ウルベルトの悪魔は、白夜に堕ちる   作:an-ryuka

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 ナザリック 第9階層 庭園。

 

 私は、ハムちゃんずのコロニーの真ん中で、地面に寝転がっていた。

 芝生に寝転び、羽をふわっと左右に広げている。

 

 田中は少し離れたところで、ハムスケと何か話していたのを切りあげ、隣へと座り込んだ。

 

「主は、今、何をしているんだ?」

 

「観察」

 

 鼻に土の匂いがつく。

 でも、嫌じゃない。

 

「モモンガさんが、どこまで自分を保てるのか、見てる」

 

「見ていると言っても……」

 

 田中は人工の空を仰ぐ。

 

「ここからでは、分からないのでは?」

 

「うーん。想像?」

 

 感情抑制まで剥がして、自室にアルベドを差し向けた。

 

 外装を作るかどうか。

 逃げるかどうか。

 抱きつかれて、どこまで耐えるか。

 どこで諦めるか。

 

 何もかも、彼の「今」の輪郭になる。

 

「……主は、本当に」

 

 田中はそこまで言って、言葉を選ぶように黙り込んだ。

 

「何?」

 

「いや」

 

 少し間を置いてから、苦笑したような声を出す。

 

「主は、優しいのか残酷なのか、分からなくなるだけです」

 

「それ、現実でもたまに言われたなー」

 

 私は、寝転がったまま羽で芝生を軽く叩いた。

 

「優しいか残酷かなんて、その場その場で変わるじゃん。

 状況と相手とタイミング。全部かけ算どころの話じゃない。複雑で絡み合う。」

 

 私はハムちゃんずの一匹――サンディーを指でつつく。

 白い毛玉がひっくり返って、お腹を見せた。

 

「モモンガさんは、優しすぎるからね。

 たまには残酷な選択肢、強制的に突きつけないと」

 

「……その発想が、既に……」

 

 田中は言いかけて、やめた。

 ハムスケが、隣で

 「白夜嬢殿は、愛の形がねじれておるのでござるな」 

 と勝手に結論を出している。

 こいつは図々しい。ハムスターでもないくせに。

 

 ジャンピーがハムスケに近づき、チチッと何か話しかけている。

 ……まぁ、楽しそうだから仕方ない。

 

「モモンガもどうせ満更でもないんだよ。

 あの子、自分で決めるより、与えられた選択肢をどう組み合わせれば丸く収まるか、の方が上手くいくタイプだから」

 

 そしてアルベドは、「モモンガ様」と「モモンガ様の妻になれそうな未来」があれば、たいがいのことは受け入れる。

 

「……主」

 

 田中の声が、少し低くなった。

 

「主は、自分の番は、どうするおつもりなのですか?」

 

「うん?」

 

 ごろりと寝返りを打つ。

 

『俺には出来なかったから、よろしく頼む――』

 

 デミウルゴスの口から聞いた、あの言葉が、ウルベルトの言葉が、胸の奥をかすかに撫でていく。

 

 田中の瞳は、真っ直ぐだった。

 

「主が誰かと番になるのなら。あるいはならないのなら。

 ……主は、どうしたいのですか?」

 

 欲望の話じゃない。

 選択の話。

 

 私は、少しだけ黙った。

 

 アーコロジー上層で与えられていた「番」は、政治と資本の都合で決まるものだった。

 感情も相性も、後回し。

 生命維持と安定のための契約。

 

 ――あれを番と呼べるなら、なんだって番になれる。

 

「考え中」

 

 結局、その一言だけ答える。

 

「私がウルベルトに託されたのか、

 ウルベルトが私に託したのか。

 ……そこから整理しないといけない気がする」

 

「……そうですか」

 

 田中は、それ以上踏み込まなかった。

 踏み込まないあたりが、こいつの良いところであり、じれったいところ。

 

「でもまぁ」

 

 私はふわっと浮き上がる。

 田中が、私の羽を軽くはたいて土を落としてくれる。

 

「……モモンガさんより、先に答え出す気はないかな」

 

「理由を聞いても?」

 

「ナザリックのギルドマスターは、モモンガさんだからね」

 

 軽口みたいに言って立ち上がる。

 

 田中は何も言わなかったけど、ストールの内側のハムちゃんずが一斉に「キュッ」と鳴いた。

 

◇ ◇ ◇

 

 

 その頃、モモンガ私室。

 

 光が収まる。

 骸骨だったはずの体に、重量感が戻ってきた。

 

 血が巡る。

 皮膚が空気に触れる感覚が、全身を包む。

 

「……おお」

 

 思わず、喉から声が漏れる。

 人間の声。

 喉に手を触れようとして、手に肉が、皮膚があるのを眺める。

 

 鏡。

 鏡、鏡。

 

 部屋の隅に配置されている装飾用の大きな鏡の前に立つ。

 

「……」

 

 そこに映っていたのは、スーツ姿の男だった。

 

