ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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#23 ”プロモーション・イグザム”

 

 

 

 

 

 さすがに緊張で手が震えた。

 

 

 

 頭によぎる原因としてはいくつも心当たりがあるが、どれも続く展開(けっか)としては戒告(かいこく)譴責(けんせき)、減給、出勤停止など、ロクでもないことばかりだ。流石に降格や、ましてや懲戒解雇(ちょうかいかいこ)までいくことはないと思うが、油断はできない。たしかに入社早々に形式主義が一番嫌いとぶちあげた手前、見ようによっては反抗的と取られるような行動も多々取ってきた、

 

 ――が、それ以上に重ねた実績で文句を言わせないようにしてきたつもりだ。

 

 もちろんその道のりは()()にとって、並大抵なことじゃなかった。全くいないというわけじゃないが、このスターピースカンパニーという巨大かつ閉ざされた社会の中ではどう足掻(あが)いてもメインストリームにいるのは男たちばかり。いかに実力至上主義を(うた)っているといえどだ。色眼鏡などいったい何色(なんしょく)で見られてきたかわからない。直接的間接的問わず下卑(げび)た言動態度を向けられて、即刻社内のハラスメントセンターにチクったことなど数えるのもやめたほどだ。

 

 でもだからって、諦めていいわけがなかった。たしかに敵も多いが、敵しかいなかったわけじゃない、上司のドビスキーさんのように味方となってくれる人たちだって数こそ少ないながらもいたのだ。

 

 そして何より、この身は既に『終身契約』――全てを存護(そんご)星神(アイオーン) "琥珀の王"(クリフォト)に捧げることを誓った身。

 

 

 

 思い出すのは全てが灰色の光景。

 

 

 

 金持ちたちは我先に逃げ去り、汚染で濁りきったあの星に取り残され、希望も何もない暗い日々を送っていたあの頃、まるで天から(つか)わされたかのように突然現れたあの人は、

 

 

 

『――安心して。もう大丈夫。これは取引なの。あなたたちの全てと引き換えになってしまうけど、きっと悪いものにはならないわ』

 

 

 

 そう言って、世界を変えてくれた。

 

 だから、……ずっと憧れていた。

 

 入社してからもそう。いかにあの人が女性社員たちの希望の光となっているか、理解出来ない子はいないとすら思える。それほどまでに遙かに仰ぐべき存在なのだ、

 

 スターピースカンパニー戦略投資部が誇るエリート中のエリート。

 

 ——「(じゅう)石心(せきしん)」の一翼(いちよく)長年担(ながねんにな)っているというのは。

 

 そんなお方だから、たぶん、というか絶対自分のことなど、覚えていないだろうけど。

 

 さまよいかけていたこぶしを降ろして、ため息を一つ。 

 

 ――やっぱり、個別面談を設定された理由がわからない。

 

「あ~~~……やっぱりカブも連れてくればよかったかなぁ~」

 

 精神安定剤的な意味でも、心の()り所的な意味でも、怒られるなら一緒に怒られてほしかったが、男顔負け、いや男以上の度胸でもって会社員ライフを送っている彼女といえど、直属の上司よりも遙かに偉く、かつ幼少期からの憧れの存在に対して、相棒の次元プーマンを引き連れて伺うことはどうしても出来なかった。

 

 弱音を吐いたところで始まらない。何より、

 

 スマホで時刻を確認すれば、指定された時刻の5秒前、4、3、2、1――

 

 

 

 ――ノック。

 

 

 

「ジェイド様、第166市場チームの■■■■・■■■■■■■です。ご連絡いただいた件で参りました」

「――()いているわ、入って頂戴(ちょうだい)

 

 待ちわびていたように、返事は即座だった。

 

 彼女は大きく息を吸って、あの人――ジェイド専用の執務室の扉を開ける。

 

 『十の石心』に与えられた執務室は、各メンバーの趣味嗜好(しゅみしこう)が実によく表れているというのがもっぱら一般社員たちの間で流れている噂だった。

 

 たとえば、スギライト様の部屋には銀河中のありとあらゆる美食が常に出来たてで用意されているとか。オブシディアン様の部屋にはバスタブがあり、いつも赤く鉄くさい液体で満たされているが、それが何であるかを知ってはいけないとか。

 

 そして、彼女が足を踏み入れた――ジェイドの執務室は、ウォシャワ名物の複雑な紋様で()られた極厚の絨毯(じゅうたん)が敷かれ、数琥珀期前の遺物レベルな革張りの古書が壁を埋め尽くす。

 

