ウルベルトの悪魔は、白夜に堕ちる   作:an-ryuka

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3.

第6階層に転移した瞬間、空気が変わった。

 

 青空。草の匂い。人工の野外。

 さっきまで地獄の業火の中にいたせいで、逆に違和感がすごい。

 

 既に、階層守護者たちは揃っていた。

 アウラ、マーレ、コキュートス、セバス、シャルティア、デミウルゴス。

 そして、その真正面に——ナザリックの支配者、モモンガ。

 

「やっほー」

 

 田中の腕からふわりと浮かび上がって、軽く手を振る。

 

「白夜嬢さん! んん。よく来てくれた。」

 

 モモンガさんは、NPCの前だからか支配者ロールをしているようだ。

 それでも骸骨のくせに、声色と仕草だけで「嬉しそう」が伝わってくるの、本当に器用だと思う。

 ゆっくりこっちに歩いてくる骸骨を見て、私はからかうように口を動かす。

 

「うわー、骸骨が動いてるー」

 

 その瞬間、横からビリッと殺気が走った。

 視線の主は……アルベド。

 

「……」

 

 田中が、私の後ろで微かに空気を張り詰めさせる。

 ストールの中のハムちゃんずまで、なんとなく膨らんだ。可愛い。

 

「白夜嬢さん? どうかしましたか?」

 

 モモンガは、何も気づいていないらしい。

 首を傾げる骸骨、シュールさMAX。

 

「いや、なんでもない」

 

 私は軽く首を振った。

 あれこれ突っ込んでたらキリがない。

 

「で、守護者を集めて何するの? 田中もいて大丈夫?」

 

「えぇ。問題ないです」

 

 モモンガは、少しだけ姿勢を正した。

 

「ナザリックの現状を、せめて守護者には共有しておこうと思いまして」

 

「へぇ」

 

 ギルドマスターとして長年やっていただけあって、非常時の初動はやたらスムーズだ。

 ただ——視線をアルベドへと向ける。

 

 アルベドは、優しい微笑を浮かべて控えている。

 おそらく、これは設定通りの顔。

 

 ……まぁ、いいか。そこは後回しで。

 

「ちゃっちゃとやっちゃって。

 ナザリックでは、モモンガさんがトップ。

 私は一般職員でーす」

 

 そう言って、私は田中を引連れて、後方へと回る。

 

「えっ! 白夜嬢さんもこちらへ!」

 

 モモンガの声が慌てたように上ずる。

 それを、アルベドがそっと視線と仕草で止めた。

 

「モモンガ様?」

 

 アルベドは一歩前に出て、柔らかな声を出す。

 

「守護者も揃いましたし、まずは忠誠の儀を行いたいと思いますが、よろしいでしょうか?」

 

「えっ? あぁ。うむ。構わない」

 

 支配者ロールと、中身プレイヤーの動揺が混ざった、変なテンション。

 ……何それ、面白い。本人は取り繕えてるとでも思ってるんだろうか。

 

 アルベドの号令で、階層守護者たちが横一列に並ぶ。

 そして、次々に忠誠を謳う言葉を口にしていく。

 

 コキュートスの重低音。

 アウラの元気な声。

 マーレの震えた声。

 シャルティアの若干の色気入り。

 セバスの落ち着いた老人の響き。

 それぞれの個性が、同じ方向——モモンガへの忠誠に向いているのが、ちょっとしたホラーだ。

 

 デミウルゴスは、モモンガへの忠誠を言い終えた後、ほんの一瞬だけこちらに目線を寄越して、わずかに頭を垂れた。

 

 ああ、そういうところだ。

 この悪魔は、何を考えてるんだろうね。

 

◇ ◇ ◇

 

 

 情報共有が始まり、ナザリックで今緊急事態が発生していること、セバスからの報告でナザリック外の風景が変わっていることから、転移の可能性があること。防衛体制を整える必要があることなとの、最低限の確認と方針がひと通り終わった。

 

 そこで、唐突にモモンガが言った。

 

「……皆は、俺のことをどう思っている?」

 

 空気が、一瞬だけ固まる。

 

 守護者たちの視線が、一斉にモモンガへ向かう。

 それ聞くのね。私は後方でふわふわと浮かび、観察するように守護者立ちを見回した。

 

 最初に口を開いたのはコキュートスだった。

「モモンガ様は、至高ノ御方ノ中デモ、最モ偉大ナル御方。此ノ身、粉微塵トナッテモ守ルベキ主君デアル」

 

