「――はぁ……」
ひっじょーに気まずい沈黙の後に、口を開いたのはエレーナとかいう女の方が早かった。
「いったん保留。コレは私が預かるから、ここにいる避難民の誘導をお願い」
「ハッ!」
統治軍の兵士たちに指示を出し、そいつらはようやく銃を収めて離れていく。ふいー、こんな
あとナチュラルに、コレとか言われたんすけど……こいつにゃ、姉センサーがピクリとも反応しない所を察するに年下なのでは? ちゃんと年上向けの対応をしてほしいんですけど?
てか、ちょい待ち、鼻がむずむずするし、なんか肌もかゆい、くしゃみ出るわ。
「ぶぇくしょい!!」
長らく忘れていたこの感覚。まるで花粉地獄の暖春にマスクをはずした時のようだった。その様子を見て、あ、とエレーナは手に持っていた俺のマスクに気づき、差し出してくる。たまらず、それをひったくるように再びかぶる。お、恐ろしい世界だわ、ここ。
「ちょっと。君、マスク、
「はい、そっす。恥ずかしがり屋なんで」
俺の言い分に呆れた表情を浮かべつつ、
「ふーん、じゃ後で私の予備あげるから、それ使いなよ」
え、気前良すぎじゃない? エレーナとかいう名前だけあって
「それで君と……」
俺から視線をずらし、ターニャとか言ってた子供と元カブ子に対し、
「アリアさん。あなたたち、ですけど」
不安そうにターニャは元カブ子に抱きついている。アリア? それが本当の名前なんかな。ほんとぉ? 知り合いの
それを見かねて、俺はエレーナにそっと顔を寄せて、今し方の騒動に母親が巻き込まれて亡くなったっぽいことをターニャに聞こえぬよう耳元で伝える。
「なるほどね。……了解」
事情を理解してくれたのか、エレーナはターニャとカブ子改めアリアの2人を引き離すのは得策ではなさそうだねと、両手をパチと合わせると俺含めて3人に対し提案した。
「いずれにしても……いったん場所を変えましょう」
みんなで移動中、ここぞとばかりにエレーナに質問したところ、シロッカについてわかってきたことがある。
第一に、”
すげーざっくりいうと、”目的ごとに整理された区画”と”区画同士をつなぐ生命線”という関係に近い。
1. 外に向けて人や物資が出入りする
2. 統治軍の拠点かつゲートの開閉や人の分流を指示する中心である
3. 余裕のある空間で住民たちの流れを整理し、必要に応じて仮設施設も建てられる多目的な
4. 負傷者や病人の治療を行う
5. 子供や身寄りのない老人のような社会的弱者をまとめた
6. シロッカの住民たちが制限を受けながらも暮らす
7. 大規模な発電所や配電、浄化処理、空調がまとめられた
そんで、これらを結ぶのが”
汚染により外の地表が危険なため、普通の移動が成り立たないシロッカで生きるために必要な区画だけを優先して結ばれた密閉回廊ネットワーク、とエレーナは称していた。
おえっ。
暗記の苦手な俺にとってはこれだけで知恵熱を起こしそうだった。
涼しい顔でそらんじるエレーナと
――さておき、
その
さしずめ
めいめいに目的の
「お、おい、なんか外れてってっけど、こっちで合ってんのか?」
返事はない。
つか辛うじてエレーナもさっきのシロッカの構造に関する俺の質問の回答をしたくらいなもんで、この4人で移動していてもほとんど俺しかしゃべってないんですけど。そんな人間関係を取り持とうとする健気な自分を一言でたとえると……”
やがて、
いかにも”関係者以外立ち入り禁止”と無言で訴えてくる隔壁扉と遭遇するのだった。
どこからか取り出したるカードをリーダーに通し、手袋をはずし掌紋認証を通すと、隔壁の奥でなんらかの機構がうごめく音がする。オープンセサミ。
開くとその先は天井が低いかつ細長い通路が奥に伸びており、壁は配管、床には色とりどりのケーブルが
頭ぶつけそうになりながら進めば、待ち受けていたのは
この期に及んで、誰も何もしゃべらないので、「もぉどこまで行くのぉ~、足が疲れちゃったよぉ~」と訴えたがガンスルーされました。ターニャの心の内を代弁しただけなのに。し、しどい。あーもーしょうがねぇな。
「……ほれ、こっち来い」
疲れてきたんだろう。次第に足取りがおぼつかなくなり始めていたターニャをさっきと同じく抱っこする。最初は遠慮しようとしてきたが、年上パワーで従わせる。やはり、年上は
カブ太郎が”やるじゃん”とばかりに
全員がリフトへ乗ったことを確認すると、エレーナは操作盤のレバーを倒す。振動と共に、壁が上へと流れ始める。はい、下へ参りまーす。
酸素でも薄いのかどこか思考がぼんやりしている。にしても、やーなんかエラいとこまで来ちまったなぁ、と内心ぼやいていると、斜め前からの違和感に気づいた。
――アリアだった。
マスクのアイピースはスモークになっていてうっすらとしか見えないが、それでも人間は不思議なもんでその向こう側にある瞳が俺を捉えていることはわかった。
「さっきはありがとな」
ちょっと迷ったが話しかけてみる。
