「……で、何これ?」
第6階層に呼び出されて、来てみればこれだ。
「何って、ハムスターですよ!この世界にもいたんですよ!ハムスターが」
甲冑姿のまま、全身でテンションを表現している骸骨がひとり。
いやふたりか?後ろに巨大なソレがいるから。
「……ハムスター?」
これが?
目の前には、モモンガさんの身長を超える、でかい、でかい――何か。
「主?大丈夫ですか?」
田中が心配そうに覗き込んでくるのを横目に、私はその何かと向き合った。
でかいそれは、きょろきょろと周囲を見回し、鼻をひくひくさせている。
耳はまぁ、似てなくもない。目もまだ許容。
問題は――
尻尾だ。
やけに長い。やたら主張してくる。何あれ、違う。
私は思わず視線をそらし、羽を伸ばして田中の肩に触れた。
羽を伝って、ハムちゃんずがちょこちょこと近くまで駆け上がってくる。
ちまちました手足。ふわふわの毛並み。小さなお尻。
そう。こういうのがハムスターだ。
私が精神の安定を確保しているその時、大きなソレがピクッと硬直した。
「……殿!! 同族がいるでござる!!」
テンション高めの声が降ってきた。
「そうだ。言っただろう。ハムスターを好きな仲間がいると」
モモンガさんは、私の顔色などまるで見ていない。
完全にハムスターを見つけた、という現象に視界が埋まっている。
「……話す?」
羽の上で落ち着いているジャンピーに手を伸ばし、指で撫でる。
チチッと鳴いて、気持ちよさそうに目を細めた。
――そう。ハムスターは、人の言葉を話さない。
「ジャンピーは至福だと嬉しがっています」
田中が通訳するように言う。
……そういえば、動物の言葉が分かる設定、入ってたっけ。
私はもう一度、目の前の巨体――モモンガさん曰くハムスターに視線を向け、
……すぐにモモンガさんへと目をそらす。
「モモンガさん」
「はい。どうですか!?」
甲冑がぱっと振り向く。
表情なんてないのに、「どう!? 喜んだ!?」って文字が見える気がする。
「見つけたときに、白夜嬢さんに早く見せなきゃ、って思ったんですけど、やるべきことと重なっちゃって。
どうせならびっくりさせようかと思って!」
テンション上がりすぎて、私の返事を待たずに喋り続けている。
どうですか?
喜んでくれましたか!?
そんなウキウキオーラ全開だ。
「……」
「それがしは、殿に飼われておりまする!名をハムスケと言うでござる!」
上から、元気よく名乗りが降ってくる。
「……雌じゃん」
思わず、反射で突っ込んでいた。
「えっ、そうなの?」
「確かにそれがしは雌でござるが……?」
「言葉遣いから雄かと思って……。えっと、その……ハム子とかの方がいいか?」
モモンガさんは本気で知らなかったようで、名前を変えようとしている。
名前のセンス、相変わらず迷子だな。
「それがし、ハムスケという名、気に入ってるでござる!」
「ならいいか。ハムスケで」
二人の会話を聞き流しつつ、私はハムスケ――自称ハムスターを観察する。
確かに、パーツだけ見れば似ている。
耳。目。前歯。丸い胴体。
尻尾以外に決定的な違いはない。
ない、けれど。
「違う……違う」
胸の奥が、じわじわとイラつきで熱くなる。
「……ん? 主、どうした?
ハムスケ、可愛いですね」
田中はハムスケを見上げて、穏やかな顔をしている。
この子、動物全般好きな設定だったな……。
羽の上のジャンピーが、首を傾げるようにして、私の指に小さな頭を擦り付けてくる。
可愛い。
とても可愛い。
目の前のそれとは違う。可愛い。
「殿ー。白夜嬢殿の羽に乗っている、ジャンピー殿、であったか?
流石に小さすぎるでござるよ」
「それがし子孫を残すために――」
「違う!」
自分でもびっくりするくらい、大きな声が出た。
「えっ、白夜嬢さん!? どうしたんですか、いきなり大声なんか」
「主? 何か不満でもあったか?
