円卓の間。
定期的にモモンガさんは、ここでの集りを設けたがる。席に腰掛けたモモンガさんは、寛ぐようにだらけている。
この場所は、モモンガさんのメンタルケア場だ。
私はなんでギルマスのメンタルケアをしなければいけないのか。
「そういえば、外装作りました?」
私は円卓の上すれすれにふよふよ浮かびながら、適当なタイミングで口を開く。
「いえ……」
骸骨の顎が、申し訳なさそうにわずかに下がった気がした。
骨だけのくせに、妙にしょんぼりして見えるの、本当に才能だと思う。
「ご飯食べたいって言ってたじゃん」
「食べられるんですかね?
外装だけで、中身が変わる訳じゃないですし」
もっともな疑問だが、そこで止まってるあたりがこの人らしい。
安全確認が取れないと動かない、真面目系社畜ギルマス。
「食べれたよ」
「……え?」
モモンガさんは、骸骨の顔のまま固まった。
空中の私をじーっと見つめ、情報処理が間に合ってないポカンを晒す。
私は光輪を、コテン、と傾けてみせる。
「この前、外に出たときね。
外装、使った」
「ちょっと、ちょっと待ってください」
「使ったんですか!? あれ、いつの間に」
ようやくCPUが回ったらしく、椅子ごとガタンと揺れた。
骸骨のくせに、リアクションだけやたら人間臭い。
鎮静化が作動し、すぐに落ち着いて何事も無かったように座り直すまでがお約束だ。
「デミウルゴスのとこ行った時使ったの」
「デミウルゴスのとこ!?……そういえば行ってましたね。えっ、もしかして、なんか、進んでます?」
進んでる、の部分だけ妙に声がひっかかる。
あぁ、そういう方向ね、と察する。
「なにが?」
分かってて聞く。意地悪だとは思うけど、やめるつもりもない。
「こ、子どもとか、番とか……」
「前、守護者達が色々気にしていたから、その、いや、白夜嬢さんがそんな、嫌だと思うことを自分からするとは思ってませんけど、その……」
墓穴を掘りながら助かろうとして、自分でさらに深く潜っていくタイプ。
私はその様子を眺めながら、口の端だけ動かした。
「ご飯は食べれたし、だいたいの器官が人間と同様に作動してるのは確認した」
「……器官」
骸骨が「器官」という単語に一瞬フリーズするの、ちょっと面白い。
「消化も循環も呼吸も。
ちゃんと機能してた。味覚もね」
舌の上にあのスープの熱さと、パンの香りが蘇る。
思い出しただけで、ちょっとお腹が鳴りそうになる。
「種族特性は残ったままだったけど。
そっちは弄れなかった」
モモンガさんの感情抑制。
あれも外装で上書きできれば、本人のメンタル的には楽だろうなと思ってたけど、システムはそこまで甘くなかった。
「……つまり」
モモンガさんは、ゆっくりと言葉を選びながら口を開く。
「外装を使えば、ご飯は食べられる。
けど、中身はアンデッドのまま、ってことですか」
「そういうこと」
「……」
骸骨の目の奥に、数秒間、情報がぎゅうぎゅう詰め込まれていく気配がする。
食欲。安全性。仕様。コスト。あと、たぶんアルベド。
「前例、出来ましたよ」
私は、その思考の流れをあっさり横取りする。
「安全が保証されたようなものです。
アルベドの前で使えば一発です」
「使いません!」
即答。
声が半オクターブ上がってる。
でも、その後に続いた小さなため息は、別の色をしていた。
「……でも、ご飯か……」
「ナザリックのご飯、美味しそうですよね」
視線が、遠くの厨房方向を彷徨う。
あそこに並んでいた料理の数々を、骨だけの体では「眺めるだけ」で我慢してきた時間が長すぎる。
「文句無しに美味しいよ」
それだけは素直に言える。
「この姿だと全然食べられないけど、人間外装だと沢山食べられて、結構満足だった」
あのとき、胃が久しぶりに重くなって、眠くなって、どうでもよくなった。
それはそれで、悪くなかった。
思い出したせいか、身体がふわふわと勝手に揺れる。
羽を軽くはためかせて、余韻を誤魔化す。
「……作ろうかな」
ぽつり、とモモンガさんが呟いた。
欲望よりも前に、ためらい。
ためらいの奥に、諦めきれない何か。
そのバランスが、らしいと言えばらしい。
「善は急げです」
その曖昧さごと、私は上から押し潰す。
「アルベドとパンドラズアクター、どっちがいいですか?」
「えっ、なんですかその二択」
「モモンガさんが逃げないようにするお目付け役です」
当たり前みたいな顔で言う。
「私は、モモンガさんのうだうだに付き合うつもりありませんから」
羽をぱさりと大きく動かし、飽きましたアピールを添える。
責任は押し付けるけど、介護する気はない。
「……毎回付き合ってもらってすみません」
骸骨が、少し情けない声を出した。
「どうしてもNPCとの会話だけだと、息が詰まって」
「御託はいい。どっち?」
甘え話を全部バッサリ切る。
沈黙。
骸骨が、ほんの少しだけ視線を落とす。
「……パンドラズアクターで」
「分かった。アルベドね」
「俺の意思聞くつもりありました!?」
いつものパターン。
選ばせたように見せて、最初から答えは決まっているやつ。
私は、そのまま《メッセージ》を繋ぐ。
《アルベド。今いい?》
《……白夜嬢様?
