相棒 ーー杉下右京に憧れた転生者がキヴォトスで刑事になる話ーー   作:ほくほく亭ともを

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ゲヘナの帝王

ゲヘナ学園自治区はアビドス自治区の東、ワイルドハント芸術学院自治区の北東、トリニティから見るとずっと南東にある。

暴力的な生徒や、ブラックマーケットの関係者が多く在籍しているものの、その影は今や鳴りを顰めて新たな帝王の誕生を祝っていた。

ゲヘナ学園の伝統ある大ホールには、トリニティ、ミレニアムの3大学園はもちろん、ワイルドハント芸術学院、百鬼夜行連合学院、警察組織であるヴァルキューレやSRTなどといったネームドの学園の代表者が大勢集まっていた。

その中でも特に目立ったのはレッドウィンター連邦学園であった。

慣例では主賓はいつも連邦生徒会長か、それに準じるポストの生徒だったはずである。しかし、ゲヘナ学園議長席のほど近くに用意されていた重厚なチェアに描かれていた校章は、はるか北の果て。永久凍土と年中吹き荒れる吹雪によって外界から永久に隔絶されているはずのレッドウィンター連邦学園の熊であった。

この仕打ちに激怒したのか、初めからわかっていたのか。高等部1年生であるのにも関わらず、すでに連邦生徒会長の座を得た生徒も、連邦生徒会も一切来ることはなかったようであった。

 

レセプションが始まった。大きなシャンデリアで彩られた大ホールには静寂が訪れた。

 

右ドアからゲヘナの帝王___雷帝が悠々とした表情で入ってきた。金髪に角、コウモリのような羽、そしてサキュバスのような尻尾。

どれか一つしか有しないことが多いゲヘナの生徒にとって、この三つ揃いは崇拝と嫉妬の対象であった。

 

金色に彩られた玉座にどっかりと座ると、立って出迎えた面々を侮蔑と軽蔑に満ちた目でじろりと見回した。

 

「あたしがゲヘナの帝王、雷帝だ。あたしが雷帝になったからには、ここにいるどの学校にも、どの自治区にも、企業にも、たとえ北部の輩(サンクトゥス)だろうが容赦しない。ここは、ゲヘナで、我らの自治区である。連邦生徒会など知るものか」

 

そういうと未だ空席である主賓席をチラリと見ると、眉を顰めた。

 

「カヨコ、かの英雄はどこに?」

 

玉座のそばには白髪に黒い髪がちらほら見られる生徒が立っていた。

 

鬼方カヨコ____高等部1年生にして、雷帝がもっとも信頼をおいてる生徒であった。

 

カヨコはびくりと体を震わせると、

 

「はい、閣下(Right Honourable)。杉下議長は少し遅れると知らせが____」

 

ダンッ!!

 

カヨコがそう言いかけると、雷帝は高級そうな笏を叩きつけた。ホールには凍りつくような空気が漂う。

 

「カヨコ、言ったはずだ。すぐに報告せよと、ましてや主賓の方を差し置いて祝賀を始めようとするとは、まさかお前も私の信頼を損ねようというのか?」

 

「い、いえ、閣下。そんなこと___」

 

「そんなこと?なんだ、言ってみろ」

 

祝賀ムードのホールが一変し、ゲヘナの帝王の怒りが空気に満ちていた。普通なら万魔殿を抑えるはずである風紀委員会の面々も、この雷帝が実権を得てからはその栄誉ある職もこなすことは叶わなかった。

 

萎縮するカヨコをじろりと見ると、雷帝はため息をついた。

 

「まあいい。サキョウさんのことだから、どこかで道草でも食っているのだろう。失礼した、改めて皆の衆。先ほども挨拶をしたが、これから1年間ゲヘナの最高責任者となる。どうぞよろしく」

 

まばらな拍手ががらんとしたホールに響いた。

 

 

それからサキョウがホールについたのは10分後の後であった。

ホールの中は先ほどの静寂とは打って変わり、多くの招待客が思い思いの食事を手に取り話し込んでいるものもあれば、単にずっと食べているような生徒もいた。

 

紫と金色で彩られたホールの階段を上っていると、外で控えていた、儀礼服に身を包んだ万魔殿の生徒が敬礼をして、駆け寄ってきた。

 

「レッドウィンター連邦学園の杉下閣下であらせられますね?どうなされたのですか、こんなに遅刻して」

 

と不思議そうに訊いてくる。

 

