悠久の魔女と老英雄   作:道造

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第十九話「若獅子アルベール」

 

「さて、話を受けるのは良いが、この平和な時代に果たし合い。それも仇討ちとは物騒なことだ。これはよくよく話を聞かねばならんな」

 

 私はひとまず話を聞いてやることにした。

 受けるかどうかは、まあ別な話なのだが。

 おそらく事情を知ったからには、受けることになるだろう。

 それを覚悟で尋ねることにする。

 

「はい、まず事情も知らないのに引き受けていただけるとは、こちらも思っておりませぬ。委細承知の上で立会人を受けて頂きたいと思います」

 

 焚き火が燃えている。

 我が妻が興味なさげに枯れ枝を一本、また焚き火の中に放り入れた。

 

「そうですね。まずは私の身分を明かさねばなりませんが、どこまで明かしたものか。もちろん貴方がたを私の事情に巻き込む以上、全てを正直に話をするつもりですが。実のところ、主君に迷惑をかけたくないのです」

「なるほど」

 

 私は得心した。

 

「ならば、貴殿が何処の家中の騎士かは尋ねずにおくとしよう」

「そうして頂けると。そもそも、この果たし合いは主君から禁じられておりますゆえに」

 

 まあ、そうだろうな。

 騎士と言うからには基本的に従者がおり、それすら連れておらずに夜中に人目を忍んで旅をしていたのだ。

 であるからには、特別な事情があっての果たし合いであろう。

 ランタンが好奇心で目を輝かせた。

 

「もちろん、果たし合いが終わった後に主君からのお叱りは受けるつもりです。それがたとえ騎士としての身分の剥奪であり、追放処分をされたとしても、これは致し方ないことと覚悟しております」

「ふむ、となれば。よくよくと、ご覚悟をされての行動とみたが」

 

 これはいよいよもって話が怪しくなってきた。

 さて、どうするかな。

 

「ひとまず名前ぐらいは伺っておこうか」

「アルベールと申します」

 

 知らんな。

 まあ、当然だがウチの国の騎士ではないのだから知らぬ。

 他国の騎士の名を全て知っているほど、私は異常者ではないのだ。

 何のために紋章官という仕事があると思っているのだ。

 だが、この家紋だけは。

 『獅子』の紋章は確かに記憶があるのだから、それなりに縁のある家中の騎士のはずである。

 さて、何処でこの紋章を見たのか?

 それだけがどうにも思い出せぬほどに老いぼれてしまった。

 

「アルベール? ひょっとして『若獅子アルベール』かい?」

 

 ランタンは知っているようだった。

 ならば話せとばかりに、視線をくれてやるだけで。

 我がパーティーの旅先案内人は、調子よく口を開いた。

 

「前の都市で噂になってたよ。オイラの記憶が間違いないとすれば、とある国家での剣術トーナメントの優勝者じゃないかい?」

「よくご存じで。それほど自分は有名では無いと思っておりましたが」

 

 アルベールは謙遜するが、一流の腕前であることは間違いなかろう。

 さて、それほどの腕前の者が、人目を忍んで主君の命にも逆らいて果たし合いに出向く。

 

「ふむ」

 

 これはきな臭いな。

 話を断るなら今が最後のラインだが、正直なところ私も興味が出てしまった。

 ランタンほどではないが、話を受けてやってもよい。

 だが、その判断となる決定打を決めるのは私ではない。

 我が愛妻、怠惰の姫君ファウルハウトである。

 

「……話の続きをどうぞ」

 

 その彼女からの催促。

 どうやら愛妻からの許可は下りたようだ。

 うん、と頷いて話の続きを求める。

 

「有り難うございます。さて、一度最初に申しましたことを繰り返すことになりますが。三日後に果たし合いの約束をしております」

「その因縁については? 仇討ちと伺ったが」

「我が父を殺めたのですよ」

 

 ふむ。

 若獅子アルベールと名乗っているが、その割には歳がいっている。

 

「年齢は?」

「今年で29歳となります。いや、若獅子などと呼ばれておりますのが、それなりの歳にてお恥ずかしい限りでして。まだ嫁御もおりませぬ」

 

 なれば、魔王戦争時代は丁度母親の腹の中か。

 因縁があるとすれば、あの時代だろうか?

