果たし合いは、人気の少ない町外れの平野にて行うことになった。
人気はない。
二人の決闘を邪魔する者は誰もいなかった。
彼方、東にセドリック。
此方、西にアルベール殿。
そして立会人として私が。
少し離れたところにて、ランタンとファウルハウトが立っている。
「さて、始めましょう。と言いたいところですが。二、三ほどお聞きしたいことがあります。それくらいの立ち話はいいでしょう」
アルベール殿が、いよいよもって決闘を始める前に。
ずっと、今までの人生で疑問に思っていたであろう事を口にした。
「ああ、なんでも聞いてくれて良い。その権利が君にはある」
セドリックも、またこれに応じた。
声には弾んだ調子も、また落ち込んだ様子もなく。
全くの平静であった。
「さて、姓を同じくする者として尋ねたい。貴方は私の父か? それとも叔父か? それぐらいは知っておきたい」
「……」
当然の疑問。
それにセドリックは一寸だけ口ごもり、やがて静かに答えた。
「血縁上は父親であるな。親らしいことは何もしてやれなかったが」
やはり、ランタンの予想は合っていたらしい。
あっちゃあと言いたげに顔を片手で覆い、空を仰ぐ矮人の姿が見えた。
「次に尋ねます。決闘死を偽装したのは、主君達の名誉のためか? それとも領地や妻を人質にとられ、必要に駆られての事か?」
「後者だな。主君への忠誠など、もはやこの仕打ちを受けては欠片もない。妻と子を人質にとられても――まあ、なんとか救い出すことぐらいは出来たかもしれない」
出来たであろう。
一言、私に言ってくれれば良かったのだ。
相談さえして貰えれば、勇者グランとしても、その後の新興国の王としても救出を手配することぐらいできた。
「だがな、これは言い訳にすぎんが。領地は足が生えて動いてくれるものではなくてな。二つの王国に挟まれての今後。そして飢えている領民のために糧を得るためには、卑怯卑劣な真似でもしなければならなかった」
「それがたとえ、自分の妻子を犠牲にするものであっても?」
「そう考えた。その時はな」
セドリックは、きっぱりと答えるが。
違うだろうな。
本当は、もう少しマシな未来を描いていたに違いない。
少なくとも、自分の妻子が迫害を受けるなど考えもしなかった。
契約を結んだ主君が、しっかりと守ってくれる約束を果たすと考えたに違いないのだ。
「選択に後悔は?」
アルベールが詰める。
息子として、口にする権利がある詰問であった。
「している、と言っても何も変わらぬ。それが現実だ」
セドリックが剣を抜いた。
帯剣に紋章は刻まれておらぬ。
獅子紋章の王国の剣でも、もう片方の紋章も刻まれておらぬ。
それはただの平凡な剣であった。
全ての主君を見限った、ただの一本の剣だ。
アルベール殿はそれを見て、何を思ったであろうか。
自分の獅子紋章が刻まれた剣を見た。
「――そうだな」
言いたいことは山ほどあるだろう。
だが、歯の奥でそれを噛み潰して。
アルベール殿もまた剣を抜いた。
業物であった。
「何も変わらない。そうだな、貴方の言うように何も変わらない。やるべきことをやるだけだ」
平静につとめて。
若き彼はそう口にして、何もかもがウンザリしたように、刃を立てた。
右手で自然に振り上げた形に左手を添えた構え。
奇しくも。
いや、父親であるセドリックと何も変わらない構えをするのは、奇妙ではない。
おそらくは、彼の母君が教えた。
「――」
真っ向に立つ。
セドリックは両手で柄を握らずに。
ただ右手のみで、剣を握りしめた。
我がかつての相棒は、そのまま斬られるつもりだった。
それは誰にとっても、立会人である私どころか、遠くから見物する他の二人も理解できた。
おそらくはアルベール殿にも。
風が舞った。
名も知れぬ草花が揺れている。
私は迷っている。
はて、本当に横合いから殴りつける。
それがこの勝負の結末に正しいのだろうか。
アルベール殿に、父を討つ権利が与えられるだけではない。
セドリックもまた、ここで気持ちよく討たれることで生涯を終わらせる権利。
それもあるはずだった。
