冥様の為なら死ねる 作:ミズアメ
そうだ。
ピザやけ食いしよう。
思い至ったなら善は急げだ。チラシを掻き集めて、片っ端から注文しまくる。お金のことは考えない。クレジットカードをフル活用して、未来の自分に全ての負債を押し付ける。
しかし注文を終えたところで気付く。
呪術高専には天元様の結界が張ってあるので、基本的に一般の方は入ることができない。出入りが許されている業者は極僅か。なので自販機の整備やら、商品の補充やらで苦労していたりする……なんて間の抜けた事情があったりする。
そして間の悪いことに――現在、私は石鎚山で負った傷が原因で、呪術高専の保健室で寝たきりの生活を送っている。
このままではピザを受け取ることができない。
どうしたものか……と首を捻っていると、ちょうどいいところに歌姫が現れた。
「お見舞いに来たわよ、甚弥……―――なに?」
―――紆余曲折を経て。
歌姫はピザ三枚を対価に、快く受け取りの代わりを申し受けてくれました。
いやぁ、持つべきものは心優しい学友だね!
という訳で、程なくしてピザ到着。
「アンタ……どんだけ食う気よ……ッ!」
律儀にも二十二箱ものピザを抱えて帰ってきた歌姫。
熱気と疲労のせいか、滝のように汗を流している。ぜいぜいと肩で息をして床に座り込み、こちらを射殺さんばかりに睨みつけていた。
「ご苦労様、歌姫。はいこれ、飲み物」
「なにこれ……オレンジジュース?」
「ポンジュース。愛媛のお土産といえばこれでしょ。―――あっ、そうそう! 空港に蛇口からポンジュースが出てるオブジェがあってね、面白かったから写真撮るついでに買ってきたの。あと一六タルトもあるわよ!」
「タルト? これロールケーキじゃない?」
「愛媛でタルトっていえばコレなんだって」
「ふぅん……じゃあモナカに乗ってるケーキのことはなんていう訳?」
「知らない」
「アンタね……別にいいけど……」
雑談を交えながらピザに舌鼓を打つ。
その内、悟や硝子もやってきた。
四人でアツアツのピザを食べていると―――
「―――で。甚弥のその頬。ソレ、冥さんにやられたの?」
「違いますけど?????」
半ば食い気味に否定する。
「おまっ……五条! 訊き難いことをそんなズケズケと……!」
「ただでピザ食わせて貰っといてさ、優しさってもんがないですよね~コイツ。私も気まずくって訊けなかったっていうのに」
「うっせーな、二人だって気になるだろアレ! 見ろよあの傷! あんなに腫れてんだぜ、ただコケただけじゃああはならないじゃん! だったら冥さんに殴られた以外になくない? 甚弥が一体なにやらかして殴られたか気にならない?」
「そりゃぁ、まあ……」
「気にはなるけど、そんなのこの場で教えてくれる訳ないじゃん。こっそり訊いて、それからメールとかで拡散しないと」
「いや、違いますけど? これは冥様に殴られた訳じゃないんですけど?????」
というか硝子、発想がエグいな……そんなことされたら私泣いちゃうんだけど……?
自分用のポンジュースを喉に流し込んで一息吐いた後、好奇心に目を輝かせる同級生と後輩達に説明する。
「……ほっぺの傷は、アレよ。甚爾……兄貴に殴られたのよ」
身体中の打撲は嗣郎とかいう呪詛師に負わされた怪我だけど。この二倍近く腫れ上がった頬は、紛れもなく我が兄――禪院甚爾の仕業だった。
……いや、そういえば。
今は婿入りして姓が変わった、とか何かで聞いたかな……?