 天井には観葉植物がつり下がる一方で、部屋の主であるジェイドの名を表すような鮮やかな緑に輝くヒスイで出来たサンキャッチャーが異様な数、垂れ下がっている。明かりもフロアの標準的なミーティアLEDではなく、ロウソクだ。とてもじゃないが、

 

 

 

 オフィスというより、魔女の館といった印象だった。

 

 

 

 ジロジロ見るのは失礼だと理解はしていても、部屋中の全てが興味をそそるものばかりで逆に目のやり場がない。

 

「忙しいときにごめんなさいね。かけて頂戴」

 

 豪奢(ごうしゃ)なマホガニー製のデスクの向こうで柔らかく微笑み、正面の席を勧められる。

 

 ”失礼します……”、と一礼してから彼女は座る。サイズの大きなウィングバックチェアを背にし身体をちぢこめて、いかにも萎縮(いしゅく)しているその姿を見て、ジェイドはくすりと笑い、

 

 

「――安心して。エレーナちゃん。今回呼び立てたのは別にあなたを叱責(しっせき)するつもりじゃないの。むしろ、その逆、ね」

 

 

 目を丸くし、口をパクパクさせる彼女――エレーナは、即座に脳を再起動させ、

 

「あ――、こ、光栄です。ジェイド様に名前を覚えていただけているとは、その、思っていなかったので」

 

 感動なのかなんなのかもはやワケがわからないように、白い肌が一瞬で朱に染まっていく。目を細めてジェイドは、

 

「当然よ。特にあなたのような優秀な人材はね。『戦略投資部』は――」

 

「「――人材を最も大事な投資だと考えている」」

 

 二人の声が重なった。

 

 満足げにジェイドは頷くと、引き出しから印刷された何枚かの紙を取り、それを並べる。

 

 デスク上で両手を組むと、

 

「タイガーアイが定年によって、退職したことは知ってるわよね?」

「は、はい、もちろんです」

 

 トップである戦略投資部部長ダイヤモンドの麾下(きか)にあるアンバー、アゲート、アヴェンチュリン、スギライト、パール、サファイア、オブシディアン、ジェイド、オパール、そして今の発言があったタイガーアイを加えた10名で構成される「(じゅう)石心(せきしん)」だが、欠員が出たのはつい先日のことで、社内でも相当話題になったのだ。

 

 もちろん、その話題はタイガーアイへの惜別(せきべつ)も含まれていたが、去ったものに目を向けるような社風ではないことは衆知の事実であり、もっぱらが、

 

「欠員が出れば、補充しないといけない。それがダイヤモンドの指示でね」

 

 ——次は誰なのか。

 

 これに尽きた。

 

 でも何故、いきなりそのような話をするのか。

 

「少しここだけの話を加えると、次に誰を上げるべきなのか。タイガーアイの『(わし)ちゃんみたいなクソじぃじがいなくなるのだ。次は精々若いイキの良いのを入れるんだの!!』という意向が少しだけ反映されているのだけど、」

 

 

 まさ、か、

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は――あなたを推薦しようと思っているの。エレーナちゃん」

 

 

「ま、待ってください!!」

 

 気づけば立ち上がっていた。あまりの勢いにチェアがひっくり返りそうになり、慌てて押さえる。

 

「わ、私はまだ等級でいうとP35になったばかりです! そこからの石心レベルですと10近くの昇進になります。そんなこと前例がほとんどありません!」

 

「たしかにほとんどはないかもしれない。だけど、ないこともないわ。あなたの入社時のテストの成績から、直近に至るまでの実績(パフォーマンス)も全て見させてもらったけれど。素晴らしかったわ。まぁ勤務態度だけは、すこしだけお転婆(てんば)みたいだけど、ね」

 

 そうして並べた紙から抜いて、見せてくるのはカブを顔の前に構えた社員証の写真だ。

 

「それ!? は、その……カブ……わ、私の相棒の次元プーマンなんですけど、立派に活躍できますし、私のパフォーマンス向上にも寄与してくれるのに社員扱いは出来ないって人事に言われて……抗議のためにしたんです。でもまぁ……ついおととい撮り直しました」

 

 あまりにも痛いところを突かれすぎてエレーナは赤面する。入社時はなんというか若かりし頃というか今も若いのだがなんというか、そう、野望に燃えていたというか。血気盛んだっただけなのだ。

 

 口元に手をやり、そんなエレーナの反応をくすくすと笑うと、ジェイドは、

 

「あなたの上司のフランシスコ……キコとは長い付き合いでね。彼自身はいつも卑下(ひげ)するけれど、私は長年会社に貢献してくれている彼を高く評価しているわ」

 