 少し痩せ気味。

 日本人らしい黒髪。無難な顔。

 寝不足が常態化したサラリーマンみたいな疲れが、目の下にかすかに滲んでいる。

 

「……うわぁ」

 

 自分で作ったんだろうけど、感想がそれだった。

 理想の英雄どころか、「現実の俺」に近すぎる。

 

「もっとこう……イケメンにすればよかったかな……」

 

 今さらの後悔が押し寄せる。

 同時に、「いや、変に盛るのもな……」という自意識も出てくる。

 

 感情抑制が剥がれているせいで、自意識と後悔と羞恥とちょっとした満足感が、混ざってぐるぐる渦を巻く。

 

 ――だが、時間はない。

 

 髪をぐしゃっとかきあげてみる。

 スーツの襟を正す。

 ネクタイをゆるめるかどうか迷って、やめる。

 

「……なんだこれ、初デートする前みたいな」

 

 自分で自分にツッコミを入れて、また恥ずかしくなる。

 その無限ループを無理やり止めたところで――

 

 コンコン、と扉が叩かれた。

 

「モモンガ……様?」

 

 溶けかけた砂糖みたいな甘声が、扉越しに響く。

 

 アルベドだ。

 

 呼吸が一瞬止まって、次の瞬間、どくどくと心臓が脈打ち始めた。

 胸の内側から、血の音が聞こえる気がする。

 

「……はい。入ってください」

 

 喉が少し乾いていたが、なんとか声を出す。

 

 扉が静かに開く。

 

「失礼いたします……」

 

 アルベドは、いつもの姿ではなかった。

 長い黒髪をゆるく巻き、薄い布のドレスをまとっている。

 露出は控えめだが、シルエットが容赦なく女性で、視線の置き場に困るタイプ。

 

 ――仕事が早すぎない?

 

 心の中で軽く責任転嫁する。

 

 アルベドは一歩踏み出し、すぐに足を止めた。

 

 目の前の「人間」を見て、瞳が、音がするくらい大きく見開かれる。

 

「……」

 

 固まった。

 呼吸も、思考も、一瞬止まったらしい。

 

 男の姿をしたモモンガ――いや、今の姿で言うなら鈴木悟―は、少しだけ視線を逸らしながら口を開いた。

 

「えっと……その……」

 

 何から説明すべきか。

 外装の話?

 白夜嬢のこと?

 感情抑制が剥がれていること?

 

 頭の中で、優先順位が崩壊していた。

 

「……モモンガ様」

 

 アルベドが、息を吐くように名前を呼んだ。

 

 次の瞬間。

 

「モモンガ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 ダッシュした。

 

 ドレスの裾も、理性も、多分色々なものを全部投げ捨てて、一直線に飛びついてきた。

 

「待って待って待って待って!?」

 

 抱きつかれた。

 勢いよく。

 全力で。

 

 柔らかさと重みが、真正面からぶつかってくる。

 骨で受け止めていたときとは違う、生々しい衝撃。

 

「モモンガ様っ……!

 素敵です……!

 素敵すぎます……!!

 人の姿も、こんなにも……!」

 

「ちょ、近い近い近い!」

 

 悲鳴に近い声をあげながら、彼はなんとかアルベドの肩を掴んで距離を取ろうとする。

 だが、アルベドは全力でしがみついて離れない。

 

「ア、アルベド苦しくはないか!?」

 

「苦しいですっ! 幸福で苦しいです!!」

 

「そういうニュアンスじゃなくて!?」

 

 感情抑制がないせいで、照れと混乱と、そしてほんの少しの嬉しさが、全部むき出しになる。

 抱きつかれている現状への戸惑いと、

 自分をこんなに全力で求めてくれる存在がいるという事実への、暖かい衝撃。

 

 ――あぁ、これ、やばいな。

 

 頭のどこかで、冷静な部分がそうつぶやいた。

 

◇ ◇ ◇

 

 

 第9階層 庭園。

 

 私は、モモンガの自室の外に待機するメイドへの連絡を終え、一息つく。

 

 少し離れさせたが、それでも色々聞こえそうだ。

 ……後から話聞こうかな。

 

「……数日とか籠られると、それはそれで支障出てくるんだよなぁ」

 

 完全なる狂騒の効果がどれくらい続くのか、正確な時間は知らない。

 ただ、消費型のアイテムだ。数時間、持って数日といったとこだろう。

 

 それに、

 満ちた感情が、抜けるまでには時間がいる。

 

「主?」

 

 田中がこちらを振り返る。

「戻るか?」

 

「うん。今日はもう、お腹いっぱい」

 

 私は羽をはためかせた。

 

「田中、明日はアベリオン丘陵のデミウルゴスの様子見に行こうか」

 

「御意」

 

 田中の肩の上で、ハムちゃんずが揃って元気よく鳴いた。

 可愛い。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 翌日。

 アベリオン丘陵

 

 デミウルゴスは、実験場の再改装をしていた。

 

