ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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#19 ”Over Omega”

 

 

 ――どのくらい、時間が経ったんだろう。

 

 がらんとした部屋。

 

 知らない、部屋。

 

 2つの椅子と、何も映らないモニター、ただ1つだけあるベッドの上で膝を抱えて、ただひたすら待っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの時、

 

 

 

 真蟄虫(スウォーム)聖母(マザー)に対して、一撃を放った瞬間、あの人は意識を失って……とっさにあたしが(かば)おうと抱きかかえて、

 

 ――守らないと!

 

 身体が勝手に動いて、エネルギーの奔流(ほんりゅう)に逆らうためにSAMの出力を限界まで上げて、警報(アラート)内部画面(インナービジョン)を埋め尽くすくらい表示されても、叫び続けて、身体中の微細因子(ナノマシン)が発光し始めて、SAMに翼が生えて……それで、今度は制御ができなくなって、結局、全てが熱と光に染まって、

 

 ――あたしも気を失った。

 

 

 そしてたぶんその後に、1回だけ、意識が浮かび上がって、ぼんやりした視界の中で、誰かの声がたくさん聞こえて、

 

 

「――ゼ――死ん――う!」

「――大――脚――手は――あるわ――」

「な――ど――――それで、私――――」

 

 何かを言わないといけないと思ったけど、口が上手く動かなくて、

 

 それで、また意識が遠のいていく時に思ったんだ。

 

 

 

 

 ――ああ、これが、死、 

 

 

 

 

 でも、

 

 そうはならなくて、

 

 

 次に目を覚ましたら、このベッドの上に一人で寝ていた。

 

 ――あたし、死んだ、の?

 

 ――グラモスは?

 

 ――あの人はどこに?

 

 質問ばかりが浮かんだけど、答えを教えてくれる人はどこにもいなくて、かといって外に出ようとしても部屋の扉はロックがかかっていて、扉ごと壊そうか迷ったときに、

 

 床にカードが落ちていたことに気づいた。

 

 

 ”大人しくしていること”

 

 

 カードにはそんな文字と……たぶんだけど、ビデオ資料で見たことのある猫っていう生き物の肉球のマークみたいのが()されていた。

 

 どうしようかと思ったけど、なんとなくその言葉に従った方がいい気がして、あたしは悩んだ末にベッドに戻った。 

 

 

 

 ――それから、こうしてずっと膝を抱えて考えている。

 

 本当にあのグラモスの戦場は本当だったのかな。

 

 どのくらい時間が経ったのかわからないけど、何もかもが、遠い日の出来事のようにすら思える。

 

 あたしは夢を見たことはないけど、もしかしてあれがそうで、今に至るまでの何もかもがひょっとしたら、夢だったんじゃないかと思う。

 

 どうなんだろう、もしかしたら……そう思いたいだけなのかもしれない。

 

 でも、そうなると、あの言葉、

 

 ――今度こそ、一緒に働こうぜ。

 ――お前が必要なんだ。

 

 あれすらも、

 

 

 その時、

 

 

 ロックがかかっていた扉が開いた。

 

 

「ハーイ、お加減はいかが? グラモスの道化師(ピエロ)ちゃん」

 

 

 そんなことを言いながら、女の人が入ってくる。反射的に身構えて、あたしはSAMを――

 

 

()()():大人しく座って」

 

 

 ――呼び出す気がなくなって、

 

 立ち上がりかけていたあたしは、その言葉のまま、すとんと座ってしまった。なん、で、

 

「なに、を、したの――?」

「暴れてもらっても困るもの。一応、君も怪我人だし。何より――、私は話をしに来たの」

 

 そう言って、椅子をベッドの横までたぐり寄せて、腰を下ろして脚を組む。

 

 得体の知れない力を警戒しつつも、抵抗が得策ではないと思って、あたしは女の人の言うことに従う。

 

「まずはお互い自己紹介をしましょう。私はカフカ」

「……カフ、カ。あたしは、」

 

 言いかけて……あまりにも当たり前のことに気づく、あたしには、グラモス鉄騎兵として必要十分だった個体識別番号(シリアル)しかない。

 

 あるのは記号だけで、名前なんて不要だったから、ないんだ。

 

「AR-26710、かしら?」

 

 なんだ。バレてたんだ。なら、

 

「うん。それがあたしの個体識別番号(シリアル)。あたしには……それしかない、から」

「そう。それなら仕方ないわ。君は、グラモスで遺伝子操作により誕生させられた兵士――グラモス鉄騎兵団の生き残りってことでいいかしら?」

「そこまで知ってるんだね……」

 

