ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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3.Episode of "D"
#21 ”いないいないばぁか”


 

 

 

 

「――あれ、シングじゃん。久し振りだねインしてるの」

「ん”っケホッ……シルヴァ、おはこんばんちわ」

 

 ゲームだと言うのに。

 

 丁寧に腰を折って頭を下げるリアクションコマンドをわざわざ実行するシングに、一人称やこういう所作ににじみ出てる育ちの良さから、自分とは違って現実では相当いい所のお嬢さんなんだろうなとシルヴァは思う。ただ気になるのはそぐわないワードだ。

 

「……それ、誰に教わったの? ってか声大丈夫?」

 

 ボイチャ越しでも違和感があるシングの声に、シルヴァは気遣いを見せるが「大丈夫」とシングから返され、

 

「以前、アネモネさんがよく言ってたので……なにか違った?」

 

「あー、……アイツの言動はあんまマネしない方がいいと思うよ」

 

 バカが感染(うつ)る。

 

 せっかく綺麗なのだから汚れないでほしかった。が、あの男は感染源としては凶悪が過ぎる。滅菌室の飽和蒸気(ほうわじょうき)で念入りに死滅させた方がいい。ただ、こないだ似たような環境で死滅させられかけていたので、多少は容赦してやった方がいいかもしれない。

 

 思わずため息が漏れる。

 

 話を変えたほうがよさそうと判断し、シルヴァは、がらんとしたチームルームを見回す。

 

 このゲームはプレイヤー同士でチームを組むとカスタマイズ可能な部屋を与えられ、入手したアイテムでデコれるようになっていた。当初こそ殺風景極まりなかったが、今ではもので溢れている。

 

 いあいあは、天体望遠鏡や星図など天体にまつわるもの。

 

 シングは、楽器や楽譜といった音楽にまつわるもの。

 

 シルヴァは、PCやゲームの中なのにさらにゲームにまつわるもの。

 

 アネモネは、お姉さんネームドキャラの水着ポスターを貼ろうとした結果、袋だたきにされてのけもの。

 

 かくして、約1人を除いて、各々の趣味嗜好(しゅみしこう)を寄せ集めた結果、統一感はまるでなくなったのが、このチームらしいと思う。 

 

「……だいぶ、バラバラになっちゃったね」

「そう、ね……」

 

 残された天体望遠鏡を撫でながら、シングは、

 

「いあいあも、特別なお仕事のためにご実家を離れて宇宙ステーションに行くから、実質的に引退になると最後にインしていた時に言ってたから……」

「……そっか。じゃあこのゲームはもう私と君だけか」

 

 言ってから、シルヴァは気づく。

 

 ——もしかして、

 

 改まった表情(カオ)をして今にもこちらに何かを告げようとしているシングを見れば、それなりに一緒に冒険を重ねてきたのだ。たとえオンライン上の付き合いといえども、わかってしまうこともある。

 

「そっか、私、だけか」

「……ごめんなさい。わたくしも――」

「いーよいーよ、全部言わなくて、」

 

 肩をすくめてシルヴァは、ソファに腰掛ける。

 

「もし、アネモネさんがいたら……」

 

 ほら、きちゃったよ。

 

 シルヴァは眉根をひそめて、掘るべきか掘らざるべきかのストレスフルな二択に迷い――

 

「……えー、なんで?」

 

「うん。アネモネさんにはときどき相談に乗ってもらってたから。こういう状況のとき、何か、言ってくれるんじゃないかなって」

 

 ――脳裏によぎるのは、あのバカの言葉である。

 

『お願いします、シルヴァ様! 俺が生きていたことはあの2人には内緒にしといてくれ……だって心配されるのって嬉しいじゃん?』

 

 うん。

 やっぱりもう一度念入りに加熱殺菌された方がいい気がしてきた。

 

 ――もういいや。

 

 どうなっても知らない。でもこれはこれでなんかムカつくので貸しは1つ追加しておこうとシルヴァは心に決める。

 

「そうだね」

 

 できるだけ感情を込めないよう口にした。

 

「最後にシルヴァに会えてよかった。これまで……仲良くしてくれてありがとう。あなたはわたくしにとってかけがえのない大切なお友達だったわ」

「…………」

 

 でも、こういうのは慣れてなかった。なんて言えばいいのか、シルヴァの予測変換機能は上手く動作してくれない。一生懸命、ありそうな引き出しを手当たり次第引っ張り出して、空のチューブを千切れそうなくらい振って、絞り出して、