 濃度の高い魔力が染み付いた、実験記録。

 スクロール素材としての人体の耐久性。

 悲鳴の質と魔力の相関。

 

 今までに取得できたそれらの情報を元に、搾取では無い方法で、スクロールを取得しなければならない。

 

「遊びに来たよ」

 

 私の声に、彼は振り向く。

「白夜嬢様」

 

 表情は――この間よりも少しだけ穏やかだった。

 

「成果は、十分得られましたので。

 より良い方法へとやり方を変えるべきだと判断しました」

 

 そう言って、近くの悪魔になにか指示を出し下がらせる。

 

「ウルベルト様が、どう思われるかは分かりません。

 ですが……」

 

 炎を見つめる瞳に、迷いと決意が同居していた。

 

「私が、今この世界を見て、知性ある者として判断した結果です」

 

 つまり――「ウルベルトが嫌いそうな搾取」を、少し減らしたということだ。

 

「ふーん」

 

 私は肩をすくめた。

 

「やっぱり、残酷になりきれないね、君」

 

 デミウルゴスは、少しだけ笑った。

 自嘲とも、満足ともつかない笑い方。

 

「……ウルベルト様の完全な模倣は、私には出来ませんので」

 

「そういうところ、好きよ」

 

 と、軽く投げておく。

 

 彼は、一瞬だけ目を見開き、それから静かに頭を下げた。

 

「ありがたき、お言葉」

 

 言葉遣いは、相変わらず悪魔のもの。

 でも、その内側にある何かは、この間より、少しだけ人間に近かった。

 

 私は羽を一度大きくはためかせると、デミウルゴスはメガネの位置をくいっと上げた。

 

「モモンガ様の番について、何か進展があったらとお聞きしましたが……。」

 1度迷うように声を詰まらせるが、そのまま真っ直ぐ見て言葉を放つ。

「白夜嬢様の番については?」

 

「……それ、今ここで答えるべき?」

 私はからかうように光輪を傾けて、見上げた。

 

「いえ」

 

 即答だった。

 こういうところは、わりと空気を読む。

 

「ですが、ウルベルト様のご遺志と、白夜嬢様の御心とが、どこかで交差するのを楽しみにしております」

 

「期待しないで?」

 

「期待します」

 

 さらっと返された。

 

 私は、少し驚いて、デミウルゴスを一瞥し、田中を見る。ハムちゃんずは首を傾げた。

 

「……主」

 田中が、伺うように申し出る。

 

「モモンガ様から、メッセージでご連絡がありました」

 

「へぇ。早いね。

 なんて言ってた?」

 

「いえ、終わった、とだけ伝えてくれと」

 

 私はデミウルゴスから意識を外し、《メッセージ》を繋ぐ。

 

《モモンガさん?生きてますかー?》

 

《白夜嬢さん……》

 

 声のトーンが、いつもと違った。

 妙に疲れていて、妙に満たされている。

 

《元気?》

 

《色々ありました……》

 

 語彙力が死んでいる。

 

《アルベドは?》

 

《今、隣で寝てます》

 

 ほう。つまり……?

 

《……あっ、違うんです! 変な意味じゃなくて!

 一緒のベッドに、添い寝、です……!

 外装で、人間の姿で、ご飯食べて、お酒少し飲んで、色々話して……

 そのまま、横になって、朝まで寝てました!

 本当に、それだけですからね!?》

 

 言い訳が長いほど怪しいって、知らないのかな。

 

《ふーん》

 

 私は、あえてそれだけ送る。

 

《ふーん、って何ですか!?》

 

《進捗あって何より》

 

《……白夜嬢さんのせいで、感情抑制が戻るまでの間、ずっと心臓に悪かったですよ……》

 

《でも、楽しかったでしょ?》

 

 少し間が空いて、ぽつりと返事が来た。

 

《……はい》

 

《じゃ、よかったじゃん》

 

 それだけ送って、メッセージを切る。

 

 側で聞いていたデミウルゴスが、少しだけ口角を上げた。

 

「モモンガ様とアルベドは順調なようですね」

 

「そうだね。

 ナザリックの未来は、明るいよ」

 

 私自身の未来が明るいかどうかは、知らない。

 

 でも――

 

「見てる分には、悪くない」

 

 そう呟いて、アベリオン丘陵の空を見上げた。

 

 現実は、もう面白いと思えることなんてなかった。

 だけどここでは、まだ始まったばかり。

 

 ナザリックという箱庭の中で、人ならざる連中が、人間より人間くさい感情をこじらせていく。

 

 ――どこまで付き合うか。

 

 それを決めるのは、たぶん、私が私自身をどこまで許せるか、だけだ。

 

「……ま、今はいいか」

 

 羽を一度だけ、強くはためかせる。

 

 悪魔が静かに笑った。

 ハムスターたちの鳴き声が、妙にのんきに響く。

 

 ――

 

 

 …これは夢だ。

 覚めない夢。

 死ぬ前の永遠を見続けている。

 それを、彼女は知っていた。

 

 

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