 (うなず)くことしかできない。ただ気になるのは、

 

「グラモスはどうなった、の?」

 

 あたしの問いかけに、カフカは片眉を上げる。

 

「それは、——見た方が早いわ」

 

 言って、電源のつかなかったモニターがオンになる。

 

 

 ――最初に息を呑む音が聞こえて、それが自分の発していた音だったんだって遅れて気づく。

 

 

 モニターにうつっていた答えは、

 

 

 

 宇宙空間に漂う、

 

 ――真っ二つに割れたグラモスの姿だった。

 

 星の全容の後に、あたしたちが戦っていたはずの戦場に映像が切り替わる、ただでさえ荒れ果てていた大地の上には灰が舞い散っていて、数え切れないほどの同型(ナンバーズ)真蟄虫(スウォーム)の残骸が横たわっている。

 

 

 もう何も残っていなかった。

 

 

「――意外だわ。取り乱すかもって思ったけど、落ち着いているのね」

「……そう、だね」

 

 自分でも、悲しくて泣き叫ぶとか、怒って何かに八つ当たりするとかするべきなんじゃないかと思うけど、それは”すべき”ってことだから、なんかあまりにもあたしじゃないみたいで、いろいろな考えがめぐって、結局どう表現すればいいかわからなくなってしまう。

 

 ただどこかで、こうなる可能性を考えていたのかもしれない。

 

 あの人の撃ったあの極太光線の威力、中隊長――AR-3398の自爆プログラム、真蟄虫(スウォーム)聖母(マザー)の崩壊、それに誘爆された真蟄虫(スウォーム)たち、SAMの光の翼と暴走。

 

 あまりにも膨大な質量のエネルギーだったから。

 

「……あたし、あの時、死んだと思ったんだ」

「あら、それなら、せっかく助けたのに、今私の目の前にいるのは亡霊なのかしら?」

「あはは……そうかもね」

 

 守るべきものも守れず、帰る場所もなくなって、やがてロストエントロピー症候群という終焉(しゅうえん)が訪れるまで、当てもなくさまよい続けるしかないのだとしたら、グラモスの亡霊なんて言葉はおあつらえ向きなのかもしれない。

 

「——どうして、あたしを助けてくれたの?」

「深い問いね。私個人としては、君ははたして本当に助けられたのか、と思わないこともないけれど、そうね……1つはそういう”運命”だったから。もう1つは――ウチのポチくんを守ってくれたみたいだから」

「ポチ、くん?」

 

 たしか……ビデオ資料でペットの犬に対して飼い主が名前をつける際の標準(スタンダード)という入力(インプット)が心当たりとしてはあるけど……あたしはカフカのペットを助けた記憶なんてない、けど……。

 

 困惑するあたしの様子がおかしかったのか、カフカはくすくす笑うと、

 

「君は何もかもを失ったと思うかもしれないけど、失わないと得られないものがあった。同じように、君は助けられなかったものもあるけれど、君のおかげで助かったものもあるわ」

 

 それって、

 

 もしかして、あの人の――――

 

 

 

 

 

 

「もっとも、――ほとんど死にかけていたんだけど。そこはホラ、()()()に頼んでおいたの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    ★  ★  ★

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナツカシイ

 

 ナニカガ

 

 ヒサシブリニ

 

 メノマエニイルノニ

 

 コエモテモダセナクテ

 

 

 

 

 

 それが、ただ悲しくて、俺は――、

 

 

 

 

 

 

 知らない天井。

 

 ――ではなく、見覚えのある”ねぐら”の天井。

 

 とのその間に、もっと言うと俺の顔の目の前に至高の芸術品のようなオリエンタル美女おねーさんの顔があった。にしても目の前が過ぎるだろ。においでもかがれてるとかと思うぐらいの距離。なにこれ。なんなのこれ。サービス? どういう状況? ん? にゃるほど、そういうことね。

 

 察しましたよ。ワタシ。

 

 ははーん、

 

 ――まだ夢の中なんだ、これ。と、

 

 じゃいいや、こんな()(ぜん)チャンス逃すわけないぢゃん、えーい事故事故と、

 

 唇を突き出し、ちょんと顔を起こせば、

 

 

 

「――――っ」

 

 

 

 柔らかいわぁ。ああ夢って時々ほんとリアルだよね。こう、唇って特に敏感だからさ。うん、生々しいって最高よね。瑞々しいと言ってもいい、ほんのり梅の香りとかもしちゃったりしてね……、うん、あれれー、なんかすごい滝汗が出てきたけど、大丈夫かな俺、風邪引いちゃったかも、どうしよかっな、すいませーん、こんな状況からでも入れる保険ありませんか? どうしよう、目を開けられなくなっちゃったぞ。今からでも「ムニャムニャ、もう食べられないよぉ……」って言って、いびきかき始めるから、そういうことにしてくれませんか。保険の件てどうなってますか? まだですか? しまいには怒りますよ?