私はそれを理不尽に覆そうとしている。
『私がそれを気に食わない』という理由でだ。
何もかもを無茶苦茶にしようとしているだけだ。
さて。
私は悩んで。
ふと地面を見た。
ナズナの花が揺れている。
季節はまだ春だった。
「立会人、合図を」
アルベール殿が、私に声を掛けた。
勝敗のわかりきった勝負を果たそうとしている。
「ゲシュペンスト、始めてくれ」
セドリックの声は、つとめて平静に聞こえたが。
何処か悲鳴のようにも聞こえた。
これでお仕舞いにさせてくれ。
そんな声色だった。
「うむ、始めるか」
私は世界におけるありとあらゆる騎士道に基づき、立会人の作法として剣を抜いた。
愛剣スターホーン。
なまくらである。
目立った装飾はない。
何処かの騎士家であるかを証明する紋章はない。
要するに、ただの鈍器であった。
「立会人として、両者に言っておく。騎士である以上、負けたとしても悔いの残らぬように」
私はここで約束させた。
騎士道に基づく作法ではない。
ただの私なりの仁義の切り方である。
「承知。たとえ父が私を斬り殺したとしても、それはそれでよろしい」
アルベールが、もはやどうでも良いように吐き捨てた。
「承知。これで仕舞いよ」
セドリックが応じた。
ありとあらゆる感情を押しつぶした、平坦な声だ。
「大変よろしい」
私は愛剣スターホーンを天に掲げた。
「では、せいぜいあがくが良い。この魔剣が本気で暴れるままを見届けて生き抜いた生き物は、我が愛しき怠惰の姫君しか今までにおらぬ。光栄に思え」
私は殺気を両者に放った。
巨人さえも、ドラゴンさえも、魔王さえもぶち殺した本気の殺意である。
優れた決闘者二人が、殺気に応じてすぐさまに構えた。
無駄な抵抗である。
「何を!?」
愛剣スターホーンが光り輝いた。
「おい、貴様――馬鹿、やめろ!」
ようやく意図を察したセドリックが慌てて、私を止めようとした。
無駄なことだ。
「隕鉄よ、光り輝け」
決して壊れぬ、隕鉄で造られし我が愛剣が煌めいた。
刀身から光が迸って。
ようやく私が何をしようとしているかを察した二人が、構えも気にせずに私に斬りかかった。
ひとまずは、立会人が何もかも裏切ったことに気付いたのだ。
その一拍が手遅れだ。
「さあ、命を奪い尽くすが良い」
振りかざすと同時に、刀身から放たれた光に二人が切り裂かれた。
吸い取った生命力が自身の中に流れ込んでくるのを感じた。
我が愛剣スターホーン。
刀身は、粗雑な厚手の服と山賊の血肉を斬るのがせいぜいで、とんだ『なまくら』。
素材は隕鉄で出来ており、ドワーフの王にして名匠が十年鍛え上げ加工した柄にて。
常に生命力を渇望し、光を迸らせて生命力を奪い取り、精神すら汚染して意思を挫き。
自我すら持つかのように蠢く、我が愛妻の封印がなければ私ですら扱えぬ魔剣である。
「うん、さすがに鍛え上げられた騎士二人よ。お前でも一太刀では殺せんか」
私は剣に一言だけ、揶揄うように言い添えた。
返事はなかった。
魔剣は不承不承であるかのごとく反応し、少しだけ蠢いた。
セドリックとアルベール殿は生命力を奪い去られ、気絶している。
さて、寿命に影響がなければよいのだがな?
私は、遠くで見守っているランタンとファウルハウトに声を掛ける。
「さっさと封印してくれんか。このままにしておくわけにもいかぬ」
「はいはい、わかってるよ」
ファウルハウトがやってきて、私の剣に何かまじないを掛ける。
再度の封印が施された。
ランタンは私の魔剣に興味を持ちつつも、とりあえずは現状を理解して。
「これが本当に正解なの?」
少しだけ、疑問の声をあげた。
さあ、それは二人が本当にちゃんと話し合って結論を出せばよろしい。
生命力を奪われ、血を分けた肉親を殺すほどの漆黒の意思も挫かれた。
そこから決して諦めず、本気で殺したいという決意が見えるのであれば。
「それこそ、ここから結論は出るのだ」
私はそう嘯いた。
目覚めた二人がそれでも殺し合うというならば。
私もファウルハウトも、それを邪魔するつもりはなかった。