ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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#2 ”拾い、拾われ、ふり、ふられ”

 

 

 

 

 ゼイン。

 

 幼馴染であり、普段はゼンと呼んでいる彼との最初の出会いを彼女——姫子はよく覚えている。

 

 姫子は生来の頭脳と容貌から施設では浮いた存在だった。

 

 無理もない、年端(としは)もいかない少年少女たちがぬいぐるみや絵本、木の棒といったもので遊んでいる頃、彼女は既に研究者が読むような分厚いハードカバーの専門書を読んでいたのだから。

 

 他の子供たちは姫子を遠ざけ、姫子もまた他の子供たちを避けた。

 

 

 かくして、ぼっちのできあがりである。

 

 

 その時、子供たちの集団から離れたすみっこで姫子が一人で読んでいたのは歴史書だった。

 

 この本は姫子にとってお気に入りの1冊だった。もう幾度となく読み返しているが、そのたびに新しい発見がある。するとまた新しいアイディアが生まれる。

 

 友達の少ない子供が、想像力を働かせてどこか遠くの時代や場所の世界を夢想するように、姫子も遙か昔の冒険譚(ぼうけんたん)に思いを馳せていた。

 

 ——ああ、これが現実だったらな、と。

 

 ふと、

 

 気配に気づけば、隣に見知らぬ男の子が立っており、こちらの手元をのぞき込もうとしていた。

 

 思わず口を開くより先に、

 

「——なに?」

 

「……え?」

 

「それ、なに?」

 

 男の子に指差された先には、ペン画で描かれた見事な挿絵だった。

 

 真っ黒な背景に、おそらく白いインクの飛沫(ひまつ)で描いたのであろう星々。それを引き裂くような一筋の太い線の中にはこれまた緻密な列車が存在している。

 

「……”星穹列車(せいきゅうれっしゃ)”のこと?」

「せい、きゅー? 銀河鉄道じゃなくて?」

 

 聞いたことのない言葉だった。

 

「あ、逆に伝わらないんだ……」

 

 困惑する姫子に、一人で思考が巡っている様子の男の子。

 

 しばし沈黙が間を埋めた。

 

 やがて、耐えかねた姫子が先に発言する。

 

「”星穹列車”は星神(アイオーン)”アキヴィリ”と”ナナシビト”を乗せて、決してつながることのないように思えた星々を星軌(せいき)と呼ばれるレールで結び、開拓していった」

 

「え、あー、うん……?」

 

 男の子は、ぽかんとした表情を浮かべている。

 

「一つ、二つ、と訪れた星で彼らはいくつもの伝説を重ねていく。銀河にその名声が響きわたるようになった頃、アキヴィリはナナシビトらの前から姿を消し、いつしか同じように、星穹列車は消息を絶った」

 

 手元の挿絵と本文の要約をそらんじる姫子に、少なくとも興味を引かれる部分があったのか男の子は目を輝かせはじめて、

 

「……それで?」

 

「終わり。それで」

 

 終わりかよとその場で器用にずっこけた男の子に、姫子は、

 

「これは、……銀河に伝わる昔話だから」

 

「ふーん、へー、そうなのか、一瞬信じかけたわ」

 

 男の子は服についたホコリを払いながら、立ち上がると、

 

「けど、――本当にそうだったらいいよな」

 

 そう言って笑う顔はとても大人びて見えた。

 

 とてもじゃないが周りの幼い孤児たちとは比較にならない。彼ら彼女らはただ昔話や伝説を少しも信じようとはせず、バカにするだけだ。

 

 だからだろうか、自然と言葉が漏れた。

 

「わたしも、……そう思う」

 

 でも、と姫子は続く言葉を吐く。所詮は、と続けようとして、

 

「でももクソもねーよ。あったかもしれないし、なかったかもしれない。それだけだ」

 

 男の子の物言いに、思い当たる節があった。

 

「量子力学……」

 

「おお、そいつはわかるのか。そーそー」

 

 男の子は胸を張ると、

 

「結局、自分が信じた物を確かめに行かないとなんだよ。この足と目でもって観測しに行くんだ。夢物語が夢物語なのか。それとも現実なのか。それを確定させるために」

 

 それはとても、本当に、とても魅力的な言葉で。

 

 本に書かれた「ナナシビト」が持つ「開拓」の精神そのものに思えた。

 

「あとまぁ、人生は、そう何度もあるわけじゃねーと思うし」

 

 最後の部分だけ、やや自信なさげな口調になったことに首をかしげつつ、姫子はようやく思いが至る。そういえばと、

 

「わたし、姫子。……名、前は?」

 

「おれ? えーっと、そうそう! ——ゼイン」

 

 聞けばなんでも、自分の名は持っておらず、ついさっき大人たちから不便だと与えられた名らしい。

 

「ゼイン……」

 

 口にすれば、胸に染み渡るような言葉だった。

 

「おう、俺もまだなれてないけど、よろしく。姫子」

 

 伸ばされた手に触れると、たしかにそれはあたたかかった。

 

 久しく忘れていた、ぬくもりだった。

 

 

 

 

 

    ★  ★  ★

 

