相棒 ーー杉下右京に憧れた転生者がキヴォトスで刑事になる話ーー   作:ほくほく亭ともを

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お友達

サキョウの乗った赤星号を見送った雷帝とカヨコは、それぞれ別れて帰宅の途にあった。

カヨコは何を思ったのか、猫カフェへの道をまっしぐらに駆けて行き、雷帝はというと、どこへ行くともなしに足はただ一つの場所へと向かっていた。

雷帝にはある友人がいる。雷帝がまだ、スラムのように荒れた場所で、泥水を啜っていた時である。その友人は、雷帝のことを姉貴と呼んで慕っていた。心の荒んでいた雷帝自身も、自らが姉貴とよばれることに対して、一種の優越感と責任感、そして、庇護者としての自覚を持っていた。

雷帝は、その友人の笑顔を生涯忘れることはない。あの、宝の地図があると無邪気に笑ったあの純粋さ。人を恐れることを知らない勇敢な無知。

しかし、雷帝はこの一年、その友の笑顔を見れずにいた。

 

ゲヘナ学園・救急医学部のある一室には、今もなお、あのシスターフッド自治区の廃トンネルで倒れたまま意識を取り戻さない可哀想な被害者が眠っていた。手首には痛々しいほど点滴を繋がれ、延命処置に等しいほどの看病が行われていた。これも、雷帝のポケットマネーで全て賄われているのであった。

 

その「友人」のそばには、当時処置にあたった氷室セナが、無表情な鉄仮面のまま、今も患者のバイタルをチェックしていた。

 

病室のドアが音もなく広がる。セナは一瞬眉を上げると、また目をバイタル測定器に戻した。

 

「お疲れ様です。閣下」

 

「ご苦労」

 

雷帝は俯きがちに、病室にはに使わない上質なソファに腰をどさりと落とすと、顔を手で覆った。

 

「目は覚めないか」

 

「はい。外科的な問題はないはずです。それに脳の障害も見つかりませんでした。あとは・・・・」

 

「精神か」

 

雷帝には、なぜ彼女が目覚めないのか全くもってわからなかった。あの廃トンネルには何があるのか。雷帝自身も、あそこで何かを見たような気がするが、それが何かはわからなかった。

 

「サキョウさんに会ったそうですね、それに、またお怒りになったとか」

 

セナは雷帝の方を見ようともしないで、ポツリとつぶやくように言った。

 

「ああ」

 

「お体にさわりますよ」

 

「ほっとけ」

 

雷帝はぶっきらぼうにコートを脱ぎ捨てた。

 

「あのトリニティには全く持って理解できない何かがあることだけが分かっている」

 

「つまり、何もわからないのですね」

 

「ああ」

 

雷帝のコートの下はノースリーブになっていた。右側の手首には引っ掻いたような傷が痛々しく跡となって、セナの心を同じように傷つけた。

 

「またやったのですか」

 

セナは悲しそうに、呆れたようにため息をついた。

 

「いいですか、そんなことをしても意味はありませんよ。医学的にも手首は傷つけると、キヴォトス人にも健康被害は______」

 

「黙っていろ!」

 

ビリビリと病室が揺れる。患者が少し身じろぎしたように思えた。

 

「・・・・申し訳ございません」

 

「いい、私にも悪いところがあった」

 

「その、また必要になったのですか」

 

「ああ、もうあれが無いと眠れん」

 

「ルシア!」

 

セナはソファで俯く雷帝を、割れ物に触れるように優しく抱きしめた。

 

雷帝は黙ったままだった。

 

「もう、お辞めになったらいかがです、まだ若いのですよ。これほどまで体を痛めつけてまで、ゲヘナの帝王であり続ける必要がどこにあるのです。もう辞めにすることはできないのですか」

 

「辞めれんよ、辞めれんとも。今ここで庇護者を失ったらこの子はどうすればいいのだ。あの可哀想なスラムの子達も、今や学校に行けているではないか。今ここで庇護者を失ったら、あの子達は一体どこに行くというのだ」

 

「でも、ご自分の体も、それに、何も自分を悪者のように仕立て上げる必要はないではありませんか」

 

「それでいい。セナ、あんたにはまだわからんよ。これでいいんだ」

 

セナは大きくため息をつくと、震える手で戸棚から痛み止めと睡眠薬を取り出した。

 

「いいですか?一日一錠、飲んでも2錠だけです。あとはダメです。いいですね、一日1錠ですよ?」

 

セナは念押しに雷帝の目を見つめると。薬瓶を手渡した。

 

「それで、これからどうするのです」

 

セナが伏し目がちに尋ねる。

 