 びっしり文字で埋め尽くされた紙を今度は抜き出して、

 

「そんな彼がこないだ珍しく長文のメールをくれてね。定年の近い平凡な自分は、長いこと優秀な人材もそうでない人材も数多く見てきたが、これほどの逸材を見たことがない。必ず、私、いや会社にとって絶大な貢献をもたらしてくれるから、くれぐれも――あなたのことを頼むとそう伝えてきたの」

 

「ドビスキー、さん……」

 

 最初は固いことばかりを言う、まさに形式主義に取り()かれた老害おじさんだと思った。それに同期の方々と比べて出世レースで破れた、いわゆる負け組だと侮っていた。

 

 でも、その下で働かせてもらううちに愚かだったのは自分の方だと痛感させられた。

 

 魑魅魍魎(ちみもうりょう)のうごめく社内で生きていくには清濁併(せいだくあわ)()む必要があると教わった。綺麗事を主張したいのならば、綺麗事を主張してもよいだけの汚いことをしなければならない。人は理屈だけでは動いてくれない実に不条理な生き物で、だからこそ感情に訴えないといけない。どんなに圧力をかけられても、立ち塞がる壁が高くとも、それが自分の信念に反するのなら、

 

 

 従うべきは――自分だと。

 

 

 ビジネスマンとしてのいろはを何から何まで叩き込んでくれた。

 

 

 そしてその教えは厳しかったが、何よりも優しいおじさんだった。どんなに反抗的な行動をしても裏で各所に壮絶にかばってもらい、頭を下げてもらっていたことを知ったのは、彼の仕事を巻き取るようになってからだ。あれほど忙しい忙しいといつも死にそうな顔で口癖のように言っていたのに、ゆっくりコーヒーをすすれるようになって、

 

 

 

 ――もう、君に教えてあげられることは、何もないな。

 

 

 

 そのどこか寂しそうに笑ったつぶやきの意味を自分は何故察せられなかったのだろう。自分は本当に、どうしようもなく上司孝行(じょうしこうこう)のできない人間だ。

 

「――この会社で彼のように本当に信頼できる人間というのは、残念ながらそう多くはない。たとえ”十の石心”でもね。でも私は、あなたにそうなってもらいたいの」

 

「は、い……」

 

 嬉しい。憧れの存在にそんなコトを言ってもらえるなんて、天にも昇れてしまいそうだ。でも同時に、

 

「ありがとうございます。ですが……今の私の実績では……ジェイド様に逆に恥をかかせてしまうことになるかと」

 

 

 あまりにも推薦の根拠たるものが足りないから。

 

 

「そのことだけど、きっとキコならこう言うわ。”たかが、ないで諦めるな。ないなら、そこからどうすればいいかを考えろ”とね」

 

 思わずつい、

 

 ――雲上人の前だということも忘れて、吹き出しそうになった。

 

 

 

 確かに。まったくもって仰る通り。

 

 

 

 ――そうだった。

 

 

 自分は、そういう人の元で育てられたのだった。

 

 

「ジェイド様、1つよろしいでしょうか」

「もちろんよ、なんでも聞いてくれて構わないわ」

 

 それに目の前のこのお方が、そんなことを理解もせず、わざわざ自分に時間を割くはずがない。

 

 つまり――これは試されている。

 

 

 考えろ。

 

 頭にある戦略投資部で現在進行中のプロジェクト総数は昨日時点で6,291件。それ全部をさらう必要はない。目的を功績作りと考えれば、案件規模は大型、いや超大型に絞れるはず。そうなると残るは169件。そこから更に求められるのは緊急性の高さだ。呑気に数ヶ月~数年スパンのものなどを任せるはずがない。――21件。だいぶ間引けたが、おそらく後2手ぐらいで詰めるはず。考えろ。後は状況か。順調に進んでいる案件をわざわざ担当させる意味がない。難航、停滞、暗礁(あんしょう)に乗り上げかけているもの。そんな案件に送り込まれ、立て直しに成功すれば、功績として見栄えは申し分ない。――7件。最後の一手。この7件から”外の目”を入れる意味があるものはどれだ。単なる遅延や技術的障壁なら、現場の増員で事足りる。わざわざ本社から目ぼしい人間を送るからには、現場だけでは解決できない何かがあるはず。たとえば、”清算履行社(サーヴィサー)”が本来の業務から逸脱している、とか。――2件。どちらだ。どっちが正解。ここに来て、他の要素が見当たらない。ここまで来て、最後は可能性が五分五分(フィフティフィフティ)のところを運任せでは締まらない。何かあるはず、何、か。

