相棒 ーー杉下右京に憧れた転生者がキヴォトスで刑事になる話ーー   作:ほくほく亭ともを

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破滅の弾道

ゲヘナ学園・万魔殿地下最深部。

かつて雷帝と恐れられた少女、雷坂ルシアの秘密の牙城は、けたたましいエラー音と赤い警告灯の明滅に包まれていた。

 

「……どういうことだ、セナ。説明しろ」

 

中央コンソールに両手をつき、ルシアは血を吐くような声で唸った。

その視線の先にある巨大なモニターには、アトラ・ハシースの模倣品の起動シミュレーション結果が映し出されている。何度計算をやり直しても、表示される結果は同じ「システム自壊」だった。

 

背後に立つ氷室セナは、タブレット端末から目を離さずに淡々と答えた。

 

「情報ブローカー、およびブラックマーケット経由で流れてきた白峰イノリの手記のデータによるものです。出所は連邦生徒会の暗部と推測されますが……データの真贋を検証した結果、設計図そのものに致命的な欠陥が仕組まれていたことが判明しました」

 

「欠陥、だと?」

 

「はい。仮にエデンの心臓を手に入れ、システムに組み込んだとしても、抽出した生命力を特定の個体に定着させる変換プロセスにおいて、エネルギーが逆流します。結果として……対象となる患者のヘイローは完全に焼き切れ、周囲数キロに致死性の衝撃波を撒き散らすことになります」

 

セナの冷徹な報告が、地下室に冷たく響き渡る。

ルシアの瞳から、光が失われていった。

 

「つまり……あの装置を完成させても、アマネは救えない……どころか、私がアマネをこの手で完全に殺すことになると、そういうことか?」

 

「……医学的、および工学的な見地から申し上げれば、そうなります」

 

ドンッ!!

 

ルシアの拳がコンソールを叩き割り、火花が散った。

彼女の背後にそびえるゲヘナの紋章が刻まれたマントが、行き場のない怒りと絶望の魔力によって激しく波打つ。

 

「サキョウさん……!あんたの仕業か!!」

 

ルシアの咆哮が、地下室を震わせた。

彼女には分かっていた。連邦生徒会というフィルターを通しているものの、このタイミングで、最も正確に自分の計画の急所を突いてくる情報がもたらされる。そんな真似ができる人間は、キヴォトス全土を探してもあの小柄な探偵しかいない。

 

「閣下、お気持ちは察しますが……」

 

「黙れ!!」

 

ルシアは血の滲む拳を握り締め、荒い息を吐きながらモニターを睨みつけた。

その脳裏に浮かぶのは、救急医学部の秘密病室で、今も静かに眠り続ける親友・アマネの姿だった。

 

二年前。

ゲヘナとトリニティの国境地帯で発生した、些細な小競り合い。本来ならすぐに収束するはずのその事件の裏で、トリニティの過激派組織がゲヘナの生徒を秘密裏に拉致し、非人道的な尋問と実験を行っていた。

その犠牲となったのが、ルシアの唯一の親友であるアマネだった。

 

当時のトリニティの指導層は、この事実をシスターフッドの暴走として処理し、すべての罪を白峰イノリに着せてトカゲの尻尾切りを行った。

そして、傷つき、ヘイローの輝きを失いかけたアマネは、生と死の狭間を彷徨う抜け殻となってルシアの元へ帰ってきたのだ。

 

アトラ・ハシースの模倣品は、アマネを救うための唯一の希望だった。

キヴォトスの理を曲げてでも、他者の生命を奪ってでも、親友を取り戻したかった。

 

しかし、その希望は今、杉下サキョウというたった一人の少女の知略によって、無残にも粉砕された。

 

「……トリニティめ。アマネを奪い、私から希望まで奪うか」

 

ルシアの声は、先ほどの激情から一転して、不気味なほど低く、冷酷なものへと変わっていた。

 

「セナ。万魔殿の地下に秘匿している、第VII号戦略巡航ミサイルのロックを解除しろ」

 

「……閣下?」

感情を表に出さないセナの目が、わずかに見開かれた。

 

「エデンの心臓など、もうどうでもいい。アマネが目覚めない世界なら、私がこの手で壊してやる。目標はトリニティ総合学園、シスターフッド自治区……大聖堂だ。あの偽善者どもの象徴を、跡形もなく消し飛ばす」

