悠久の魔女と老英雄   作:道造

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第五話 「ミンストレルソング」

 

 ライン都市同盟国家群。

 まず、すでに入国自体は済ませていた。

 今回の盗賊退治の任務を受けたのは、たまたま。

 その任務先がライン都市同盟国家であったからにすぎぬ。

 さて、ここから、目標地点まではさらに移動せねばならぬだろう。

 懐は寂しい。

 盗賊退治の報酬としてはそこそこの額をもらったが、目的である戦士アキレウスのいる都市までには、まだ路銀が足らなかった。

 それについては、素直にランタンに相談した。

 旅先案内人を買って出たのだから、役に立ってもらわねばならぬ。

 さて、ランタンが出した案だが。

 

「まあ、まずはここらで地道に路銀を稼ぐって手もあるけれど。盗賊退治の仕事なんて、そうそう入ってこないよ」

 

 それはそうだろうな。

 『浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ』だったか。

 そりゃ悪人は探せば必ず何処かにいるだろうが、今の時代は表舞台で「さあさあ我らは悪人でござい。殺しても何の問題もございやせん」と目立つほどの集団は少なくなった。

 真面目に働けば食べていけるのだから。

 

「……一応聞いておくけど、真面目に働くというのは? ゲシュペンストの旦那の馬鹿力なら仕事なんてより取り見取りだろうし、魔法使いなんて引く手数多なんだから、ファウルハウトの姐さんだって仕事先は」

 

 要するに、市井に交じって真面目に働けと。

 そうやって路銀を稼ぐ。

 なんだか普通の夫婦のようで、私は別にそうしても構わぬのだが。

 

「働くのヤダ」

 

 怠惰の姫君、ファウルハウトは明確に拒否をした。

 わかっている。

 働くという行為そのものを彼女は憎んでいた。

 労働から見て怠惰を罪悪とするならば、怠惰から見て労働は罪悪である。

 これは私のみが働いて路銀を稼ぐか?

 それも考えたが。

 

「えっと……じゃあ、やっぱり商人の護衛任務に就きながら、目的の都市まで移動するのが一番丸いかなって」

「一番丸い?」

 

 私は疑問を示した。

 ランタンの言いたいことは判るが、「丸い」という用語がよくわからなかったからだ。

 

「えとね、老騎士の旦那にはわからないだろうけどね、最新の若者用語で「角が立たない無難な立ち回り」「最善手に近い」って意味さ」

 

 なるほど、最近の若者は面白いことを言う。

 一番丸いか。

 確かに、目的地まで旅をしながら、更に路銀を稼ぐ。

 その方法が一番「丸い」であろうな。

 

「そうしよう、ゲシュペンスト。まあ、護衛任務についたら何もかも自由な旅とはいかないだろうけどさ」

 

 ぐーんと、ファウルハウトは大きな背伸びをした。

 まるで猫のように。

 

「その旅は旅で、きっと楽しいよ」

 

 ファウルハウトの、私を慰めるようでいて、希望的観測の言葉。

 そうするか。

 私の意思のベクトルは、全てがファウルハウトが何をしたいかにかかっている。

 なれば、ランタンの提案を断る理由などなかった。

 

「そうしよう、ランタン。で、護衛任務は冒険者ギルドや傭兵ギルドで受ければ良いのか?」

 

 今回の盗賊退治は冒険者ギルドで受けたものである。

 黒騎士カーライルは傭兵ギルドで受けたようであったが。

 まあ、人が集まらぬ仕事とは往々にして、ギルド間で共有されるものではある。

 

「うーんとね、商業ギルドに行くのが正しい。そもそも商業権利の保護じゃなく、遠隔地取引の安全などを目的に設立された意図があるから。ライン都市同盟国家内で護衛任務を受けたいならば、まあ商業ギルドだね」

 

 ランタンは旅先案内人として優秀である。

 質問を求めれば、的確な回答が返ってくる。

 そこを認めないわけにはいかなかった。

 

「なるほど、ランタンは随分と仕事にこなれておる。そうやって旅をしてきたのか?」

 

 率直に褒めたわけではないが。

 まあ、それとなく旅慣れた人間であることは認めた。

 厳密には彼は人間種ではなく、亜人種たる矮人であるが。

 

「そうだよ。冒険者だからね。別に食べていくなら手に職をつけて、働けばいいんだけどさ」

 

 オイラ器用だしね。

 人の何倍も稼ぐことだって可能さね。

 そう言い張るし、そこに嘘はないのだろうが。

 

「でもさあ、やっぱり冒険には憧れちゃうよね。成否の確実でない古代遺跡の調査! 命をチップにして行うダンジョン探索! そして――」

「……」

 

 浪漫。

 浪漫か。

 すまぬが、私にはちと理解できぬな。

 私たちの時代に、魔王戦争時代に浪漫などなかったからだ。

 誰もが魔王を討伐して、明日を生きることだけを必死に考えていた。

 それほどまでに、あの時代は厳しかった。

 

「勇者グランと、魔女トーリとの壮烈な旅路を歌にしたミンストレル(吟遊詩人)がいたように。いつか、立派な旅を終えたならば、それを歌にして世界中で語るんだ!!」

 

 眉を顰める。

 安心と、少しだけの不快。

 ランタンは、私ゲシュペンストと、怠惰の姫君ファウルハウトが。

 勇者グランと魔女トーリとは未だ気付いていないようである。

 その安心と同時に、少しだけ不快感を抱いたのは。

 

