この話をするべきか、するべきではないのか。
そう問われて、ぱっと答えが出ぬ。
難しい問題であった。
世の中には秘した方が良い真実も存在するのだ。
「ふむ、どうすべきかな」
頭を悩ませるところではあるが。
「どうとでもなるんだから、言っておいた方が良いかと思うよ」
あっけらかんと、ファウルハウトが言い放った。
どうとでもなるんだから?
それは軽率な考えではないかと思うが。
「ぶっちゃけ、ゲシュペンストは横合いから思い切り決闘を蹴飛ばすつもりなんでしょう? もう彼らの意思なんて知ったことじゃないとばかりに」
「まあそうだが。もう少し言い方を控えめにしてくれると有り難い。私が気配りできないみたいではないか」
そりゃそうなんだが。
こんな馬鹿馬鹿しい話はない。
仮定通りの話が真実だったとしよう。
セドリックは死ぬべきではないし。
アルベール殿も父殺しをすべきではない。
それが私の結論だ。
いや、そこまで決めているとなれば。
「要するに、まずは言葉を尽くせと? 会話をしろと?」
「そういう話になるね。腹を割って話し合って、それで済むならばそれでよし」
まずは対話を試みよと。
なるほど、理性的な判断である。
「それで止まらねば?」
「二人ともボコボコにすればいいでしょ。暴力あるのみ」
握りこぶし。
それを目の前に突き出してくる、我が怠惰の姫君は相変わらず可愛い。
それはそれとして。
「そんな乱暴なことを私にしろと?」
私は躊躇うが。
ファウルハウトといえば、何が悪いのと言いたげに純朴な瞳で私を見ている。
いや、悪いだろ、色々と。
そうは考えるが。
「そういう方法しかないか。もう仕方ないものなあ」
言われてみればそうなのである。
もう会話で解決を試みて、それがダメなら暴力だ。
乱暴な話ではあるが、何一つ間違ってない気がする。
「というわけで、今から突撃しようか」
ファウルハウトが椅子から立ち上がった。
え、それでいいの、そういう結論なのと。
少しだけ不満を残した顔をした、ランタンも立ち上がる。
「うーん、これが真実とは限らんし。もう少し話し合った方が……いや、致し方ないか」
ランタンは少しだけ日和るが。
あまり考えすぎても意味は無い。
何せ、話し合うにも時間があまりにも無さすぎた。
立ち上がり、三人してアルベール殿の部屋に行き、ノックした。
「アルベール殿、おられるか?」
「どうぞ、気配は感じておりました。三人とも部屋にお入りください」
うむ、話が早い。
私たちはドタドタと足音を立てて部屋に入り、決闘前の最後の夜。
おそらくは精神を集中させていたのだろう、彼を見た。
中々に仕上がっている。
「一体何用ですか?」
「率直に尋ねる。アルベール殿は状況をどこまで把握している」
「状況ですか?」
首をひねり、彼が思案する。
まあ、なんだ。
一言で言うと、彼は分かっていた。
「たとえば、セドリック殿が私の仇討ちどころか――私の血族であり。例えば姓を同じくする叔父であるとか」
全部分かっていた。
「ひょっとすれば、私の父親かもしれない。なんてね」
その上で、はあと溜息をついた。
何処か、やるせない吐息だった。
「全部分かった上で果たし合いに望もうと?」
「ゲシュペンスト殿。どうやら貴方達は色々な事を知っているようだが――」
出会ったときから、気配は一定で。
よく鍛え上げられた騎士の振る舞いにして、強烈な恨みも感じない。
ただただ、どうしようもないといったような。
「それを知ることで、私は何か選択肢がありますか?」
「というと?」
アルベール殿が、自分の父親がセドリックだと知っている。
これによって変わることは明確にあるだろう。
世の因果に騙されて、父殺しをその手で行うほど馬鹿馬鹿しい話はあるまいに。
そう告げようとして。
「このアルベール・フォン・ヴォルガスが、やるべきことは何も変わらんと言っているのです。彼が自分と姓を同じくする者だとわかっていたとしても、やることは何一つ変わりません」
