相棒 ーー杉下右京に憧れた転生者がキヴォトスで刑事になる話ーー 作:ほくほく亭ともを
魑魅魍魎どもの街
私、杉下サキョウはハイランダー鉄道学園の列車の中でのんびりと次に降りる駅を待ちながら妄想に耽っていた。
「……カンナさん、気に入ってくれたかな?」
白いマグカップに一つだけ、肉球のスタンプを押した贈り物。あの商品を百貨店で見かけた時はカンナさんにぴったりだと思って衝動買いしてしまった。
思ったよりも高級なブランドらしく、警察学校一ヶ月分の給料が飛んでいってしまったが……世話になったしいいでしょ、たまには。
『次はトリニティ総合学園・リミナリティ、リミナリティ駅です。この先はトリニティ総合学園自治区のため、この列車は次が終点になります。トリニティ総合学園にお越しの方は3番、4番ホームへ、ゲヘナ学園にお越しの方は____』
「お客様?」
「……カンナさんもコーヒーばかりじゃなく紅茶も飲んだらいいのになあ……」
「お客様!!」
頭上からふいに大きな声が聞こえたので見上げると、乗務員さんが少し迷惑そうな顔をしてこちらを見下ろしていた。
「おや、どうしました?」
一体何かしただろうか、特別何もしてないのだが
「おやどうしましたかじゃないですよ!もう終点です!降りてください!!」
「もうついたのですか、ということはまさかここがあの港町で有名なリミナリティ?」
「そうですよ!そんなこと言ってないで、さあさあ早く降りた降りた!!」
半ば追い出されるようにして列車から放逐されてしまった。
列車に乗って19時間と50分。ようやくトリニティと他の学校自治区の境目、リミナリティについたらしい。
トリニティ総合学園は古い学園だからか列車の規格がハイランダー学園のものと合わず、それにトリニティ総合学園自治区についている鉄道会社、トリニティ・プルマン社の利権もあって、いまだに汽車で鉄道を動かしているらしい。
トリニティに来た理由もこれが大きい。
「トリニティですか……なかなか
局長の話していたことが脳裏によぎる。
「いいか、サキョウ。トリニティは古くてとてもいい街だ。だがな、それはうわべだけ。実際は利権と利権、派閥と派閥が絡まり合った魑魅魍魎たちのねぐらだ。トリニティに入った瞬間におそらく警察官は向こうの情報部か、企業団か、それともティーパーティーに監視されるかもしれない。トリニティに入ったら絶対にボロを出すな。いいな?これはお前を守るためだぞ。あと、ヴァルキューレ・トリニティ分校も正直のところ、誰がどの派閥か、誰が誰に買収されているかなどわかったものではない。私の友人にシスターフッド副代表を務めている生徒がいる。ついたら真っ先にこの手紙を渡すんだ。いいな?」
「は、はあ、わかりました」
「あっそれとだな」
局長は思いついたように
「絶対に夜にトリニティに入らないように。夜に入るだけでも何かしらあるのではないかと疑われる。リミナリティに一泊したのち、朝一にトリニティ・プルマンの二等車に乗るように。ホームで誰かに1等車に格上げすると言われても絶対に乗ってはいけないぞ。リミナリティ駅近くのテーラーに頼んで、スーツ、シルクハット、ステッキを作ってもらっているからそこにも立ち寄るようにな」
「でも局長、私結構背伸びましたよ?今では155センチもあります!」
「大丈夫。カンナに頼んでそこらへんは採寸を終えている」
「ええ……何してるんですか警察官なのに……」
そこまで考えてはっと現実に戻る。
よくよく考えたら自分の知らない間にサイズを採寸されているのはおかしいような……待てよ、カンナさんがやったということは……そこまで考えて思わず顔を覆ってしまった。
リミナリティ駅を降りると、もう時刻は4時になろうとしていた。駅前の広場は煉瓦造りで、微かに磯の香りがする。なんだか、海外旅行したことはないが、イギリスのような雰囲気も感じなくはない。
「なんだかいい街だなあ……」
局長がいう、「魑魅魍魎たちのねぐら」には到底思えない。行き交う人もお嬢様、というよりかは、下町のお姉さんみたいな感じだ。
確かにこのようなところで警察の制服を来ていたら警戒されてしまうだろう。
でもこんないいところでそんな魔物がいるわけ………
そこまで考えて、何かまとわりつくような視線を感じた。
レンガの物陰に一人、駅舎のかげに一人……おそらくもう一人いるだろうがどこかわからない。
さすがはトリニティというべきだろうか。局長が言っていたのはこういうことかと内心肩をすくめる。
そんなことを考えていると、行き交う住民らしき生徒に話しかけられた。