「そりゃまた、なんで?」
「……さあね。呪詛師にでも転職したんじゃない?」
「よくわかんないけど、つまりDVってこと? ハハッ、ウケる」
「
とはいえ、こちらも会話のネタにでもしてなきゃやってられないのだ。
なのでピザをかっ食らいつつ、愚痴を零すことにする。
「ホント、嫌んなる。甚爾には昔からよく殴られたし、金を巻き上げられることも多かったわ。たぶん、通算で百万以上飛んで……―――うわっ、思い出したらなんか気分が悪くなってきた……」
「胸焼けじゃなくて?」
詰み上がった空箱を見上げて、歌姫が呆れた風に突っ込む。
私は無視した。
「しかも今回は冥様が見てる前であんな身内の恥を晒したもんだから、もう悔しいやら情けないやらで……穴があったら入りたい……今も顔こんなだし……もしも冥様が予備の
「ああ、それでピザやけ食いしてんのね」
合点がいった、とばかりに手を打つ悟。
そうだよ……お前が今食べてるチョコパイみたいな激甘ピザも、私の涙と恨み辛みと自暴自棄な心の結晶なんだよ……よく噛んで味わって食えよ……。
「ってか、やっぱ身内なんじゃん」
「うるさい。言葉の綾よ」
「しっかし分かんないなぁ。甚弥って強いじゃん。禪院家の中でも上澄みの方でしょ? 次期当主候補だったらしいし。なのにやられっぱなしなワケ?」
「分かってないのはアンタの方よ五条。私の実力じゃ甚爾の足元にも及ばない。あの人、その気になれば一人で
「―――――へぇ。そりゃおもしろい」
真っ黒なサングラスの奥で、ギラリと眼を輝かせる五条悟。
彼は、呪術に関わる者ならば誰もが知る『最強』だ。
その実力は、現役の呪術師である歌姫だけでなく、呪術高専入学前の硝子ですら知っている。現に私の評価を聞いた二人の表情は、実に胡乱だった。
「……あんまり聞きたくないんだけど。それってどんなゴリラな訳?」
「歌姫も人の兄貴に向かって随分なこと言うわね!? ……まあ端的に言えば、天与呪縛――フィジカルギフテッドの究極系かな。呪力が完全に零な代わりに、物凄く身体能力が高いの。それこそ殴られただけでこうなるくらい。もし全人類で武器無しで殴り合う競技があったら、間違いなく甚爾が一等賞になるわね」
言って、左の頬を指差す。
歯は折れていないし、頬骨も無事。ただの打撲。
だけど苦利伽羅の治療と並行して硝子の反転術式で可能な限り治して貰っても、完全には腫れが引かない。
それほどの重傷。
本気で殴った訳ではないだろうけれど――だとしたら間違いなく顔がなくなってる――さりとて別段手加減をした訳でもない。下手をすれば、十分に致命傷に届いたであろうダメージを私は負っていた。
私は反転術式が使える。
生み出した正のエネルギーのアウトプットが可能で、硝子と同様に、呪術高専では他人の傷を治すことが多い。
しかし、私は自分が負った傷は治さない。
何故なら、そうすることによって反転術式の出力と効果を大きく底上げしているからだ。
自分自身は治さない――という、“縛り”。
我ながら馬鹿みたいな“縛り”だとは思う。だけどその馬鹿みたいな“縛り”のお陰で、絶望的な怪我を負った誰かの命が助かっているのだ。だったらそれでいいと、私は納得している。そもそも呪術とは、呪いから非術師を護るためにあるのだから。
おかげで冥様の役にも立っている。冥様になら救急箱扱いされるのも苦ではない。
それに、抜け道が無い訳じゃないしね。
式神術と結界術を応用し、拡張術式で私が生み出した自律型の式神――『苦利伽羅』。
この子は私と同様に、反転術式の正のエネルギーを生み出し、それをアウトプットすることが出来る。とはいえ出力は超微弱で、応急処置程度の役にしか立たないけれど――式神とはいえ自律しているため、苦利伽羅による治癒は、私の『自分自身は治さない』という“縛り”に抵触しないのだ。
今、苦利伽羅は私の頭に噛み付いている。
流れ込んでくる正の
まあ、それは兎も角、今は甚爾だ。
「……甚爾は呪力が無いことが原因で、禪院家じゃかなり酷い扱いを受けてたからね。それで家を飛び出しちゃって、あとはそれっきり……だったんだけど……」
この前山で会った時の状況からして、今は呪詛師紛いのことをして生計を立てているっぽい。
……大丈夫かな。
元気なのは間違いないみたいだけど。
私はそっと、自分の顔を指先で撫でる。
腫れを除けば――そこには、鼻筋を通り、顔面を横断する縦横の傷痕があった。
私が生まれた禪院家は、はっきり言ってクソだ。
呪術師に非ずんば人に非ず。そんなふざけた侮言が家訓も同然に扱われている。あの家では禪院家相伝の術式を持たずに生まれてきた者は落伍者扱いで、呪術が使えない者となれば人権などないも同然だ。
相伝の術式を継いだ呪術師であろうと安息はない。常に次期当主を巡る呪いと権謀術数が渦巻いている。
私もそれが原因で殺されかけた。
―――甚弥。
―――俺と一緒に、ここから出て行く気はねぇか?
