悠久の魔女と老英雄   作:道造

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第二十四話「ランタンの想像」

 

 与えられた情報で、物語を組み立てる。

 想像を膨らませるならば、オイラに任せて欲しかった。

 それこそが吟遊詩人として求められるものだから。

 

「さて、始まり始まり」

 

 大体はストーリーを、推測という名のそれを作りあげた。

 ぱんぱん、と手を叩く。

 オイラなりの即興劇の始まりだ。

 

「昔々、あるところに一人の騎士がいました。騎士の名はセドリック。かつては勇者グランの相棒と呼ばれるほどの騎士でありました。しかし、彼には秘密が一つだけありました」

 

 秘密、というべきだろうか。

 実際のところ、当初はそうではなかったかもしれない。

 しかし、秘すべきことになったのは事実だろう。

 

「彼には主君が二つありました。一つは獅子の紋章を掲げる王家。もう一つは、それとはまた別の王家です。さて――当時は魔王戦争時代。誰もが魔王との戦に戦力を供給せざるを得ず、最低限の戦力だけが互いに残っておりました。大規模に戦をする体力だなんて残っておりません。にも関わらず、両王家に争い事が起きました。とある肥沃な土地からの収穫を巡っての争いです」

 

 ここで、二人の観客を見る。

 左にゲシュペンストの旦那、右にファウルハウトの姉御。

 二人ともオイラの話に聞き入っており、ここまで異議はなし。

 

「両王家は困りました。半分で分け合えば良いではないか。それが出来れば話は早い。ですが、そうするわけにはいきません。王に求められる役目とはつまり民を食わせることに他ならない。当事者限りの問題ではないのです。自国の民の命を賭けて、どちらの国の民が多く切り捨てられて餓死するか、それを横において争わぬわけにはいかなかったのです」

 

 アルベール殿の話を聞く限りではそうだった。

 ここでオイラなりのアクセントを加える。

 

「少なくとも、『表向きには』争いました。実際に収穫をどうしたのかはわかりません。半分に分け合ったのかもしれません。外面的には獅子の王国が負けたことにする取引で、もう片方の王国が代わりになんらかの利益を得たのかもしれません。ただ――とにかく民の手前、二つの王国は争わぬわけにはいかなかったのです。そうしなければ、もはや収まりの付かない状況でした。仕方なくも、両国は騎士を選出して決闘をさせました」

 

 完全に想像だ。

 オイラは魔王戦争時代を生きていない。

 その時代がどれだけ過酷であったのかも知らない。

 だが、先祖代々伝わっている物語を聞く限りでは、珍しい話でもない。

 だから。

 

「セドリックは優れた騎士です。それこそ二つの王国から騎士として認められ、契約による利益を得るほどの。さて、当時は魔王戦争時代、果たしてそれだけの騎士を殺す余裕があったものか? この後世の語り手としては疑問に思うところ。ひょっとして――」

 

 オイラは大胆な結論を出す。

 あくまでも想像にすぎないが。

 

「決闘など最初から行われなかったのではないか? どちらの国も高名な騎士を殺すなんて余裕すらなくて、セドリックという一人の騎士に泥を呑んでもらうことで、この一件を落着させたのではないか? そう考えるのです」

 

 多分、この想像は合っていると思う。

 オイラは横目でゲシュペンストの旦那の顔を見た。

 不快な顔一つせず、まああの時代ならば、そういう選択肢もあるだろうなと。

 何かを諦めたような悲しい顔つきであった。

 

「いくつか疑問はあります。それだけの大事な決闘なのに、ちゃんとした立会人はいなかったのか? おそらくは決闘裁判だったでしょうに、裁判官は? さて、この語り手の予想では確かに存在はしたでしょう。そして、口を閉ざしたのでしょう。だって御国のためです。致し方ないことですよ」

 

 ずず、と茶をすする音がした。

 ファウルハウトの姉御が何を考えているのかは分からない。

 相も変わらぬ美しい無表情だった。

 

「問題はセドリックという男が一人しかいないことです。そして、そのような泥を呑ませられる理由が、かつて勇者グランの相棒でさえあったほどの騎士には無いことです。おそらく最初は断ったでしょう。だが、彼には弱みがあった。それは――」

 

 いったん言葉を切る。

 ここから先は想像よりも、実際のところを少しは知っている。

 ゲシュペンストの旦那に耳を傾け、情報を得てから語ろう。

 

「セドリックには、奴が仕える獅子紋章の王国には、婚姻を紹介されて子を孕んだ妻がいた。事実上、逆らえなかったのかもしれん。そして、奴は小さいながらも領地を持っていた。どんな非道を用いても、食わせてやらねばならぬ民がいた。肥沃な土地の収穫から、幾ばくかの糧を得たのかもしれん」

 