「実はな、セナ。あの時に手に入れた設計図が、とうとう解読できたのだよ。なんとかそれで、この雷帝の地位を守ってみせる」

 

雷帝はゾッとするような、冷酷な笑みを浮かべた。

 

セナはこれから先起こるであろう不幸の一端を見たような気がして身ぶるいをした。

 

____________________________________________

 

サキョウが雷帝の誘いをにべもなく断ってからはや半年が経った。

 

「ああ、トモエさん。その書類はこちらではなく議会事務の方に送付してください」

 

サキョウは特別にあつらえられた議長室で、ゆったりとソファに腰掛けながら秘書に次から次へと伝令を飛ばしていた。

 

窓の外には、もう見慣れたレッドウィンターの猛吹雪が見えた。

 

「は、はい、同志議長。でもいいんですか?そっちは同志チェリノ書記長の管轄ですが・・・」

 

「ええ、彼女もそろそろリーダーとしての素質を学ぶべきでしょうからねぇ。私も三年間ずっと議長に居座るつもりはありませんよ」

 

サキョウはそういうと、ジャム入りの紅茶を一口すすって佐城トモエの薄桃色の瞳を意味ありげに見上げた。

 

「それに、新参者の私よりも同志の方が()()分かってらっしゃるでしょう?」

 

トモエはうなじの後ろに桃色の髪が張り付くのを感じた。

 

「い、いえ。そんなことは・・・」

 

サキョウは愉快そうに笑うと、また一口紅茶を飲んだ。

 

トモエが何か言おうと口をパクパクさせていると、サキョウはおもむろにチェリーウッドの引き出しから正確に紐付けされた書類を取り出した。

 

「このレッドウィンターのことですから、私がいなくなったらすぐに議会は崩壊・・・、私の見通しではトモエさんとチェリノさんあたりが実権を握ることになるでしょう。ですから、私がいなくなる前に()()を渡そうと思いましてねぇ」

 

サキョウの目には警察のそれとはまた違った、どこか逸さずにはいられないほどの圧が込められていた。

 

「で、ではサキョウさんはどこに行くのです」

 

トモエは、現在1年生であるチェリノ書記長を中心とした政権を樹立しようと企んでいた。

しかし、この混沌としていたレッドウィンターを二年間も平和に抑えたこの天才(バケモノ)をこの上なく尊敬していたし、自らの知性をフル稼働しても同じように統治できる自信がなかった。

 

「知りたいですか?」

 

サキョウは立ち上がると、窓際に立って吹雪を眺めた。

 

「ええ、是非とも」

 

トモエは固唾を飲むと、前に立ち塞がるようにしてサキョウの顔を見つめる。

自らの胸元、ないしは肩ほどしかない身長のこの学生が、二年間もレッドウィンターのトップで居続けたことに畏れを感じた。

 

「あまり詳しくは言えないのですがねぇ、()()()()に頼み事をされまして」

 

そういうと、サキョウはトリニティの紋章が掲げられた白い封筒を掲げた。

 

 

____________________________________________

 

 

初秋の夜もふけたイルミナティ。トリニティ総合学園行きの列車が駅へと滑り込んできた。杉下サキョウはレッドウィンターの制服を着込んだSPに別れを告げると、改札を抜けていった。

 

イルミナティの街とサキョウが別れてからはや1、2年の月日がたとうとしていた。

駅前の広場は煉瓦造りで、微かに磯の香りがする。イギリスのような雰囲気も感じなくはない。

 

当時、この街に初めて訪れたサキョウはこの光景を間近にして、「なんだかいい街だなあ・・・」と漏らしたことを読者の諸君の記憶にも新しいであろう。

 

しかし、あのシスターフッド自治区での大捕物、左遷、そしてレッドウィンターで揉みに揉まれた今のサキョウにとっては、この街は恐ろしくも感じたし、ただ暖かい街のように思えた。

 

サキョウはこの街に特に用事があるわけでもないし、そもそもここに呼ばれたわけでもない。しかし、ここに来なければならないある理由があった。

 

ロータリーに駐車されたタクシーに乗り込むと、サキョウは特別に薄く作ってもらったレッドウィンターの制服を握り締め、帽子を目深に被ると一言、つぶやくように言った。

 

「マジェスティ・テーラーへ」

 

朝日が昇るイルミナティの街を、漆黒のタクシーは素晴らしい速度で走ってゆく。

 

やがて、サキョウの記憶にも新しい、テーラーショップの前に到着した。

 

_________マジェスティ・テーラー。トリニティの中でも最高峰の名誉と、それに裏付けされた確かな技術で名高い老舗のテーラーである。聞くところによれば、生徒会であるティーパーティーですらもあまり使えないというのであるから、そのブランドは凄まじいものであろう。