 

 ――私は()()()を推薦しようと思っているの。エレーナちゃん。

 

 ――くれぐれも()()()のことを頼むとそう伝えてきたの。

 

 ――この会社で彼のように()()()()()()()()()()というのは、残念ながらそう多くはない。たと

え”十の石心”でもね。

 

 ――でも私は、()()()にそうなってもらいたいの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――私がシロッカの不正調査と現場の立て直しが出来れば、ジェイド様に恥をかかせなくて済む。そういう理解でよろしいでしょうか」

 

「――合格。口頭はね」

 

 にっこり。

 ジェイドの口端がつり上がる。

 

 悟られぬよう、小さく息を吐く。心臓と脳に余りにも過剰負荷をかけた気がした。

 

 改めて、エレーナは口にする。

 

 ――私じゃないと駄目な理由。

 

「シロッカ、ですか」

 

「何か、思うところがあるかしら? たとえば、ラシュコフ――あなたの故郷に状況が似ている、とか」

 

 

 やっぱり。

 

 

 汚染された惑星。絶望の日々を過ごす住人。手を差し伸べるカンパニー。その代価は人。似ていないといえば嘘になる。

 

 自分の原点であり、信念はそこにあるのだから。

 

「――ぜひ、やらせてください」

 

「ありがとう。エレーナちゃん。あなたなら、そう言ってくれると思ったわ」

 

 どこまでを見据えてこの方は仰っているのか。昔、オフィスカフェでランチを一緒に食べながら、ドビスキーさんが言っていたことを思い出す。

 

 ――”十の石心”。無論、私も会社人として憧れたことはあったさ。だが、必死にそこを目指している時に、気づいてしまってね。

 

 ――あそこは常人ではなく、超人すら通り越した、魔人の巣窟(そうくつ)なのだと。私はどこまでも常人に過ぎなかった。

 

 ——もしも、君がそこにたどり着きたいのなら……覚悟するんだ。人を辞める覚悟を。

 

 今ここでその本当の意味を理解した気がした。

 

 さっきから笑みしか浮かべてないのに、ゆっくりとこちらの身体に得体の知れないナニカが巻き付いてきていて、気づいた頃には絞り取られている。そんな空恐ろしさに身体が震えそうになる。知らず片手で己を抱いていた折、

 

 

「でも、安心してね。あなたは一人じゃないわ」

 

 

 その発言で少しだけ空気が弛緩(しかん)した。気がした。

 

 どういう意味でしょうと細心の注意を払いつつエレーナが問えば、

 

「もちろんこの件についてはあなた1人の功績としての形が最も望ましい。だけど、少しキナ(くさ)いのも事実。ちょうどいい所に、先日、少し面白い子を見つけてね。インターンとして、この件ではあなたの下につけることにしたわ」

 

 決定事項のように言われて、いや事実決定事項なのだろうが、エレーナは泡を食う。

 

「え、インターン、ですか??」

 

「ええ。社員(プロパー)を当てるとなると少し上手く理由付けが必要。でも、その子はインターンだもの。ほとんど素人よ。そんな一見ハンディキャップとも言える人材ですら、エレーナちゃんには上手く使いこなしてみせてほしいの」

 

 

 ——なる、ほど。

 

 

 それすらもこのさしずめ昇進試験の加点要素かと合点がいく。

 

 だとするなら、もう全てを受け入れよう。尊敬する上司のために、憧れの存在のために、そして自分の信念のために。

 

「――時間ね」

 

 ジェイドの言葉の直後。アンティークものの壁掛け時計が規定の時刻を示すようにチャイムを鳴らす。

 

「その例の子とは現地(シロッカ)で合流して。あと――今度、ここに来るときは、カブちゃんも連れてくるといいわ。私のサメルと仲良くしてくれるといいのだけど」

 

 鮮やかな緑の(ウロコ)を輝かせるヘビ。

 

 デスクの物陰からジェイドの腰、胸、首へと昇ってきたそいつは、”なんだこいつ”とでも言い出しそうな顔で紅い目にエレーナを映し、シュロロロと二股に分かれた舌を覗かせる。

 

「……承知しました。吉報を。――全てを琥珀の王に」

 

「全てを琥珀の王に――いい子ね。期待しているわ」

 

 失礼しますと深々と頭を下げ、こうしちゃいられないとばかりに足早に退室していったエレーナ。

 

 それを見送って、会話が終わり静けさを取り戻した室内で、サメルと呼ばれていたヘビがジェイドの耳元で何かをささやくように、

 