えぇ。問題ありません。何用でしょうか?》
声がやや不信げ。
モモンガさんと私が2人でいる時は、大体このテンションだ。まぁ、気にしない。
《湯浴みでもして、モモンガさんの自室へGO。誘惑頑張れ》
《……? ……!!》
《はいっ! 誠心誠意! 他の仕事を全て放り投げてでも、その仕事、必ずや! 必ずや完遂させてみせます!》
最後の方、ほぼ雄叫び。
まぁ、想定の範囲内。
メッセージを切ってから、私は小さく頷いた。
「よし」
「よしって何!?」
モモンガさんが、心底不安そうな声を上げる。
骸骨なのに、今にも泣きそうって雰囲気が出せるの、ほんと器用。
「で、モモンガさんにはこれ」
私は、インベントリから一本のアイテムを引きずり出した。
掌サイズの、派手な色の筒。
見た目だけなら、完全にパーティクラッカー。
「……それは?」
「完全なる狂騒」
名前だけは立派な、ろくでもない玩具。
「いくつか効果はあるけど、そのうちの一つ」
私は筒の先を、堂々とモモンガさんへ向ける。
「アンデッドの感情抑制を無効化」
「……え?」
説明が終わるより早く、私はその紐を引いた。
パァンッ。
乾いた破裂音とともに、色のない光の紙吹雪みたいなエフェクトが骸骨の周りに散る。
音だけやけに景気がいい。
「ちょ、白夜嬢さん!? 今のもしかして!?」
「性欲。戻るといいですね」
さらっと乗せてやる。
骸骨の動きが、カクンと止まった。
「っっっ!!?」
即座に、感情の波が押し寄せたらしい。
困惑、羞恥、怒り、戸惑い、期待、不安。
いつもなら一拍遅れて引き算されるそれらが、全部ノーフィルターで押し寄せる。
骸骨の手が、胸元あたりを押さえた。
中身のない胸を。
「な、なんか、すごく、落ち着かないんですけど……!?」
「正常だよ」
私は軽く片手を振る。
「ほら、自室に転移してください」
「ちょっと、気持ちを……!」
「ちゃんと、人型になって、アルベドを待っててくださいね」
命令形で、とどめを刺す。
混乱したまま、それでも律儀に命令に従うように、
骸骨の目て不安そうにこちらを見た後、そのままスっと消えた。
円卓の間に、静寂と、さっきの紙吹雪エフェクトの残り香だけが漂う。
「……さて」
私はふわりと椅子に降り、背もたれに寄り掛る。
「ここまでしても、どこまで出来るかは――」
光輪を指で軽く弾く。
「――あの人次第なんだけどね」
面倒見てやる義理なんて、本当はどこにもない。
それでも、壊れるか壊れないかの境目を見届けるのは、けっこう好きだ。
「……さて」
私は椅子の背もたれにちょこんと腰かけたまま、光輪をゆらりと傾ける。
「どこまで壊れるかな、ギルドマスター」
想像だけで、少し口元が緩んだ。
◇ ◇ ◇
モモンガの私室。
転移後の瞬間、世界が揺れた気がした。
「っ……う、うわ……」
頭蓋骨の内側に、波が打ち付ける。
怒涛みたいな何かが、どどどっと流れ込んできて、意識の座をぐらぐら揺らす。
驚き。
恥ずかしさ。
期待。
不安。
劣等感。
高揚。
今まで、一拍遅れてからじわっと出てきていた感情が、
全部、即時再生になったみたいに、反射で噴き出してくる。
――うわ、やっちゃった!
――やばい、このタイミングでアルベド呼ぶの!?
――白夜嬢さん、なんでこんなアイテム持ってるの!?
――いや待て、でも、ご飯食べられるなら外装は欲しいし……
脳内会議が、会議を名乗れるレベルじゃない速度でぐちゃぐちゃに回り始める。
「おち、着け、俺……!」
しかもいつもの感情抑制が発動しない。
冷静さが降ってこない。
むしろ、焦りの分だけ燃料が投下されていく。
彼は骸骨の手を自分の頬に当ててから、空しく手を離した。
「……顔、ないんだった」
無意識にやって、無意味さに気づいて、余計に恥ずかしくなる。
それすらちゃんと「恥ずかしい」と感じてしまう。
そういえば、と彼は思い出した。
「外装……」
インベントリの奥に眠っていた、スクロール型の課金アイテム。
白夜嬢に渡されたうちの一枚。
――人型になると、ご飯が食べられる。
さっき言われた言葉が、今さら刺さる。
「ナザリックのご飯……」
ナザリックの料理人が管理している料理。
現実の、安いカロリーブロックとは比べものにならない、職人芸の数々。
ステーキ。スープ。パン。ワイン。
この世界に来てからは、いくら食べたくても、骨の間を通るだけだった。
――食べたい。
感情抑制が無効化された今、その欲求は、素直すぎるほどストレートに胸の中心に刺さった。
彼はごそごそとインベントリからスクロールを取り出し、まじまじと眺める。
「……食欲で、外装作るのか、俺……?」
呟きが、軽く自己嫌悪を含む。
同時に、その自己嫌悪すらどこか愛おしく感じ始める自分に気づいて、またぐらりと揺れた。
「ダメだ今日の俺。
感情抑制にこんな頼りきりだったのか……?」
白夜嬢が「性欲、戻るといいですね」なんて言っていたが、
その前に自意識の処理能力が容量オーバーしそうだ。
――だが、時間はあまりない。
彼はちらりと扉を見る。
アルベドは、全力で準備してから来るタイプだろう。
湯浴み。香油。髪のセット。服の選定。メイク。香りの調整。
それでも、最短だと……十分ちょっと。
「それまでに……外装」
スクロールを広げると、薄い光が部屋ににじむように広がった。
――外装データを作成しますか?
視界の端に、懐かしいシステムメッセージが浮かぶ。
アンデッドであるはずの自分の、どこかに組み込まれていたUIが、再起動したように。
「……あぁ、頼む」
口にした瞬間、光が彼の身体を包んだ。