……あれは、いつの出来事だっただろうか。
ふと、甚爾からそんなことを訪ねられた覚えがある。
その時は断った。甚爾なら、私がいなくても一人でやっていけるだろうと思ったから。でも禪院家には、反転術式が使える私が必要不可欠だった。だから家に残った。
だが今となっては、その選択が正しかったのかどうか、私には分からない。
禪院家が欲しかったのは便利な救急箱であって、私という人間ではなかった。……それは甚爾も同じで、私を誘ったのも反転術式が目当てだったのかもしれない。何もかもが理不尽で、分からないことだらけだった。
甚爾が家を出てから、何年か経ってからのことだ。
月のない昏い夜。
私は、闇討ちを受けた。
刀で顔面を何度も斬られ、更に全身を斬り刻まれた。その時に受けた痛みより――私は、私自身に向けられる悪意が怖かった。
覆面で顔を隠した、黒装束の男。
あの男から私に向けられた、煮え滾るような怒りと、背筋が凍えるような殺意の冷たさは、今も忘れられない。
顔面の傷は、今もくっきりと残っている。
あの男が一体誰だったか――そんなことはどうでもよかった。
ただ、あの家にもう私の居場所はないのだと痛感した。だから必死で逃げた。荷物なんて何も持たず、着の身着のまま逃げて、逃げて逃げて逃げ続けて……―――そして、現在に至る訳だ。
「―――とにかく。総合すると、呪術師の家系なんてクソってことね」
「着地点そこでいい訳? まあ、
私と悟が共感し合う一方で、女性陣二名はかなり引き気味だった。
「あー、なんか場が重いんで話変えますね。ところで冥先輩はどこですか? 四年の教室? それともどっか出かけてます?」
「なんで私に訊くの?」
「甚弥先輩なら知ってると思って。ほら、甚弥先輩って冥先輩のストーカーじゃないですか」
「……………………」
「頼むからそこは否定しなさいよ……」
「黙り込む辺り、なんか反応がリアル過ぎてキショいな……」
口々に言いたい放題言われるが、無視した。
とはいえ、答えられることでもない。
冥様の居場所なら当然知っている。だが今の彼女は隠れ家にいて、失った『羅刹烏応身交雑種』の補充と更なる研究・開発を行っているのだ。
それ自体は呪術規定に違反する訳ではないが、さりとて褒められた行為でもない。
主に倫理的に。
なので他言は無用。
それに―――
―――このことは誰にも言ってはいけない。
―――二人だけの秘密だよ?
憧れの人から耳元でそう囁かれて喋っちゃう奴いる!? いねぇよなぁ!!
兎にも角にも、雄弁は銀、沈黙は金という。
冥様なら迷いなく後者を選ぶだろう。なので私も斯く在ろうと思いました。まる。
「……ところでさ。前から思ってたんだけど。甚弥のその式神、めっちゃ不細工だよね」
「なんだとぉ……!」
「やめなさいよ五条。その辺りに触れるとコイツ、凄く面倒臭くなるんだから」
「この間もうるさかったですもんねー」
ピザを頬張りながら他人事の歌姫と硝子。
そんな二人を置いて、私はヒートアップする。
「はぁ……はぁ……取り消せよ、今の言葉……!」
「ははははは! 断じて取り消すつもりはない! 夜蛾のおっさんの呪骸と同レベルのセンスだってソレ!」
「夜蛾先生の呪骸だってカワイイだるるぉおん!?」
「どこがだよ。っつーか、そもそもそれってなんなワケ? 鯰?」
「はぁ!? どう見ても龍でしょ!?」
「「「えっ……」」」
「やめてよ……みんなして……そんな反応されたら流石に傷付くんだけど……」
自分で言うのも何だけれど、すっかり拗ねてしまった。
私は頭に噛み付いていた苦利伽羅を胸に抱えて、皆に背中を向けて丸くなる。
「あーあ、言わんこっちゃない」
「五条のせいよ。責任持ってなんとかしなさいよ」
「はあ? 知らねぇよそんなの。女子ってめんどくさ」
圧を掛けられても気にした様子もなく、悟はお土産のタルトを食べる。
歌姫と硝子も、特に私へのフォローはなかった。
ああ……私の味方は夜蛾先生と冥様しかいないのか……。
しょぼくれた顔でのっそりと起き上がり、私は冷めたピザを口に押し込んだ。
【基本情報】
名 前:禪院 甚弥(ぜんいん やすみ)
年 齢:17歳
誕生日:5月28日
等 級:4級呪術師(元特別1級術師)
出身地:京都
術 式:■■■■
趣味・特技:早寝早起き
好きな食べ物:無し
苦手な食べ物:無し
ストレス:禪院家
好みのタイプ:冥冥
【メ モ】
外見はチェンソーマンのヨルみたいな感じのイメージ。
呪術高専の制服は軍帽にダブルのトレンチコート、ズボン、編み上げのショートブーツと軍服風のデザイン。