「どうもすみませんねぇ、ゲヘナ学園は初めてのもので、それにレッドウィンターの制服はこの自治区では少し厚着過ぎたようで、着替え直していたりしていたら迷ってしまったのですよ」

 

「はあ、仰っていただければお迎えを呼んだものを」

 

「いえ結構。では案内していただけますか?」

 

「はい、閣下」

 

大ホールの貴賓扉がごろごろと大きな音を立てて開いた。

 

玉座で退屈そうに座っていた雷帝は目を輝かせる。

 

侍従の1人が、

 

「レッドウィンター連邦学園、人民議会最高議長の杉下サキョウ閣下が参られました!!!」

 

ホール内が大きくどよめく。

当然の話である。杉下サキョウは2年前の一件の後、レッドウィンターでの数々の功績から中央の人々からは特に恐れられていた。特に、ヴァルキューレとトリニティから。

 

ステンドガラスがまるで主人公を待っているかのようにギラリと光った。

 

サキョウは赤と白の伝統的な赤冬の制服に付け加え、雷帝の趣味にあったたくさんの勲章と金の装飾をつけていた。

それがステンドグラスの反射に彩られ、まるで天上の麗人かのような空気を纏わせていた。

 

「あれがあの眠れる森の熊か……」

「クマ被害最近多いよね……」

「トリニティとヴァルキューレを相手取って一才妥協しなかったって噂の……」

「ヴァルキューレを退学になってなお赤冬で実権を握るとは……」

「主賓待遇とはD・Uが黙っていないぞ」

 

ホールの中がそのようなざわめきに包まれたのは、何もその服装のせいだけではなかった。

 

一歩、また一歩と玉座に近づく。参列者はその姿を尊敬と恐れと嫉妬の入り混じった目で見送るしかなかった。

 

「杉下議長!久しいな!!」

 

雷帝は玉座から飛び降りると、サキョウの手をむんずと掴んでブンブンと振った。

 

「久しぶりですねえ、2年ぶりでしょうか?雷帝___いや雷坂さん」

 

「閣下をそのように呼ぶとは___」

 

「黙れカヨコ」

 

雷帝とサキョウは2年前の事件___すなわち、あのサキョウがトリニティの闇に手を触れられそうになったあの事件から顔見知りであった。とあるゲヘナの暴力団がワルキューレによってガサ入れされている時にシスターフッド自治区に侵入してきた不良の1人、ツノ、翼、尻尾が全て揃っているあの生徒のことは読者の諸君にも記憶に新しいであろう。

その時の恩から、雷帝はサキョウのことを信頼していた。

 

「ところであのトンネルで発見された生徒は今は?」

 

「それがまだ意識がないんだ、一体何があったのか……」

 

そういうと雷坂は俯いた。

 

「ええ、そうですか。この後にお見舞いでも行くことにしましょう」

 

そういうとサキョウは差し出されたワイングラスを手に取ると、(ノンアルコールです)雷帝に乾杯した。

 

「そうだ、サキョウさん。あなたに贈り物があるんだ」

 

そういうと、雷帝はカヨコに目配せをすると、後ろに控えた何人かの生徒が見覚えのある馬を引いてやってきた。

 

「おお、懐かしいですねぇ、まさかこれは……」

 

馬___といっていいのかはわからない、全身が金属で覆われたロボットの馬がそこには鎮座していた。

 

「カオル号ですか、思っても見なかった再会ですねぇ、雷坂さん、もしかしてあなたが?」

 

「ああ、そうとも。サキョウさんに何ができるかと考えたんだがな、ちょうどこの馬がミレニアムにあると聞いたもので、担当員も主人に返した方がいいというもんでな」

 

「嬉しいですねぇ」

 

「それと、こいつはカヨコという。余の側近だ」

 

雷帝は後ろに控えていた、白に黒髪が混ざった、ツノが特徴的な生徒をぐいと押し出した。

 

「鬼方カヨコです。よろしく」

 

そういうとカヨコは着ていたドレスの裾をつまんでお辞儀をした。

 

この時、サキョウはその所作に何かしらの不安を感じた。

 

 

____________________________________________

 

その後、サキョウと雷帝は新しく組閣された風紀委員会や、万魔殿を視察していた。

 

紫や黒、金や赤といった、やはりトリニティとは異なる装飾が至る所に飾られていた。金が若干多いように思われるのはひとえに雷帝の趣味であろう。

 

風紀委員会の一見地味に見える建物に二人が入ろうとしたその時であった。

 

