結局、セドリックとは知己の仲であること。
かつて相棒であったことをアルベール殿に明かせぬまま、街へと辿り着いてしまった。
辿り着いたのは確かに街とはいえる規模であったが、静かな場所であった。
たとえば、余生はここで過ごせたらといったような。
農村からは離れ、さりとて若人が行き交うような血気に溢れた都市ではなかった。
まあ、街に対する感覚はどうでもよい。
思い出せぬ。
この私は、この横に立つアルベール殿の帯剣に装飾された『獅子の紋章』が何かを思い出せずにいるのだ。
確かに、この脳の皺に刻まれてはいるのだが。
「このままセドリック殿の家に訪ねるか。それとも街に辿りついたので、果たし合いの場所まで来て欲しいと文を送るか。迷いますね。さすがに押しかけるのは無礼かと思います」
「ふむ。アルベール殿は礼儀正しいな」
今少し、時間が欲しい。
思い出す時間と、今回の件を上手く落着させる方法を見いだす時間だ。
何はともあれ、私はセドリックに死んで欲しくなかったし。
いや、それ以上にアルベール殿という若い騎士が、そんな馬鹿げた仇討ちに人生を費やすなどは、もうあらゆる意味で無駄としか思えなかったのだ。
全て話すことが事実とすれば、たとえ仇討ちに成功したとしても、主家から追い出されよう。
騎士の地位を剥奪されてしまうことは容易に予想が付く。
そもそも本人自体がそこまで乗り気とは思えない。
仕方なく、仕方なくと如何にもどうしようもない由縁でここまで来てしまった。
だから私は、この話を潰すことを前提に考えている。
「では、文を書いて頂ければ私が預かろう。そして使者としてセドリック殿の元へ向かうというのはいかがだろうか?」
提案をする。
とにかく、横から介入をせねば話にならぬ。
アルベール殿抜きで、セドリックと話をしてみたかった。
「それは有り難い! では、そうして頂けますと。文は――宿屋に到着してからの方がよろしいか?」
ファウルハウトが、うつらうつらとしている。
如何にも眠たそうだった。
いや、我が妻がこんな感じで、本当に申し訳ない。
でも可愛いだろう?
多分納得の返事はされないことは、わかっているので聞かぬが。
「すまんが、そうして貰えると助かる。宿に行き、まあ果たし合いまでゆっくり休んでくれ。果たし合いの日時と場所は?」
「日時は明日の夕方に。場所は町外れに案内して頂ければ」
気が早いな。
まあ、今頃はアルベール殿の仕える主家も気付いて、追っ手を出しているかもしれない。
果たし合いを全うするなら、時間はあまりないだろうな。
「承知した」
ひとまず理解を示したふりで、頷く。
そうして宿屋について、アルベール殿が書いた文を受け取る。
私は急いで、セドリックが住んでいるという家へと向かった。
連れ添いは――
「私は寝てる」
ファウルハウトはいつも通り寝ている。
まあ仕方ないが、セドリックのことは気にならぬのか?
かつての仲間でもあったろうに。
そうは思うが、気に掛ける時間は残念ながら無い。
「オイラは一緒に行くよ。今回はあんまり楽しくなさそうな話だけど」
ランタンは付いてくるようだ。
今回は、セドリックとは知己の仲であることがバレてしまうだろうが。
まあ、別に私が勇者グランとバレなければいいのだ。
どうとでもなると考えて、私はさっさと宿屋から飛び出した。
そうしてしばらく歩き、アルベール殿から頂いた地図の住所に辿り着く。
小さな家だった。
ドアノッカーを力強く叩き、声を張り上げる。
「失礼、セドリック殿はおられるか? アルベール殿からの使者である!」
まだ自分の名は明かさぬ。
ランタンには知己である旨、今回の果たし合いを妨害することを話すつもりだが、それは途中からでも良い。
「おお、待ちかねていたよ」
扉の先から、声がする。
どうやら私たちの気配を感じて、すでにドアを開ける準備をしていたらしい。
そこら辺はかつての知己だけあって、未だ勘働きは錆び付いていなかった。
ドアが開く。
髪は白く、髭を生やしてこそいるが。
間違いなく三十年前のかつての相棒、セドリックである。
「おや? ひょっとして――」
向こうも私に気付いたようだった。
先んじて名乗る。
「今はゲシュペンストと名乗っている。久しいな、かつての友人よ」
「あれ、旦那。セドリックさんとは知り合いなの?」
ランタンが横から口を挟むので、それには顎だけで頷いた。
その仕草一つで理解したのか、それ以上は口を挟んでこようとせぬ。
「なるほど、ゲシュペンストか。――ま、いいさ。そう名乗っているのならば、そういうことにしておこう。さてさて、どういった風の吹き回しで、お前さんがアルベール殿の使者を務めているのかね?」
「運が悪かった。お前との果たし合いに彼が向かう道すがらに遭遇し、立会人を頼まれた」
単刀直入に事実のみを口にする。
「そうか。運が悪いかどうかは別として、そういったこともあるものなのだなあ。いや、不思議だ」
セドリックは髭を撫でながら、首を傾げて。
目を瞑り、一瞬だけ時を置いて次にこう口にした。
「ま、ともあれ中に入ってくれ。積もる話はありゃせんが、死ぬ前にかつての友人と一時を過ごすのも悪くはない」
家の中に案内され、そこの居間で椅子に座る。
足が地面につかぬ椅子に座りながら、ランタンが口を開いた。
「死ぬ前にって、もう死ぬつもりは確定なの? それだけの実力差が?」
「そういう問題ではないよ。矮人の方よ。御名前は?」
「ランタン」
短く、我が旅の道先案内人が名を告げて。
そうかそうかと言わんばかりにセドリックは頷き、こう答えた。
「ではランタン殿よ。少しは事情を聞いたかもしれんがね。これは勝つとか負けるとか、実力差の話ではないのだよ。私は彼に恨みはない。そして老い先短い老人だ。彼は私に恨みがある。そして未来もある若人だ。単純に考えれば、死ぬのは私であるべきなのだ」
「黙って斬られようとお考えで?」
「そのつもりだ」
まあセドリックならばそのつもりだろう。
そこに大した驚きはない。
問題はだ。
そんな結末なんてお断りだという男がここにいるぞ!
