悠久の魔女と老英雄   作:道造

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第二十話「仇討ちの事情」

 

 夜を終え、朝を迎える。

 そうして、また舗装された道を歩く。

 

「さて、そろそろ詳しい話を伺おうか。アルベール殿。何、ファウルハウトもようやく猫のような欠伸を終えて、目が覚めたというところだ」

 

 べし、とファウルハウトが猫のように私の頭を叩いた。

 事実では無いか。

 全身を伸ばして、猫のような欠伸をして、ようやく目が覚めたのが現状ではないか。

 

「ふふ、そうですね。そろそろ皆様にも話を聞く姿勢が整った頃でしょう」

 

 アルベール殿が笑う。

 そうして、委細について語り出した。

 

「さて、今回の仇討ちですが。昨晩お話ししたとおり、私は相手の顔も知らんのですよ。何せ、その頃は母の腹の中でしたので」

「それでも殺さねばならんのかね?」

 

 私は問う。

 アルベール殿の覚悟をだ。

 それこそ主君の命令に反して仇討ちに挑むとあらば、相当な事情があろう。

 

「殺さねばなりませんね。まあ、昨晩言ったとおりの繰り返しになりますが、私はそのために産まれたような扱いを受けてきて――」

 

 彼は笑う。

 どことなく困ったような、それでいてどうしようもなく。

 何かを恨んでいるかのように。

 

「いい加減、自分の足枷にウンザリとしていて。ここらで仇討ちという鍵を使って足枷を解いておきたいのですよ」

 

 はあ、とため息を吐いた。

 大気よりも重い溜息が吐かれて、空気の中に胡散霧消した。

 

「さて、一から話しましょう。魔王戦争は私よりもご存じですね。長命種のファウルハウト殿、そしてまだお若いでしょうが、吟遊詩人であるランタン殿には伺うまでもなく承知でしょうし。老騎士であるゲシュペンスト殿もその時代を生きていた。その頃に一つの殺し合いが発生しました」

「殺し合い? 決闘では無く?」

 

 ランタンが話を混ぜかえそうとするが。

 それには乗らずに、アルベール殿は苦笑いをする。

 

「決闘ですよ。客観的には。ですが、私は殺し合いと呼びたい。だって、そんなに立派なものではないでしょうから」

 

 ここで、ぴんとアルベール殿が一本の指を立てた。

 

「ランタン殿も吟遊詩人ならば、あの時代を歌うとするならば、よくよくご存じになるべきだ。何もかも足りない。物資が、生活用品が、食料が足りない。何もかも足りない。そんな時代だったそうです。当然ですが、魔王相手に一気団結とはいかずに、人と人同士が争うことも珍しくなかった時代なんです」

 

 そうだな、そういう時代だった。

 魔王さえ倒せれば、とりあえずは何もかも解決する。

 戦争には物資が必要だ。

 その戦争に対してあらゆる物資が徴発されているから、何処も彼処も足らぬ足らぬと言っているばかりであり。

 それはそれとして、じゃあ足りないものをどこから持ってくるとすれば、それは生産するしか無いのだが、そのための人手が無い。

 ならば他人から奪うより仕方がない、手段さえ選べない。

 それも珍しくない時代であった。

 

「とある国家と国家の関係もそうでした。隣国同士で領土を、財産を、食料を、奪い合わねば自分の民すら食わせられぬ状況で、どうして争いを避けることができましょうか。私が見たこともないタコという海洋生物は腹が空けば、仕方なく自分の足を食べるといいますが。国家の場合、腹が空けば自分の眼前で自分の民が死ぬんですよ。それを黙って見ていられる国家が何処に存在しましょうか。他の国から奪った方がマシというものです。それで他の国の民が飢えようが知ったことじゃない」

 

 そうだな。

 畑に種を蒔いて、収穫を待つよりも奪った方が早いという前提以前に。

 そもそも畑も種も無い状況でどうせよというのか。

 奪うしか選択肢がないのだ。

 畑という名の領土も、種という名の物資も。

 正義も悪も何もない時代であった。

 如何に罵られようが、憎悪を向けられようが、どうしようもない。

 だって、争わないと生きていけないのだ。

 