物陰から駆けつけてくる怪しい人影をサキョウの目がとらえた。

 

「「サキョウさん!」」

 

一人は長い蒼髪にロングスカートのワンピースが映える女学生、そしてもう一人はシスター服に身を包んだ金髪の生徒であった。

 

「おや、ミネさんにサクラコさんではありませんか。懐かしいですねぇ、となると、もしやあなた方も祝賀会に?」

 

そういうとサキョウは肩まで伸びた黒髪を撫でた。

 

サキョウがこの二人から別れてはや1年が経とうとしていた。若い人々の一年というものは短いようで、ある意味重く長い時間だった。

サキョウと同じ目線だったサクラコはいつの間にかサキョウの濡れガラスのような黒髪の頭頂部を見下ろすほどに背丈がのび、サクラコもサキョウより少し高いのは変わらぬものの、顔つきはずっと大人っぽく、笑顔は猛獣ですらなつかせるほどの破壊力・・・もとい、可愛さに溢れていた。

 

サキョウは突然現れた二人のトリニティ生に驚いたような顔をしている雷帝に話しかけた。

 

「雷坂さん、覚えておられませんか?ほら、一年前に会った二人ですよ、懐かしいですねぇ、もう二度とこのメンツはないと思っていましたが」

 

雷帝は長いガウンを羽織りながら、まるでそれが遠い昔であるかのように黄金色の目を細めた。

 

「・・・覚えてない、な」

 

「ほう?」

 

サキョウは訝しげに雷帝の顔を覗き込んだ。

 

「そもそもここは万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の中心部のはず・・・立ち入りを禁じているはずだがどこから入った?カヨコ」

 

いつの間にか控えていたカヨコと、何人かの生徒はサクラコとミネを取り囲むと、即座に追い出さんとした。

 

「待ってください!雷坂さん、覚えてらっしゃらないのですか!?ほら、あなたのご友人の看病をしたミネです!セナさんに聞いたらわかるはずです!ほら、救急医学部の!!」

 

ミネは雷帝の言動に信じられないとばかりに眉間を寄せ、銃を構えようとした。

 

「お待ちなさい。ミネさん、きっと何か()()があるのでしょう。それにここはゲヘナ、私たちが騒動を起こしたらトリニティとゲヘナとの()()()()にもさわります。ここは・・・」

 

サクラコは暴走を始めたミネの手をとり、なんとか落ち着かせようとした。

 

「なんですサクラコ!・・・っは!?そういうことですのね!やはりシスターフッドとゲヘナは何か隠しているのだわ!見た目こそ禁断のヴェールに隠されているものの、その内側は真っ黒ということですのね!鬼!悪魔!シスターフッド!!」

サキョウとサクラコは顔を見合わせて苦笑いをした。

 

「サクラコさん、ここはひとまず手を引いては?ここがゲヘナ学園の中枢ということは事実でしょうし、雷帝もお困りでしょうしねぇ」

 

「サキョウさんがそこまで言うなら・・・」

 

ミネは銃を下ろすと、万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の警備と共に歩き去って行った。

 

閣下(Right Honourable)、そしてサキョウ議長。申し訳ございませんでした」

 

カヨコは強面な無表情のまま、深々と頭を下げた。

 

「じゃあ行こうか、サキョウ」

 

そう言うと半開きになっていた風紀委員会へとつながる地味な扉を潜るように促した。

 

____________________________________________

 

風紀委員会の部室・・・もとい建物の中は、先ほどのレセプションホールや、これまでサキョウが見てきたような派手なゲヘナ学園というイメージを一瞬にして払拭するようなほどに殺風景だった。

ガランとした廊下には、一部が欠損したシャンデリアが今も灯りを灯し続けているだけだった。

 

薄暗い廊下に革靴とハイヒールの音が空虚に浮かぶ。やがて、視察者一向は光の漏れる部屋に近づいていく。

その部屋の前では忠犬よろしくある一人の生徒が見張りをしていた。

 

「カヨコさん・・・でしたっけ?一つ、よろしいですか?」

 

「なんでしょう?議長」

 

カヨコは振り返ってサキョウの顔を覗き込んだ。

 

整っていながらも、どこか緊張したような顔をしたカヨコを見つめながら、サキョウは右手の人差し指を立てる。

 

「一つだけ、細かいところが気になってしまうのが私の悪い癖なんですがねぇ、あそこにいらっしゃる生徒は風紀委員会の方であっているんですよね?」

 

