悠久の魔女と老英雄   作:道造

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第二十一話「恨み言」

 セドリックは確かに、かつての相棒である。

 私とは旧知の仲であった。

 さて、そのことを口にすべきかするまいか。

 私は迷いながら道を歩いている。

 

「主君には止められているって話だったけど」

 

 ランタンが抑止を口にする。

 止めておいた方がいいんじゃないの? と言いたげに。

 

「ええ、もう皆が忘れたがっているので。主君は――私が仕える王は敗北したことを遺恨に感じているわけではないようなので。負けは負け。そして、あの時代ではどうしようもなかったと。相手が悪というわけではないのだからと」

 

 アルベール殿が、首を横に振る。

 今更止まれないと言いたげに。

 

「善と悪だけで世の中が分けられるほど、単純で無いことは二十九歳にもなれば理解しておりますとも」

 

 怒鳴り散らすわけでは無い。

 ただ淡々と言葉を口にして、歯軋りの音をさせる。

 

「我が主君は確かに恨みを感じていなかった。王のやるべき仕事として、私と母をちゃんと庇護しようと動いてくださった。そのことには感謝しています。ですが、それだけで敗北した父の名誉が回復するわけでも無ければ、その妻子に突き刺さる非難の目が消えるわけでもない」

 

 アルベール殿が手をじっと見た。

 騎士の手だった。

 剣と槍を幼い頃から振り回してきた戦士階級の掌である。

 

「我が母は私を厳しく育てました。父の名誉を回復するためには、仇討ちしかない。いつか騎士セドリックを殺し、復讐を果たせと。それだけが貴方を産んだ理由だと言わんばかりに」

「――そのことを恨んで?」

「いえ」

 

 彼が首を振る。

 

「母を恨んでいるわけではないのです。敗北した家の妻子が、主君からそうやって特別な庇護を受けることに、周囲からは非難だけでなく嫉妬の視線すら交じっていた。そんな状況下で私を厳しく育て上げるのは当然のことでありますし、私自身がそうやって育たねば生き残れなかった。その母の教えをよくよく理解するだけで、憎むことはありません。他に選択肢などなかったでしょう」

 

 そろそろ昼が近い。

 このまま歩けば、夕方には目的の都市に到着するであろう。

 

「十四歳の頃には果たし合い状を送る予定でした。仇討ちに出向く予定でした」

 

 話が少し飛ぶ。

 アルベール殿の中でも、上手くまとまりがないのであろう。

 

「どうしてそうはしなかった?」

 

 私が尋ねる。

 

「理由が二つあります。主君から止められたのが一つ目ですが。もう一つは――」

 

 そこまで言われれば、私にも心当たりがある。

 

「当時、国家間の完全和平案が施政されたことか」

 

 私が十五年前にした仕事、王として平和令の発令である。

 

「はい、十五年前に元勇者のグラン様が主導した、国家間の争いを禁じる平和令です。あの時の空気で、さすがに他の国家に因縁をつけて仇討ちを挑むほど空気の読めないことはないでしょう。せっかく一生懸命世界を平和にしようと諸国が一丸となって努力している時期に、横合いから国家間の遺恨をほじくり出して、泥を塗りたくるような事が出来ますか」

 

 アルベール殿が苦笑いをする。

 彼は一度自制したのだ。

 

「私は一度、確かに仇討ちを諦めたのです。もう仇討ちなど口にする時代では無いのだ。そんな時代遅れなことは止めようと。母にもそう必死に説得をして、一度は納得して貰いました」

「今になって、その自制が利かなくなった理由は?」

 

 十五年前に一度は諦めた。

 だがこうして果たし合いまでの道を歩いている。

 

「先日、母が死にました。今際の際に恨み言を残して」

 

 石の転がる音。

 先頭を歩くランタンが、如何にも気に食わないと言いたげに小石を蹴飛ばしたのだ。

 

「敗北した際に国中から受けた批難の声、生家に火を付けられて妊婦の身で必死に逃げたこと、父の墓が荒らされて遺骸すら残っていないこと。主君は確かに私たち親子を庇護してくださったが、全ての悪意から守ってくださったわけでは無い。今でも恨みが忘れられないと。捨てようと思っても、捨て去ることができなかったと。このまま遺骸すら持ち去られた父の墓に一人眠るのかと」

 