 それが旦那の結論だった。

 王に求められる役目とはつまり民を食わせることに他ならない。

 一度そう述べたが、その王を領主と言い換えても。

 これは何ら変わりは無い。

 何をどう汚い手を使っても、たとえ隣領地の民を殴り殺し食料を奪ってでも、領民を食べさせるのが領主に求められる役目だからだ。

 

「きっと沢山の――本人に聞かねばわからぬ事情があったのでしょう。何をしてでも、妻子を守らなければならなかった。どんな汚い手を使ってでも、領民を食べさせねばならなかった。二つの王国が決めた決定を裏切るわけにはいかなかった。そうしてセドリックは泥を呑むことにした」

 

 これを解決しても、まだ疑問は残る。

 例えば、セドリックは両王国において高名な騎士であった。

 もちろん教育を受ける機会すら少ない民はそれを知らぬだろう。

 娯楽として、オイラのような吟遊詩人が訪れる機会すら少なかった時代だ。

 

「その泥を呑んだセドリックに特別な配慮をしたのか。それともバレたら両王家の恥と考えたのか。真相を知る誰もが口をつぐんだ。王も、官僚も、騎士も、誰もが」

 

 民さえ騙せれば良かった。

 まだ疑問は残っている。

 だがさて、名前は?

 セドリックは一人しかいない。

 まさか、同じ名前の騎士を両国から決闘に出したとはいえまい。

 そんな誰にでもわかる疑問についての、情報を求める。

 そう視線を向けると。

 

「セドリックのフルネームは、セドリック・フォン・ヴォルガス。仲間内ではただセドリックと呼ばれていた。とある騎士はセドリック卿と呼び、とある騎士はヴォルガス卿と呼んでいた。おそらく、獅子紋章の王国からは妻のお産の間、その保護を妻の実家に委ねているヴォルガス卿として。もう一つの王国からは、自身が不在の間は領地の保護を任せる代わりに、魔王戦争の最前線に出ていたセドリック卿として選出されたのだ」

「さて、民はそれを知る術が――」

「当時の民には同一人物だなんて知る術がない。そして、今の民にとってそのような醜聞には興味が無い。ランタンならばどうする」

 

 こんな暗くてどうしようもない話が、民衆に受けるわけないでしょ!

 吟遊詩人ってのはさあ、最大多数の最大幸福の娯楽をお客さんに提供するべきなんだよ!!

 そう言いたくなるが、今は語り手としての途中だ。

 

「残念ながら、民にはなかった。さて、両王家にとって、最初は良いように事が運んだ。とにかくも無駄な被害なく、魔王戦争に必要な戦力を損なうこともなかったのだから。問題は――」

 

 そこから始まった、セドリック・フォン・ヴォルガスの不幸だ。

 まさか、ここまでセドリックが酷い仕打ちを受けるとは両王家も、セドリック自身も。

 そして、その妻とて想像もしていなかっただろう。

 

「とんでもない浅知恵だったね」

 

 ファウルハウトの姉御が、小さく嘆息した。

 本当にどうしようもない。

 アルベール殿の話ではこうだ。

 オイラは語り続ける。

 

「その後、セドリックの妻子が迫害をされたことだ。敗北した獅子紋章の王国中から受けた批難の声、生家に火を付けられて妊婦の身で必死に逃げたこと、父の墓が荒らされて遺骸すら残っていないこと。元々、墓に遺骸なんて入っちゃいなかったのだろうに」

 

 繰り返される、嘆息の声。

 ファウルハウトの姐さんは嘆き続ける。

 

「それも、どこまでが獅子紋章の王国が企んだことだろうね。善意だか悪意だか。そこまで迫害を扇動しなければ、民の憂さ晴らしができなかったのか。わざと墓を暴いて、遺体を持ち去られたことにして、隠蔽を企んだ?」

 

 誰かが告げ口一つすれば、少なくとも。

 ――アルベール殿はわかったろうに。

 そう言いたげに。

 いや。

 ここまでで、ようやく気付いたことがある。

 

「さてはて、ここまで語り終えて、ようやく語り手にも気付いたことがある。死んだはずのセドリックが顔見せすることの叶わなかった妻は何も知らないのだろうか。そして息子たるアルベール殿に隠し通したのだろうか」

 

 アルベール・フォン・ヴォルガスと本来は名乗ることのできる騎士。

 

「本当に彼は、何一つ真相を知りもせずに仇討ちを名乗っているのだろうか?」

 

 何も知らない。

 そんなことが、本当にあり得るのだろうか。

 ここからの判断は大事だった。

 ひょっとしたら。

 

「この語り手は、ここにいる二人の観客に是非を問いたい。アルベール殿にこの話をするべきか、するべきではないのかを」 

 

 何もかも知っていて、愚かな選択により、母と自分を苦境に追い込んだ父セドリックのことを心の底から恨んでいるのではないだろうか。

 あの何も恨んでいないという言葉は、それ自体が嘘ではなかろうか。

 そんな予感がした。

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