「久しぶり〜サキョウちゃん!こんな大きくなって!ささ、今日はウチでのんびりしよ!こっちこっち!」
スーツ姿に濃い葡萄色の髪の毛をポニーテールにくくった身長の高い生徒。
え、誰この人。知らないんだけど
誰ですかという間もないまま、その生徒は私をガッチリと抱きしめた。
「……ヴァルキューレの毅堂キツハです。杉下サキョウさんですね?車まで案内するので昔の旧友のように振る舞ってください。」
耳元にゾクゾクするような低い声で囁いたその少女は、パッと離れるとニコニコして私の手を引いた。
内心ギクシャクしつつも彼女の手に従って(捕まって)、車まで案内されたのち、テーラーショップに案内されたのだった。
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「杉下サキョウさんですよね?公安局局長から聞いています。ゆっくりしていってください」
そういうとキツハさんは慣れた手つきで紅茶を入れると、私に差し出すようにテーブルに置いた。
なんだかすごく高そうなテーラーに通されたサキョウは内心訝しがっていた。
この少女が支援者?そんなことは局長からは何も聞いていない。いや待てよ?トリニティの関係者が私を捕まえるために行動を移したかもしれない。ここは知らないふりをしよう。
「おや?杉下サキョウとは誰のことですか?私はサナエと言います。もし人違いをされているようであれば……」
「うんうん、そうなるよね!でも大丈夫。ここはヴァルキューレの関係者しか入れないから心配しなくていいよ、ほら、紅茶が冷えちゃうよ?」
そういうとキツハさんは紅茶を飲むよう促してくる。
怪しい。怪しすぎる。前にこんな感じのドラマを観たことがある。
しかしながら、局長が言っていたテーラーではあるようだし、関係者なのは事実なのだろう。となると、合言葉を使うのはこのタイミングか。
「お気遣いどうも。ところでここはテーラーですね?どうせなら靴が欲しくて……何かおすすめはありませんかね?」
「靴に困ってるんですか?そうですね……最近のトレンドはブローグという種類ですが……サキョウちゃん詳しいの?」
「ブローグ?そうですねえ、私は
「……三番試着室で履いてみますか?」
「ええ、喜んで」
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3番試着室は試着室にしてはなかなか広い。本当に合言葉があるようで驚いてしまった。それにキツハさんにその合言葉を話した途端に、さっきまで親しげだったキツハさんがまるで客と店員のような距離感になってしまった。
これが彼女の素なのだろうか。
それにしてもトリニティは恐ろしい場所であることは判明した。そこまでしないとやばいのでしょうか?
ここ生徒の街ですよね?
毅堂キツハ……多分だけど、都市伝説として有名な情報部の一人と考えて良いだろう。こんなことをする生徒といえば情報部以外思いつかない。
「ところでなんですが……」
「どうされました?お客様」
「なんでシルクハットとかモーニングコートとか、ステッキとかついてくるんですか?別に普通のスーツでもいいような……」
「そんなこと私に言われても……お客様がご注文された品物ですから、もし何か手違いがありましたら対応しますが…」
そういうとキツハは私の肩にジャケットをかけながら耳元で
「ヴァルキューレ・トリニティはその性質から、紳士的・淑女的にあらねばならないという暗黙のルールがあります。色々な式典に駆り出されることがかなり多いので、その際にいつもの警察の服で言ったら文句を言われることが多くあるのです。まあ、古臭いといえば古臭いですが制服ということで結構トリニティには人気なんですよ?」
と教えてくれた。なるほど。制服か。そういえば前世でもイートン校とかいう男子校は確か制服がモーニングだったはずだ。そんな感じだろう。
「それともう一つ。モーニングって色々隠すには都合がいいんですよねえ……」
キツハは蠱惑的に囁くと、私の胸元に手を伸ばしてきた。
「えっなんですか!」
反射的に身をひこうとするもガッチリと捕まえられて逃げ出せない。
「ここ…脇の下に拳銃とか、隠す余地ありますよねえ……他にも……ステッキなんかはショットガンになってますから使ってくださいね?弾はあなたの持っているトランクケースにもう入れてありますので♡」
ネットりと囁くと何事もなかったように、
「これで説明は終わりです。お客様のお持ちの拳銃などが入るサスペンダーもありますがいかがなさいますか?」