 

「……こちらこそ、あり、がと」

 

 バイバイ。

 ――今度も、感情込めずに言えただろうか。

 

 

 

 

 

 

 深く頭を下げて、ログアウトしていったシングを見送った。

 

 これでようやく鼻をすすれる。それをごまかすように、

 

 

「あーあ、つまんないなー。つまんないことばっか」

 

 

 ひとりぼっちになったルームでシルヴァ――銀狼は、ソファに寝っ転がる。ぼんやりした目つきのまま、在りし日の思い出になってしまったインテリアアイテムをルームオーナー権限でインベントリに片っ端からブチ込んでいく。天体模型、フルート、ブサかわモンスターのぬい、

 

 ――そして、ゼインが1つだけ置いていたチェスト。

 

 手が止まった。

 

 身体を起こし、3つある引き出しを上から開けていく。往生際の悪い水着ポスター、これまで代替わりを重ねてきたステータス向上系アクセサリーのお歴々、――何もない。

 

 おかしい。

 

 少し考えて、銀狼は手を突っ込む。3段目の底ではない。なら、手の平を返せば、

 

「……ビンゴ」

 

 2段目の底板の裏側に張り付いていたそれを引っぺがすと、

 

 

 

 

 

 ――4人で苦労して倒した古龍。

 ――それを背後に撮った記念のSS(スクリーンショット)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見るんじゃなかった。

 

 

 

 

 

 

「……貸し3つだぞ。…………早く迎えに来いっての」

 

 

 ――バーカ。

 

 

 誰に言うでもなく。

 

 全部インベントリにしまい込んで何もなくなった部屋で、

 

 鼻をすする彼女の言葉は溶けて消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    ★  ★  ★

 

 

 

 

 

 

 

 

 内部画面(インナービジョン)上にあるカフカの位置マーカーは、作戦が順調に進んでいることを示すようにゆっくり推移している。

 

 まるで目に浮かぶようだ。

 

 優雅にヴァイオリンを弾く手つきを崩すことなく、踊るかのように歩を進める。そして時折、マーカーが止まるタイミングがあり、そこで接敵。

 

 急激なランダム移動を重ねて、再び止まる。

 

 おそらく獲物をいたぶる悪癖(あくへき)が発動しているのだろう。糸で縛り、銃口で触れ、刀で撫でながら、さぞかしぞくりとさせる笑みを浮かべているに違いない。

 

 

 ――そういうのは良くないと、一度ちゃんと注意しないと。

 

 

 今回の任務における、()()()()の役目は陽動。

 

 指定された範囲でできるだけ派手に立ち回り、敵方の注意をカフカから()らせさえすればいい。

 

 そういう意味ではSAMに勝るものはないだろう。逆に武装解除(パージ)なしで密偵などを任されても困ってしまう。殲滅戦(せんめつせん)は得意でも、もとよりこの姿は隠密行動(おんみつこうどう)が得意ではないのだ。

 

 ましてや、

 

 グラモスでの最後の戦闘以降、真蟄虫(スウォーム)やノヴァイレイザーの莫大な炎熱エネルギーにさらされたせいか、微細因子(ナノマシン)とエーテライズ反応炉(リアクター)の出力パラメーターが異常な数値(バグ)を示すようになってしまった。

 

 結果として、SAMの動作もより高速化され、空気摩擦によるアーク放電、反応炉(リアクター)によるエーテライズエネルギー放出、スラスターによるルシフェリア粒子の噴射などが相まって戦闘所作(アクション)の際、常態的に炎やそれこそ蛍のような黄緑の光をまとうようになった。

 

 これがまた非常に目立つので実は彼女にとって少し悩みの種なのだが――「でもそれがいいんだよ!」とゼインが凄く強く言っていたので、それならいいかなとも思っている。

 

 

 ――自分の担当範囲は撃滅した。

 

 だから、SAMはすぐさま飛翔し、隣の担当エリアへとズレる。もちろん初陣(ういじん)であるそちらに負担がかからないよう、エリオも今回の任務の脚本(さくせん)は考慮したうえで立案しているはず――

 

 

 着地。

 

 

「――無事ですか、(せい)

「よゆー!」

 

 

 得物(えもの)であるバットをクルッと回してから肩にかついで、ピースサインを返してくる(せい)に、SAM――ホタルは、口には出さずに”今日も元気いっぱいだな”と微笑む。