 石の転がる音。

 今度蹴飛ばしたのは、アルベール殿であった。

 

「どうかセドリックを殺しておくれ、と」

「――」

 

 なんともいえない。

 

「その今際の際に口にした恨み言を、アルベール殿は叶えようと?」

「さて、そこは複雑なんですよ、色々と。ハッキリ言えば、セドリック殿に私は恨みを抱くべきではない。彼とて私の父を殺したくて殺したわけではないこと、よくよくわかっている。主君とて当時の状況を鑑みれば、できる限りは私たち親子を庇護しようと努力してくださったことを知っている。父の墓だって、ちゃんと建て直してくれた。そこに遺骸はありませんがね。ですから――」

 

 一拍だけ呼吸が置かれる。

 

「私は断られることを前提の上で、セドリック殿に果たし合いの書状を送ったのです。すでに地位も名誉も手放して、隠居した老騎士殿に」

「それをセドリックは受けたと」

「あの決闘の事はずっと覚えている。貴殿が遺恨に思うのも無理は無い。受けて立とう。見事私を討ち取って見せよと。遺骸無き父君の墓前に、私の首を供えて見せよと。母君の恨みを晴らしてみせよと」

 

 セドリックならば、そう口にするだろうな。

 溜息を吐いた。

 旧知の男の性格を考える。

 そういう事情を忘れる男では無い。

 今まで、ずっと覚えていただろう。

 決闘相手の妻子がどんな苦境を味わったのかも、何もかも知っているのだろう。

 

「だから、そういうことなのです。私はセドリック殿を恨んではいません。彼が尋常の殺し合いで我が父に勝利したこと。これはそもそも悪くないのだから、忘れようとは思いました。一度果たし合いを申し込んでも断られたならば、仇討ちなど止めようと思いました。ですが、彼は真っ正面から受けてしまわれた。ああ、どう言ったらいいんでしょうね、この心境は」

 

 アルベール殿は困ったように、言葉を吐露している。

 別に殊更に恨んでいるわけでは無い。

 何度も諦めようとはした。

 なれど。

 

「私がトーナメントで優勝する程の腕前にならなければ、母が今際の際に恨み言を口にせねば、セドリック殿が果たし合いを受けてくださらなければ、きっと諦めることができました」

「どれも違ったと」

「はい。何もかもがお膳立てされてしまいました」

 

 ランタンが大きなため息を吐いた。

 まるで期待と違う内容だと言わんばかりに。

 

「もうここまでお膳立てされたなら、やらねば廃るのが騎士の面子って奴かい? 本意でもないのに? 騎士って奴は面倒臭いねえ」

「その逆です。こうなっては、ただの足枷としか感じていません。ウンザリしているのですよ。騎士の面子も何もかも」

「足枷って?」

 

 ランタンの疑問に、笑い声が返ってきた。

 どこか諦観じみた、アルベール殿の笑い声だった。

 

「この心境ばかりは妙なる吟遊詩人殿にも分かりかねると思います。私はそもそも騎士になどなりたくも――もっと自由に」

 

 感情がこもった言葉。

 今までの淡々とした平坦な感情では無く、何か愚痴めいたことを口にしようとして。

 

「いえ、止めましょうか。とにかく、そういう事情で果たし合いをすることになりました。お手数ですが、ゲシュペンスト殿にどうかお立ち会いを願いたく。別にセドリック殿が卑劣な真似をするとは考えていませんが、見届け人は必要でしょう」

「ここまで話を聞いたのだ。立ち会ってやらねば、この老騎士の面子が廃るだろう。それは構わん」

「有り難く」

 

 さて、果たし合いには立ち会うが。

 どうしたものか。

 私は大きなため息を吐いた。

 何処か、自棄っぱちにすら感じる若獅子アルベール殿。

 これを説得する言葉を、現状で私は持たないのだが。

 少しだけ引っかかるところがある。

 それはアルベール殿の心境などではなく。

 

「はて?」

 

 アルベール殿の帯剣に刻まれた『獅子』の紋章。

 それが何処で見たのか思い出せぬ。

 見たことはあるのだ。

 だが、どうにも何処の家紋かが思い出せぬ。

 これは全く果たし合いに無関係なようで、どうにも重要なことに私には思えるのだが。

 この五十過ぎの老いぼれの頭では、記憶がどうにもおぼろげであった。

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