 まぁ、そうだろうね。

 アウラも「すっごく頼りになります!」と目を輝かせ、マーレは「ぼ、僕なんかが……でも……とっても……」とほぼ答えになっていない感想をこぼし、シャルティアは若干方向性の危ない崇拝を語り、デミウルゴスは文章量の暴力みたいな賛美を披露し、アルベドは「至高」「完全」「絶対」を最低三回は使って、モモンガを神棚に安置した。

 

 セバスは安定していた。

「常にナザリックと、我らのことを第一に考えてくださる、慈悲深い御方かと」

 

 全員が言い終わったあと、モモンガは少しだけ黙り込む。骸骨だから表情は分からない。

 

 そこで、私は羽を揺らし、口を開いた。

 

「じゃ、私も答えとこうか」

 空気的に、今だなっていう勘。

 

 アルベドの視線が、私にチラッと飛んでくる。

 ……うん、その目もう覚えたよ。

 

「モモンガさんは、お人好し」

「寂しがり」

「自分のことを後回しにする癖があるくせに、自我は強い」

 少しだけ間を空けて、面倒なところを刺す。

 

「あと、他人を枠に当てはめて見る癖。

 それ、早めに直した方がいいんじゃないかな」

 

 言い終えた瞬間、アルベドの殺気が再び鋭く飛んできた。

 さっきより、冷たい。

 

 けれど、もう分かってるのでスルーする。

 田中が一歩前に出かけたので、目だけで「大丈夫」と送る。

 田中は、僅かに顎を引いて引き下がった。

 

 モモンガはと言えば、何かを言いかけてから飲み込んだような雰囲気だった。

 アンデッド特有の感情抑制が働いているんだろうけど、それでもどこか、困ったような空気が漂う。

 

「……田中も、言っとく?」

 

 私は振り返る。

 せっかくだし、純粋に何を言うか気になる。

 

「御意」

 

 田中は一歩前に出て、胸に手を当てた。

 

「モモンガ様は、ナザリックの最高責任者であらせられるお方」

 

 教科書通りに頭を垂れる。

 

「その御心一つで、この大墳墓の命運は定まるでしょう。

 ……ですが」

 

 一拍置いて、顔を上げる。

 

「我が主は、白夜嬢様、お一人のみ」

 

 田中は、その場でくるりと向きを変え、私の前に片膝をついた。

 その動きは迷いがなく、決定事項としての滑らかさがあった。

 

 モモンガの前に傅く守護者たちの列から、一人だけ逸れて私に頭を垂れる悪魔。

 

 その肩の上では、ハムちゃんずが揃ってこちらを向き、

 「チュッ」「チュッ」「チュッ」「チュッ」と、順番に小さく鳴いた。

 ほぼ軍隊式整列。

 

 アウラは「あー……うん、創造主だもんね」といった顔で納得し、マーレは「そ、そうですよね……」とオロオロしながらも特に否定しない。

 コキュートスは「然モアリナリ」とかなんとか、よく分からないが肯定寄りの唸りを漏らし、セバスは静かに目を伏せてそういうものだと受け入れた。

 

 シャルティアはむしろ「私も創造主がいれば……!」とでも言いたに羨ましそうに眺め、

 アルベドだけは、氷のような視線で田中を見ていた。

 

 デミウルゴスは——難しい顔をしていた。

 理解と、計算と、何か得体の知れない感情が、ごちゃ混ぜになっている。

 

◇ ◇ ◇

 

 見ていたモモンガさんが、軽く咳払いをした。

 

「み、皆、それぞれの忠義……しかと受け取ったぞ」

 

 声が少し裏返っている。

 

「ありがとう。

 これからも、ナザリックのために励むように!」

 

 その言葉と同時に、淡く黒い靄のようなものがモモンガから溢れ出した。

 絶望を撒き散らすような、アンデッド特有のオーラ。

 

 守護者たちの一部は、思わず身を震わせて跪き、頭を垂れた。

 

 格付けの演出。

 モモンガさん、こういうの好きよね……。

 

 そう思った頃には、モモンガは転移で姿を消していた。

 少し時間を置いてから、私の頭の中にメッセージが届いた。

 

《円卓の間にいます。少し時間貰えませんか?》

 

 私は小さくため息をつく。

 

「田中は守護者たちとでも話して、時間つぶしてて。

 モモンガさんと話してくる」

 

「御意」

 

 田中が丁寧に頭を垂れる。

 私は一瞬だけデミウルゴスを見た。

 視線がぶつかる前に、そのまま目を逸らし、転移の光に身を浸した。

 

