冥様の為なら死ねる   作:ミズアメ

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第三話 冥様と呪胎退治? -弐-

 式神――三体の『苦利伽羅(くりから)』を連れ、禪院甚弥は呪詛師へ接近を試みる。

 

 当然、敵意で以って主に近付く存在を、彼の式神が許す訳がない。犬神『斑尾』は大腿部の筋肉をはち切れんばかりに漲らせて、力強く跳躍。獲物を迎え撃ちその喉笛へ牙を突き立てるべく、大きく顎を開いて接近する。

 白い獣の威容が、高山の大気を切り裂く。

 弾丸の如く迫る、狂犬の爪牙。

 甚弥は意図して下肢から体勢を崩し、地面の上を滑る。そして斑尾の腹の下を搔い潜ると、勢いを殺すことなく、立ち上がりと再走を一動作の内に実行。岩山の山頂という足場の悪い環境だが、全く危なげな様子を見せることなく。瞬きの間に間合いを詰める。

 

 式神使いは本体を叩くのが定石。

 

 拳に呪力を込め、甚弥は呪詛師・山本嗣郎に渾身の殴打を繰り出した。

 

⦅―――グルォォオオ!⦆

 

 怒りの形相で、主の敵を睨む斑尾。彼は直ぐにでも主の許へ参じようとして――しかし、阻まれる。

 頭を狙って振り下ろされた極大の刃。

 この場にいたもう一人の敵。冥冥の強襲。それを臭いと直感によって察知した斑尾は、寸でのところで斧を躱す。そして煩わし気に目を細め、冥冥を睨んだ。

 

「悪いが君の相手は私だよ、犬神」

 

 地面を叩き割った斧を軽々と持ち上げて、冥冥は飄々(ひょうひょう)(うそぶ)く。

 ―――強い。

 斑尾は目の前の女を排除すべき脅威と認め、正面から相対した。そして下肢で上体を持ち上げ二足歩行に切り替え、獣人を思わせる態勢で油断なく爪を構える。

 仕掛けたのは斑尾だった。

 左右の爪を時間差で叩き込む連撃。冥冥は斧の柄でこれを防ぐ。―――片手で持ち、力は最小限に。左の一撃を受け、反対に斧の石突側が跳ね上がる、これを利用して、敵の二撃目を凌いだ。

 同時に、冥冥は片足を翻して反転。

 そして外していた左手を沈み込んだ斧の側に添え、下肢の踏ん張りと腰の捻りを動力として、がら空きになっている斑尾の腹へ分厚い刃を捻じ込む。

 

 ―――浅い。

 

 斧の刃は、数ミリ食い込んだところで止まった。精々が薄皮一枚斬った程度で、肉どころか脂肪の層まで届いているか怪しい。

 

(獣の毛皮に対して、刃物では相性が悪い……とはいえ)

 

 斑尾の爪が、懐に入り込んだ冥冥に迫る。

 冥冥は無理やり斧を振り抜くと、勢いを利用して腕の下を潜り抜けた。

 

(今の感じからして、体毛の一本一本が針金のように硬いのか。これは迂闊に触れる訳にはいかないね。甚弥を術師の方に回して正解だった)

 

 追撃として振られる尻尾を、上体を仰け反らせることで躱し、そのまま何度か後転。敵から数歩ほど離れた、一先ずの安全域まで退避する。

 

 犬神は式神であると同時に、呪物でもある。

 その等級はどんなに厳しく見積もっても1級以上に相当する。牙や爪はもとより、その体毛ですら、生物にとっては強烈な毒として作用するだろう。

 この犬神を拳で殴れば、まず間違いなく体毛が肉に刺さる。

 そうなれば詰みだ。反転術式を用いての毒の治癒は至難を極める。原因物質の特定や、それを取り除くために、より高度な反転術式の使用を求められるからだ。

 何より甚弥には、“()()”がある。

 総じて、徒手空拳で戦う甚弥では、あまりにも相性が悪い。斑尾は、冥冥が倒さなければならなかった。

 

⦅グルゥァアアア!⦆

 

 四肢を突き、冥冥に向けて尻尾を突き出す斑尾。

 呪力が膨れ上がるのを、冥冥は見逃さなかった。

 

 呪力が爆ぜると同時、逆立った斑尾の尻尾の毛が弾丸も同然に射出される。

 

 広範囲に飛び散る毒針。遮蔽物がなく、足場の悪い環境だ。回避することは出来ない。

 

 その筈が―――

 

 ―――カァ! カァ! カァァァアアアア!

 

 山頂に轟く、数多の烏の悲鳴。

 十数羽もの黒い骸が地面に落ちる。毒を受けたことで吐瀉物を撒き散らし、ピクピクと痙攣していた。

 

「―――私の術式は黒鳥操術。文字通り、(カラス)を操れるのさ」

 

 ―――カァ! カァ! カァ! カァ! カァ!

