アルベール殿が立ち上がった。
その手には剣を握っている。
獅子紋章が刻まれた剣であった。
「――真実など、結局は何の言い訳にもならん。聞くのではなかった」
まあ、そうであろうな。
真実は時に残酷で、私たちの想像の枠を超えてくれなかった。
結局、セドリックは領地領民のために、妻子を見捨てた。
それだけが事実だ。
「くだらぬ手間を。これに何の意味が――」
彼がこちらを向いて。
何か、言おうとして。
「いや、これはこれで良かったのでしょうね」
ただ、自分に言い聞かせるように口にして、頷いた。
何か考えている。
アルベール殿の頭は何かを、結論とすべきことを探し求めて。
悩みに悩みあぐねて、また口を開いた。
「もう、私をお止めにならぬのか?」
「私が欲しかったのは、納得だ」
強引な横やりをしてしまったゆえに。
正直に何がしたかったのかを口にする。
「馬鹿げた事だと思った。正直言って、殺し合ったところで益は何もない。だから横から余計な真似をした。なれどもだ。これ以上は無粋をせぬ」
最初からそのつもりだった。
本人の自白により、真相を明らかにすること。
我が愛剣スターホーンで漆黒の意思を挫くこと。
それでもだ。
それでも殺し合うというのなら、もはや止めぬ。
「アルベール」
セドリックが口を開いた。
「真実はそこのエルフの魔法が証明してくれた。私は妻子を裏切った。ゆえに、お前に首を刎ねられても仕方ないと思っているし。そうすべきなのだ。ただ成すべき事を為せ」
「――」
アルベール殿は返事しなかった。
反感を抱いたのでは無い。
もし抱いたのであれば、貴様に指図される覚えはないと。
そう即座に口にしたであろう。
「――」
アルベール殿は剣の切っ先を、セドリックに向けた。
彼の視線は、柄に刻まれた獅子紋章に止まって。
「くだらん」
それに向かって、吐き捨てるように言葉を口にした。
「何もかもがくだらん。仇に、主君に、お膳立てされた復讐など、もはや復讐ではないわ。私が求めていた物は――もっと」
剣を鞘に収めた。
アルベール殿は、何もかもやる気が失せたようである。
「何もかもが。今は亡き母も、仇であるお前も、私も、何か救われるような決着だった。このまま殺したところで、もはや誰も救われぬ。それが真実だったのだ。ゲシュペンスト殿、この結論を導き出した者として、一つ責任を任せたい」
「何か?」
「死んだと。セドリックもアルベールも死んだ。相討ちであった。この先、たとえ瓜二つの人間が貴方と会ったとしても、それは赤の他人だと。私に何の義理もなければ、貴方に責任もないと。我が元主君に伝えて欲しい」
アルベール殿が、鞘に入った剣を差し出した。
もはや獅子紋章の主君に仕えるつもりは無い。
その証である。
「しかと承った」
鞘を受け取る。
直接会いに行っても良いが、相手の王は恥じ入るだけであろう。
息子に送り、遠回しに伝えてもらうこととしようか。
それが一番の安牌だ。
「それでは――ここまでだ。後は自由気ままに生きることにしよう」
アルベール殿は、いっそ清々しいそぶりで、そう言ってのけた。
それもよかろう。
まだ若いし、彼の腕ならば雇い入れてくれる働き口など何処にでもあるだろうから。
「ゲシュペンスト殿」
「なにかね」
「感謝はせぬ。なれど、別に不快でもないことを伝えておく」
そう言って、アルベール殿は少しだけ笑った。
うむ、爽やかな若人である。
元々からして、こういう性格であろう。
「待ってくれ、アルベール」
セドリックは止めようとするが。
返事なし。
私はセドリックの前に立ち、首を振った。
去る者を追うべきではない。
去る者は追わず、追いかけはしない。
来る者は拒まず、たとえどの道を選択しようとも。
最初からそういう約束であったはずだ。
「恨み言なら私が聞こう、セドリック」
「――」
セドリックにもプライドがある。
私一人が相手ならば、愚痴も口にできたであろうが。
少なくともアルベール殿が去るまで、かつての我が相棒は何も語ろうとしなかった。
時が経つ。
10分も過ぎただろうか、アルベール殿が完全に立ち去った後で。
「私はどうすればいい」
ポツリ、とセドリックが呟いた。
「今日で死ぬつもりであった。そのために準備も済ませてきた。全てに別れを告げてきた」
「そうだな」
何もかもを失った。
全ては判断ミスだった。
セドリックはもっと強欲になるべきであったのだ。
妻子も名誉も領地も、全て自分は得るに値する貢献を。
世界に対しても主君に対してもやってきたのだと、胸を張って叫べばよかった。
そうすれば、私が助けてやれた。
しかし、お前は誰にも助けを求めなかったのだ。
「だが、もうどうにもならないな」
私は酷薄に、現実を告げた。
「お前のせいではないか。他人事のように」
他人事ではないさ。
私はこれで薄情な方だ。
これがかつての相棒でなければ、アルベール殿にさっさと復讐させて物語を完結させている。
だが、それはよくないのだ。
「お前は自分の息子に、自分の血でその手を汚させたかったのか?」
私ならば、そうは思わぬがな。
「それで幾ばくかの罪が、私の首と共に地に落ちるなら、それでも良かったのだ」
情けないことをいう。
私は蹲っているセドリックに手を伸ばした。
強引に立ち上がらせる。
「なあ、セドリックよ。私は何があっても自分の息子にだけは手を汚させたくないよ。ましてや自分の血などでな」
私の身勝手である。
仮に息子が私を憎むとして、そりゃあ別に理由があったら殺されても構わぬが。
だからといって、その手を汚して欲しいとは思わない。
「お前が息子にしてやれることが唯一残っていたとすれば、それは殺されることではないよ。父殺しだなんて惨めなことをさせないのが、お前に最後にしてやれる唯一の事だったよ」
私の傲慢かもしれぬ。
私はセドリックに無意味な死を遂げて欲しくなかっただけ。
アルベール殿に父殺しに手を染めて欲しくなかっただけ。
ただそれだけだ。
なれど、これが悪い傲慢だとは思わぬ。
どうしようもなくアルベール殿が父を恨んでいるのならば、見ない振りをするつもりであったが。
最後には止まってくれた。
「嗚呼」
セドリックが呻いた。
涙が一滴零れたが、私は黙ってそれを見つめた。
目を逸らすようなことはしない。
どれだけ惨めな気分になっていたとしても、一人にはせずに。
側にいてやるのが元相棒として私の唯一できることであった。