◇ ◇ ◇

 

 

 至高の御方が全員いなくなった第6階層は、目に見えて空気が緩んだ。

 

「モモンガ様のオーラ、すごかったね!」

 

 真っ先にアウラが跳ねるように言う。

 マーレが慌てて頷いた。

 

「う、うん。急に、スイッチが入ったみたいに……ぶわって……」

 

「当然よ!モモンガ様は、私たちのために支配者として振舞ってくださっているの。皆もゆめゆめ忘れないように。モモンガ様は、ナザリックの支配者であらせられるお方なの」

 

 アルベドが、すかさず被せてくる。

 瞳は蕩けるように潤み、モモンガへの賛美を途切れさせない。

 

「モモンガ様……本当に……」

 

 シャルティアはシャルティアで、うっとりと呟き、しゃがんだまま頬に手を当てる。

 

 その視線が若干危うい方向に向いているのを感じたアルベドが、ピクッと反応した。

 

「シャルティア? 何を考えているのかしら?」

 

「決まっておりんす。今のモモンガ様の威厳と気品……モモンガ様の肢体に触れられれば……」

 

「はぁ?」

 

 アルベドの笑顔が、バキッと音を立てて割れる。

 

「……ちょっとシャルティア、何を言っているのか分かっているの?

 モモンガ様に触れられるのは、妻に最もふさわしいのは、この私よ?」

 

「何を根拠にそんな妄言を吐いているのでありんすか? モモンガ様の伴侶となるのは、私に決まっているでありんす!!」

 

「はぁあああ!? モモンガ様は、私に愛する権利を与えてくださったのよ!? 妻の座は既に確定しているようなものじゃない!」

 

「愛する権利なんて、私にもあるに決まってるじゃない!? モモンガ様が許してくださるなら、毎晩毎晩――」

 

「その話の続きは聞かないでおいてあげるわ、シャルティア」

 

 アルベドとシャルティアが、言葉のナイフを交差させながら、モモンガの妻争奪戦を始めた。

 アウラは「始まった……」と呆れ顔、マーレは視線を泳がせている。

 

その激しい言い争いから、少し離れた場所。

 

「コキュートス。ナザリックの安泰を考えるなら、長期的な観点も必要だと思わないか?」

 

「ウム……ナザリックヲ守ル為ニハ、モモンガ様ノ御威光ヲ、永ク伝エネバナラヌ……」

 

 デミウルゴスが頷く。

 

「ダガ……何ヲ想定シテイル?」

 

「簡単な話です。モモンガ様にお子を作っていただければいいのですよ」

 

 さらっと爆弾を投げる悪魔。

 

「モモンガ様のお子が存在すれば、その血統はナザリックの象徴となり、長期的な安定につながるでしょう?」

 

「ナルホド。理ニ適ッテイル。後継者……ソレハ確カニイイモノダ。爺ト是非オ呼ビニ……!」

 

 コキュートスが空想の世界に言ってしまったあたりで、デミウルゴスのテンションは、少しだけ下がる。

 

「さらには——」

 

 彼は、メガネの位置を指先で整えながら続けた。

 

「……その相手が白夜嬢様であるならば、……2人のお子を作っていただけるならばナザリックはさらに盤石でしょう」

 

 その発言に、ギラッと鋭い視線が突き刺さった。

 アルベドだ。

 

 モモンガの相手に白夜嬢の名前を出された瞬間、彼女の中で何かが明確に否定が入たのが、外から見ていても分かった。

 

 デミウルゴスは、その視線を感じながらも、自分自身も内心に沈んでいった。

 

(……モモンガ様と白夜嬢様の遺伝子を掛け合わせた存在……)

 

 自分でも若干引くくらいの真剣な顔で考え込む。

 

(それが実現可能であるならば、ナザリックの象徴たり得る存在となるだろう。

 知略、威光、権威、そのすべての体現……)

 

 理屈としては完璧だ。

 だが——感情が、追いつかない。

 

(しかし、感情的には……これは何だ?)

 

 嫉妬?

 違う、それは不敬だ。

 

 欲望?

 それも違う。目的に裏付けられない欲望など、彼の美学に反する。

 

 なのに——

 

(なぜ、モモンガ様が彼女に触れる光景を想像すると、冷気にも似た不快を覚える?)