 

 チラッ、とだけ片目を開けると、

 

 さっきと変わらず、まったく同じ距離で見つめられていた。

 

「む、ムニャムニャ、もう――」

「おはようございます」

 

 目覚めの挨拶されちゃった。

 どうやら狸寝入(たぬきねい)りでごまかし作戦は、観念した方が良さそうだった。

 

「おはようございます。いい朝ですね」

 

 俺はパチッと目を開き、何事もなかったかのように、できるだけいい声を出して告げる。ごまかしに必死ですねとか言わないで、お願い。

 

 願いが通じたのか、すっと顔を離し、

 

2()()()()()を得たご感想はいかがですか」

「は?」

 

 ようやく身を起こせたと思えば、斜め上からの言葉を投げかけられる。

 

「2回目の生?」

 

 当然オウム返しにもなる。

 

「はい。半死半生という言葉がありますが、私があなたを初めて拝見した際に、丸焦げだったあなたの状態は、甘めに見積もって七死三生だったといったところでしょうか。つまり、――ほとんど死んでいたんです」

 

 なにそれ。

 

 わ……わァ……ほんとにナナシビトになっちゃったってコト!? 七死だけに、って、じゃかましいわ。デコペンするぞ。

 

 ついてけてまてんボク。あん? ちょい待ち。てか、

 

 

 ――ま、る、こ、げ? 

 

 

 おちけつ、とりあえずおちけつんだ。俺氏。

 

 ちょっと状況を整理しよう。

 

 そ、そうだ、えっと真蟄虫(スウォーム)の親玉に特攻かけた中隊長から合図を受け取って、たしかAR-26710がリモコンで起爆しようとして、でもうまく動かなくて、絶対使いたかなかったノヴァイレイザーを使う羽目になり、撃ち込んだはいいが――

 

 そこで、記憶は途切れていた。

 

 ――思い出せないというより、ばつんとそこで切られた感じ。

 

 ただ、なんか物凄い目に()ったというのは想像に(かた)くねーけど。ほぼ死んでたらしいですし。

 

 それはそうと、

 

「あのー……まだ理解が追いついてないんすけど、と、とりあえず、お姉さんはどちらさんですか?」

 

 (つや)やかな黒髪、花の意匠(いしょう)を散りばめたアクセ、随分と肌色を含んだ藍色のチャイナドレス。え、てか太ももまぶしすぎん? これまで見てきたなかで、完璧な曲線なんだけど。

 

 ついつい学術的な知見の収集のためジロジロと見ていると、お姉さんの指がすっと俺の頸動脈(けいどうみゃく)に添えられる。止められちゃう止められちゃう、大事な血流。すみません、人類の発展に少しでも寄与したくて学問に邁進(まいせん)してしまい、すみません。

 

 しかし、

 

「脈拍も正常ですね。申し遅れました。

 私は――ルアン・メェイ。生命科学を専門としています」

 

 ただの心拍数チェックだったことに安堵(あんど)する。あっぶなし、また死ぬとこだった。

 

「さすがに3回も死にたかねぇ……」

「――今、なんと言いました?」

 

 ついつい漏れたぼやきを拾われたなと思――つい先ほどの超々至近距離まで詰め寄られる。あ、圧がヤバいっす。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()? あなたは」

「ち、ちち近いっす、ま、また事故っちゃいそうっす」

「――あ、 」

 

 どうにか今度は逆に俺が頭を後ろにそらせることでセーフだったが、それはそれで更に詰め寄ろうとしてきたから慌ててなだめれば、何者かによる数分前の事故を思い出してくれたようで離れてくれる。おのれ何者かめ、メチャ許さんわ。

 

「申し訳ありません。あなたが非常に興味深い発言をしたものですから。あと、先ほどの粘膜接触については気にする必要はありません。私があなたの顔の造形の再確認をしていたのが悪いんです。ただ初めての刺激だったので、……少々戸惑いましたが」

「ほんとすみませんでした」

 