 

 

 

 

「ふ、ふふ……ふふ…………」

 

 列車の窓際に腰掛け、頬杖をつきながら視界いっぱいに広がる銀河の星々を見る。

 

 いやーあの列車の残骸がまさか本当に飛ぶとは。姫子のやつをなめていた。

 

 もっとも修理を始めて、ほぼ毎日20時間労働かつ休みなしで2年以上かかったけど。

 

 誰も褒めちゃくれないが、めちゃくちゃ褒めてほしい。前世も大概だったが、ブラック耐性つきすぎだろ俺。作業開始から1年超えてからは、「ハタラクヨロコビ」しか口にした記憶がないぞ。

 

 でもまぁ正直、本当にまともに飛ぶのか、はなはだ怪しかったため、

 出発の直前に「あっ、ちょうちょだ~」と言いながら席を離れようとしたら、姫子に愛用のトランクケースの角でぶん殴られそうになった。

 

 ——今ここで死ぬか、それとも宇宙の藻屑(もくず)になるか。

 

 2択のうち、後者を選ぶしかなかったのは言うまでもない。

 

 まぁ、幸いなことにいざ出発すると爆発四散することなく、列車はレールである星軌(せいき)を進み始めた。

 

 途中まで念仏を唱えていた俺も、やがて窓の外に広がった壮麗な星の海に姫子と並んでため息がこぼれたほどだった。

 

 

 はてさて、

 

 

 夢にまでみた銀河の旅路。まず最初に向かったのは、故郷の星から最も近かった「アグニース」。これは星の半分以上をマグマが覆い、岩石巨人が闊歩(かっぽ)し、それに怯えたモグラ人が地底で暮らす星だった。

 

 最初、車窓の外の真っ赤な景色を見た瞬間、帰りたくなったのを思い出す。降り立った瞬間、発火して死ぬと主張する俺を無理やり降車させて、人体実験しようとした幼馴染とは今度法廷で争うことになるだろう。

 

 降ろしてから「やっぱりね……」は許さねぇぞ。

 

 姫子の発言の根拠としては、「ナナシビト」となったことで「開拓」の加護が得られたはず。これで過酷な環境でもある程度耐性がついているはず、とのことで。

 

 全部語尾が「はず」だったのは許さねぇぞ。第一クソ暑いことには変わりなかったわけで地下に行くまで滝汗が止まらなかった。

 

 最強の弁護団を揃えるのはいずれにしても、岩石巨人どもを統括していた「溶岩獣キガン」。ヤツには物理攻撃が通用せず、ほんと骨が折れた。

 

 モグラ人たちの巨大な縦穴墓地エリアまでキガンを誘い込み、魂柱を破壊することで崩落に巻き込んだ。

 

 その上で、地下深くで冷えた層である「冷土脈」を流し込み「土の雨」を降らせた。

 

 そして急速にマグマ体を冷却させられ、巨大な土の棺桶にヤツをぶち込んだところで、核をモグラ人の「グラン坊」の秘術である「地曲」で圧壊させなかったら確実に死んでいた。

 

 その後は、曜日ごとに物理法則が変わる星「イルマ-XI(イレブン)」に、文明が雲に住む星「ヘリングメウ」、永久嵐に包まれた海惑星「フォールトリファ」、未来と過去が同居する星「ナグラクバラク」と、

 

 いやあの……どれもクッッッッソ大変だった。

 

 なにが「開拓」じゃボケ!!

 

 おまけによくわからんけど、「ナナシビト」のブランド力は俺たちの想像の遙か上をいっていたようで、行く先々で良くも悪くも特別な扱いを受けたのだ。

 

 勝手に救世主扱いされることもあれば、大罪人扱いもされかけたし、挙げ句の果てには絶滅危惧種として博物館送り。いや、振り幅よ……。

 

 あれだな、伝説には勝手に尾ひれがつくってやつだ。「ナナシビト」の偉大なるパイセンたちを呪う。

 

 良くも悪くも死ぬほど冒険はしてるが、問題は一向に「綺麗なおねーさん」に出くわさないことだ。おかしい、いずれの星でも原住民たちとのコミュニケーションは笑いあり涙ありだったのに。

 

 ……いや、一応、間接的には会ってるとも言える件も1つだけあった。

 

 冒険の途中で補給のために立ち寄った、宇宙ステーション「ヘルタ」のロボットドールの「ヘルタ」(ややこしい)の本体は、絶世の美女おねーさん説もあるがどっか辺境の星に引きこもっているらしく、宇宙ステーションにいたのはその美女の幼少期を模した姿——言ってみればただのロリだった。おのれ……。

 

 その話を聞いて、即探しに行こうぜと提案しようとしたら姫子に却下された。まだ何も言ってねーのになんなん、あいつ。”却下。却下ったら却下ッ!!”って、せめて言ってから否定しろよ。思い出したら腹立ってきた。

 

 直近もその宇宙ステーションの「ヘルタ」の依頼で廃墟惑星”サルソット”におもむいて”反響ガラス”とかいう謎のガラス素材を探してきたばかりだった。あ”ーづかれだ。

 

