鈴城まなはかわいいものが好きだ。
故にアイドルを愛し、アイドルを志し、ここまで登りつめた。
大手アイドルグループに所属し、そこそこテレビに出ながら活動できている彼女はおおよそ成功者と言って差し支えないだろう。
夢を現実に変えていくたびに、自身の限界を感じていた。
いつしか向上心というものは消えていて、ただ目の前の課題に闇雲に取り組むようになっていた。
今いてくれるファンの温かさに甘えながら、現状維持を更新していく毎日は少しずつ彼女の心を殺していく。
鈴城にとってアイドルとは華やかで、夢と希望に溢れたものであり、他者にもそう思わせたいと願う。
苦難の道ではある。
しかしその選択肢を一方的に奪うやり方を彼女は認められない。
「『リメンバー・ミー』、私のスタンドで触れたものに「記憶」を『思い出させる』。そして「記憶」を『思い出した』ものはその時の状態を再現する。私はあなたに触れ、あなたの「不調の記憶」を『思い出させた』。」
鈴城は少し憂鬱そうに顔をしかめる。
「少し気分が悪いわね。思い出した「記憶」は私も読むことができるから。その時に少し感覚が『共鳴』するのよ。あなたが舞台練習で吐き出した「記憶」だったわ」
鈴城は両の手でパチンと顔を叩いた。すると青ざめていた表情が和らいでいく。
「私の場合は些細なきっかけで『共鳴』した感覚から抜け出せる。でもあなたはそうもいかないわ。『思い出した記憶』は体に刻まれる。フィルムカメラを焼いて現像するようにね」
鈴城は勝ち誇るようにアクアを見下ろす。
「私は知ったわ!あなたの『挫折』を!でもそれはあなたの『核心』ではないッ!あなたの全てを読み込んで、その『答え』を掴む!あなたが一人のアイドル志望を挫こうとしているその理由をね!星野愛久愛海!」
アクアは名乗った覚えはない。それなのに彼女は名前を知っている。それが彼女の言葉がはったりの類ではないという何よりの証拠だった。
「勝手な事言うなよ……」
だからこそ、アクアも黙って引き下がるわけにはいかない。
自身の『核心』とはアイの死のことだ。それは同時にアイと自身の関係性の暴露になり得る。その真実を握られる不都合は計り知れなった。
何より
(ムカつくんだよ、何も知らない能天気な小娘が!俺の腹の中を踏み荒らすようなことをしやがって!)
「知らなくていいこともある。知らせたくないこともある。あんたがやってることは自己満足以外の何物でもない」
冷徹なアクアの目が鈴城を射抜く。
「戦う理由が出来ちまった。俺はあんたに興味なんか無かったのに……必要になってしまったな。戦ってその行いの意味を理解させる必要がな」
震える足を踏ん張る。不調を覆す気ぶりは今まで以上のエネルギーをアクアにもたらした。
「確かに不調だが、耐えられないほどじゃない。そしてこの状態をもってしても、俺とあんたのスタンド性能の差は歴然だ」
方針は変わらない。接近してスタンドの基礎性能で押しつぶす。アクアが弱ったとしても彼女の能力では自身を倒しえないのだ。怖がる必要はない。
「触れることが発動条件だったなそれは俺も同じだ!『インターステラー』!」
鈴城とアクアの間に『引力』が生じる。彼女の体引っ張られ、無抵抗に運ばれてくる。
「有利なのは依然としてこっちだ!能力を使う間もなく意識を刈り取ってやる!」
「甘いよ、私は「記憶」を『思い出せる』能力としか言ってないでしょ」
引き込まれる間に、鈴城が『リメンバー・ミー』を前に出す。射程は彼女の方が長いようで本体が届く前にスタンドが眼前に迫ってきた。
しかしアクアに対応できない強さではない。
『インターステラー』で対抗しながら、本体が迫ってくるのを待つのは容易いことだ。
アクアもそのつもりだった。『インターステラー』を構えさせ、対応しようとした。
「ふん!」
彼女は拳を振り被り殴った。
しかし殴ったのは地面だ。ゴチンと鈍い音が鳴り、反響する。
「何を……」
「ここの地面、「コンクリート」でできてるわ」
視線を移すと確かにコンクリートでできていることが確認できる。
その直後、突如としてアクアの足が地面を踏みぬいた。
「な、何ぃぃぃぃぃぃ!」
沼にはまったかのようにずぶずぶと脚が地面に埋まっていく。どこか生暖かく、気持ちの悪い感覚だ。
(まずい、これはまずい!即座に引き抜かなくては!)