 何者かに強く言っておきます。あと……そのぅ可能だったら淡々とした口調で粘膜接触っていうのは、やめて頂けると。ちょっと叡智(エイチ)な表現に聞こえてしまうので。

 

 なんか空気がおかしくなりそうだったため、俺は気になったことを尋ねる。

 

「えーあー、さっき俺の顔が、みたいなこと言ってましたけど、どゆことです?」

「はい。あなたは、体表損傷率 73.8%オーバー、真皮深層までの熱壊死、吸入熱傷の疑い、循環不全リスク。わかりやすく言えば、全身の70パーセント以上の表皮はおろか皮下組織や筋肉、内臓にまで至る深刻な火傷(やけど)を負っていました」

 

 ちょっと待って、

 

 すぐに受け止めきれないのが飛んできたんだけど。何それ、()黒焦(くろこ)げすけじゃん。

 

「なので、まず麻酔ではなく、全身の“破綻”を止めることにしました。閉ループ麻酔と循環制御を同時に実施し、血圧と心拍と乳酸値が1つの制御系にまとまりました。気道は気管支鏡下で再評価され、必要最小限の圧で換気を組み直します。肺が持たないと判断した瞬間だけ、体外式膜型人工肺(ECMO)の回路への接続を選択する方針でした」

 

 なるほど。

 

「次は、壊死(えし)した皮膚の除去です。ナノロボティック・デブリードマンを投与し、熱変性タンパク質だけを識別して、微細な層で“選択的に”剥がします。表面が削げ落ちるというより、焦げた地層が、分子単位で薄く消えていく様をイメージしてもらえればいいかと。露出した面は、感染と体液喪失と炎症性サイトカイン暴走が同時に来ます。なので、創面の上に一度だけ透明な生体模倣ハイドロゲルを流しました。内部に抗菌ペプチド、止血ナノ粒子、そしてサイトカイン吸着ビーズが混ざっているものです」

 

 なるほどなるほど。

 

「問題は皮膚でした。いかんせん損傷が73.8%でしたので、自家皮膚(じかひふ)が足りません。かといって外部バンクの皮膚を貼って、ごまかそうとすれば拒絶反応と感染が増えてしまいます。なので代わりに、あなた自身の細胞から再構成することにしました。採取は、焼け残った微小な正常組織から。そこから誘導多能性幹細胞を立ち上げ、角化細胞と線維芽細胞へ高速分化。普通なら時間がかかる工程なので、マイクロ流体バイオリアクターで短縮します。培地(ばいち)はただの栄養ではありません。成長因子の勾配(こうばい)、酸素分圧、剪断応力(せんだんおうりょく)――そういう“育て方の条件”を、装置が秒単位で切り替えてくれますから」

 

 あーね。わかるー。ばいちね、はいはい、バイチ~。

 

「皮膚は血管がないと、貼った瞬間から死んでしまいます。そこで血管内皮オルガノイドを格子状(こうしじょう)に配置し、自己組織化で毛細血管のネットワークを走らせる形で血管網を先に作りました。吻合(ふんごう)は針ではなく、光で固める生体接着で、微小血管の端同士を一気に融合させます。無事に血が流れた瞬間、証拠としてモニターの酸素化指標が一段上がりました。拒絶対策も忘れてはいけません、焼けた体は免疫が狂うので。HLAの発現を調整して、免疫の当たり方を変える。具体的にはHLA-Eの強発現と、チェックポイント系の局所制御。”体を説得する”というより、”体のルールを書き換える”、というわけです。後は皮膚の層を、バイオプリントで重ねます。表皮、真皮、皮下の支持層。支持層には脱細胞化マトリクスを使い、細胞が“自分の場所”だと思える足場にします。そしたら更にスマートドレッシングを貼ります。これは温度、pH、酸素、細菌代謝の揮発成分まで拾って、異常が出ればゲルの成分が自動で変わる便利なものです。重症熱傷の痛みは、意識が戻ってから対処すると人が壊れます。神経系の暴走を抑えるため、脊髄レベルにニューロモジュレーションを入れ、交感神経の過剰反応を落としました。最後の仕上げに細胞外小胞を含むミストを創面に噴霧し、定着し増殖が始まるか、崩壊するかの分岐でしたが、……あなたは運が良いですね。無事こうしてあなたは立っています。

 

 ――以上があなたに施した()()の内容です」

「あ、終わりました? すんません、ちょとあの……もうちょいわかりやすい感じにしてもらえると」

 

 びっくりするぐらい入ってこなかったので。右耳からきてなんもせず普通に左耳から出てったわ。そんなことある?