 

「お待ちください。トリニティ中心部への戦略兵器の投射は、単なる報復の域を超えます。全面戦争に発展し、ゲヘナ自体も灰燼に帰す可能性があります。それに、大聖堂には……」

 

「杉下サキョウがいるのだろう?構わない。私の計画を邪魔したのだ、その責任はあの人自身に取ってもらう。ロックを解除しろ、セナ!これは命令だ!!」

 

ルシアの瞳に宿る狂気に、セナは静かに目を伏せた。

 

「……承知いたしました。目標・トリニティ大聖堂。第VII号戦略巡航ミサイル、発射シークエンスに移行します」

 

ゲヘナの地下深くで、巨大な死の鳥が、ゆっくりと目を覚まそうとしていた。

 

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同じ頃、トリニティ総合学園、シスターフッド大聖堂。

 

地下のカタコンベからエデンの心臓を封印した特殊コンテナを運び出し、大聖堂の奥の隠し部屋へと運び込んだサキョウたちは、一時の休息を取っていた。

 

「ふう……。ヒナタさんがいてくれて助かりました。私とサクラコさんだけでは、到底持ち運べる重さではありませんでしたから」

 

ミネが額の汗を拭いながら、コンテナを軽々と持ち上げていたヒナタに労いの言葉をかける。

 

「えへへ、お役に立てて良かったです!でも、これすっごく重かったですね。中身は一体……?」

 

「知らなくていいことです、ヒナタさん。あなたの純粋な心には、重すぎる秘密ですよ」

 

サキョウは優しく微笑みかけながら、ヒナタからコンテナを受け取ったサクラコに視線を向けた。

 

「さて、サクラコさん。心臓の保護は完了しましたが、問題はここからです。先ほど空崎ヒナさんに渡した情報が連邦生徒会、そしてゲヘナの雷帝に伝わった時、事態はどう動くか……」

 

サキョウは懐中時計のチェーンを指に絡めながら、静かに語り始めた。

 

「雷帝は、自身の計画が根底から崩れたことを知ります。親友を救うための装置が、実は親友を殺すための欠陥品だったと。……彼女の絶望は、いかほどのものか」

 

「計画を諦める……のでしょうか?」サクラコが不安げに問う。

 

「ええ。心臓を奪う目的は消失します。彼女の思惑は、ここで完全に途絶えた。……しかし、問題は彼女の心に渦巻く感情です」

 

サキョウの翡翠色の瞳が、スッと細められた。

 

「雷帝ルシアは、暴君ではありますが、極めて情に厚い少女です。目的を失った彼女の中に残るのは、親友を傷つけたトリニティという存在に対する、純粋で破壊的な憎悪だけ。……細かいところが気になってしまうのが私の悪い癖なのですが、彼女の思考パターンから推測するに、彼女は最も破滅的な選択をするはずです」

 

「破滅的な選択……?」

 

「ええ。もはや心臓も必要ない。親友も救えない。ならば、せめて親友を奪った象徴を破壊しようとする。……つまり、この大聖堂を標的とした、ゲヘナからの直接的な武力攻撃です」

 

「なっ……!直接攻撃!?いくらなんでも、他校の自治区にミサイルでも撃ち込もうというのですか!?」ミネが驚愕の声を上げる。

 

「彼女ならやりますよ。万魔殿の地下には、条約違反の戦略兵器がいくつか隠匿されていると、レッドウィンターの情報部も掴んでいますからね」

 

サキョウは懐からスマートフォンを取り出し、画面を操作し始めた。

 

「サ、サキョウさん!?もし本当にミサイルが飛んでくるなら、すぐにここから避難を!」

サクラコが慌ててサキョウの腕を掴む。

 

「避難して大聖堂が吹き飛べば、地下の封印も解け、結局はキヴォトス全土に被害が及びます。それに、私が逃げたところで、トリニティの生徒たちが犠牲になるだけです」

 

サキョウはサクラコの手を優しく外し、電話を耳に当てた。

 

「迎撃するしかありません。幸い、我々には強力な味方がいますからねぇ」

 

『……もしもし。杉下議長、でしょうか』

 

電話の向こうから聞こえてきたのは、冷たく透き通るような、それでいてどこか緊張を含んだ少女の声だった。

 