 時は混乱期であり、人間同士の刃傷沙汰も探せばあっただろう。

 私も今は墓の中のアキレウスと、ある程度加減をしての殴り合いぐらいはしたことがある。

 もちろん、争いは我が愛妻を奪い合ってのことだが。

 

「父君の敵といったが、何年前のことであるかな?」

「30年前。私は仇討ちを名乗りながら、父の顔も知りませんな。その頃は母親の腹の中でしたので」

 

 では今更ではないかな。

 そう口走りそうになるが、人の事情など聞かねばわからん。

 

「ある程度長命種のオイラからしても、ずいぶんと昔のことだけど」

 

 ランタンの、人を煽るような軽口に。

 

「ええ、繰り返しますが私は父の顔も知らぬのに、その仇討ちをしようとしています。これは傍から見て今更であることも自覚しておりますよ」

 

 あっけらかんとして、アルベールは答えた。

 

「ですが、まあ母は随分と恨んでいるようでしたので。そのために私を育ててきたようなものなので仕方ないでしょう。私も自分の人生の因縁には決着を付ける必要がある」

「ほう」

 

 そのために育てられてきた、か。

 よくよく因縁があっての話らしい。

 

「私は果たし合いの約束を相手と交わしましたが、実のところ、未だに相手の顔も知らんのですよ」

「それはまた奇妙な話だ」

 

 私が親ならば。

 たとえ自分が殺されたとしても、三十年をかけて仇討ちをして欲しいとは思わんがな。

 相手も相手で、逃げもせずによく受けたものだ。

 

「さて、その因縁を話せば長くなるのですが――そうですね、本当に長くなってしまいます。どうしたものか」

 

 うつらうつらと、我が愛妻が眠たそうにしている。

 そんな妻も可愛いが、正直話を聞けば一時間や二時間で済みそうにない。

 

「なるほど、とりあえず立会人は受ける。果たし合いの場にはしかと立ち会うことにしよう」

「よろしいのですか? まだ話は終わっておりませんが」

「かまわん。そもそも最初からアルベール殿が悪人で無いことだけはわかっている」

 

 その果たし合いに正義があるのかどうかまでは知らんがな。

 それは口にせずに、立会人については快諾する。

 とにかくも、これを断ってはランタンがつむじを曲げる。

 なんであんなに面白そうな話を断ったのさと、旅先案内人に反抗的になられては面倒臭い。

 

「有り難うございます。では、明日の道すがらに、相手との因縁については話すこととしましょう。交代という話でしたが、さて」

 

 アルベール殿が、すっかり眠る体制に入った我が愛妻を見て。

 微笑ましく笑いながらに、照れくさげに頭を掻いた。

 

「恥ずかしながら、立会人をお願いしたにも関わらず。私は貴方がたの名前すら知らない状況でありまして。どうか、自己紹介などをして頂けますと」

 

 それはそうだ。

 まあ、アルベール殿は私の腕前を見込んで立会人を依頼したのだろうが。

 ちゃんと自己紹介ぐらいは済ませておくべきだろう。

 

「我が名はゲシュペンスト。流浪の老騎士だ」

「オイラの名前はランタン。まあ、この二人の旅先案内人だよ」

 

 二人して名乗りを済ませる。

 

「ファウルハウト」

 

 我が愛妻は、それだけ言ってマントに自分の身を包んで、寝る体勢に入った。

 これは朝まで起きんな。

 

「寝るのは交代でという話でしたが、ファウルハウト殿は免除ということで構いませんよ」

 

 アルベール殿が気遣いを見せた。

 まあ、そうしてもらおう。

 

「すまんな。では明日ゆっくりと話を聞かせて貰おう」

 

 アルベール殿と、その果たし合い相手との因縁について。

 会ったこともないどころか、30年をかけての仇討ちについての委細を。

 興味深げに爛々と目を輝かせているランタンをよそに、私もマントにくるまり寝入ることにした。

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