 

 生き残った烏は数羽。両手の指で数えられる程度の数だけ。

 しかし、黒鳥は一秒が過ぎる毎に、その数を増やしていく。

 

「お察しの通り、戦闘には不向きな術式でね。人間以外の動物が持つ呪力は微弱だ。術者である私が呪力で強化し操ったとしても、大した戦力にはならない。でもこうやって、即席の壁や目晦ましとしてなら使える訳だ」

 

 何より特筆すべきは、その術式対象に指定できる数と効果範囲。

 石鎚山周辺に生息する全ての烏が、彼女の術式の支配下にある。

 

 夥しい数の黒鳥の群れが、斑尾に襲い掛かる。

 もしも斑尾がただの犬や低級呪霊だったなら、これで決着は付いただろう。だが、そう簡単に事が済むようであれば苦労はない。

 

 所詮は烏。

 文字通りに烏合でしかないのだ。

 

⦅―――――グルォォォオオオオオオオオオオオオ!!⦆

 

 咆哮と同時に、斑尾は全方位に呪力を放射した。

 強烈に呪力を叩きつけられ、ほぼ全ての烏が死亡する。

 冥冥は顔色一つ変えない。

 

「皆、ありがとう。時間稼ぎご苦労様」

 

 即行で肉薄し、振り被った斧を全力で叩き付ける。

 斑尾は咄嗟に後肢で立ち上がると、人の手に近い構造をしている前肢を駆使して、斧を白刃取りする。そして首を伸ばして冥冥に噛み付こうとするが―――

 

⦅―――ガァァア!⦆

 

 予期せぬ邪魔が入った。

 烏の突撃を受けて、斑尾が吹き飛ばされる。全くの不意打ちだ。ありえない事態に混乱し、受け身を取るのが遅れる。斑尾は無様に岩山の上を転がってから、驚愕の形相で首を巡らせた。

 

「私は強くなるため、自らの弱い術式と向き合った。その過程で辿り着いた解答の一つが―――この子だよ」

 

 そう言って、冥冥は自身の傍らに降り立った烏の頭を撫でた。

 その烏の体躯は、二メートル以上あった。

 飛行可能な世界最大の鳥類であるアンデスコンドルの倍近い大きさ。顔付きは厳めしく如何にも骨太。嘴と鉤爪は、通常の烏と比べて異常に鋭く長く発達している。更には4級呪術師相当の呪力を全身から漲らせていた。

 総じて怪物と呼んで差し支えない姿だが――何よりも驚くべきは、それが式神や呪霊ではなく、歴とした実体を持つ本物の鳥であるという点だろう。

 

「烏が弱いのであれば、強い烏を生み出せばいい――競馬の馬主なんかは、より速く走れる馬を作るために、走力や持久力の高い種の馬を複数種類、何代にも渡って交配させたりするだろう? 私はその技法に着目したのさ。

 強く大きい種の烏達を、呪力で強化し、特別な呪具を交えた上で、何世代にも渡って遺伝子交配させる。その結果――生まれた子の一つが、この子()という訳だ」

 

 その名を『羅刹烏(らせつう)応身(おうじん)交雑種(こうざつしゅ)鴉鴉(があがあ)』。

 

 羅刹烏とは、仏教の迦楼羅がスリランカ神話に取り込まれた際に、魔なる者として貶められた姿を指す造語。そして応身とは、この世に現れた仏の身体を意味する。

 

 それが更に三羽、この場に現れた。

 

「フフフ。備えあれば憂いなしとはよく言ったものだね。―――さて、仕切り直しだ」

 

 ―――ガァァアアア!

 

 主の命に答え、異形の烏達が咆哮する。

 そして素早く空へ飛び上がると、斑尾に襲い掛かった。

 

 * * *

 

 式神使いは近接戦闘に弱い。

 術師が行う通常の呪力制御だけではなく、式神の操作にまで意識が割かれるため、呪力の流れが読み易く、動きが単調になりがちな傾向がある。それに強力な式神を持つ術師であれば、そもそも術師本人が戦う必要がない。故に驕りから近接戦闘そのものを軽視し、格闘技全般を不得手とする場合が多いのだ。

 呪術師・禪院甚弥と、呪詛師・山本嗣郎は共に式神使い。

 

 その二人の戦いは、実に熾烈を極めていた。

 

 大きく拳を振り被り、踏み込みと同時に打ち込む。

 嗣郎は呪力で覆った腕を交差させて、防御した。しかし衝撃を殺すことが出来ず、靴底が地面の上を滑る。

 間を置かず、甚弥は追い打ちをかける。

 再び右拳を打ち込む――と見せかけて、左のショートジャブを連打。腹と肩を打つ。そして防御を崩したところで、今度こそ右の突きを叩き込んだ。

 