 

「申し訳ありません。たしかに長くなってしまいました。要するに、私が治療に加えて、貴重な実験サンプルとしてあなたの身体の最適化等を含めて再建も担当したので、基本的に私の感性? 好み? センス? いえ、どちらにしても変わりませんね、――が反映されています。なのでつい眺めていました」

「んん? は? ……うそ、うそうそ」

 

 ――実験サンプル。

 ――顔。

 ――身体。

 ――再建。

 

 ぞくっとして思わず立ち上がり、部屋の隅に置いてあった鏡の前に鬼ダッシュする。

 

 

 

 

「な、なんじゃこりゃああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 念のために強調しておくと、別に撃たれたわけじゃない。が、撃たれたような衝撃だった。

 

 そこに立っていたのは、

 

 

 ――少なくとも今世で数え切れないほど見てきた俺の顔ではなかった。

 

 

 なんと表現すればいいのか非常に難しいが、まず最低限のラインとして俺の面影(おもかげ)はほぼないことを踏まえた上で、なんか色々とバージョンアップした感じになっている。

 

 仮に同窓会に行っても「あ~ゼインくん、印象変わりすぎててわからなかったよぉ笑」で済まされるレベルじゃねぇ。「あれ……だれ?」ってひそひそ話されるレベル。

 

 鼻筋はしっかり通り高ぇし、ほりも彫刻を彷彿(ほうふつ)とさせる。くっきりはっきり眉との距離も近い平行二重の目なのに若干(うれ)いを帯びてるし、仮にロン毛でも色気あるねと褒められそう。おもむろに髪をかき上げるだけで謎のフェロモンで悩殺できそう。

 

 以前、星穹列車にいたころは悲しいかな顔面偏差値で言うと、

 

 姫子>=ヴェルト>>>越えられない壁>俺>>>人と獣の壁>パムだったため、思えば随分と美男美女の間で肩身の狭い思いをしたものだが、この顔で並んだら全く遜色ないと思う。

 

 ただ、だ。

 

「つか、髪も瞳の色も変わってるんすけど!」

「ええ。私としては黒髪黒目がいいと思ってデザインしたのですが、どうやら相当強力な火のエネルギーに(さら)されたせいでしょうか、色素がすぐに変容してしまうんです」

 

 元々は両方とも濃い栗色という具合で暗めだったのだが、今は明度が上がり、オレンジ髪と琥珀色の瞳と表した方が正しくなっている。めっちゃクソ派手だわ、とにかく目立ちゃあいい高校デビューじゃねんだぞ。ひー。てか状況が状況といえど、勝手に人の顔カラダいじります? フツー。

 

「これ、あの変なこと言うんすけど、俺は……俺、なんです、よね?」

老爺(ろうや)古斧(こふ)。という故事をご存知ですか?」

 

 なんですと? と首を横に振れば、

 

「昔あるところに老爺がいました。老爺の仕事は木こりで、お父様もそのまたお父様も木こりでした。そして、代々受け継いできた仕事道具である一振りの斧を大事に大事に使ってきました。もちろんそれだけ使えば、次第に刃は切れ味を失い、柄の部分も折れてしまうこともありました。なので、老爺はその度に刃を、柄を、新しいものに交換してきました。するとどうでしょう、そう、初めて手にした時から刃も柄も違う。同じ構造材など1つもありません。ですが、その斧は老爺の古い斧なのです」

 

 詩でも(ぎん)じるように朗々と()いてくれるが、

 ちょっと何言ってるかわからない。俺みてーなアホサイドの人間向けに誰か翻訳してほちい。

 

「これはパラドクスの典型的な示唆(しさ)です。”生命の根源”を考える時に避けて通れない命題でもあります」

 

 スケールがでかすぎるて。

 

 生命の根源ねぇ……まぁ、あれなんかな。ガワも大事だけど、中身はもっと大事的なことなんかな。

 

 今一度、鏡を見やる。

 

 なんか違和感が物凄いが……、よくよく考えてみれば、ある意味こっちに転生してきた時点で顔変わってんだった。そういう意味じゃ、それこそ3回目だ。ただ結局のところ、中身の記憶は変わってねーし、よかねーけど、まぁいいか。深く考えんのはやめやめ。

 

「とりあえずっすけど……どんな形であれ、命がつながったのはルアン姉ちゃんのお陰みたいなんで、ありがとうございました」

 

 ほんとそれに尽きる。

 

