幼女になったオッサンがお家に帰る方法を探す話 作:ほほげるもわ
俺は右手の指を木の先端に、左手の指を木の根元に向けて指さし、右手だけをゆっくりと下におろして行く。
大木は俺の念動力に抗って、メリメリバキバキと騒音を立てていたが、遂に根元が限界を迎える。
大木が根元から捩じり切られて、空中に横倒しになった。
俺の漂流していた海域付近、次の港町近辺までの距離は、直線でも大体3,000km位はあると推定している。
船旅をしていた期間からの概算で正確な数字じゃないが、その位の距離を子供が徒歩で行くのは、流石に時間がかかり過ぎる。
念動の力を得た当初は、自身を浮かせて空を飛んでいけば、かなりの時間短縮になると考えていたんだけど…。
(…まーだ、気持ち悪い…。)
港町での一件で、念動で自分を対象にして移動させると、尋常では無い位に乗り物酔いの状態になってしまう事が判明した。
回数を重ねれば緩和されるのかもしれないが、俺はそんな訓練をせずとも、代わりになる良い方法を考え付いた。
俺は両手を広げて目の前でパチンと手のひらを合わせ、スリスリごしごしと両手をすり合わせ続ける。
それにしたがって、宙に浮いたままの大木の枝や表皮が、バリバリ音をたてて剥げて地面に積みあがっていく。
念入りマッサージを続けてやると、表面のつるりとした綺麗な丸太が完成した。
後は丸太を岩石に擦り付けて、座る場所としがみ付く取っ手を削りだしてあげれば一応完成だ。
(乗り心地は良く無さそうだ。お尻とか痛くなるんだろうなぁ…。)
念動で直接自分を飛ばすと酔ってしまう。
だから丸太で乗り物を作って念動で操り、それに乗って飛んでいく事に決めたのだ。
(上から見ると本当に…地球とは別の場所なんだな。)
丸太に跨って上昇すると、まわりは海と自然の緑、近くには小さく港町が見えた。
ずっと遠く地平線まで、港町の他に何も人工物が見えず、全周に自然だけが有る景色。
うっすらと夕焼けが始まっている。
青黒く浮かぶ巨大な土星を遮る物は何もなく、その異質な存在感を強烈に主張していた。
(何度見ても…あの星は怖い。疲れたし、今日は少しだけ進んで休もう。)
俺は指さしで丸太の方向を変えてやり、丸太の先端を指さし代わりの方向指示として、前進の方向に意志を傾ける。
そうすると丸太は、しがみ付いた俺を乗せて、風を切りながら空を走り出した。
上空から遠くが見渡せない暗さになる頃、俺は少しひらけた平地に丸太を着陸させて一夜を過ごす事にした。
グロ土星の光のお蔭で夜でも比較的に明るく、天気が良いので灯りが無くても真の暗闇にはなっていない。
星灯りを頼りに、俺は周囲から枝や枯葉など、燃えそうな物ををかき集めて適当に積み上げる。
「火種は…多分これで行けるはず…なんだけれどもー?」
自信の無さを隠すように、何となく言葉が口に出てしまうが。
俺は積みあがった燃料から一枚の枯葉を選び、少しずつ強度を上げて念動を仕掛けた。
右と左、反対の方向に同じ強さで動くように…一つの目標に対して複数方向への同時操作だ。
操作された枯葉は、初めゆっくりと左右に揺れていたが、念動の力を強くする毎にその周期は徐々に小さくなっていく。
矛盾する操作による揺れはやがて振動となり、凡そ木の葉が発する事が無いような、高周波のノイズが枯葉から聞こえ始めた。
「うっヒ!」
聞き覚えのある高周波ノイズによって、船上で樽が爆発したシーンが想起され、思わず飛び上がりズルズルと後ずさってしまう。
腰が引けた態勢で念動の力を止めずに増大させると、ノイズはやがて人間には聞こえない周期に達した。
その一瞬の後、木の葉が要因とはとても想像が出来ない程に、爆発を伴った激しい火炎が夜空を吹き焦がし、激しい閃光が周囲を照らす。
「………………………。あっ!」
予想以上の成果に暫し呆然としたが、積み上げた枝や枯葉が爆発の勢いで吹き飛ばされた事に気付いた。
俺は得られた焚火の火種を守る為に、追加の燃料を探して暫く周りを駆けまわる事になった。
