悠久の魔女と老英雄   作:道造

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第二十六話「我が剣を見よ」

 

 果たし合いは、人気の少ない町外れの平野にて行うことになった。

 人気はない。

 二人の決闘を邪魔する者は誰もいなかった。

 彼方、東にセドリック。

 此方、西にアルベール殿。

 そして立会人として私が。

 少し離れたところにて、ランタンとファウルハウトが立っている。

 

「さて、始めましょう。と言いたいところですが。二、三ほどお聞きしたいことがあります。それくらいの立ち話はいいでしょう」

 

 アルベール殿が、いよいよもって決闘を始める前に。

 ずっと、今までの人生で疑問に思っていたであろう事を口にした。

 

「ああ、なんでも聞いてくれて良い。その権利が君にはある」

 

 セドリックも、またこれに応じた。

 声には弾んだ調子も、また落ち込んだ様子もなく。

 全くの平静であった。

 

「さて、姓を同じくする者として尋ねたい。貴方は私の父か? それとも叔父か? それぐらいは知っておきたい」

「……」

 

 当然の疑問。

 それにセドリックは一寸だけ口ごもり、やがて静かに答えた。

 

「血縁上は父親であるな。親らしいことは何もしてやれなかったが」

 

 やはり、ランタンの予想は合っていたらしい。

 あっちゃあと言いたげに顔を片手で覆い、空を仰ぐ矮人の姿が見えた。

 

「次に尋ねます。決闘死を偽装したのは、主君達の名誉のためか? それとも領地や妻を人質にとられ、必要に駆られての事か?」

「後者だな。主君への忠誠など、もはやこの仕打ちを受けては欠片もない。妻と子を人質にとられても――まあ、なんとか救い出すことぐらいは出来たかもしれない」

 

 出来たであろう。

 一言、私に言ってくれれば良かったのだ。

 相談さえして貰えれば、勇者グランとしても、その後の新興国の王としても救出を手配することぐらいできた。

 

「だがな、これは言い訳にすぎんが。領地は足が生えて動いてくれるものではなくてな。二つの王国に挟まれての今後。そして飢えている領民のために糧を得るためには、卑怯卑劣な真似でもしなければならなかった」

「それがたとえ、自分の妻子を犠牲にするものであっても?」

「そう考えた。その時はな」

 

 セドリックは、きっぱりと答えるが。

 違うだろうな。

 本当は、もう少しマシな未来を描いていたに違いない。

 少なくとも、自分の妻子が迫害を受けるなど考えもしなかった。

 契約を結んだ主君が、しっかりと守ってくれる約束を果たすと考えたに違いないのだ。

 

「選択に後悔は?」

 

 アルベールが詰める。

 息子として、口にする権利がある詰問であった。

 

「している、と言っても何も変わらぬ。それが現実だ」

 

 セドリックが剣を抜いた。

 帯剣に紋章は刻まれておらぬ。

 獅子紋章の王国の剣でも、もう片方の紋章も刻まれておらぬ。

 それはただの平凡な剣であった。

 全ての主君を見限った、ただの一本の剣だ。

 アルベール殿はそれを見て、何を思ったであろうか。

 自分の獅子紋章が刻まれた剣を見た。

 

「――そうだな」

 

 言いたいことは山ほどあるだろう。

 だが、歯の奥でそれを噛み潰して。

 アルベール殿もまた剣を抜いた。

 業物であった。

 

「何も変わらない。そうだな、貴方の言うように何も変わらない。やるべきことをやるだけだ」

 

 平静につとめて。

 若き彼はそう口にして、何もかもがウンザリしたように、刃を立てた。

 右手で自然に振り上げた形に左手を添えた構え。

 奇しくも。

 いや、父親であるセドリックと何も変わらない構えをするのは、奇妙ではない。

 おそらくは、彼の母君が教えた。

 

「――」

 

 真っ向に立つ。

 セドリックは両手で柄を握らずに。

 ただ右手のみで、剣を握りしめた。

 我がかつての相棒は、そのまま斬られるつもりだった。

 それは誰にとっても、立会人である私どころか、遠くから見物する他の二人も理解できた。

 おそらくはアルベール殿にも。

 風が舞った。

 名も知れぬ草花が揺れている。

 私は迷っている。

 はて、本当に横合いから殴りつける。

 それがこの勝負の結末に正しいのだろうか。

 アルベール殿に、父を討つ権利が与えられるだけではない。

 セドリックもまた、ここで気持ちよく討たれることで生涯を終わらせる権利。

 それもあるはずだった。

 私はそれを理不尽に覆そうとしている。

 『私がそれを気に食わない』という理由でだ。

 何もかもを無茶苦茶にしようとしているだけだ。

 さて。

 私は悩んで。

 ふと地面を見た。

 ナズナの花が揺れている。

 季節はまだ春だった。

 

