さっきから――
「――どう? 美味しい?」
カフカさん用に作った愛情たっぷりフレンチトーストを口いっぱいに頬張りながら、
むぐっむぐっと、うなずくお子ちゃま。
「ふふっ、そう、よかった。まだいっぱいあるから」
むちゃくちゃ穏やかな眼差しで、それを見つめるカフカさん。
――そう、さっきからだ。
ブリーフィングルームにいた謎のお子ちゃまは、俺の持っていたトレーから漂う匂いに気づいたのだろう。
すぐに、くんくんと鼻を鳴らしながら、近寄ってきた。
俺は「待て待て、お前のじゃねーから」とトレーを頭上にやりながら、かといって流石にこのくらいのおチビだと
起床されたであろう救世主カフカさんが挨拶と共に降臨された。
命を狙われたことに加え、多少なりともポチ兼カフオタ検定1級兼仲間として生活してきた今の俺ならばわかる。
カフカさんはお仕事モードのときは容赦なくぶっ殺しにくるバリ
とにもかくにも、入室するなり、俺の足下でどうにかトレーに手を伸ばそうとぴょんぴょん飛び跳ねていたお子ちゃまをカフカさんは認識した。
そして、ゆーっくりにーっこり笑みを浮かべると、俺に視線を移すなり、開口一番こう言った。
「――冗談は嫌いよ」
底冷えのする言葉とともに
――で、現在はこの有様である。
「ほら、よく噛まないと。仕方ないわね。私が食べやすく切ってあげる」
さっきから、かいがいしくお子ちゃまの世話をしているカフカさんを見ていると、存在しないはずの記憶が止まらんのだけど。
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「――ふふっ、あ、パパがこっち見てるね?」
「おう、ごめんごめん、あんまり美味そうに食ってるからさ。どうだ、パパの分もいるか?」
コクッコクッとうなずく我が娘。さっそく俺の分のフレンチトーストを小さく切り、
フォークであ~んしてやろうとすると、
「あ~なんだかママも食べたくなっちゃった♪」
パクッとカフカが食べてしまう。
「おいおい。ったく、しょうがねぇなぁ、ママは」
それを見て取られたと泣き出してしまう娘に、
「ああっ、ごめんねぇ、ママが悪かったよ~、
でも一番悪いのはパパなのよ?
こ~んな美味しいご飯作ってくれるのが悪いんだから。ね~」
そうやって、二人してこっちを見ると、最終的に花が咲いたように笑うのだ。
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なにこれ。
え、なにこれ。
震える。脳が。
良すぎる。だろ。
練り上げられている。至高の領域に近い。
俺とカフカの間にハートしか飛び交ってないだろ。二人目いや家庭内サッカーチーム作るしかないだろ。
……どうしよ。このお子ちゃま。ひょっとして俺の子供だったのかな。なんかそんな気してきた。
そんな明るい家族計画はいったんさておき。
「つーか、カフカさんほとんど食ってないじゃないすか。俺のどうぞ。まだ手つけてないし、作ってるときに少し食ったんで大丈夫っす」
嘘である。まーサラダはあるから葉っぱ食って生きていくわ。俺、草食系だし。
そう言って、俺のフレンチトーストの皿をカフカさんの前に置く。
それをじっと見ていたお子ちゃまは自分のフォークに刺さった最後の一口分とカフカさんの顔とを何度も往復させると、やがて俺の置いた皿の上にそっとフォークを乗せた。
あ、なんかカフカさん震えているわ。どうやら未知の感情に戸惑っているご様子。
そして、少し迷う素振りを見せてから、恐る恐るといった感じで、お子ちゃまの頭をカフカさんは撫で始める。
なにこれ。尊い。
君たちと過ごす一秒一秒を動画にしないといけないじゃん。
愛はそこにあるんか? はァい! BIG LOVEはここにありまァす!
