ウルベルトの悪魔は、白夜に堕ちる   作:an-ryuka

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6.

 円卓の間。

 定期的にモモンガさんは、ここでの集りを設けたがる。席に腰掛けたモモンガさんは、寛ぐようにだらけている。

 

 この場所は、モモンガさんのメンタルケア場だ。

 私はなんでギルマスのメンタルケアをしなければいけないのか。

 

「そういえば、外装作りました?」

 

 私は円卓の上すれすれにふよふよ浮かびながら、適当なタイミングで口を開く。

 

「いえ……」

 

 骸骨の顎が、申し訳なさそうにわずかに下がった気がした。

 骨だけのくせに、妙にしょんぼりして見えるの、本当に才能だと思う。

 

「ご飯食べたいって言ってたじゃん」

 

「食べられるんですかね?

 外装だけで、中身が変わる訳じゃないですし」

 

 もっともな疑問だが、そこで止まってるあたりがこの人らしい。

 安全確認が取れないと動かない、真面目系社畜ギルマス。

 

「食べれたよ」

 

「……え?」

 

 モモンガさんは、骸骨の顔のまま固まった。

 空中の私をじーっと見つめ、情報処理が間に合ってないポカンを晒す。

 

 私は光輪を、コテン、と傾けてみせる。

 

「この前、外に出たときね。

 外装、使った」

 

「ちょっと、ちょっと待ってください」

「使ったんですか!? あれ、いつの間に」

 

 ようやくCPUが回ったらしく、椅子ごとガタンと揺れた。

 骸骨のくせに、リアクションだけやたら人間臭い。

 鎮静化が作動し、すぐに落ち着いて何事も無かったように座り直すまでがお約束だ。

 

「デミウルゴスのとこ行った時使ったの」

 

「デミウルゴスのとこ!?……そういえば行ってましたね。えっ、もしかして、なんか、進んでます?」

 

 進んでる、の部分だけ妙に声がひっかかる。

 あぁ、そういう方向ね、と察する。

 

「なにが?」

 

 分かってて聞く。意地悪だとは思うけど、やめるつもりもない。

 

「こ、子どもとか、番とか……」

「前、守護者達が色々気にしていたから、その、いや、白夜嬢さんがそんな、嫌だと思うことを自分からするとは思ってませんけど、その……」

 

 墓穴を掘りながら助かろうとして、自分でさらに深く潜っていくタイプ。

 私はその様子を眺めながら、口の端だけ動かした。

 

「ご飯は食べれたし、だいたいの器官が人間と同様に作動してるのは確認した」

 

「……器官」

 

 骸骨が「器官」という単語に一瞬フリーズするの、ちょっと面白い。

 

「消化も循環も呼吸も。

 ちゃんと機能してた。味覚もね」

 

 舌の上にあのスープの熱さと、パンの香りが蘇る。

 思い出しただけで、ちょっとお腹が鳴りそうになる。

 

「種族特性は残ったままだったけど。

 そっちは弄れなかった」

 

 モモンガさんの感情抑制。

 あれも外装で上書きできれば、本人のメンタル的には楽だろうなと思ってたけど、システムはそこまで甘くなかった。

 

「……つまり」

 

 モモンガさんは、ゆっくりと言葉を選びながら口を開く。

 

「外装を使えば、ご飯は食べられる。

 けど、中身はアンデッドのまま、ってことですか」

 

「そういうこと」

 

「……」

 

 骸骨の目の奥に、数秒間、情報がぎゅうぎゅう詰め込まれていく気配がする。

 食欲。安全性。仕様。コスト。あと、たぶんアルベド。

 

「前例、出来ましたよ」

 

 私は、その思考の流れをあっさり横取りする。

 

「安全が保証されたようなものです。

 アルベドの前で使えば一発です」

 

「使いません!」

 

 即答。

 声が半オクターブ上がってる。

 

 でも、その後に続いた小さなため息は、別の色をしていた。

 

「……でも、ご飯か……」

「ナザリックのご飯、美味しそうですよね」

 

 視線が、遠くの厨房方向を彷徨う。

 あそこに並んでいた料理の数々を、骨だけの体では「眺めるだけ」で我慢してきた時間が長すぎる。

 

「文句無しに美味しいよ」

 

 それだけは素直に言える。

 