 

 周囲にはサイバードーベルという番犬型警備ロボが粉々になって散らばっている。それを見る限りは、(せい)の発言通り、苦労したということはなさそうだった。

 

「しかし、……なぜバットなのでしょう?」

 

「ゼインにおなじぶきほしーっていったら、あぶねーしまだはえーから、おまえはとりあえずこれでがまんしとけってわたされた」

 

 ほんとはあのしゅぴーんってなって、ぶぅんぶぅんてうなるアレが欲しかったのだ。

 

 口をとがらせ、(せい)はまるでどっかの誰かにジャストミートさせるように、子供用のミニバットをその場で素振りする。年齢に似合わず、腰の入った豪快なスイングをかますその姿は将来の銀河級大打者の誕生を予感させた。

 

 

「それでは、(すみ)やかに任務を終えて、ゼインに褒めてもらいましょう」

 

 

 うーん?

 

 

 (せい)(いぶか)しむ。

 

 ――なんか、ホタル、げんきにはなったけど、すぐゼインにほめてもらいたがるようになった。

 

 事あるごと。何かにつけて、である。

 

 ご飯の時も苦いピーマンを()けていたら、「あたしが食べてあげるね!」とホタルはスプーンでかっさらいながらチラッチラッとゼインの方を見てたし、真夜中にトイレに行きたくなってゼインについてきてもらおうとしたときは「あたしが代わりについてってあげるね!」とわざわざ送り迎えをしたのちに翌朝ゼインにそのことを報告していた。

 

 

 ――これはゆゆしきじたいでは?

 

 

 この前、”ねぐら”にいるときにカフカにそう伝えたら、こう言っていた。

 

 

 ――そうねぇ、なんかしっぽと耳が生えたみたいでかわいらしいじゃない。ふふっ、わんこが一匹増えたみたいなものね。

 

 

 なんか余裕を感じる言い方だった。

 おとなってすげーって思った。

 はやくなりたいと思った。

 

 ちなみにゼインには、褒めてもらいたがりの人のことをなんて言えばいいのかと聞いた。

 

 

 ――あん? あ~――”ほめちょ”じゃね?

 

 

 なるほど。

 

 だから(せい)はお絵かきタイムの時にふと思い立ち、こんな絵というか図を書いた。

 

 まず中心にゼインと書く。そしてそれを挟むようにホタルとカフカと書き、矢印でつなげる。そしてその上でホメチョと書くのだ。

 

 そしたらこうなった。

 

 

     ホメチョ    ホメチョ

 ホタル ⇒ ゼイン ⇒ カフカ

 

 

 はたから見れば、さぞかし目が輝いていたことだろう。

 

 凄い難問を解き明かした達成感のあった(せい)だが、何か足りてない気もした。やがて、あっと気づき、書き足したのがこれである。

 

 

 

     ホメチョ    ホメチョ

 ホタル ⇒ ゼイン ⇒ カフカ

        ↓スキ

        (せい) 

 

 

 

 なんという美しい図だろう。地動説もこうやって見つかったのかもしれないと感動に打ち震えていれば、

 

 

「――お絵かきしてるのね。見せて」

 

 

 気づいたときにはカフカにお絵かき帳ごと取られていた。

 

 ふむふむとその図を興味深く眺めてから、(せい)のペンを借りて何かをさらさらと付け加えて、ペンのお尻を唇に当てて何か思案し、やっぱりやーめたと横線をぐちゃぐちゃ書いてから、一言だけ書き加えて、

 

「これで完成」

 

 ウインクすると、そのページだけを破り取って去っていってしまった。

 

 結局なんて書き足したかは(せい)は見えなかったので知らない。でも、いつか確かめてやろうとそう思っている。

 

 

 

 

 SAMの声で思考の国から帰還する。

 

「……ッ、増援です。残念ですが帰るのは、もう少し後になりそうですね」

「おかわりあざまーす」

 

 不思議な言い回しに、戦闘モードに入りかけていたSAMがいったん構えを解き、

 

(せい)? それは?」

「てきふえたら、ゼインがまえこういってた」

「――後で詳しく教えてください。おやつ3回分で」

「5かい」

 

 わたしのじょうほうはたかいよ? という悪い顔を(せい)はして、再びバットを構え、SAMは腰を落とす。

 

 駆けつけてきたサイバードーベルたちが、もし喋れたらこう言っていたことだろう。

 