 

 理解できない感覚が、胸の奥でひりついた。

 

 そんなデミウルゴスの思考を知ってか知らずか、アルベドがこちらに噛み付いた。

 

「ちょっと、デミウルゴス?」

 

 怒鳴り声ではない。

 しかし、完全に怒っている。

 

「モモンガ様は、私にモモンガ様を愛するようにと、直々に明示なさったのよ!モモンガ様の妻に選ばれるのは、この私のはず!

 白夜嬢様は……あなたが番になればいいじゃないの!」

 

 必死な抵抗。

 白夜嬢を貶める言葉は使えない。

 けれど、モモンガだけは渡したくない。

 

 その歪なバランスの上で、アルベドの声は危うく揺れていた。

 

 デミウルゴスは、眉間に皺を寄せる。

 

(……この感情に、名前をつけるのはやめておこう)

 

 ウルベルト様が、最後にナザリックに姿を見せてくれた際のことを思い出す。

 ――白夜嬢――セレスのこと、よろしく頼む。

 ――俺は、俺には出来なかった。

 

 ――……なんてな。

 ――完璧なお前なら、きっと全部上手くやっちまうんだろうな。

 

 自分はなぜあの時動けなかったのだろう。

 ウルベルト様は、私に何を望んだのだろう。

 

 ……ウルベルト様は、白夜嬢様をどう思っていたのだろうか。

 

 設定上、白夜嬢様に惹かれる文言はない。

 ならば、白夜嬢様と接する際のこの揺らぎはどこから来たのか。

 

 考えることすら、不敬なのではないか。

 だが、思考せずに放置するのもまた、彼の理性が許さない。

 

 その堂々巡りは続く。

 ……が、優先順位は別にある。

 

「……落ち着きなさい。アルベド、シャルティア」

 

 デミウルゴスはメガネをくいっと持ち上げ、声を低くした。

 

「モモンガ様や——」

 

 一瞬だけ言葉を選ぶように目を伏せ、

 

「……白夜嬢様の番については、大変興味深い話題だが、今はすべきことがあるだろう」

 

 視線をアルベドに向ける。

 

「守護者統括、アルベド。

 私たちに、やるべき仕事を割り振ってはくれないか?」

 

 アルベドはしばらく黙っていたが、やがて深く息を吐いた。

 

「……そうね。

 守護者統括として命じます」

 

 スイッチを切り替えるように、表情が引き締まる。

 そこからは、ナザリックの防衛線、情報収集、リソース配分など、現実的な話が淡々と続いた。

 

 その間——田中は、ずっと黙っていた。

 

 やがて、議論の合間にふっと目を細める。

 

「主の意思は、誰にも縛れぬ」

 

 ぽつりと落とした声に、場の空気がわずかに揺らぐ。

 

「……それを忘れるな。至高の御方とは、我らを支配するもの。支配される側ではない」

 

 珍しく、正論だけを綺麗に並べた言葉だった。

 ハムちゃんずが、肩の上で一斉に「キュッ」と頷く。

 シュール。

 

「田中さん……いつも、その感じなら素敵なんですけど……」

 

 マーレが、おどおどしながらも、そう言った。

 

 田中は、少しだけ笑って肩を竦める。

 

(……何もしなくても、主を抱えていられる。

 それで十分だ)

 

 ほんの一瞬、もし主が自分に欲を向けてきたらという妄想が過ぎった。

 が、すぐに打ち消す。

 

(望むなど、恐れ多い)

 

 田中はデミウルゴスとは別のルートで悩み、自分で解消させ、主の元へと戻っていく。

 

◇ ◇ ◇

 

 

 円卓の間。

 

 モモンガは、大きな円卓の一角に座り、肘をつき、額に手を当てて項垂れていた。

 

「……忠誠が、重い、です」

 

 骸骨が本気で疲れているの、逆に面白い。

 私は席の斜め上あたりに浮かんで、羽を揺らりと羽ばたかせた。

 

「あんなもんだよ、トップって」

 

「え?」

 

「今までのはゲーム。

 これは現実。

 それだけ」

 

 モモンガは、少しだけ顔を上げた。

 

「……白夜嬢さんは、現実では、今の俺みたいな役職だったんですか?」

 

「場合によってはね」

 

 事実だ。

 全部は言わないけど。

 

「尊敬します……。俺、やっていける気がしないです」

 

「弱音吐くために、私を呼んだの?」

 

 わざと冷たく言ってみる。

 

「それなら出ていくけど」

 

「違う違う! 出ていかないでください!」

 

 モモンガは椅子から立ち上がりかけて、あわてて座り直した。

 アンデッドなのに、挙動が生に近すぎる。

 

「もう、弱音とか言わないですから!」

 

「……ふーん?」

 