スタンドを端まで伸ばし、ダンと地面を叩く。幸いそこは普通の地面だったようでその殴った衝撃でアクアの体は宙に浮かび上がる。
近くの電柱上部に腕を伸ばし、触れることで星の印字を付けるとすぐに『引力』を発生させる。
「惜しいね、あともうちょっとでコンクリートに体を埋められたのに」
コンクリートの状態を見て確信する。
「まさか、『思い出させた』のか!コンクリートが「固まる前」を『思い出させて』その状態にしたのか!」
『リメンバー・ミー』の能力は人間だけでなく、ものにも適応される。その事実にアクアは驚きを隠せなかった。
「誰も能力の対象が人間だけだなんて言ってないでしょ?それにしても凄まじいパワーね、普通膝まで埋まった生コンなんて抜け出せないわよ」
冷や汗がアクアの頬を伝う。
(今、本当に危なかった。もし足が埋まったまま能力でコンクリートを固められていれば終わっていた)
周囲を観察しながら、鈴城の様子を伺う。
見渡すと近くに街路樹。電灯が等間隔に並んでいるが障害物は少なく開けている。
(星の印字は彼女自身、ベンチ、地面、それからこの電柱にも施した)
『インターステラー』星の印字同士にも『引力』を発生させることができる。
直接近づくのが危険ならこれらのどれかを彼女にぶつけて攻撃するしかない。
(地面はさっきみたいに生コンクリートにされたら『印字』の効力を失うだろう。電柱に指定すると彼女を俺に近づけることになってしまう)
本来ならそれは過度な心配だった。
アクアのスタンドなら、相手の能力を理解して立ち回れば十分勝ちうる。しかし、未知の攻撃への耐性のなさが相手へ接近することに拒否感を覚えてしまった。
(彼女に何かを近づけるというのも得策ではないな。順番だ、順番が大事だ)
アクアは考えを巡らせる。
(空中に誘い、かつ俺にも近づけたくない。まずは彼女自身を電柱、つまりはおれがいる場所へ『引力』で引っ張る。そして途中で解除して今度はベンチを引っ張る。そして空中でベンチと彼女を激突させる)
答えを導き出すと同時に、その行動は封じられることになった。
「あなたが何かするならこのベンチよね~。ベンチに何かを仕掛けてる気がする」
鈴城があろうことがベンチに寝そべりながらアクアを見上げていた。
「私の『リメンバー・ミー』もそこまでは届かない。そして近づくのもそれはそれで怖い」
言葉の割に鈴城の様子は呑気そうだった。それがこれから何かしてくる予兆のように思えて不気味さを感じる。
「このベンチ、いいベンチだわ。完全に木製で作られていて鉄筋がはびこる東京の中でも温かみを感じる」
スンスンと匂いを嗅ぐようなそぶりを見せると、ニヤリと笑う。
「ヒノキで作られてるのかしら、ヒノキって知ってる?針葉樹でものによっては最大50mにまで成長することがあるの」
スタンドがぶれた。
「この木もかつてはそんな栄華を誇った素晴らしい木だった。今読み取ったの。ゆっくりと、じっくりと、あなたが何やら考え事をしてる間に」
「まさか」
「50mほんとに素晴らしい木ね。おかげであなたに届くのだからねぇ!」
ギュルギュルと形を変えながら、そのベンチは大木へと成長しアクアの元へ倒れ込んでくる。
「圧倒的!質量の暴力だァァァァァァァァァァ」
「『インターステラー』、俺を退避させろぉぉぉぉ!」
アクアは引き寄せている電柱から、空中へ飛び出した。
「電柱から降りた!ならばその着地点を狩るだけ!コンクリートに埋め込んでやるわぁ!」
「アゲインだ!」
一歩踏み出した鈴城を確認して、アクアは『引力』を再び引き起こす。
落下していたアクアの体がふわりと浮かび上がり、電柱上部へと誘われる。
「一歩踏みだしたな!木から離れたということだ!それは木とあんたの間に衝撃を蓄積する猶予ができたということ!」
木から離れ、アクアを強襲しようとした鈴城を見てアクアが攻勢に入る。
「「大木」と「あんた」と「地面」、線を繋ぐように『引力』が生まれあんたを押しつぶす!」
倒れかけていた「大木」がエネルギーを伴って、鈴城の元を強襲する。