 

CLOSEと書かれたプレートを尻目に、ドアを開けた。カランカラン小気味の良い音が店内に響いた。

 

「あれ?お客様、まだ開店前______」

 

スーツ姿に濃い葡萄色の髪の毛をポニーテールにくくった身長の高い生徒がスタッフ室の扉から顔を出すと、ハッとしたような顔をした。

 

「毅堂キツハ・・・」

 

冷静沈着なサキョウらしからぬドスのきいた声がキツハの鼓膜をゆらす。

 

「え?サキョウちゃんじゃん。可愛くなったねー!髪伸ばしたの?」

 

それでもなお、キツハは笑顔を絶やさず、昔のようにニコニコとしながらサキョウに歩いてくる。

しかし、右手は腰に添えられ、左手はどこか震えているように見えた。

 

サキョウはにっこりとうなづく。

 

「ええ、レッドウィンターはいいところなんですがねぇ、どうも寒くて。お茶、いただいてもよろしいですか?」

 

「______ええ、もちろん」

 

キツハはそういうと、三番試着室のドアを開けた。

 

 

 

どうして?どうしてどうして?

 

キツハは給湯室で頭を抱えて自問自答を繰り返す。

 

なぜレッドウィンターにまで行ってピンピンしてる?なぜ議会を作れた?それに______

 

どうして今戻ってきた?

 

イルミナティ駅のスパイは?列車に忍び込ませたダブルは?レッドウィンターに紛れ込ませたトリプルは?

 

どれも彼女がトリニティにやってくるという情報を掴んでいないし、レッドウィンターに至っては定期連絡が届いていない。吹雪のせいかとふんでいたらまさか______

 

 

三番試着室の扉が開く。銀のティーセットを盆に乗せたキツハが入ってきた。

 

ティーカップに紅茶が注がれる。

 

キツハが腰を下ろすと、サキョウは手もつけないで、語り出した。

 

「懐かしいですねぇ、あの時もこうやって紅茶をいただきましたっけ」

 

「うん、懐かしいね。サキョウちゃん」

 

キツハはサキョウの顔を見ることができなかった。

 

「それで?サキョウちゃん。こんな朝早くにどうしたの?もしかしてあたしのことが忘れられなくてきちゃったの?」

 

キツハは気丈にそう尋ねた。

 

「いえ、一つだけ。トリニティに用事があったものですからねぇ、ほら、姉妹たち(シスターフッド)に力を貸してくれと」

 

「あ、あそうなんだ!サキョウちゃん優しいもんね!」

 

「それからもう一つ」

 

サキョウは若干安堵したようなキツハの、葡萄色の目をみて一言。

 

「炭鉱のカナリアのお話でもしようかと」

 

「何それ?サキョウちゃんって時々変なこと言うよね!あ、でももうすぐオープンだからさ、ほら、サキョウちゃんも行くところあるんでしょ?じゃあ___」

 

席を立とうとするキツハをサキョウは手で制すると、あるものをテーブルの上に置いた。

 

「___え?」

 

 

「_________違う!私はやれって言われただけなの!」

 

キツハの声が、試着室の狭い空間に反響した。できる限り、この悪魔から逃れようと扉ににじりよる。

 

サキョウはようやく紅茶に手をつけた。

 

一口飲んで、カップをソーサーに戻す。

 

「ええ、存じていますよ」

 

その声色はあまりにも穏やかだった。

 

「あなたが”誰かの指示で動いていた”ことくらいは」

 

「・・・でもねぇ」

 

サキョウは立ち上がると、帽子のつばを少し上げた。まっすぐな視線がキツハの躰を貫いた。

 

「問題はそこではないんですよ。あくまで私にとって。ですがね」

 

「じゃ、じゃあ何が問題だというの」

 

キツハには、もはや体裁を整えるほどの余裕はなかった。

 

「サクラコさんと、そしてあの正義が取り柄だった純真なカンナさんを傷つけた。」

 

「それが一体どれほどのことか」

 

一歩、キツハに近づく。

 

「あなたには、わかりますか?」

 

キツハは頭を抱えると、うずくまった。

 

「あ、それからもう一つ」

 

サキョウはキツハのそばにしゃがむと、その手を取った。

 

「あなたが送り込んだダブルとトリプルですがねぇ」

 

キツハの手は止まることを知らなかった。

 

「ええ、安心してください」

 

「___もう鳴くことはありませんよ」

 

 

 

テーラーショップの扉が静かに開けられた。日光の柔らかな日差しが、美しい生地をさまざまな色に、蠱惑的に輝かせた。

 

その日、テーラーショップの「CLOSE」のプレートが裏返されることはなかった。

 

 

 

 

 

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