「ええ、まあ。一応は」

 

発言の意図が掴めないカヨコは怪訝な顔を浮かべる。

 

「その、なんでしょう、文化の違いかもしれませんがね、あんな横胸を露出した服を着てるものだから露出狂か変質者か何かと・・・」

 

さて、ここで聡明な読者諸君ならば気づくであろうが、風紀委員会の部室が入っているこの建物は非常に古く、石造りでできている。そして、今彼女らがいるのはがらんとした廊下である。そこで声を出すと____

 

「一体誰が変質者ですか!何しにきたんですか!あなたは一体誰ですか!?」

 

サキョウの真っ当な疑問が天雨アコの耳に届いたか、届かなかったかというほどの反応速度でチワワよろしく吠えたて始めると、こちらに向かって走ってきた。よくよく観察すると、首元にはカウベルさえもついており、風紀委員会とは似ても似つかぬ格好である。手には千切れた手錠のようなものも見えたが、サキョウは見なかったことにした。

 

「いや、なんでもすぐに気になってしまうのが私の悪い癖。どうもすみません、ミス___『アコです!』・・・アコさん。私はレッドウィンターの杉下サキョウです。どうぞよろしく」

 

そんなことでは納得がいかなかったようで、アコは更に激情の一途をたどる。

 

「レッドウィンター!?あの極北の学園が一体なんの用事でここ(ゲヘナ)にくるんです!それもここは中枢の場ですよ!?そんなところに部外者が____」

 

「まあまあアコさん、事情があるんですよ。落ち着いて」

 

珍しくカヨコは後ろの空間に注意しながら慌ててカヨコに落ち着くように促す。

 

「カヨコ!あなたまでいるんですか!?あなたは雷帝の副官でしょう、こんなところで油を打ってないで・・・・ん?あなたがいるということはまさか____」

 

そこまでいうとアコは恐る恐る、亀が甲羅からそっと顔を出すかのようにカヨコの後ろの仄暗い空間を凝視した。

 

「あぁぁ____」

 

アコはカヨコとサキョウの顔を交互に見比べると、ゆっくりと体を扉の方へ向け、ハンドルに手をかけたその時であった。

 

扉が勢いよく開けられ、廊下に人工的な灯りが漏れる。無機質なデスクとゲヘナ学園の詳細な地図が載った大きな机がモップの様なモサモサとした白い髪の毛越しに見えた。

カヨコの後ろの空間が光に満ちると、雷帝の三位一体___ツノ、翼、尻尾___が揃った完全な姿が浮かんだ。

 

「あ、やっぱり、雷帝閣下でしたかぁ」

 

そういうとアコはヘナヘナと後ろにへたりこんだ。胸元のカウベルが情けなく鳴った。

 

「アコ、重い。どいて」

 

「すみません委員長・・・」

委員長と呼ばれた少女___身長が低い低いと言われるサキョウよりも小さい___は不満げに大きな翼をバサバサと振ると、至極めんどくさそうに呟いた。

 

____________________________________________

 

雷帝とサキョウ、そしてカヨコが入ってもなお、その部屋はまだまだ余裕があった。無機質ながらも実用的なデスクやPC、ホワイトボードなどが、必要最低限にまとめられていた。唯一特異点があるとするならば、コーヒーメーカーやらポットやら、嗜好品関係のグッズが乱雑に置かれていることだけであった。

サキョウには、それが雷帝の好む派手さとはまるで違う様に感じた。

 

「サキョウさん・・・ですよね、閣下から話は聞いています。なんでも元々ヴァルキューレに在籍していたとか、それが今ではレッドウィンターのトップになられたなんて、わからないものね」

 

紫色の眼を上目遣いにサキョウの顔をまじまじと見る。その目の下には連日の疲労のせいか、黒々と隈が浮かんでいた。

 

「ゲヘナ学園、風紀委員会1年の空崎ヒナよ。この不思議な子は天雨アコ。よろしく」

 

「誰が不思議な子ですか!?」

 

アコはカウベルをジャラジャラと鳴らしながら抗議するものの。当のヒナ本人は眠たそうにあくびをするだけであった。

 

雷帝はようやく部屋の中にズカズカと入り込んでくると、ぐるりと見回し、大きくため息をついた。

 

「ヒナ委員長、派手にしろとは言わんが、もう少し何か、装飾をつけようとは思わんのか。殺風景すぎる」

 