 もちろんそうでも考えないとやってらんねーというのも大きいが、瀕死(ひんし)の俺を治療してくれたことについてはマジ感謝でしかない。

 

「いえ……その、ルアン姉ちゃん、というのは?」

「いやぁ、親しみを込めてそうお呼びしたいなと」

 

 触覚ある、劇場版になったらルアーーーーーン!! って叫ばざるを得ない姉ちゃん的に考えて、こう呼ぶしかないだろ。あと何より、俺の姉センサーがビンビンきているのだ。ちなみにビンビンって変な意味じゃないんで、嫌いにならないでね。

 

「そうですか。……いえ、好きに呼んでくださって結構です」

 

 うっし。公認もいただきました。

 

 それはそうと、

 

「ちなみになんすけど、他のみんなはどこに――――」

 

 と口を開きかけて、部屋の扉が開いた。

 

 そこに立っていたのは、(せい)で、

 

「ゼイ――――――――――ッ!?」

 

 猛ダッシュして入ってこようとしたが急ブレーキがかかる。ギョッと目を見開くと、口をパクパク開閉させる。

 

「よぉ……、(せい)

 

 って、そりゃそうなるわな、俺が逆の立ち場でも同じ反応すると思うわ。親しくしていたお兄さんが事故って入院したら、ガラッとほぼ別人級にアップグレードされて退院してきたようなもんだ。え、入院てそういう入院だったの――って、

 

 

 

 

「こっちのがいい――――!!」

 

 

 

 

 抱きついてきた。しかも、「まえのよりぜんぜん!」とか付け加えてる。

 

 ねぇ、こいつしば……お尻ぺんぺんしていい? これは許されるよね。情状酌量(じょうじょうしゃくりょう)だよね。

 

 やだな、こいつ将来面食いに育ったらどうしよ。俺ぜってー責任取んねぇからな。

 

 てか前のよりとか言うな、草葉の陰で俺が泣いてるぞ。しかしまぁ、宇宙艇を飛び出す前に約束しておきながら、この(てい)たらくだったという若干の引け目を感じないこともないこともない。

 

 

「悪かったな。前のがアレで……つーか、(せい)も無事で良かった」

 

 こくんと頷くと、スカートのポケットから取り出したのは、(せい)に託していた俺のスマホで、

 

「ちゃんとカフカにたすけてってでんわした!」

「グッッッッジョォォォォブ!」

 

 ぐりぐりと(せい)の頭を撫でる。いやぶっちゃけもうどうなるかわかんなかったし、言葉はなせるようになった(せい)からのヘルプなら、カフカさんもすっ飛んで来てくれるという賭けには勝ったようだ。黒焦げで負けたけど。

 

 むふーと目を細めていた(せい)も、あ、とパチッと開眼し、俺から離れ、

 

「これ、カフカが、ほうしゅうの、れいのデータだって」

 

 ルアン姉ちゃんに記憶媒体(カード)を差し出す。

 

「ありがとうございます。小さな助手さん」

 

 丁重にそれを受け取ると、

 

「では、私はこれで。貴重なデータが手に入りましたから、研究に戻らないと」

「あ、待ってください。今後なんか困ったことあれば言ってください。いつでもあなたの最高傑作がお礼に駆けつけますんで」

 

 だいぶキてるというか、エキセントリックといえど、こんなオリエンタル美女おねーさんとの出会いを1回こっきりにするなんて、もったいないオバケに呪殺されるわ。

 

 ほとんど変わらなかった表情がようやく少しだけやわらぎ、

 

「そうですね。でしたら、先ほど聞けなかった話をゆっくり聞かせてください。――最高傑作さん」

 

 そうして連絡先だけお互い交換して、ルアン姉ちゃんは去っていった。

 

 見送った後に、おもむろにスマホの連絡先リストを確認する。カフカすわぁん、ジェイドお姉様、ルアン姉ちゃん、銀狼……、

 

「――はなのしたのばすな」

「あだっ、だからカーフはやめろっつの!!」

 

 何人もの豪傑たちがそれでオクタゴンリングに沈んでったんだぞ。やたらめったら蹴るもんじゃねぇから。

 

 だが、(せい)は、俺の手を引っ張り、

 

「カフカが、ゼインおきたら、ひっぱってきてって!」

「本当に引っ張ってるし。ま、まてまて、このカッコで行けるか、なんか羽織(はお)っから」

 

 

 

 

 

 俺、上裸なのよ。言ってなかったけど。 

 

 

 

 

 

 






長くなったので前編
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