 一呼吸置いてから、

 

「で、本題は?」

 

「……相談です。今後の。

 ……どうすればいいんでしょうか」

 

 ちゃんと「助けてください」を言えたのは、まあ、評価してもいいかもしれない。

 

「アルベド?」

 

 私は、天井の装飾を見ながら適当に言う。

 

「さっさと押し倒して子どもでも作れば、多少は満足するんじゃない?」

 

「は!? なんでアルベド……いや、確かにそれも相談しようとは思ってましたけど!」

 

 思ってたんだ。

 慌てすぎて、墓穴を掘るタイプだよね。

 

「話すたびに、あの子、私に殺気向けてくるし。

 わかりやすくて、逆に可愛いよね」

 

「アルベドが、そんなことを……。

 もうしないように言わないとな……」

 

「アルベド可哀想。

 モモンガさんがそんなふうに変えちゃったんでしょ?」

 

「そ、そりゃ、そうなんですけど……。

 ……!? なんでそれを!」

 

「かまかけただけなんですけど、当たりました?」

 

 わざとらしく首を傾げるように、光輪を傾ける。

 

「んー……NPC設定欄でも弄ったとか?」

 

 数秒の沈黙。

 それが、何よりの肯定だった。

 

「……俺は、なんてことを……。

 タブラさんに申し訳が立たない……」

 

 骸骨が両手で頭を抱える。

 こめかみ無いけど。

 

「ちなみに、なんて書いたんです?」

 

 私は、わざと楽しそうに聞く。

 

「……言わなきゃダメですか?」

 

「言ったら、アドバイスしてあげますよ」

 

 モモンガさんは、しばらく沈黙した。

 アンデッドの沈静化が、何度か波のように流れる気配がした後、ぼそっと呟く。

 

「……モモンガを愛している……って」

 

「へぇ」

 私は素直に感心する。

 

「だって! もともとの設定、ちなみにビッチであるですよ!?

 あんなに完璧な女性なのに、それはあんまりじゃないですか!」

 

 モモンガは早口で言い訳を始める。

 

「タブラさんの趣味なのは分かってますけど、でも、あのままだとあまりにも、その……。

 だからせめて、モモンガを愛してる、くらいならバランスが取れるかと!」

 

「はいはい」

 

 私は軽く手を振った。

 

「じゃあ、責任とって娶ってあげな」

 

 完全にからかうトーンで。

 

「簡単に言いますね!?」

 

 ちょうどその時、《メッセージ》が届いた。

 

《主。こちらは解散したが、迎えに行った方がいいか?》

 

 田中だ。

 

《うん。じゃあ迎えに来てー。待ってるね》

 

《承知!》

 

 短いやり取りを終えてから、私はモモンガさんに向き直る。

 

「NPC達、動き出したみたい。

 モモンガさんは、これからどうするの?」

 

「俺は……」

 

 モモンガはまた黙り込む。

 

「……好きなことすればいいと思うけどね」

 

 私はあくまで軽く言う。

 

「本当にやばかったら、手を貸すよ」

 

「……白夜嬢さん……」

 

 モモンガは椅子の背にもたれ、天井を見上げた。

 

「まだ俺、色々と整理はついてないんです。

 今日で全部終わると思ってたのに、終わらなくて。

 人間じゃなくなっちゃったし、NPCは意志を持ってるし……」

 

「そだね」

 

 肯定だけ落としておいてから、重ねる。

 

「で、今、一番やりたいことは?」

 

 即答は、返ってこなかった。

 少し時間を空けてから、ぽつりと。

 

「……外が、見たいです」

 

「そ。じゃあ、行ってらっしゃい」

 

 単純に返す。

 

「あ、でも、まずはユグドラシルとの違いを調べないと。

 魔法の特性や武器、それから……」

 

 モモンガが、またごちゃごちゃと考え込み始める。

 やることを積み上げすぎて動けなくなるタイプだ。知ってた。

 

 そんなタイミングで、扉をコンコンとノックする音が響いた。

 

「田中かな」

 

 私は椅子の背もたれに腰を滑らせるように降りて、立ち上がる。

 

「じゃあモモンガさん。

 私は私で好きに過ごすから」

 

 骸骨はまだ、魔法の仕様のことをぶつぶつ考えている。

 

「……って、聞いてないなこれ」

 

 苦笑しながら、私は扉を開けた。

 向こうには、きちんと背を正した田中と、ストールから顔だけ出しているハムちゃんず。

 

 そのまま浮かぶように、円卓の間を後にした。

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