 

 

 ――勝てるか。バーカ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

    ★  ★  ★

 

 

 

 

 

 

 

 

 『スターピースラジオ』がつけっぱなしだ。

 

 今日も今日とて銀河のホットなトピックをナイスな声でお届けしている。

 

『――先日、芸能活動を休止したロビンさんですが、実は消息不明なのではないかとの声が一部SNS上で騒がれており、騒ぎを受けた所属事務所も”体調不良によるもので、そのような事実はない”という声明を発表しています。

 またこの曲の歌詞も何かを暗示しているのではないかという声もあります。真偽のほどはわかりませんが、1ファンとして私も、1日も早い復帰を願ってかけさせて頂きます。

 活動休止直前のシングル。ロビンで――”Sign”』

 

 

 そんなDJクリス・ヘップバーンの曲紹介とともに、8分の6拍子でゆったりと揺れるピアノのイントロと共に美しいファルセットが流れ出す。

 

 

 

 

 ――どうして 崩れてしまうまで

 ――心を嘘で誤魔化してたの

 

 ――なみなみのグラス

 ――今にもあふれる

 ――最後のきっかけは些細なこと

 ――そうあっけないくらいに

 

 ――なだらかに堕ちていく

 ――もう隠せない

 ――見てみぬふりしていること

 ――本当はわかっていたはずだよ

 

 ――どこへ向かう?

 ――どこへ帰る?

 ――透明なわたしを

 ――誰も見つけられない

 

 

 

 

「集中できねー!」

 

 曲の1番が終わるのとほぼ同時に、ラジオの電源をリモコンで落とす。

 

 ”ねぐら”のブリーフィングルームで1人と1匹が向かい合っていた。

 

 その間にあるのは、白黒の盤と駒。

 

 素人が盤面を見て、一目(ひとめ)でどちらが優勢なのかを図ることは難しいだろうが、プレイヤーの顔を見れば一目瞭然だった。

 

 歯茎と白目を剥き出しにしている一人と涼しい顔をしている1匹。

 

「――ねぇゼイン。あなたは最も嫌われた星神(アイオーン)ってなんだと思う」

 

「あん? こないだあんな目にあったばかりなんだぞ。”繁殖”だろ、そりゃ。じゃなきゃ”壊滅”だな。ロクでなし2トップ」

 

 言って、ゼインは白のナイトで黒のポーンを飛び越える。

 

「”繁殖”の星神(アイオーン)――タイズルス。たしかにね。だからこそ()は他の星神たちが手を組み、滅ぼされた。だが、はたしてどうなんだろうね、それは嫌われたからと言えるんだろうか」

 

 既に(ゼイン)のクイーンは盤の端に追いやられ、キングを守る駒はあまりにも少ない。

 

 エリオは黒のビショップを右前肢(うぜんし)で器用に斜めに滑らせる。

 

 反射的にルークを掴んだまま、ゼインは、

 

「うるせぇ、今考えてんだよバカ。俺の思考のリソースを奪うその手は食わねーぞ」

「……考えたところで、だと思うけどね」

「ここだぁーーー! 見つけた、神の一手」

 

 防御に向かわせる。が、もはや手遅れだ。淡々と黒のクイーンは前に進んでいき、白のキングが逃げられる場所がなくなり、

 

「チェックメイト」

「~~~~ぁ~~~~~ぅ」

 

 声になってない声とともに顔芸をしていたゼインは、震える手で自らキングをデコピンではじき出すのだった。

 

「くっそ~~~もう1回じゃ――」

 

 言い切る前に、彼のスマホが着信を知らせた。

 

 舌打ちを1つ。

 

「人がイラついてるときに電話かけてくるなんて、どこのバカだよォ」と、

 

 画面上で発信者の名前を確認すると、ゼインは即座に満面の笑みで電話に出る。

 

「はい! お電話ありがとうございます。あなたのゼインです。どーも、ご無沙汰してます~! こないだは本~当に、ありがとうございました。ええ、例のお礼の件ですかね? 大丈夫でっす、最近同じ仕事してる仲間に超優秀なヤツが入って、今はちょうど暇だったのでペットの猫と遊んであげてました……はい、はい、

 

 

 

 

 

 ――はい? 債権回収のお手伝いですか?」

 

 

 

 

 

 




作中イメージソング:「Sign」幾田りら

んじゃ新章やってきまひょか
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