湧き水と食料は確保済みだ。
この海では丈夫で伸縮性に富んだ浮袋を持つ、個体ごとに色彩が異なる綺麗な魚が多く獲れるのだが、その浮袋がそのまま水袋として利用できるのだ。
名前はそのまんま、袋魚と言う。
浮袋に水を入れておくと水が腐り難くなるので、船乗りは航海中や日常生活でよく活用している。
ということを、恥ずかしそうに語る船員さんに教わったのだが。
(これ形が、絶対にコン〇ームだろ。)
余りにも沢山獲れる魚なので、普段不要な浮袋は魚のワタごと捨ててしまうらしい。
浮袋の素の形状は初めて見たのだが、外見が完全に先端に突起の無い、カラフルなゴム製のチ〇コだ。
水を詰めると丸く膨らんで、その後は水を使い切っても、完全に元の形状には戻らなくなるので…いいや、気にしない。
丈夫で伸縮性が有るから、丸太のでっぱりにも取り付け易いし、念動で焚火に吊るせば香ばしく、煮沸まで出来てしまう。
この世界で衛生的な生活に役立っているのだから、不都合も文句も何もない。
(そう言えば…船員さん達が良く使っていた「魚比べ」って言葉の意味が分からなかったのは…あぁぁぁ…。)
船乗りの慣用句と思って聞き流していた「魚比べ」だったが、今にして思えばそういう卑猥な隠語だったのかもしれない。
船員が食用に釣った袋魚が大きいと、誇らしげに見せびらかし。
小さいと恥ずかしそうに、こっそりと海に捨てていたのを思い出した。
いちどだけ、俺が巨大な袋魚を釣り上げた時は、なぜか歓声があがって魚を持ち去られ、意味が解らずキョトンとしていたものだが…。
「■■■■■■?」「アリガ、■■■■■■?」
『俺の袋魚の方が大きいだろ?』『アリガ、袋魚は大きい方が好き?』
羞恥で全身が熱くなるのを感じ、思わず手で顔を覆ってしまう。
「あの!変態どもがー!!」
俺は意味も分からずに、沢山食べられるのだから、袋魚は大きいのが大好きだよ…と。
嬉しそうな船員に聞かれる度に、精一杯のボディランゲージと、覚えたての言葉で頑張って伝えていたのに。
おっさんの純心を汚さないで欲しかった。
微妙な気持ちで焼き魚を食べ終わり、ひと心地付くと、遂に今日一番の大仕事を始める。
覚悟の時が来た。
(よし!しりとりで行こう。小学生からっ!)
「しょうがくせい…い…インドじん。」
(…終わっちまったよ。)
覚悟は決まらず、がっくりと肩を落として考える。
俺がこの世界で目覚めた日、前の世界で使っていた一部の言葉の記憶が、超能力を使うための技術や経験とすり替わっている事に気付いた。
超能力にすり替わってしまった、前の世界の記憶は戻らない。
例えば「小学生」は言葉として知っているのだが、その言葉の意味するところが全く分からない。
それは、もちろん大問題なのだが、いま俺が恐れているのは、このすり替わった記憶の言葉を発すると、初回に限り超能力が暴発する性質だ。
超能力が制御されないまま効果を発揮してしまうと、何が起きるのか全く予想が付かない。
超能力の暴発が原因で、命の危機を感じた経験が、未だに俺の心に深く傷跡として残っている。
致命傷と言える怪我でも一瞬で治ってしまう事を、理解している今でもその痕は癒されていない。
だがメリットも大きい、と信じている。
暴発した能力は、その後で自在に…ある程度は制御できるようになる。
念動力はそれで得た力だ。
感覚的過ぎて保証は何処にも無いのだが、紐付く力が念動以外の別の超能力である可能性が感じられるのだ。
これからの一人旅で、念動以外の選択肢が増えるのは心強い。
俺は超能力の記憶に上書きされて、自分の名前を失ってしまった。
自分の名前が恐らく暴発のトリガーなのだろうが、忘れた名前を言葉にする事など不可能だ。
だから他に似たような記憶が無いか、探りながら言葉を発する事を毎晩やろうと考えた。
しりとり形式にしたのは、何となく。
せめて楽しい要素は欲しいな、と考えたからで深い意味は何もない。
(よーし、やるぞ!)