「立会人、合図を」

 

 アルベール殿が、私に声を掛けた。

 勝敗のわかりきった勝負を果たそうとしている。

 

「ゲシュペンスト、始めてくれ」

 

 セドリックの声は、つとめて平静に聞こえたが。

 何処か悲鳴のようにも聞こえた。

 これでお仕舞いにさせてくれ。

 そんな声色だった。

 

「うむ、始めるか」

 

 私は世界におけるありとあらゆる騎士道に基づき、立会人の作法として剣を抜いた。

 愛剣スターホーン。

 なまくらである。

 目立った装飾はない。

 何処かの騎士家であるかを証明する紋章はない。

 要するに、ただの鈍器であった。

 

「立会人として、両者に言っておく。騎士である以上、負けたとしても悔いの残らぬように」

 

 私はここで約束させた。

 騎士道に基づく作法ではない。

 ただの私なりの仁義の切り方である。

 

「承知。たとえ父が私を斬り殺したとしても、それはそれでよろしい」

 

 アルベールが、もはやどうでも良いように吐き捨てた。

 

「承知。これで仕舞いよ」

 

 セドリックが応じた。

 ありとあらゆる感情を押しつぶした、平坦な声だ。

 

「大変よろしい」

 

 私は愛剣スターホーンを天に掲げた。 

 

「では、せいぜいあがくが良い。この魔剣が本気で暴れるままを見届けて生き抜いた生き物は、我が愛しき怠惰の姫君しか今までにおらぬ。光栄に思え」

 

 私は殺気を両者に放った。

 巨人さえも、ドラゴンさえも、魔王さえもぶち殺した本気の殺意である。

 優れた決闘者二人が、殺気に応じてすぐさまに構えた。

 無駄な抵抗である。

 

「何を!?」

 

 愛剣スターホーンが光り輝いた。

 

「おい、貴様――馬鹿、やめろ!」

 

 ようやく意図を察したセドリックが慌てて、私を止めようとした。

 無駄なことだ。

 

「隕鉄よ、光り輝け」

 

 決して壊れぬ、隕鉄で造られし我が愛剣が煌めいた。

 刀身から光が迸って。

 ようやく私が何をしようとしているかを察した二人が、構えも気にせずに私に斬りかかった。

 ひとまずは、立会人が何もかも裏切ったことに気付いたのだ。

 その一拍が手遅れだ。

 

「さあ、命を奪い尽くすが良い」

 

 振りかざすと同時に、刀身から放たれた光に二人が切り裂かれた。

 吸い取った生命力が自身の中に流れ込んでくるのを感じた。

 我が愛剣スターホーン。 

 刀身は、粗雑な厚手の服と山賊の血肉を斬るのがせいぜいで、とんだ『なまくら』。

 素材は隕鉄で出来ており、ドワーフの王にして名匠が十年鍛え上げ加工した柄にて。

 常に生命力を渇望し、光を迸らせて生命力を奪い取り、精神すら汚染して意思を挫き。

 自我すら持つかのように蠢く、我が愛妻の封印がなければ私ですら扱えぬ魔剣である。

 

「うん、さすがに鍛え上げられた騎士二人よ。お前でも一太刀では殺せんか」

 

 私は剣に一言だけ、揶揄うように言い添えた。

 返事はなかった。

 魔剣は不承不承であるかのごとく反応し、少しだけ蠢いた。

 セドリックとアルベール殿は生命力を奪い去られ、気絶している。

 さて、寿命に影響がなければよいのだがな?

 私は、遠くで見守っているランタンとファウルハウトに声を掛ける。

 

「さっさと封印してくれんか。このままにしておくわけにもいかぬ」

「はいはい、わかってるよ」

 

 ファウルハウトがやってきて、私の剣に何かまじないを掛ける。

 再度の封印が施された。

 ランタンは私の魔剣に興味を持ちつつも、とりあえずは現状を理解して。

 

「これが本当に正解なの?」

 

 少しだけ、疑問の声をあげた。

 さあ、それは二人が本当にちゃんと話し合って結論を出せばよろしい。

 生命力を奪われ、血を分けた肉親を殺すほどの漆黒の意思も挫かれた。

 そこから決して諦めず、本気で殺したいという決意が見えるのであれば。

 

「それこそ、ここから結論は出るのだ」

 

 私はそう嘯いた。

 目覚めた二人がそれでも殺し合うというならば。

 私もファウルハウトも、それを邪魔するつもりはなかった。

 

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