは朝まで起きんな。
「寝るのは交代でという話でしたが、ファウルハウト殿は免除ということで構いませんよ」
アルベール殿が気遣いを見せた。
まあ、そうしてもらおう。
「すまんな。では明日ゆっくりと話を聞かせて貰おう」
アルベール殿と、その果たし合い相手との因縁について。
会ったこともないどころか、30年をかけての仇討ちについての委細を。
興味深げに爛々と目を輝かせているランタンをよそに、私もマントにくるまり寝入ることにした。