 しかし―――

 

 寸でのところで、首の動きだけで拳を回避する嗣郎。それだけでなく、彼の手が、振り抜かれた甚弥の右手首の袖を握っていた。

 反対の手は、襟を掴んでいる。

 

 柔術によって、嗣郎は甚弥を地面に叩き付けた。

 

「痛―――ッ!」

 

 強烈な痛みが背中を焼く。

 悲鳴を上げる間もなく、嗣郎の追撃が来る。彼は甚弥の頭を蹴り飛ばそうとするが――()()()()()()こと、そして甚弥が受け身を取って即座に態勢を立て直したことで、一旦の仕切り直しを余儀なくされた。

 

(こいつ、白兵戦に慣れてる―――!)

 

 舌の根に湧く苦いものを飲み下し、甚弥は呪詛師を睨み付けた。

 式神使いは近接戦闘に弱い――というのは、あくまで傾向の話である。嗣郎のように白兵戦もこなせる式神使いもいる。だがこうも、白兵戦に長けた自分と同等以上の戦いを繰り広げられると、驚かずにはいられなかった。

 

「チッ」

 

 一方で、嗣郎もまた攻めあぐねていた。

 空中をふらふらと彷徨っている甚弥の式神、苦利伽羅。

 積極的に攻撃を仕掛けてくる訳ではなく、ただ意味もなくその辺を漂っている。しかし――嗣郎が苦利伽羅を視界から外した場合、ソレは急に接近して襲い掛かってくるのだ。

 しかもその際、苦利伽羅の体躯は巨大化する。

 今は元の大きさに戻っているが、先程などは嗣郎の上半身をすっぽりと呑み込めるサイズにまでなっていた。それも、一体どういう条件なのか、攻撃の度に少しずつ大きくなっている。

 視界から外せば毎回必ず攻撃してくる――訳ではない、というのも曲者だった。恐らくは自律型の式神なのだろう。行動パターンが読み辛く、対処が難しい。

 

 かと言って、排除もできない。

 

 どれだけ強く呪力を込めた攻撃を食らわせても、ポンポンと毬のように跳ねるだけで、苦利伽羅には全くダメージが入っていない。

 恐らくは――自律型であり、戦闘に積極的でなく、更に攻撃能力を低く設定する“縛り”によって、式神を破壊されにくくしているのだろう。仮に斃せたとしても、追加で新しく召喚できる可能性が高い。無論、その分術師は消耗するだろうが、それとて微々たるものだろう。

 排除は出来ないが、さりとて意識から外し過ぎると手痛いしっぺ返しを食らう。

 それが三体。

 事、煩わしさに関しては随一であるといえた。

 

「……意外ですね。貴方はもっと、正々堂々と戦うタイプだと思ったのですが」

「ハッ――卑怯、なんて言うつもり?」

「いえいえ。私には丁度いいハンディキャップですよ。呪術高専のお嬢さん」

「口の減らない奴―――!」

 

 殴り掛かる甚弥。

 防ぐ嗣郎の表情が、僅かに歪む。

 

(なんて呪力量だ――防御(ガード)の上からでも、確実にダメージを負わされる……!)

 

 じん、と痺れる腕。

 何度も受けていれば、まともに動かせなくなるだろう。

 

(斑尾はあっちの女の相手で手一杯。……となれば。速攻でこの女を始末する―――!)

 

 地面を駆け、凄まじい勢いで甚弥に接近する。そして、全力で殴り掛かった。

 俊敏に。絶え間なく立ち位置を変えつつ、殴打と蹴撃の連打を見舞う。そのあまりの速さと鋭さに、甚弥は防戦を強いられた。

 苦利伽羅については完全に無視している。

 甚弥の苦利伽羅は、その愚鈍な見た目通りに攻撃速度も鈍い。故に高速で移動していれば無視しても問題ないと、嗣郎は判断した。

 

「ハッ! 舐めるな―――!」

 

 迎撃する甚弥の右ストレートに対して、嗣郎はカウンターで左拳の縦拳を打ち込む。

 頬を打った拳を――甚弥の左手が捉えた。

 

「しま―――」

 

 己の失策に気付いた嗣郎が悲鳴を漏らす。

 甚弥は掴んだ左手を起点に相手の態勢を崩し、胴体をも捕捉する。その状態から足を払い、嗣郎の体を宙に浮かせた。―――そこから炸裂する甚弥の投げ技。空中で敵の態勢を上下反転させ、脳天から地面に叩き落とす。

 

 呪力による防御は間に合わなかった。

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