「ランタン、一つだけ否定をするというか、老騎士として不満を口にしておく。「丸い」という若者言葉を教えてもらった御礼としてな」

「うん? オイラの言葉に、何か面白くないことでもあった?」

「勇者グランと魔女トーリの旅路に同行した勇気あるミンストレル(吟遊詩人)など一人もおらぬ。ゆえに、あの歌の殆どは欺瞞が混じっておる」

 

 私は自分らの事を語ったミンストレルソングが嫌いであった。

 明確な虚偽だからだ。

 そこには想像しただけの虚偽しかなく、我々がどれほどの苦労を経て魔王を討伐したかなど。

 それを経験したミンストレル(吟遊詩人)など一人もおらぬくせに。

 さも自分が見てきたかのように、我々の旅路を語るのだ。

 不快である。

 不快そのものであった。

 

「ゲシュペンスト」

 

 短く。

 ファウルハウトが咎めるように、私の偽名を口にした。

 わかってはいる。

 結局、我々の旅がひたすらな称賛だけではなく、ただの娯楽として利用されるほどに世が平和になった証なのだと。

 それでよいではないかと、ファウルハウトは考えているのだろう。

 だが、私は自分の旅を「私はこうも立派に魔王を討伐したのでございます」などと自慢話をしたことなど一度もないのだぞ!

 それは騎士としての恥ぞ!

 自分の名誉を自慢げに朗々と口にするなど、それだけは一度もやっておらぬ。

 恥である。

 何度も繰り返すが、それは騎士として明確な恥であるので、やっておらぬのだ。

 

「……勇者に同行したミンストレルが居たって聞いたことあるけど。今酒場で歌われているミンストレルソングって、殆どはそれが元ネタだよ」

「とんでもないホラ吹きがいたものよ」

 

 見つけたならば、八つ裂きにして殺してやりたい。

 そして、勇者の立場であれば、その後の王の立場であれば、それも可能であったが。

 やらぬのは、そのような事をしてファウルハウトに嫌われたくないからだった。

 理由はそれだけにすぎぬ。

 まあ、魔王討伐戦争から三十年が経つ。

 その「ホラ吹き」ミンストレル当人もすでに死んでいようが。

 

「ランタン」

「な、なに?」

 

 私が本気で怒りを抱いているのを感じ取ったのか。

 ランタンはおっかなびっくり、背筋を伸ばして受け答えした。

 

「もし将来、自分だけのミンストレルソングを歌わくば」

 

 忠告しておく。

 人に、ミンストレルに歌われるほどの何かを成し遂げたる英雄に恨みを買わぬ唯一の方法を。

 

「自分がしかと眼にして見届けた英雄譚だけにしておれ。多少の脚色であればよいが、自分が確かに眼にした真実だけを語れ。そうでなければ、何処で恨みを買うかわからぬぞ」

「わかったよ」

 

 ランタンは素直に頷いた。

 私は安心する。

 

「よろしい。これは命令ではなく、あくまでも老騎士としての忠告であるがな」

 

 話を打ち切る。

 大分、話が横にそれたが。

 

「……じゃあ、自分が目撃したことだけは歌にしてもいいんだよね?」

「うん?」

 

 奇妙な事を聞いてくるな。

 それの何が悪い。

 

「そんなもの、お前の、ランタンの自由であろうが。それは好きにせよ」

「言質はとったよ」

 

 言質?

 別に後でこの言葉を反故にする必要はない。

 そうだな、ファウルハウトと、愛しの彼女を見るが。

 彼女は何処か呆れた様子を見せている。

 何故だ。

 

「とりあえず、旦那の盗賊退治十六人斬りについて何か考えてみるね」

「お前、この老騎士の事など歌にするつもりか?」

「いや、そのために旦那の後ろをくっついていくつもりなんだけど。アンタたちの旅が、何もないなんてことにはならないさ。きっと、ミンストレルソングとして語り継がれるほどの旅になる」

 

 あのなあ。

 旅についてくるのは――いや、旅先案内人についてくるという表現も変であるが。

 私たちのことについて、勇者を辞めた老騎士の私と、怠惰なる姫君について。

 人々が耳を貸すべきミンストレルソングなど何一つ見つからぬわ。

 これはハネムーンであって、何かの冒険譚を演じるつもりはない。

 期待しても無駄よ。

 

「ランタン、貴様は何か勘違いをしているよ」

「それを判断するのはゲシュペンストの旦那じゃなくて、オイラだね」

 

 何もかも徒労に終わる気がするがな。

 私は呆れて、溜め息を破棄ながら。

 

「まあ、ともあれ商業ギルドよ。そこで護衛任務に就き、目的地に向かって旅をしようぞ」 

 

 私はランタンの提案を受け入れて、歩みを進める。

 とことこと、私の横をファウルハウトが歩く。

 彼女は確かに怠惰であるが、馬が欲しいとかはいわぬ。

 三十年前から、自分の足で歩くのが好きなのだ。

 旅とはそういうものらしい。

 

「待ってよ、旦那! 今、ちょっと旦那の十六人斬りについて、ちょっと良いミンストレルソングが思いつきそうに!」

 

 歩幅の小さな矮人たる彼が、必死に足を動かして。

 私たちの後ろを、何やらブツブツと口ずさみながら歩く。

 そんな三人だけの光景が、良く舗装された街道に続いていた。

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