「お言葉ですが閣下。過度な装飾はかえって邪魔になるだけです。それにめんどくさいし・・・」

 

「めんどくさい?」

 

雷帝の眉間に皺がよった。

 

「まあまあ雷坂さん、落ち着いて。ヒナさん、一つ。よろしいですか?あそこの、あのマシンガンのような銃、もしかしてあれはあなたの?」

 

「風紀委員長」と銘打たれたプレートが付けられたデスクの後ろに、ヒナの目の色と同じ、ハンドルのついたマシンガンが立てかけられていた。

 

「ええ、まあ」

 

「いやね、あまり銃は使わない主義なのですが、大きな銃だと思いましてねぇ、ただそれだけなのですが」

 

そういうとサキョウは片目を茶目っぽく瞑った。

 

「何それ、私が小さいとでも言いたいの?それとも意外?」

 

「いえ、お似合いだと思いますよ」

 

「あなたの銃はないの」

 

ヒナは若干呆れたように、しかしサキョウの腰にも足首にもホルスターすら付いていないのを見ると、不思議そうに尋ねた。

 

「ええ、私の武器はこの頭と信念ですよ」

 

「変な人」

 

無表情だったヒナは若干、初めて笑顔を見せた。

 

その後、モモトークを交換したり、他の場所を視察などをしていいるうちに日はどんどん傾き、サキョウが帰る頃にはすっかり日は暮れていた。

 

雷帝は再三、泊まるようにと申し出たが、その度にサキョウは笑って首を振るばかりであった。

 

サキョウの随行者であるはずの副官と護衛が待つターミナルに向かう道すがら、雷帝とカヨコ、そしてサキョウは満月の光に照らされていた。

 

「カヨコ、()()を」

 

雷帝にそっと耳打ちされたカヨコは、どこからか一枚の紙切れを取り出した。

 

「サキョウさん」「ええ、なんでしょう」

 

一年も見ない間に髪を伸ばしたサキョウは、今や月光に照らされて一層美しく見えた。

 

雷帝はうんと息を吸い込むと、一息に話した。

 

「議長、いや、サキョウさん。ゲヘナ学園に来るつもりはないか?もちろん、役職も保証するし、寮もご飯も面倒を見る。ここにはカヨコしかいないから言えるが、実は情報部を作ろうと考えているんだ。サキョウさんにはその部長をやってほしい」

 

サキョウは面食らったような顔をした。

もちろん、サキョウも馬鹿ではない。一から議会を作るほどの知性は備えている。雷帝からの誘いがあった時点で引き抜き程度は予想していた。しかし、雷帝の今後の副審となるであろう情報部、それも部長に抜擢されるとはこの時考えていなかったのである。

 

「どうだ?サキョウさん」

 

雷帝はサキョウの顔を覗き込むようにして尋ねた。

 

「そうですねぇ、悩ましいところですが。お断りしようと思います」

 

そういうと、雷帝の隣にそっと立つと、誰にも聞こえないほどの音で、

 

「それにしても、雷帝になっても警戒心のなさはまだまだですねぇ。今、三人に付けられているじゃあありませんか。一人はSRT、一人はヴァルキューレ、もう一人は・・・分かりませんがトリニティあたりでしょう。極北ではこんなことはなかった。雷坂さん、もっと警戒はした方がいいですよ?」

 

そういうと、雷帝の隣を無邪気に歩き、誰にも聞こえるような声で続ける。

 

「もう、政治などは良いのです。レッドウィンターはいいところだ。中枢にもあまり関係ない。クーデターの心配はあったが、私の目が黒いうちはそんなこと起きないでしょう。あそこの方が、性に合っていますよ」

 

そういうとサキョウはカヨコにウィンクをした。

 

駅のプラットフォームでは、待ちくたびれた副官と護衛が、あの特徴的な赤色の制服を身に纏って立っていた。

 

線路には、普通の機関車の10倍の動力を誇る赤星号がもうもうと白煙を吐いていた。

 

サキョウは特等室に乗り込むと、窓から大きく身を乗り出して手を振った。

 

雷帝もこの時ばかりは、一年前のあの小さな不良のような笑顔で手を振った。

 

赤星号は一路、今やサキョウの故郷となったレッドウィンター自治区へと走り去っていった。

 

 

これが、サキョウとゲヘナ学園の面々との初めての出会いであった。

 

 

 

 

 

 




お疲れ様です。遅くなってしまって申し訳ありません。三月は暇なので描き切りたいと思います。どうぞよろしく
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