「さて、そういう理由であるから悪であるか正義であるかはともかくとして。当然のように国家間の争いが起きましたが。はて、両国とも戦える者がいれば魔王戦争に行っているのですよ。王も領主も騎士も従者も。誰も彼もが闘えるならば、本当に闘うべき相手が魔王だということぐらい承知しておりました」

「そうだな」

「そういうわけで、最低限の戦力だけが互いに残っておりました。大規模に戦をする体力だなんて残っておりません。そんな中で、小さな戦争をやることになりました。とても小さな殺し合いです。それこそ一対一だけの。勝利した方に、とある肥沃な土地からの収穫を譲ると王同士が契約をしての」

 

 なるほど、少しずつだが事情がつかめてきた。

 

「それが貴殿の父君と、仇討ち相手の殺し合いか」

「そうです。繰り返しますが、決闘とは呼べません。これはもうただの殺し合いです。名誉や誇りでは無く、ただただ生き残るために殺し合いをするのです。当事者限りの問題ではないのです。自国の民の命を賭けて、どちらの国の民が多く切り捨てられて餓死するかの殺し合いでした」

「それで――」

 

 内容はどうだったか。

 結果はどうしたか。

 それについては聞くまでも無い。

 

「相手の国からは、とある高名な騎士が選ばれました。前線から呼び戻されたばかりで、大層強いお人です。そして我が国からは、お察しの通り私の父が選ばれました。仇と同じく高名な騎士であったそうです。結果は言うまでもありませんが、凄惨な戦いの末に父は死にました」

 

 道先案内人として先頭を歩くランタンが、軽く石を蹴飛ばす音が聞こえる。

 どうやら彼の気に沿う話では無かったらしい。

 そりゃそうだ。

 あの矮人が好むのは英雄譚であり恋愛物語であり喜劇であり。

 誰もがどうしようもない中で選んだ、悲劇の選択では無い。

 

「我が国の敗北です。幸いなことに、魔王戦争はその一年後に終わりました。それがなければ、私や母は連座で殺されていたでしょうね」

「何の罪の連座で?」

 

 ランタンが、如何にも気に食わぬと言う顔でこちらを振り向いた。

 我々の歩みがぴたりと止まる。

 

「敗北に対する罪ですよ。国を代表して戦っておきながら、負けるということはそういうことです。負けたと言うことは何もかも失うということです。他人から奪われても文句が言えないということです。我が父は死に、我が母は殺し合いに負けた父のことで周囲から責められ、迫害され、苦しい環境の中で私を産んだ」

 

 叫ぶでもなく。

 ただ事実のみを告げるように、平坦な口調でアルベール殿はそう口にする。

 

「歩きましょう。顔も見たことない相手ですが、こちらは待たせている立場なのです」

 

 ランタンに歩みを促すと。

 不承不承ながらに、道先案内人は歩み始める。

 何もかも気に食わないと言いたげに、石を蹴飛ばしながらであるが。

 それに少しだけ申し訳なさそうに。

 

「待たせているのです。私の憎悪などに付き合う義理もない三十年遅れの仇討ちに、もはや隠居して地位も名声も手放した高名な騎士を。この先にある村にて」

 

 ランタンを納得させるためか、それとも本当に申し訳ないと思っているのか。

 少しだけ落ち込んだような口調で、アルベール殿はただただ、どうしようもない事実だけを告げた。

 

「顔も見たことのない親の仇を待たせているのです。せめて、決闘時間に間に合わせる礼儀ぐらいは弁えねばなりません」

「相手の名前は?」

 

 私は尋ねる。

 どうか違う相手であって欲しいが。

 魔王戦争時に前線から呼び出されるほどの高名な騎士となれば、知っている可能性が高い。

 それこそ、勇者パーティーの一員と言えるほどの男であるはずで。

 

「セドリック。かつて勇者グランの相棒だったほどの男です」

 

 残念ながら。

 アルベールが告げるその名は、かつての旧友に違いない。

 これから向かう都市にいるはずの、今は役目を終え隠居した騎士の名であった。

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