同時に彼女の体は地面とも引き寄せられるため、回避は出来ない。
そうすると彼女は「大木」をスタンドで支えなければならない。能力を解除して「大木」を「ベンチ」に戻してもその間に隙が出来るはずだ。
その一瞬を見逃すアクアではない。
「「大木」はあんた自身がくらえぇぇぇぇぇぇぇ!」
「『リメンバー・ミー』!」
「大木」を受けながら彼女はスタンドで応戦する。
応戦と言っても、力で踏ん張るわけでは無い。
むしろその逆、「大木」にぶつかると抵抗せずにそのまま体を預ける。
潰されるように地面に接触すると同時に、コンクリートが記憶を『思い出す』。
「馬鹿なッ!地面を生コンにして衝撃を和らげたのか!だが、理解しているのか?「大木」がのしかかっているんだ。このままじゃ生き埋めにされるッ!窒息死してしまうぞッ!」
そもそも生コンクリートほどの比重があると膝上までつかるだけで脱出は困難だ。
全身が埋まってしまうと即座に全身は圧迫され窒息する。
「大丈夫か!」
アクアとて相手を殺したいわけでは無い。故に能力を発動して、彼女を自身の方へ引き寄せようとしたその時だった。
「『リメンバー・ミー』」
「大木」が消滅し、そして再び現れた。
鈴城をコンクリートから突き出すように。
「「大木」を「種子」にして、再び「大木」へ!」
そして出てきた鈴城はアクアの元へその勢いのまま跳び上がる。
「優しいのね、アクア君」
苦い表情をするアクアに鈴城が微笑みかける。
「でも君は私に勝てないわ。勿論それは「年齢」や「能力」の差では断じてないッ。私と君の差は『生きている道』よ!人は『未来』に生きるとき力を発揮できる!でもあなたの目は『過去』にとらわれ過ぎているわ!あなたは『未来』を見ていない!」
「勝手な事を!言うなッ!『過去』を忘れろと!流せとでも言うのか!」
「『過去』はもう流れてしまった『道』よ!私たちは『過去』を生きるのではなく、『未来』で『思い出さなければ』ならない!そうやって積み重ねた『思い出』が人を強くする!君には『思い出』がない!まだ『過去』に生きているからッ!それが「私」と「君」の力の差だァァァァァ」
綺麗ごとだ、しかしその綺麗ごとがアクアには眩しかった。そんな綺麗な生き方が出来たらどれだけ素敵だろうか。しかし、アクアには成し遂げねばならない野望がある。その決着がつくまでは『過去』を生きる存在で良い。
「行くわ!『リメンバー・ミー』!」
鈴城を頂上に乗せたまま、「大木」は倒れ込んでくる。
だが避ける猶予は十分にあった。
「遅いッ!そんな攻撃が効くと思うのか!」
「先に謝っておくわ」
鈴城が呟く。
「ごめんなさい、私はあなたの善意を利用するわ」
鈴城は『リメンバー・ミー』を使った。しかし、それは能力を発動するためでなく解除するためだ。
「「大木」が埋まった「生コン」を「コンクリート」に!」
ギシギシと軋みを上げながら、根元がコンクリートで固まった「大木」は停止する。そしてそこから鈴城本人だけが飛び降りてきた。
「何をやっているんだぁァァァァァ!」
明らかな自殺行為、この上空から落ちればいかに地面を生コンにしようとも落ちた瞬間トマトのように潰れるだろう。
そしてこの自殺行為は本当にそれ以外の何物でもなかった。
「『インターステラ―』、彼女を引き寄せろ!」
アクアが助けようとするのに迷いは無かった。明らかな罠、もしかしたら助かる策があるのかもしれない。それでも目の前の女が容易く命を賭ける可能性は払拭できなかった。
「ありがとう、信じてたわ!」
引き寄せられた鈴城はアクアに抱き着くと能力を発動させた。
「『リメンバー・ミー』、君は『過去』を『思い出す』」
鮮明に思い出す。
アイからどくどくと血が流れている瞬間を。
彼女の今際の言葉を聞き届けた後、だんだんと冷たくなっていく体を。星の輝きが失せていくのを肌で感じていた。それは寒く、寂しく、耐えがたい。
人を歪ませるのに十分な喪失だった。
(そう、君は光を失ったんだね。だから『未来』を見られなくなった)
『リメンバー・ミー』は読み込んだ記憶と僅かに共鳴する。