「い!芋粥、ゆ…ゆ?……優勝候補!、ほ!ほほげるもわ、わ、わ?!…わーー???」
俺が飽きて眠くなるまで、少女のひとり遊びの声が、暗い夜をほんの少しだけ賑わせた。
(最後、ん、で終わる言葉がネックなんだよね。)
お家探しの旅を始めて四日経った。
今日も快晴、空の旅だ。
新たな超能力、探索、ともに成果はまだない。
沿岸をなぞる様に上空を飛び続けて、気になる物を見つけるたびに降下して調査。
手掛かりは見つからずに旅の再開、それの繰り返しを続けている。
内陸の方向に大きい街が見えたりしたのだが、今のところは特に用事も思いつかない。
取り合えずは無視して、沿岸の旅を続行している。
お家探しが終わった後でなら、観光に行ってみるのも、楽しいかもしれない。
気になるのは、港町で警戒されていた未知の脅威なのだが、幸運にもそれらしい物には遭遇していない。
(今度、ん、で終わる言葉だけ集めて、早口言葉をやってみようかな?)
「んんん?」
海側、水平線の近くに、何かが見えたような気がした。
俺が発見された海域にはまだ遠いはずだが、少しでも気になる物は調べておくべきだ。
近くの海に丸太を降下させて、波の届かないギリギリの高度に位置を調整する。
これは発見した対象が、普通の船だった場合に備えての対応。
もし対象が普通の船だったら、接触せずにそのまま直ぐ離れるつもりだ。
相手が望遠鏡を使っていて、先にこちらを把握する可能性もあるが、もしかしたら漂流する丸太と誤認されるかもしれない。
海を駆ける丸太と空を飛ぶ丸太、どっちが現実としてありそうか?といったら前者の方だろう。
程度の問題でどちらも異常事態ではあるが、やらないよりはマシ、の心だ。
何かに向けて飛行する中、丸太がシャッ、シャッと音を立て、波で揺れる海面を時折撫でる。
普段より波のうねりが強い様子だ。
周りにそれらしい雲は見えないが、もしかしたら水平線の向こうで、低気圧が発生しているのかもしれない。
波のうねりを避けて、ちょっとだけ高度を上げながら対象に目を凝らすと、俺はそれが残骸である事に気付いた。
(船…だ。)
沢山の木片や木箱、帆船のマスト、それら船の残骸が波にもまれて揺れていた。
「生きているか!動けるなら…あぁ…。」
始めは残骸の一部と見えていたが、それらの幾つかは人間と気付いた。
近付いて大声で呼びかけたが誰も…色が変色して、既に人間の形が失われている。
亡くなってかなり時間が経過しているのか?
(船旅でこの辺りを通過した時は、俺や船員さんの誰も気づかなかったから、大体七日間位のうちにここで事故にあった…のか?)
彼らはここから遠くで事故にあって、ここが海流が集まる場所とかで、たまたま商人さんの船が通過した後、漂流物がここに到着した。
もしくは単に、俺達が気付かなかっただけなのか。
色々考えてみたのだが、そんな所なのかもしれない。
俺に分かるのは、彼らが不運に遭遇して、無念に死んだという事実だけだ。
しばらく残骸を調べて回るが、積み荷やめぼしい物は発見できなかった。
船体の殆どが砕かれたように散らばっており、原形を留めているのはマスト位だ。
海難にあった木造船の知識は無いので、原因が何なのか俺には見当が付かなかった。
彼らを陸に連れて帰って、埋葬してあげるべきか悩む。
(彼ら全員を海岸まで牽引するのは、多分…今の俺では念動で制御する力が足りない。)
恐らく今の俺の念動で制御できる対象は、乗っている丸太で精一杯だ。
丸太の前進する方向は勿論なのだが、丸太が回転する力を打ち消す方向にも、念動による制御の力を割いている。
更にこれを増やすことは…可能だ。
持ち上げられる最大重量という意味では、未だに限界を感じないので、その点は全く問題ない。
ただし数が増える程に、今の俺では荒っぽさの増した物体操作になるはずだ。
彼らの状態を見ると、乗っている丸太に引っ掛けたり、荒っぽい念動の操作対象にしたり。
遺体が耐えられるとは、とても思えない。
つかんで陸までぶん投げ続ける、という訳にも行かないのだ。
何より…この世界の船乗りの死生観は、言葉を勉強した初めの頃に、商人さんに聞いた事がある。
海で生きた船乗りの遺体は海葬され、死後も海に逝きて幸せな航海を続ける。
生きて残った者は彼らを祝って、次の海に向かう者の出航を見送る。
「■■■■■■、■■■■■■■■■。」
『痛みと苦しみのない海で、安らかな航海が続きますように。』
「行ってらっしゃい…。」
教えて貰った祈りの言葉は、彼らに上手く届いただろうか。
…もっと発音の練習を、しておくべきだった。
俺は丸太を反転させて、海岸へと戻って行った。
さぁ、お家探しの旅を続けよう。