「馬鹿げた考えはよせ、セドリック。今すぐ逃げよ。アルベール殿には私が説得をする」
「どう説得を?」
目を瞑り、どうにもならんね、と言いたげにセドリックが溜息を吐いた。
「アルベールは承知の上で来ただろう。何もかもを承知の上で来ただろう。たとえ仇討ちを果たしても、それが主家に歓迎されぬことを。何の名誉にもならぬことを。これは命令違反なのだ。下手しなくても主家からの追放処分は確実。騎士身分の剥奪さえあるかもしれぬ。それくらい理解しているだろう。ただただ、もう母君の恨みつらみと、立派に成長するまでに苦難を思い描いて、どうしようもなくてここに来たのだ。それをどう説得する?」
「言葉を尽くせば――」
「わかってもらえぬ。それは確かだが?」
そうかもしれぬ。
少し、この老騎士も立ち止まって考える。
アルベール殿の立場をだ。
主家の命に反した時点で、すでに不忠。
まして、すでに平和令の施政された王国同士の争いや仇討ちなどは禁止されている。
それは誰よりわかっている。
だって、私が王様時代にその禁止を世間に呼びかけた当人なのだから。
それに反したならば、アルベール殿には強い罰則が与えられるだろう。
そうせねば、主家とて世間に顔向けができぬ。
この魔王が倒されて、平和になった時代の世を乱す犯罪者として扱われるだろう。
だが、それを承知でアルベール殿は果たし合いに挑んでいるのだ。
「……理屈だけでは通らぬのは理解できる。だが、膝を詰めてなんとか」
「いやいや、ゲシュペンストよ。すでに状況は詰んでいるのだ」
セドリックはそう言い放ち、はあ、と溜息を吐く。
私は考える。
あまりにも説得の材料が少なすぎる。
アルベール殿の話を聞く限りでは、彼は相応の覚悟で果たし合いに挑んでいるのだ。
私はそこで、はたと気付いた。
「セドリック、一つ尋ねたいことがある」
「何かね?」
獅子の紋章だ。
何処で見たかをようやく思い出した。
「アルベール殿の帯剣には獅子の紋章が刻まれていた。そうだ、あの紋章だけではない。剣もそうだ。私は一度――いや、何度も見たことあるぞ。あれは確か――」
指をさす。
セドリックの顔にだ。
今、ハッキリと思い出した。
「あれは確かに、セドリック。お前が身につけていた帯剣であったはずだ。何故あれをアルベール殿が持っている」
「……」
セドリックは答えない。
ただ、嫌なことに気付かれたと顔を顰めるばかりだ。
私は考えている。
何故、アルベール殿がセドリックの所持していた剣を持っているのか。
少し考える。
セドリックが、敗者であるアルベール殿の母君にせめてもの詫びにと贈った?
これは全く違うだろう。
そんなもの受け取らぬだろうし、他家の紋章が刻まれた帯剣など、主家から所持が許されるわけがない。
そうだ、だから考えられるケースとしては。
「……」
悩んでいる。
いくつか浮かんでは、シャボン玉のように消える。
ええい、私は考えることがあまり得意ではないのだ。
「いつまでそうしているつもりかね、ゲシュペンストよ」
セドリックは素知らぬふりで。
手を差し伸べて、こう告げた。
「アルベール殿から果たし合いの文を渡してくれ。そして、さっさとここから立ち去り給え。立会人としての立場を疑われるぞ?」
「……」
ダメだ、どうにも事情がわからん。
何らかの謎は隠されているように思えた。
真実だ。
客観的に見て、どうにも明らかになれば心底馬鹿馬鹿しいと怒鳴り散らしたくなるような事実を。
それをセドリックは隠そうとしている。
だが、それを私の頭では見破れない。
「文を渡してくれないか?」
時間稼ぎにも限界がある。
仕方なく、私は文を渡した。
「……」
セドリックはその文を受け取り、開いて。
指で一文字一文字をなぞり、何故か愛おしささえ感じているような素振りを見せた。
コイツの性格は知っている。
黙ってアルベール殿に斬られるつもりなのだろう。
それは紛れもない事実だ。
老人が若人より先にくたばるべきだと考えている。
だが、それだけではない。
きっと、アルベール殿に何か隠している真実がある。
「セドリック、隠し事はよせ。何か力になれるかもしれん」
「残念ながら、どうにもならんね。これは少なくともゲシュペンストに解決できることではない」
セドリックは、それを明かすことを拒否して。
「茶も出さずにすまんが、帰ってくれないか。アルベール殿には間違いなく承ったと、伝えておいてくれ」
ただただ、私とランタンを邪魔者として扱い。
出て行くことのみを望む。
私とランタンには、残念ながら抗う術が何処にもなかった。