どうすればいい?」
「違う違う違う違うーーー!」
ハムちゃんずを田中に押し付けて、私は八枚の羽を盛大にバタつかせる。
この、内側から噴き出してくる鬱憤を、どう処理すればいいのか分からない。
「お前はハムスターじゃない!!!」
ハムスケに指を突き立てて叫ぶ。
「ジャンピーは渡さない!!」
言い切って、威嚇するように羽を大きく広げた。
◇ ◇ ◇
「主、落ち着いたか?」
私はしばらく羽をバサバサしてから、ようやく田中の腕の中に落ち着いた。
田中は、いつものように羽を折らない角度で、丁寧に抱き上げる。
「……すみません。喜ぶかと思って……」
モモンガさんは、甲冑からいつものローブ姿に戻り、申し訳なさそうに項垂れる。
隣では、ハムスケがしょんぼりと縮こまっていた。
意外と空気は読むらしい。
「ハムスターは大きくない」
私は、淡々と口を開いた。
「小さいから、ハムスター」
ひと息おいて、続ける。
「強くないの。弱いの」
「ふわふわなの。ゴワゴワはネズミ」
「尻尾は短いの。丸いの。武器になんかならないの」
「戦いたいとか、強くなりたいとか、願望がそもそもないの」
つらつらと並べてから、自分でも笑う。
何をそんなに必死に語ってるんだろうね、私は。
ストールの中から顔を出したハムちゃんずが、真面目な顔でちまちまと頷いているのが視界に入った。
君たち、その分かる分かるみたいな顔……。
……可愛いから全部許す。
「……どうしたら機嫌直してくれます?」
モモンガさんが、ちらりとハムスケを見る。
ハムスケはビクッとしてから、お腹を見せて地面にごろんと転がった。
「殿ぉ、何でもするでござるよ。
殺さないでほしいでござる……」
「一応これでも、トブの大森林を納めてる強い魔獣の一体なので。殺しちゃうと、生態系に異常が出ちゃうらしくて」
モモンガさんは苦笑混じりに説明する。
「あ、でも、白夜嬢さんがどうしても気に入らないなら、どうにかしてみますよ」
真面目に言ってくるあたり、やっぱりお人好しだ。
田中の腕の中で、私は小さく息を吐く。
田中の手に、わずかに力が入ったのが伝わった。
「……はぁ」
私は、羽をすこし軽く動かした。
「別に、殺せって言ってないし」
モモンガさんの方へ視線を向ける。
「それはハムスターではないって言ってるだけ」
田中の腕からふわりと浮かぶ。
「田中。お世話したいんでしょ?」
ストールをつつくと、ハムちゃんずが一斉に顔を出した。
「ハムちゃんずも気になってるみたいだし。
ハムスケ、だっけ。仲良くしてあげてね」
それだけ言って、私はさっと転移した。
◇ ◇ ◇
「主!」
田中の呼び止めは届かず、光は閉じる。
その場には、モモンガ、ハムスケ、田中とハムちゃんずだけが残された。
「……気を悪くしてないといいが」
モモンガがぽつりと呟く。
ハムスケはのそりと起き上がり、伸びをした。
「白夜嬢殿は、気難しい方でござるな?」
「……俺は、駄々こねてるところ、初めて見たよ」
モモンガは、呆れ半分、どこか嬉しそうにも聞こえる声で続ける。
「普段はもっと、こう……理路整然としてるというか」
「……我が主は、嘘をつかない御方」
田中が静かに口を開く。
「それだけ、ハムスターにこだわりがあられるのだ」
ジャンピーがチチッと鳴いた。
ハムスケに何か喋りかけているらしい。
「こちらこそよろしくでござる!」
チチッ。
「そうなのでござるな……」
チッチッ。
「なんと!」
謎の小動物会議が続いている。
田中はそれを、あくまで微笑ましそうに眺めていた。
「……仲が良さそうで何よりだ」
モモンガは、少し安心したように息をつく。
「白夜嬢さんは、どこへ行ったのか分かるか?」
「主より、自室に戻るとメッセージがありました。
しばらく戻ってくるな、とも」
「ハムスケと戯れていても構わないでしょうか?」
ハムスケもモモンガを向く。
「殿ー、同族との会話、初めてなのでござるよ」
「あぁ。構わない。
また戻る時に呼ぶから、ここにいる分には好きにしていてくれ」
そう言い残し、モモンガも転移で消えた。
◇ ◇ ◇
自室。
いつものベッドの上に、ふわりと降り立つ。
久しぶりに、本当にひとりだった。
「……何をしよう」
現実では、やらなければいけないが山ほどあった。
……今はNPCがやってくれる。
やりたい事をすればいい。言葉ではわかっている。
私は――ハムちゃんずを見てるだけで、だいたい満足してしまえていた。
他にしたいことなんて。
……本当に?
ベッドに転がって天井を見つめていると、ふと、ひとりの顔が浮かんだ。
気の赴くまま、メッセージを繋げる。
《……デミウルゴス? 今、大丈夫?》
意識の中に声を投げる。
《白夜嬢様?……!
問題ありません。
何かご要望でしょうか?できることがあれば、誠心誠意やらせていただく所存です!》
返事の熱量がうるさい。
ウルベルトはもっと魔王のようなキャラを作ってなかったか?