「ごきげんよう、桐藤ナギサさん。西園寺ホストの陰に隠れて、こっそりと私の動向を探っていたようですが……今、少しだけトリニティのために働いていただけませんか?」

 

大聖堂のステンドグラスから差し込む光が、サキョウの不敵な笑みを照らし出していた。

 

____________________________________________

 

 

トリニティ総合学園、防空管制センター。

 

薄暗い室内に並ぶ無数のモニターの前に、桐藤ナギサは一人で立っていた。彼女の周囲には、極秘任務のために招集された情報部の一部オペレーターたちが、慌ただしくキーボードを叩いている。

 

『……間もなく、ゲヘナ学園より大聖堂に向けて、巡航ミサイルが発射されます。軌道計算と迎撃システムの掌握を急いでください』

 

スピーカーから響くサキョウの落ち着いた声に、ナギサはギリッと奥歯を噛み締めた。

 

「……どうして私が、あなたの言う通りに動かなければならないのですか。これは西園寺ホストの許可を得ていない、私の独断です。もしあなたの推測が外れていれば、私はティーパーティーから反逆者として追放される」

 

『推測ではありません。確信です。それに、ナギサさん。あなたは気づいているはずだ。ここで大聖堂を失えば、トリニティの威信は失墜し、ゲヘナとの全面戦争に突入する。次期ホストであるあなたが望むのは、そんな血塗られた玉座ですか?』

 

ナギサの肩が微かに震える。

杉下サキョウという女は、人の心の最も脆い部分を、容赦なく抉ってくる。

 

「……オペレーター。ゲヘナ方面からの熱源反応を最大感度でスキャン。正義実現委員会の対空防衛システム(AADS)のプロトコルを、私が直接上書きします」

 

ナギサの指示に、センター内に緊張が走る。

 

「ナギサ様!ゲヘナ領内、万魔殿地下から巨大な熱源反応!……これは、ミサイルです!マッハ3でトリニティ領空へ接近中!!目標……シスターフッド大聖堂!!」

 

「ッ……!本当に撃ってきたというのですか、あの狂犬は……!」

 

ナギサはコンソールに駆け寄り、自らパスコードを叩き込んだ。

 

「全対空ミサイル、迎撃態勢!目標のロックオンを急ぎなさい!」

 

『無駄ですよ、ナギサさん』

 

通信機越しのサキョウの声は、どこまでも冷静だった。

 

『万魔殿の第VII号ミサイルは、ステルス機能と特殊な魔力コーティングが施されています。トリニティの通常防空システムでは、ロックオンする前に大聖堂の屋根をぶち抜かれます』

 

「なら、どうしろと言うのです!?このまま指をくわえて大聖堂が吹き飛ぶのを見物しろと!?」

 

『ご安心を。大聖堂の真上、高度五百メートルの空間座標を、今からそちらに送ります。そこへ向けて、ありったけの迎撃ミサイルを目隠しで斉射してください』

 

「目隠しで!?標的がいない空間に撃てば、弾幕の隙間を縫って突破されます!」

 

『隙間は……私が埋めます』

 

サキョウの言葉の意味を理解できないまま、ナギサは送られてきた座標をシステムに入力した。

 

「……信じますよ、杉下議長。あなたがただのホラ吹きなら、私はあなたを永遠に呪います」

 

ナギサは、発射ボタンを力強く叩き込んだ。

 

____________________________________________

 

 

空を引き裂くような爆音が、トリニティの上空に轟いた。

 

西の空から、一条のどす黒い航跡を引いて、ゲヘナの巡航ミサイルが猛スピードで大聖堂へと迫ってくる。

対するトリニティ側からは、ナギサの指示によって発射された無数の迎撃ミサイルが、大聖堂の真上に向かって飛翔していく。

 

大聖堂の屋上。

強風が吹き荒れる中、サキョウは一人、両手をコートのポケットに突っ込んで立ち尽くしていた。

彼女の視線の先には、迫り来る死の弾頭がある。

 

「さて。見せてもらいましょうか、トリニティの誇る武の頂点を」

 

サキョウがそう呟いた瞬間。

 

「おおおおおおおおおおっ!!」

 

大聖堂の鐘楼から、一つの影が空へ向かって跳躍した。

巨大なシールドを構えた蒼森ミネである。

彼女は、自身のヘイローの輝きを最大まで高め、物理法則を無視した跳躍力で、ミサイルの弾道上空へと躍り出た。

 

「ゲヘナの鉄屑風情が!私たちの聖域に、傷一つつけさせるものか!!」

 

ミネは空中で体を捻り、手にした巨大なシールドを、飛来する巡航ミサイルの横っ腹に向けて全力で叩きつけた。

 

ガギィィィィン!!