「この姿だと全然食べられないけど、人間外装だと沢山食べられて、結構満足だった」

 

 あのとき、胃が久しぶりに重くなって、眠くなって、どうでもよくなった。

 それはそれで、悪くなかった。

 

 思い出したせいか、身体がふわふわと勝手に揺れる。

 羽を軽くはためかせて、余韻を誤魔化す。

 

「……作ろうかな」

 

 ぽつり、とモモンガさんが呟いた。

 

 欲望よりも前に、ためらい。

 ためらいの奥に、諦めきれない何か。

 

 そのバランスが、らしいと言えばらしい。

 

「善は急げです」

 

 その曖昧さごと、私は上から押し潰す。

 

「アルベドとパンドラズアクター、どっちがいいですか?」

 

「えっ、なんですかその二択」

 

「モモンガさんが逃げないようにするお目付け役です」

 

 当たり前みたいな顔で言う。

 

「私は、モモンガさんのうだうだに付き合うつもりありませんから」

 

 羽をぱさりと大きく動かし、飽きましたアピールを添える。

 責任は押し付けるけど、介護する気はない。

 

「……毎回付き合ってもらってすみません」

 

 骸骨が、少し情けない声を出した。

「どうしてもNPCとの会話だけだと、息が詰まって」

 

「御託はいい。どっち?」

 

 甘え話を全部バッサリ切る。

 

 沈黙。

 骸骨が、ほんの少しだけ視線を落とす。

 

「……パンドラズアクターで」

 

「分かった。アルベドね」

 

「俺の意思聞くつもりありました!?」

 

 いつものパターン。

 選ばせたように見せて、最初から答えは決まっているやつ。

 

 私は、そのまま《メッセージ》を繋ぐ。

 

《アルベド。今いい?》

 

《……白夜嬢様?

 えぇ。問題ありません。何用でしょうか?》

 

 声がやや不信げ。

 モモンガさんと私が2人でいる時は、大体このテンションだ。まぁ、気にしない。

 

《湯浴みでもして、モモンガさんの自室へGO。誘惑頑張れ》

 

《……? ……!!》

《はいっ! 誠心誠意! 他の仕事を全て放り投げてでも、その仕事、必ずや! 必ずや完遂させてみせます!》

 

 最後の方、ほぼ雄叫び。

 まぁ、想定の範囲内。

 

 メッセージを切ってから、私は小さく頷いた。

 

「よし」

 

「よしって何!?」

 

 モモンガさんが、心底不安そうな声を上げる。

 骸骨なのに、今にも泣きそうって雰囲気が出せるの、ほんと器用。

 

「で、モモンガさんにはこれ」

 

 私は、インベントリから一本のアイテムを引きずり出した。

 

 掌サイズの、派手な色の筒。

 見た目だけなら、完全にパーティクラッカー。

 

「……それは?」

 

「完全なる狂騒」

 

 名前だけは立派な、ろくでもない玩具。

 

「いくつか効果はあるけど、そのうちの一つ」

 

 私は筒の先を、堂々とモモンガさんへ向ける。

 

「アンデッドの感情抑制を無効化」

 

「……え?」

 

 説明が終わるより早く、私はその紐を引いた。

 

 パァンッ。

 

 乾いた破裂音とともに、色のない光の紙吹雪みたいなエフェクトが骸骨の周りに散る。

 音だけやけに景気がいい。

 

「ちょ、白夜嬢さん!? 今のもしかして!?」

 

「性欲。戻るといいですね」

 

 さらっと乗せてやる。

 

 骸骨の動きが、カクンと止まった。

 

「っっっ!!?」

 

 即座に、感情の波が押し寄せたらしい。

 困惑、羞恥、怒り、戸惑い、期待、不安。

 いつもなら一拍遅れて引き算されるそれらが、全部ノーフィルターで押し寄せる。

 

 骸骨の手が、胸元あたりを押さえた。

 中身のない胸を。

 

「な、なんか、すごく、落ち着かないんですけど……!?」

 

「正常だよ」

 

 私は軽く片手を振る。

 

「ほら、自室に転移してください」

 

「ちょっと、気持ちを……!」

 

「ちゃんと、人型になって、アルベドを待っててくださいね」

 

 命令形で、とどめを刺す。

 

