スティアルはいいぞ。
今日はそんなに冷えないと天気予報が言っていたから、体操服で来てしまった。でもいざ運動場に来てみれば結構寒く、でも今更寮に戻る気にもならず、このまま運動すれば温まると自分に言い聞かせて、アップを始めた。
少し体を動かしたくらいでは体は温まらず、寒さに体が震える。それでもいつかは温まると自分に言い聞かせて、凍え切った体をほぐしていると、不意に声がかけられた。
「あの、アルヴさん。寒くはないのですか?」
声を掛けてきたのはスティルインラブ。一人でいる事が多い私に、なんだかんだと声を掛けてくる、不思議な人。
「問題ないわ。寒くても、動けば温まるから」
「でも、アルヴさん、震えて…。そうだ、私のジャージをどうぞ。ロードワークに行こうと思っていたのですが、予定を変えて、部屋に帰るところでしたので、まだ汗とかかいていませんから」
スティルがいそいそとジャージを脱ぎ始めるのを、私は止めた。
「いえ、気にしないで。私は大丈夫だから」
私は誰かに頼らなくても生きている。だから、こんなところでジャージを借りなくても、問題ない。でも私の拒絶を聞いたスティルは、悲しそうな顔をしてしまった。
「そう…ですか…。ごめんなさい……」
とても悲しそうな顔をするスティルを見たら、とても悪い事をしている気持になってしまって、私は言うつもりのなかった言葉を言ってしまった。
「べ、別に借りないとは言っていないわ。ありがたく借りるわね」
そうしたらスティルがぱぁっと花の咲いたような笑顔になって、脱ぎたてのジャージを私に渡してきた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう…。後で洗って返すわ」
スティルが去った後、私は彼女のジャージに袖を通した。冷たい風から四肢が遮られ、直ぐに体が温まる。
改めてストレッチをしていると、ジャージから何かいい香りがしてくる気がした。
袖を鼻先に近づけて、すんすんと匂いを嗅ぐ。
「これは…あの娘の香り?」
今まで他人の香りを気にする事なんてなかったけど、なんだろう、この香り。何か落ち着くような、安心するような。そう言えば、風の噂で、香りが合う人とは遺伝子レベルで相性がいいなんてことを聞いたのまでふと思い出してしまう。
「いやいや、私は何を考えて……」
そう、私は一人でも生きていけるウマ娘。変な考えを思い浮かべてしまったと頭を振って考えを追い出していると、視界の端に、制服を着た、紅い髪に紅い目のウマ娘が目に入った。スティルインラブだった。
「……!!??」
「あ、あの、アルヴ、さん…///」
「い、いつから…?」
「はい?」
「いつから、そこに……?」
「袖の匂いを嗅がれたあたりから…。校舎に行こうと、制服に着替えて歩いていたら、匂いを嗅がれるアルヴさんをお見掛けしたので、もしかして、汗臭かったのかなと思いお声を掛けたのですが、気付かれなかったので……」
全て…全て見られた……。私が匂いに安心しているところも、変な考えを思い浮かべたところも、全部……。
その後、頭が真っ白になった私は、あの窮地をどうやって切り抜けたのか、何も覚えていない。でもあの日から、何かの節に、あの心地よい香りを思い出してしまい、そのたびに頭を振って変な考えを追い払う私が出来上がってしまった。