スマホを構えて撮影開始のボタンを押そうとした矢先、
「想定以上だ。素晴らしい」
「てぇてぇ異常だ。もう少しで尊死するところだった……」
「違うってば。この関係構築速度はどれと比較してもベストスコアってこと」
いつの間にか横の席にはエリオがいて、いつものようにワケのわからんコメントを残す。
自分の餌から顔を上げ、モンペッチまみれになった口元を舌でなめ回すと、
「前も言ったけど、未来はとてもデリケートなんだ。ゼインにもわかるようにたとえれば、列車が前に進んでるとしよう。そしてその先に分岐がある。2つのときもあれば100個以上にも進行方向が変わる。そして分岐を超えれば、次の分岐へと、そしてそのまた次の分岐へと、それが無限のように繰り返されて、ようやくたどり着くのが”未来”だ。じゃあ、たどり着きたい未来には、どう分岐をたどっていけばいいんだろうね」
「お前……口達者だな、ほんと。……どうしたんだよ、なんかあったか」
珍しくやけに
「”終焉”の
喉に絡まった毛玉を吐き出すように言って、一点――カフカさんの横のおチビを見据えながら、
「――1400万と606通りの未来を”視”てきた結果。その中の”最良”と”最悪”の未来。どちらにしても、彼女はぼくらにとっての
「1ミリ……いや2センチくらいしかわかんねぇけど、……とりあえず、あのお子ちゃまが迷子でお前が人さらい猫ってことだけはわかったわ」
もっしゃもっしゃとレタスを口に運びながら、横を見ずに俺は言う。それを鼻で笑いながら、
「何も聞かないんだね。ぼくが伝えたかったのは、要するに……ゼインはそのままでいいってことさ」
なんだ、急にその理解ある彼氏くん発言は。
てか、聞かないんじゃなくて、聞けないだけなんですけど。
たぶんこいつ疲れてんな。俺は懐に携帯しているちぇ~るのスティックを取り出し、モンペッチの上から追いちぇ~るしてやる。
「やめろやめろ。鳥肌たつべ。まぁその、なんだ……ごくろーさん」
はっはっ夢中でがっついておるわ。ヒトの英知の勝利だな。
「にしても、あのおチビなんもしゃべんねーけどさ。言葉話せねーの? あと名前は?」
「まだ話せないようだけど、その内覚えると思うよ。名前も……まだない」
俺とエリオの会話が聞こえたのか、カフカさんが反応する。
「そうなの? それだと不便ね」
むむとその美しいお顔のまま思案すると、
「――フランとかどう?」
フランとカフカってなんか作家っぽい。あとオサレコンビ感ある。
だが、お子ちゃまは全く反応示さず、水を飲んでいる。どうやらお気に召さなかった様子。
少ししょんぼりした空気を漂わせるカフカさん。おのれ、カフカさんに命名されるという至上の栄誉を
「ゼインは?」
「え、俺も考えんの?」
そこはカフカさんに花を持たせるべきと思ってたんだけど、わざとらしくエリオに振られ、巻き込まれてしまう。
お手並み拝見と言わんばかりの顔で、両の手の平を組んであごを乗せるお子ちゃま。絶妙に腹立つやっちゃな……。
「宇宙的に考えて、
片眉を上げられる。
「髪の色的に、アッシュ。じゃなきゃグレイ」
ないわーといった感じに、両肩をすくめられる。
段々イライラしてきたが、カフカさんも参戦してきた手前、大人にならざるを得ない。
「ロゼッタとかかわいいと思うわ。あとは、リラ・ルナ・ステラとか……」
ふるふる……と横ばっかで、全然こいつ首を縦に振らねーんだけど。いいだろーが。今のどれもヒロインぽいぞ。
うんざりした顔でお子ちゃまを見てると、
あっかんべーと目の下を引っ張って俺に反抗的な態度を取ってきやがった。
クッソ、かわいくねぇ。
「目だけは星みたいに綺麗なのによ……」
「それ!」
「ビンゴ」
カフカさんが両手を合わせ、エリオが肩をすくめる。
そして、その黄金色に輝く目を見開いているお子ちゃま。
そしてそして、置いてけぼりな俺。
「……ホシ?」
なんか犯人ぽくない?
「違うわよ。女の子なんだから、――
お子ちゃまは、そのカフカさんの言葉を聞いて、
ピョンと椅子から飛び降り、うおーーーと万歳してみせる。
どう見てもめちゃくちゃ気に入っています。
本当にありがとうございました。
こいつ大きくなったら、おもしれぇ女枠に入れられるんじゃないか?