「ええ、そうね。念は入れた。

 ――でも、よく言うでしょう? ()()()()()()()()()()()()()()、ね」

 

 サメルの頭を指で撫でつつ、ジェイドはスマホを操作し、やがてつながったその相手に、

 

 

 

「――私よ。少しお願いしたいことがあってね。取引しましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

    ★  ★  ★

 

 

 

 

 

 

 

 

 よく見る夢。

 

 そこは白い空間で、そいつはいつも体育座りをして背中を向けている。

 

 何があるわけでもない。ただお互いがそこにいるだけ。

 

 何か1つでもアクション――たとえば近づこうとすれば、声を発しようとすれば、ほら、

 

 

 

 

 

「――――あ? いづっ」

「キュ! ……キュ! ュゥ…………ウォ!」

 

 トゲついた棒状の何かがマスク越しに(つつ)いてきている。ゴツッゴツッという固く高い音が鼓膜を叩き、

 

 ――俺は意識を取りもどした。

 あれ、何か見てました俺?

 

 てか、待て、たしか着陸早々、孔明の罠にハマって爆風に吹っ飛ばされてそんでもって、

 

 ――意識失ったんだった。

 

 そこに考えが至ると同時に()ね起きる。

 

 その拍子(ひょうし)にこてんとひっくり返る何か――たしか、

 

「――カブ、おまいだったのか、いつも、俺を起こしてくれたのは」

 

 カブはぐったりすることなくすぐさま体勢を直すと、こくこくうなずきました。あーよかった。ごんルートは回避された。 

 

「キュキュー!」

「て、全然よかねぇねこれ……」

 

 カブ太郎(命名)は俺を突いていた鼻先でもって、慌てて四方八方を差す。それもそのはずで、ぐるりと見回すまでもなく、

 

 

 

 

 囲まれていた。

 

 

 

 

 マスクをつけている者もいるが、大半が布で顔をぐるぐる巻きにしている集団が、あまり手入れのされていない様子の昔ながらの銃や最新式の光線銃などバラエティ豊かに、俺たちに向け構えていた。

 

 そして、そいつらに対し、後ろの俺とカブ太郎を守るように手を広げて立つ、フルフェイスマスクにローブ姿の人間がいる。

 

 失神する直前に見たことある気がするそいつは華奢(きゃしゃ)な背格好から察すると中身は女子――例のカブ子なんだろう。

 

 だが、そんなことはお構いなしに、

 

「見たか、これが解放戦線や!!」

「港は燃えている! 次はお前らの番だ!」

「クリアロードに入れると思うなよ!」

 

 よほど港の襲撃が上手くいってテンション上がってるのか、解放戦線の一般メンバーがザコ感満載の口調で色々と口走ってるが一気に言われてもよくわかんねーよ。挙手して、当てられてから喋りなさい。

 

 向こうにもそれを理解している物わかりのいい奴がいるのか、一般メンバーをたしなめながら、焦げ茶のタオルを顔に巻き付けた男がずいと進み出てくる。

 

「貴様ら、名を名乗れ。統治府の犬かカンパニーの手先か」

 

 答え如何(いかん)では――と解放戦線の連中の指がトリガーに伸びていく。

 

 すぐに蜂の巣になる未来が待っている。

 

 だというのに、絶対守るという態度を前に立つカブ子は崩そうとしない。

 

 

「……へぇへぇ」

 

 

 ようやっと、服についた(スス)や灰を払いつつ立ち上がる。いやカブ子さんさ、……脚と肩、震えてっからね。勇気は買うけどさ。

 

 だから、その肩に安心させるよう手を置き、前後の立ち位置を交換するべく、さらに前に立つ。

 

 

「交代だ。無理すんな。あんたを守るためにわざわざ俺は来たんだからさ」

 

 

 うーん、とても思いっきり不意を突かれた人間の発言とは思えない。誰だこいつ。ええ、俺でしたわ。

 

 

「繰り返すぞ。名を名乗れ。統治府の犬かカンパニーの手先か」

 

 パルサーエッジを抜き放ちながら、

 

「あ、俺に聞いてんの? 俺は、カンパニーの犬――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ヴェルト・ヨウだ」

 

 溜めに溜めて、言い放った。

 

 

 

 

 

 

 




執筆時BGM:「ツキアカリのミチシルベ」ステレオポニー

▼おまけ▼
おじちゃん「ぶぅえ”っクショい”””!!!! ヴぇ”い!! コォァッ!!」
姫子「うるさ……ちょ、ちょっとヴェルト。色々からまってるみたいだけど、大丈夫? あんた風邪でも引いたの?」
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