「じゃ、じゃあよろしくお願いします。」
コロコロと態度が変わる彼女に気圧された私は、言われた通りに拳銃を脇の下に隠したのだった。
モーニングコートにシルクハット、そしてステッキにトランクケースを持った私は、鏡で見るとまるで初めからイギリスの上流階級のお嬢様みたいな雰囲気になっていた。
お嬢様……というよりかは男装の麗人みたいで、自分ながらかっこいい。
気に入った様子に気づいたのか、キツハは
「お買い上げありがとうございました。タクシーをすでにお呼びしましたので、ホテルまではタクシーでお越しください。それと……代金の方ですが、給料からすでに天引きされていますのでご心配なく♡」
「え?これヴァルキューレ持ちじゃなi『運転手さん、プルマン・リミナリティ・ホテルまでよろしく!それじゃあ、またね?サキョウちゃん!』」
外に出てタクシーに乗ろうとした私に向かってとんでもない爆弾発言をしたかと思えば、さっさとタクシーに押し込んで運転手に目的地を告げると、さっさと行ってしまった。
ホテルは思っていた通り、トリニティの名門らしく豪華なつくりだった。しかしながら長い時間列車に揺られて、さらに心臓に悪い体験をしたからか疲れてしまった私はホテルマンのロボットのいうことも半分にさっさとベッドに入って寝てしまった。
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「……疲れた……」
朝目が覚めると私は、いつの間にか運ばれていた豪華な朝食を前にため息をついた。
「お疲れですか?お嬢様。でしたらこちらのスターゲイジーパイはいかがでしょう?見た目こそあれですが食べると炭水化物と魚のタンパク質の相乗効果で朝から元気になりますよ?」
「いえ、お気遣いなく。ではこちらのパンと果物だけいただきます。ありがとう」
挨拶もそこそこに詰め込むと、ロボットたちをみんな追い出して昨日もらったモーニングを着た。
左手にはステッキ、右手にはトランク。そして頭にはシルクハット。
おおよそ警察官とは思えない姿でホテルを後にすると、タクシーを呼んで駅に直行した。
トリニティ・リミナリティ駅にはすでにプルマン社のオリエント急行が止まっていた。前世にも同じようなものがあったが、まさかこの時代に汽車で引っ張るとは趣があって素晴らしい。
ホームで客車の番号とチケットの番号を見比べていると不意に背後から、
「そこのご麗人、ちょっと宜しいかしら?」
と声をかけられた。
振りかえるとトリニティの……確かティーパーティーの制服を着た生徒。
「ええ、なんでしょう?」
「実は困ってしまいましたの。わたくし実は、この列車に乗る予定なのでしたが
彼女は私の持っていたチケットを盗み見ると、
「二等車よりもご麗人ならばきっと一等車の方がお似合いになられますわよ?二等車なぞ平民が乗るもの。ご麗人はきっと高貴な方と確信いたしましたわ。だってシルクハットにそのコート。マジェスティ・テーラーのものですよね?
上目遣いで見つめてくる彼女はさも恋をしているかのようにお願いしてくる。私はまだ中学一年生だぞ。
私はさも上流階級の人間のようににっこりと笑うと、
「お気遣いどうも、レディ。でも私はこれで十分です。あなたのお席だったものを私が座って汚すわけにはいきませんからねえ」
そういうと彼女はムッとしたように
「あら、そうでしたら仕方ないですわね。このチケットは捨ててしまうことにいたしましょう。それじゃあごきげんよう、
そういうとビリビリとチケットを破り捨て、スタスタと歩き去ってしまった。
なんてところだ…トリニティは…
唖然として彼女を見送ると、私は二等列車に乗り込んで一路、トリニティ総合学園の本丸に乗り込むのだった。
杉下サキョウさんは、仕事の時は杉下右京さんみたいな口調、オフの時はサキョウちゃんになります。
キツハさん怖い……ちなみにですが、あの紅茶には睡眠薬が入っていて、飲んでしまうと一晩キツハさんの寝床で眠ることになります。他にもデメリットはありますがここでいうまい……
サキョウちゃんは中学一年生ですが、内面が成熟しているので雰囲気は普通に貴族みたいな感じになっています。だって、ねえ……杉下右京を目指していた人が礼儀正しくないわけがないですよねえ……
ちなみにですが、チケット作戦を実行してきたティーパーティーの子は結構ガチ目に「この人かっこいい……」となってます。
なんやこのサキョウとかいうやつ。女たらしやんけ!!
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