 嗚呼(ああ)

 

 これでは、ガチで本懐を果たさずして寿命を迎えてしまう。それは絶対に避けたい。

 

 元々どうやって故郷以外の他の惑星へ行くかが不明だった。そしてそれはこの星穹列車でクリアしたので今となっては問題なし。しかも憧れの銀河鉄道。

 

 これ以上はない経験ができたといってもいい。

 

 いくつかの星の冒険を通し、だいたい星間移動ってのもこんな感じってわかったし、思ったよりもスターピースカンパニーやアナイアレイトギャング、それに巡海(じゅんかい)レンジャーなど俺たち以外の勢力も当然のように星間移動をしているというのもわかった。

 

 そろそろ巣立ちの時である。

 

 さて、そこでだが、もう一つの問題がある。

 

 

 ――そう、姫子だ。

 

 

 いつまでも一緒に行動していたら、俺の目標を遂行できんもんなぁ。

 

 あと成長するにつれて、いつの間にか白いドレスにジャケットを半分だけ羽織るスタイルになっていたが、ちゃんと着なさい。見せつけたいのか知らんけど、目のやり場に困る時がしばしばある。こないだ胸元にホクロ見つけちゃったもん。まっくろくろすけ出っておいで〜って手を伸ばしそうになった、

 

「……ゼン、ちょっといいかしら」

「ちょわぁ! っとなんだよ、人が深い思考にふけっているときに————」

 

 見れば、頭に手を当てて困り果てている姫子の足下に、帽子をかぶった耳長生命体がいた。

 

「は? 誰? てかなんだこれ」

 

 人を指さすなとは言われるが、人じゃなさそうなので遠慮なく指を突きつけて言ってやる。

 

 すると、一歩進み出て、

 

「オレはパム。この列車の車掌(しゃしょう)じゃ!」

 

「おいおい、姫子、あんま得体の知れないペットとか連れ込むなよな。よくわかんねーけど、他の星で検疫(けんえき)とかうるさかったらやべーだろ」

「オレはペットじゃない! パムはパムである!」

 

 うっさ! 妙に耳につく声にしかめ面にならざるを得ない。

 

「だぁーもう、わーったって。ほんで、この愛玩動物(あいがんどうぶつ)はどうするんだよ。次の星で野生に返してやんのか?」

 

 全身でぷりぷりと怒りをあらわにする、パムなる車掌生命体の扱いを問う。

 

「それが……気づいたらいたのよ。私も困っているわ」

「え、ほぼゴキじゃん……」

 

 どっから入ったんだよ。生ゴミとかちゃんと処理してんのに。

 

 俺の発言にとうとうマジギレしかけた車掌生命体。おちょくるのはここまでにしようとしていると、

 

「む⁉」

 

 (はじ)かれたように、パムが一方向へと視線をやった。

 

「前方にデブリのようじゃ‼」

「ちょまっ⁉」

 

 どういう仕組みか、列車は緊急停止し、思わずよろけた姫子を支える。

 

「あ、ありがと」

「ん。おいおい、車掌さんよぉ、事故とか勘弁してくれよ」

 

 デブリといえば宇宙ゴミのことだ。進行方向上に突如現れるとはいい度胸しているなと、

 

「む、違うな。小型の宇宙船のようじゃ。発信者不明の救難信号が出ておる」

 

「!? それは放っておけないわね……」

「いやいや待て待て、遭難者かもしれねーけど十中八九、銀河強盗(ぎんがごうとう)の罠だろ。もう少し考えろって」

 

 星穹列車に乗車してすぐに、なんか姫子から渡された『列車安全マニュアル』とかいう小冊子の内容を思い出す。

 

「発信者不明の信号源は基本的に無視すんのがセオリーだ。お前が読めつったんだろうが。”これでも読んで、ゼンも少しはナナシビトらしい振る舞いを覚えなさい”って」

 

 姫子の口調を真似しつつ、これだから年下は〜と俺がたしなめれば、ムスッと頬を膨らませると、

 

「……そんときはあんたが守ってよ」

「はぁ? なにヘソ曲げてんだよ。俺だっていつまでもお前のそばにいられるかわか——」

「パム、回収できるかしら?」

 

 聞いちゃいねぇ……。くっそ、姫子の顔に”好奇心に勝るものなし”ってデカデカと書いてあるのが見える。もう知ーらね。

 

「うむ、もうやっておる。ムッ、生命反応もあるようじゃ」

 

 意外と優秀そうな働きを見せる車掌生命体をパムと命名しようか迷っていると、

 

「——なっ、待て、こちらに向かっておるぞ!?」

「はぁ!?」

 

 言わんこっちゃねぇ〜……やっぱ賊だろ、最悪だー。

 

 と、俺たちのいる車両の扉が開き、

 

 姿を表したのは、

 

 

「——ッ!? 君たち……、いや、き、君は……姫、こ……?」

 

 超思わせぶりな言葉を残して、眼鏡をかけた男が倒れてきた。

 

 そのまま意識を失った男に、その場にいた全員で絶句する。

 

 

 

 

 やだもう、何この展開。

 

 

 

 

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