 

鋼鉄と鋼鉄が激突する、鼓膜を破るような轟音。

ミサイルの直撃を受け止めるのではなく、横からの物理的な衝撃によって、ミサイルの軌道を強制的に上へと逸らしたのだ。

 

「いっけええええええ!!」

 

ミネの尋常ならざる腕力と執念によって、ミサイルは機首を上空へと跳ね上げられた。

そして、その先にあるのは__。

 

ナギサが目隠しで指定された座標へ撃ち込んでいた、トリニティの迎撃ミサイルの弾幕である。

 

ドォォォォォォォォォンッ!!!

 

トリニティ上空五百メートル。

軌道を逸らされたゲヘナのミサイルは、トリニティの迎撃弾幕の網に自ら突っ込む形となり、空中で壮絶な大爆発を起こした。

巨大な火球が生まれ、衝撃波が大聖堂のステンドグラスをガタガタと揺らす。

秋の空に、黒煙の華が咲き誇った。

 

「……完璧な放物線ですねぇ。ミネさんの膂力、そしてナギサさんの弾幕のタイミング。まさに芸術的です」

 

屋上の風に髪を揺らしながら、サキョウはパチン、と懐中時計を閉じた。

 

ドスッ、と重い音を立ててミネが屋上に着地する。シールドはひしゃげ、彼女自身も息を乱していたが、その顔には誇り高い笑みが浮かんでいた。

 

「ふふんっ……!どう、サキョウさん!私のシールドバッシュ、見たでしょ!」

 

「ええ、見事でしたよ。ですが、後片付けはサクラコさんにお願いしなければなりませんね」

 

空から降り注ぐミサイルの残骸を、地上で待機していたサクラコとヒナタが、重火器を使って次々と粉砕していく。

大聖堂には、石一つ落ちることはなかった。

 

____________________________________________

 

 

「……目標の消失を確認。大聖堂への弾着、および起爆、失敗しました」

 

ゲヘナの地下。

モニターの光が消え、暗闇に包まれたコンソールルームで、氷室セナが静かに報告した。

 

雷坂ルシアは、何も言わなかった。

ただ、叩き割ったコンソールの上に崩れ落ちるように両手をつき、項垂れていた。

 

「……迎撃された、か。あのミサイルを撃ち落とすなど、正気の沙汰ではない」

 

「トリニティの迎撃システムと、物理的な質量兵器による軌道変更の複合技と思われます。杉下サキョウの戦術指揮によるものでしょう」

 

ルシアは、乾いた笑いを漏らした。

 

「はは……。敵わないな、あの人には。私の計画も、絶望から生み出した怒りすらも、すべて見透かされ、完璧に叩き潰された」

 

ルシアはゆっくりと床に座り込み、天井を仰ぎ見た。

彼女の野望__親友を救うための狂気は、ここで完全に途絶えたのだ。

これ以上、何を撃とうが、何を足掻こうが、杉下サキョウという巨大な壁を越えることはできない。

 

「セナ。……もう、いい」

 

ルシアの声は、毒気を抜かれたように弱々しかった。

 

「すべてのシステムをシャットダウンしろ。万魔殿の地下施設も、放棄する。……私の、負けだ」

 

「閣下……。アマネ様のことは、どうされるおつもりですか」

 

「……わからない。だが、他人の命を奪ってアマネを目覚めさせたとしても、あいつは絶対に喜ばない。あの手記の欠陥を知った時、心のどこかでこれでよかったと思ってしまった自分がいるんだ」

 

ルシアの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

雷帝として恐れられた少女の、あまりにも脆く、人間らしい涙だった。

 

「サキョウさんは、私に罰を与え、同時に……私を、これ以上の罪から救ってくれたのかもしれないな」

 

暗闇の中、ルシアの静かな嗚咽だけが、冷たい地下室に響いていた。

キヴォトスを覆うはずだった黒い雨雲は、一人の探偵の知略によって、未然に拭い去られたのである。




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