それは軽度のものであるが、アクアのトラウマはその僅かな共鳴でも鈴城の心に影響を与えるほど大きいものであった。
「起きた?」
アクアが目を覚ますと鈴城が上からのぞき込んできた。
それを憂鬱そうに顔をしかめると体を起こす。
「俺の過去を見たのか」
うまく言葉が出なかった。言うべきことはたくさんある。だが何よりもしなければならないのは交渉だ。自分たちの出生という弱みを握られた現状、その秘密を握りつぶす必要がある。
しかし、どうも戦おうという気にもならなかった。
「見たわ、あなたの出生の秘密、アイの死、復讐という野望」
「見たのはそこまでか?」
「え?」
「いやいい」
どうやら、視たのは星野愛久愛海としての人生のみのようだ。それだといくつか齟齬が出そうなものだがそこをどう解釈しているか、しあかし藪蛇になる気がして聞こうとは思わなかった。
「どうか、このことを黙っていて欲しい。今このことを世間に晒すわけにはいかないんだ」
交渉ともいえないただの懇願だった。
それでもアクアは自分の心を吐露する。
鈴城はそれを見て、息を吐きながら頭に手を当てる。
「あなたがどうして『過去』に捕らわれているか分かった」
「そうだ、俺は父親を見つけ出して『復讐』する。それだけが俺の望みだ」
全て知られた今、アクアの目的を隠す意味はもうない。懇願しながら、鈴城に応える。
「『復讐』を否定する権利は私にはない。でも君には『復讐』の後がないの」
「いらないだろ」
「そう、根深いのね」
鈴城は徐にベンチの上で正座する。そして頭を下げた。
急な行動にアクアは目をぱちくりさせる。
「何、やってるんだ」
「ごめんなさい、アクア君。私は君の心に無遠慮に入り込んだわ。そこに関してはちゃんと謝らなくちゃいけない」
アクアは歯噛みしながら、それに応える。言葉を交わした、拳も交わした。その中でアクアは彼女がただ夢を見る人間に誠実なだけの人間だと分かった。
「本当に意味わかんねえよ。見ず知らずの奴に説教して、謝って」
「私が何を言っても君は止まらない、説教に意味は無かったわ。君を思うと妹をアイドルにさせたくないのも分かってしまうもの」
アクアはこの闘いの始まりがルビーのアイドルになるという夢を邪魔している事だったと思い出す。
「でも君も分かっているでしょう?記憶の中で見た彼女は必ずアイドルになる。私は確信したわ」
「そうかもしれない……でも何もせずにいられなかった。俺はルビーまで殺されたら、もう耐えられない」
気力もなく項垂れるアクアを見て、鈴城が立ち上がった。
「アクア君、私たち友達にならない?」
「いきなり何を言ってるんだ?」
本当に急な提案だった。アクアは怪訝そうに眉を顰めて鈴城を伺う。
「さすがに『復讐』に手を貸すのは気が引ける。相手を殺すことは間違いだと思えてならないからね。でも君は放っておくと死んでそうだから、友達になれば助ける理由にはなる。『復讐』に手を貸すのではなく、君を助けるためなら私は力を使える」
「そんなのは、ただの言葉遊びだ。俺を生かすということは『復讐』に手を貸すということだ」
「気分の問題だから、そんな小難しいこと考えなくていいんだよ。それに友達になればスキャンダルを言わない理由にもなるでしょ」
そうだ、アクアは彼女を信じるほかないのだ。
鈴城を黙らせる武器もなく、弱みもない。ならばもう祈るしかない。
「後悔するなよ」
「後悔、させないでよ」
アクアは鈴城の手をとった。
不思議と嫌な気持ちはしなかった。それは闘いの中で彼女の心根に触れたからだろうか。
なぜだか、少し『未来』を視た気がした。
[STAND MASTER]
鈴城まな
[STAND NAME]
『リメンバー・ミー』
破壊力 C
スピード A
射程距離 C
持続力 B
精密動作性 C
成長性 B
触れたものの『記憶』を『思い出させる』。『思い出した』ものはその時の状態が体に刻まれる。人に使った際、『記憶』を読み込んだ時、僅かに『共鳴』する。
原作で描写が少ないからほぼオリキャラと化した……