まったく先が思いやられるわ。知らんけど。
とりあえず命名の儀が終わったタイミングでエリオが咳払いとともに切り出す。
「――さて、カフカくんにはこれからその”星”のお世話役を頼めるかな」
「それは構わないけれど、どうして?」
「”
押し黙るカフカさんに対し、エリオは続ける。
「すぐには無理かもしれないが、彼女は身体能力もある。実戦を通じて時に守り、時に常識や戦い方を教えてあげてほしい。ひとまず、今回はカフカくんと
げーーーーーー、まーたカフカさんと別行動かよ。
――良い日になると思ったんだがなぁ。と俺は卓上に突っ伏す他なかった。
★ ★ ★
気分は営業車に乗って、お得意さんのとこに行くときに近い。
ただその手段が車から宇宙艇に変わっただけだ。
”ねぐら”から小型宇宙艇に乗り換え、俺は一人、エリオの脚本に書いてあった『グラモス』なるあんまよく知らない星に向けて、銀軌をたどっていた。
「飲・も・う、スラーダ、不思議な夢へ~フンフンフ~ン~。Yeah めっちゃ年上~トキメキなLOVE希望~ Yeah ズキュンとFall in LOVE ブギウギでハグしたい~」
CMで流れていた曲のオリジナルメドレーなどの鼻歌を歌いつつ、
ひとしきり歌い疲れた俺はBGMなしもつらいので、銀河ラジオのチャンネルを『スターピースラジオ』に合わせる。
すぐに、人気DJのクリス・ヘップバーンの端正な声が聞こえてきて、どうやら銀河のホットなトピックを紹介しているところだった。
『――再び立ち上がった星穹列車の活躍にまた期待したいですね。続いては、リスナーの皆様はこんな噂を耳にしたことありますか?
なんでも近頃、銀河中の星核を狙う輩が現れたと。私も眉唾だったんですが、たしかに大なり小なり諸惑星のニュースを並べ立ていると――』
いや、それ俺たちだわ。ひえー噂になるの早すぎん? これこのまま活動してたら噂じゃなくなるだろ……と、かなりテンションが下がったところに、
――スマホの着信。
ん? このラブストーリーものにありがちな壮大なサビを持つバラード「エンダー」に設定しているのは、
「か、カフカさんから……着信……だと⁉」
これあれだ。しばらく当たり前のように一緒にいたけど、ふと一人になった途端、自分の本当の気持ちに気づいてしまったパティーンだ。知ってる。俺は詳しいんだ。
ついに俺も年貢を納めるときか……万感の思いです。ま、それか普通に今の放送聞いてたのかもしれないが、ええい、ともかくカフカさんだ。
テンションがVの字回復になり、電話に出ると、
「…………ポチくん…………」
めちゃくちゃ意気消沈した声がしてきた。そりゃこっちもうろたえるだろ。
「え、カフカさん、な、なんか……あったんすか?」
「……せいぜい、楽しめばいいんじゃない。何かあったら許さないから」
それだけのわずかなやり取りで通話終了。
嘘でしょ……課金しないとこれ以上はお話しできないやつ?
てか、何があったワケ。このわずかな時間でなんでこんなにもカフカさんの態度が変わってんの。
震えた手でスマホを見つめる俺に、
――それは聞こえた。
――そう、まるで、ボリボリとスナック菓子を食ってるような音だった。
「ええ待って、待って……」
思わず、身体をくの字に折る。
「嘘だろ……絶対アレじゃん……まじかよ…………もぉ~~~~~~~」
頭を抱える。
絶対振り返りたくなかった。
絶対振り返りたくないのに、
……振り返らないわけにいかないじゃねーか。
ゆっくりと、
神様お願い!
勘違いであってと祈りつつ、
意を決して後ろを見れば、
ギクッとした顔をしながら、
後部席でスナック菓子の袋に手を突っ込む
――お子ちゃまがいるのだった。
<謝罪>
前話にて「た、たまらんち」という文言が「た、たまちんち」の状態で投稿されておりました。
若気の至りだから容赦してほしいとはいえ、
普段から目を皿のようにして誤字チェックをしているのにも関わらず、
このようなほぼモロ出しという恥ずべき痴態を起こし、宦官の至りです。
この度ははみちんをしてしまって誠に申し訳ありませんでした。ちん謝。
以後、このようなことはないように気をつけます。