……どこかのタイミングで変えたのかもな。設定。
《今どこ? 外?》
《はい。以前ご報告した、スクロールに向いた素材の実験のため、聖王国に。
もし直接の御用であれば、すぐに戻りますが》
《……いや、いい》
一度切ろうとして、指先を止める。
《あー。でも、後で連絡するかも》
《……そうですか。
いえ、承知いたしました。何かあればいつでもご連絡ください》
メッセージを切る。
……実験してみるか。
理由なんてない。少し驚いた顔が見て見たいと思っただけだった。
◇ ◇ ◇
――数日前。
「みんなの子どもに手を出すようで、NPCをそういう対象に見れないんですよね……」
円卓の間。
守護者たちがいないタイミング。
モモンガさんは、苦笑とも溜息ともつかない声を漏らした。
「好いてくれるのは、すごく嬉しいんですけど」
さっきもアルベドに押し倒されかけていた。
部屋の外までアルベドのオーラが漏れてたから、気づかない方が無理。
「ふーん」
私はテーブルに頬杖をついて答える。
「まぁ、モモンガさんのは自業自得でしょ」
「自業……」
「というか、理想の女性はアルベドみたいな人って、前に言ってなかった?」
さらっと投げる。
「えっ!? 誰に聞いたんですか、それ」
「ウルベルト」
「ウルベルトさん……」
骸骨が、分かりやすく項垂れた。
「……まぁ、そういうわけだから」
モモンガが何か言いかけた空気を、私は羽を揺らして切る。
「子ども作りはモモンガさんがんばって。NPCは子孫を望んでるらしいよ?」
少し笑ってからかう。
「そう言ってまた逃げるんだから……」
モモンガは肩を落とす。
「そもそも、俺、骸骨になっちゃったんですよ?
一度も使わないまま無くなってしまった俺の、その、気持ち分かります? ……はぁ」
珍しく、生々しい愚痴を吐いた。
私は少しだけ考えてから、インベントリに手を伸ばす。
「これ、使えますかね?」
取り出したのは、薄い光を帯びたスクロール型のアイテム。
課金アイテム。
外装を作成する際の、依頼状アイテム。
「……それってNPC専用じゃ……。いや、もしかして」
「うん。いけそうじゃない?」
プレイヤーには使えなかったはずのアイテム。
でも、今の私たちは、プレイヤーでも人間でもない。
依頼状の説明文には、こうあった。
――もう一人の自分の外郭を作り出す。
NPC専用とは、どこにも書いていない。
「やってみる価値は……」
モモンガは、そこで言葉を切る。
「いや、でも、それ、どんな外見になるんですか?」
「さぁ?」
私は、わざと肩をすくめて見せる。
「でも、人型なのは確実でしょ。雛形も人型だし」
モモンガは、手を顎に当てて考え込む。
人型の外装を持つメリットとデメリット。
既にNPCには外装を持っているキャラクターが複数いる。
シャルティアも、デミウルゴスも。
切り替えは容易そうだ。
デメリットは――ほぼない。
「……いくつ持ってるんですか?」
「四つ。ハムちゃんずに外装つけるか迷って、結局つけなかったやつ」
「……それ、使ったら、外装がハムスターになったりしませんよね?」
「大丈夫。手を付ける前だったから。多分」
少し笑って、私は一枚をモモンガに投げた。
外見を変えるメリット。
人に紛れるとか?
……そんな必要、あるかな。
その時はそう思って、深く考えなかった。
◇ ◇ ◇
《モモンガさん。
ちょっと外出てくる。
デミウルゴスのとこだから、護衛いらないよ》
《え!?
ちょっと、いきなり!?
え!?》
うろたえた声をそのまま切る。
どうせ、すぐ落ち着くだろう。
◇ ◇ ◇
ナザリックと外の境界線。
田中の足音が響いて、私は振り返った。
「田中、これ預けるね。ハムちゃんずとお留守番してて」
私は、指から光沢のある指輪を外した。
リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。
ナザリック内での自由転移を可能にする、重要アイテム。
それを田中の手にぽん、と落とす。
田中は条件反射で受け取り、そのまま固まった。
「主、そのお姿は……?」
その言葉に、私はくすりと笑う。
今の私は――人の顔をしている。
白い肌。赤い瞳。
肩口までの髪は光輪の金色をそのまま淡く落とし込んだような色になっていた。
羽はない。光輪もない。
代わりに、人間らしい腕と脚がある。
課金アイテム――外装作成依頼状で作られた、人型の外殻。
「……ダメ?」
聞くまでもない。
ただの外見だ。
中身は変わらない。私は私。
「否」
田中は、ようやく口を開いた。
「ただ、驚いただけです。
……主は、どんな姿でも、主に変わりありません」
少し呆けた顔のまま、言葉だけはきっちりと返してくる。
ストールの中のハムちゃんずは、よく分かっていないのか、不思議そうに私と田中を交互に見ていた。
私は手を伸ばし、ストールの中の毛玉たちを撫でた。
羽ではなく、指で。
皮膚越しに伝わる、毛の柔らかさと、小さな鼓動。
「うん。それなら、デミウルゴスも驚かせられるかな」
「……危険はないのですね?」
田中の声が、少しだけ低くなる。
「デミウルゴスが管理してる場所に飛ぶだけだよ」
「そうですか……それなら」
田中は指輪を握りしめ、深々と頭を下げる。
「うん。行ってくるね」
「……お気をつけて」
私は軽く片手を振り、人型の足で一歩踏み出す。
そのまま、転移の光に身を委ねた。