彼は自分の姓名を明かし、明確に述べた。
「どうしてだ?」
「母が殺しておくれと、そう遺言を残したからですよ。それだけは事実だ」
静かにかぶりを振る。
「私の親族なのか、それとも父親なのか。それはセドリック殿に尋ねねば真相はわかりません。ですがね、私はともかくとして。その選択肢により母が苦しんだことに変わりはないのですよ? 私などよりも、全て理解していたであろう母親が殺してくれと頼んだ末期の願いをどうして断れましょうか」
「それは――」
問題は、アルベール殿の行動倫理の根底はそこにあった。
彼個人の本望ではない。
最初に口にしていたように、最初から恨んではいないのだ。
「仮に父だったとします。父も苦しんだでしょう。それは容易に想像ができます。だから、もう終わりにしませんか?」
「つまり?」
「私が父を殺して、母の恨みを果たし。その上で、私は主君にこう告げるつもりです」
彼が恨んでいるのは、セドリックに対してではない。
推測上の父に対してではなくて。
「よくも騙したな、貴方に仕える騎士を騙してくれたなと」
主君に対してであった。
「主君だけは真相を知っているはずです。そして、あの時代はこういう事情であったのだと。申し訳ないことをしたと。そうして母と私に謝罪して、名誉を回復することができたのです。父と引き合わせて、現状を回復することだってできた。もちろん、当時の王と今の王は違う人物ですが――それでも真実を知っていながら、私に何も伝えなかった」
「それはまあ、そうだな」
「これは主君と騎士の振るまいとして、あり得ぬ行為です。紛れもなく契約違反と言えるでしょう」
唾を吐くように、そう言い捨てて。
アルベール殿は立ち上がった。
「ねえ、ゲシュペンスト殿。ランタン殿に、ファウルハウト殿。私は何度か言おうとしましたが、あなた方が偶然居合わせた方々だからこそ全てを言いませんでした。事情を理解された今、本音を口にします。私はね、もうこんな騎士なんて、立派でもなんでもない職業に嫌気がさしているのですよ」
「……だったら」
私は口ごもりながら、一つの結論を出す。
「もう騎士など辞めてしまえば良い。全て擲ち捨ててしまえ」
「そうするつもりです。ただし、その前に母の願いを叶えてからです。玉座にこの獅子紋章が付いた剣を放り投げて、貴様とはこれまでだと主君を罵って立ち去るのはその後です」
「……むう」
まるで拗ねている。
さて、どうしたものか。
幼児や子供のワガママと切って捨てるにはあまりにも因果が深すぎて。
そして、それぐらいの行動がアルベール殿には許されても良かった。
だが、なあ。
「自棄を起こすのはやめないか?」
言葉を尽くす。
まずは会話をして、説得を試みる。
そうするのは我が愛しの怠惰の姫君が、そうせよと言ったからに他ならぬ。
だが。
「自暴自棄になっているのではありませんよ。私は母の恨みのために父を殺し、おそらくは罪悪感を抱いている父のためにも父を殺して。最後に主君に剣を放り投げて、このくだらぬ不快な騎士物語を終わりにして。その後は人生をやり直させて頂く。平和な時代ですが、剣の腕には少しばかりの自信がありますので」
これはもう説得は不可能だな。
私は頷いた。
さてさて、とりあえず。
「どうしようもないことは理解した。明日には果たし合いだ。それまでゆっくり身体を休めるが良かろう」
「そうするつもりです」
ゆっくりと頷くアルベール殿に別れを告げて、三人で部屋の外に出てドアを閉める。
もちろん私は立会人を務めることになるが。
結論から言えば、横合いから殴りつけて、暴力で全てを無茶苦茶にするつもりであった。
あれだ。
そうせよと、何せ私の惚れた女が言っているわけだし、どちらとも許されよ。
私はそうして先んじて、果たし合いの二人に心中で詫びておくことにした。