 混乱したまま、それでも律儀に命令に従うように、

 骸骨の目て不安そうにこちらを見た後、そのままスっと消えた。

 

 円卓の間に、静寂と、さっきの紙吹雪エフェクトの残り香だけが漂う。

 

「……さて」

 

 私はふわりと椅子に降り、背もたれに寄り掛る。

 

「ここまでしても、どこまで出来るかは――」

 

 光輪を指で軽く弾く。

 

「――あの人次第なんだけどね」

 

 面倒見てやる義理なんて、本当はどこにもない。

 それでも、壊れるか壊れないかの境目を見届けるのは、けっこう好きだ。

 

「……さて」

 

 私は椅子の背もたれにちょこんと腰かけたまま、光輪をゆらりと傾ける。

 

「どこまで壊れるかな、ギルドマスター」

 

 想像だけで、少し口元が緩んだ。

 

◇ ◇ ◇

 

 

 モモンガの私室。

 

 転移後の瞬間、世界が揺れた気がした。

 

「っ……う、うわ……」

 

 頭蓋骨の内側に、波が打ち付ける。

 怒涛みたいな何かが、どどどっと流れ込んできて、意識の座をぐらぐら揺らす。

 

 驚き。

 恥ずかしさ。

 期待。

 不安。

 劣等感。

 高揚。

 

 今まで、一拍遅れてからじわっと出てきていた感情が、

 全部、即時再生になったみたいに、反射で噴き出してくる。

 

 ――うわ、やっちゃった!

 ――やばい、このタイミングでアルベド呼ぶの!?

 ――白夜嬢さん、なんでこんなアイテム持ってるの!?

 ――いや待て、でも、ご飯食べられるなら外装は欲しいし……

 

 脳内会議が、会議を名乗れるレベルじゃない速度でぐちゃぐちゃに回り始める。

 

「おち、着け、俺……!」

 

 しかもいつもの感情抑制が発動しない。

 冷静さが降ってこない。

 むしろ、焦りの分だけ燃料が投下されていく。

 

 彼は骸骨の手を自分の頬に当ててから、空しく手を離した。

 

「……顔、ないんだった」

 

 無意識にやって、無意味さに気づいて、余計に恥ずかしくなる。

 それすらちゃんと「恥ずかしい」と感じてしまう。

 

 そういえば、と彼は思い出した。

 

「外装……」

 

 インベントリの奥に眠っていた、スクロール型の課金アイテム。

 白夜嬢に渡されたうちの一枚。

 

 ――人型になると、ご飯が食べられる。

 

 さっき言われた言葉が、今さら刺さる。

 

「ナザリックのご飯……」

 

 ナザリックの料理人が管理している料理。

 現実の、安いカロリーブロックとは比べものにならない、職人芸の数々。

 

 ステーキ。スープ。パン。ワイン。

 この世界に来てからは、いくら食べたくても、骨の間を通るだけだった。

 

 ――食べたい。

 

 感情抑制が無効化された今、その欲求は、素直すぎるほどストレートに胸の中心に刺さった。

 

 彼はごそごそとインベントリからスクロールを取り出し、まじまじと眺める。

 

「……食欲で、外装作るのか、俺……?」

 

 呟きが、軽く自己嫌悪を含む。

 同時に、その自己嫌悪すらどこか愛おしく感じ始める自分に気づいて、またぐらりと揺れた。

 

「ダメだ今日の俺。

 感情抑制にこんな頼りきりだったのか……?」

 

 白夜嬢が「性欲、戻るといいですね」なんて言っていたが、

 その前に自意識の処理能力が容量オーバーしそうだ。

 

 ――だが、時間はあまりない。

 

 彼はちらりと扉を見る。

 アルベドは、全力で準備してから来るタイプだろう。

 湯浴み。香油。髪のセット。服の選定。メイク。香りの調整。

 

 それでも、最短だと……十分ちょっと。

 

「それまでに……外装」

 

 スクロールを広げると、薄い光が部屋ににじむように広がった。

 

 ――外装データを作成しますか?

 

 視界の端に、懐かしいシステムメッセージが浮かぶ。

 アンデッドであるはずの自分の、どこかに組み込まれていたUIが、再起動したように。

 

「……あぁ、頼む」

 

 口にした瞬間、光が彼の身体を包んだ。

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