いきなり話しかけられると思わなかったのか、アリアは思ったよりもびくんと驚く。そして、スマホを取り出すと何かを打ち込んでから、タップする。
『どういたしまして』
スマホのスピーカーから響く合成音声に、どゆことと怪訝に思った――矢先、
リフトが停止した。
エレーナがまず降りると、アリアもすぐ後に続く。
……どうやら時間切れになっちまったようだ。
俺も降りると――、
そこはさながら岩盤をくり抜いて、血と汗と涙を捧げた結果、出来上がった地下基地といった様子で、俺は星穹列車の長きに渡った
あれ、なんか不思議と涙がこぼれ落ちちゃいそうだぞ。わかる、わかるぞ、お前ら、きっとツラかったよなァ……。
そんな顔も知らない誰かさんたちに
「――エレーナ様。
「本社案件。オットー、私の部屋に通すから誰も近づけないように伝えて」
敬礼をし、関係する連中に指示を伝えに走っていくその背中を見送ると、何事もなかったかのように、
「さ、急ご」
移動を再開する。
通路をてくてく。
明かりは白く強いのに、ここが地下だからかどこか薄暗く感じる空間だった。場所が場所なだけに、
視線を下に向ければ、コンクリを樹脂かなんかで塗装した床がてらてらと輝いている一方で、コーティングが
やがて、というべきか、ようやくというべきか、エレーナはある部屋の前で足を止める。
「いったん、アリアさんとターニャちゃんはこの部屋の中で待っていてください」
や、あの、俺も休みたいんですけど。と眼差しだけで抗議しても効果は皆無だった。グンバツであってくれよ……。
ターニャを降ろし、アリアと部屋に入っていくのを見届けるとエレーナはにこやかな表情のまま、ゆっくり扉を閉めて、――音が響かぬように鮮やかな手つきで多重ロックをかける。
「ちょ――」
おまなにしてんだよ、と口にしかけたところで唇に人差し指を立てて見せてくる。
眉をひそめれば、そのまま手を引かれて隣の部屋へと連れ込まれる。ひっ、カブ太郎助けて、貞操の危――
「さて、ここなら、耳を気にせず、ようやく話せるかな」
――機なワケもなく、同じように後ろ手で扉をロックすると、エレーナは壁に掛けられた複数のモニターをONにした。
四角い枠の中に映るのは、隣の部屋にいるアリア&ターニャで三方向から撮られていた。
えぇ……これ取調室でよく見るヤツじゃんか。尋問途中の反応を別室であーでもないこーでもないってコメントするやつ。
「それで、改めて聞くけど、君は――ゼインくんであってる?」
「え、ああ、そうだけど」
反応が遅れたが、首肯する。
「――にしては、ジェイド様から聞いてた特徴と違うんだけど、なんか髪の色とか」
そ、それなー。
来る途中、俺も俺で改めて考えてみたが、たしかにジェイドお姉様とはグラモス前に会っただけだから、悲劇的ビフォーアフターを果たした俺については知るよしもないはずだ。
これについては、本当のことが嘘っぽすぎるから適当にそれっぽいことを言っとくことにする。それより、他で証明したほうが早い。
「髪は……イメチェンだよ。てか、あれだ、俺が本物かどうかはジェイドお姉様とのメッセのやりとりを見てもらえりゃわかる」
スマホのロックを外して、メッセージアプリに残るジェイドお姉様との資料共有の履歴やらその直前のやりとりを表示してエレーナに渡す。
「――ふーん、たしかに本人か。……一応信用してあげる。それに何より、 」
一通り画面をスクロールしながら、付け足すようにエレーナは、
「”私のことをお姉様って呼んできたりするの”ってジェイド様が嬉しそうに言ってたよ」
据わった目つきが俺に刺さる。なんだこいつ、お姉様警察か。お姉様をお姉様とお呼びして何が悪いんだよ。
「まぁどんな経緯でジェイド様と知り合ったとかはどうでも良いけど、カンパニーに入りたいんだったらそういうとこ、ちゃんと気をつけた方がいいよ? ジェイド様は比較的寛容だけど、そうじゃない人も多いし。ウチはかなりタテ社会だからね」
チッうっせーな、反省してまーすと言ってやりたいのはやまやまだったが、ここはグッとこらえる。スマホを返してもらうと、
「――あと、君ってさ、チャットの未読溜める派なの?」
「は? むしろわりと即レス派なんすけ――」
ヒュ――と喉が鳴った。
よく見れば、
とあるグループと個別チャット合わせて未読件数が200を軽く超えていた。
な、なんだこれ……なにが、一体なにが起きてるんだ。
俺の知らない所でひょっとして何かがバズったのか。”ちょw、お前の年上ポスト伸びすぎw有名人じゃんw”って、みんな祝いの声をよこして――じゃねーよ、ほぼほぼ未読の内訳、星核ハンターファミリアメンバーだわ。
最新のチャット内容がちょこっとだけ見えてるけど、”わからせたほうがいい?”。ふええ、なにこれ、どゆこと、何を俺は理解させられちゃうの、恐いよぉ。
心臓をワシ掴みされたように、震えが止まらなかった。スマホじゃなく俺の手がバイブレーションモードになっている。
「ちょ、ちょっと大丈夫?」
「え、あ、ああ、はい――」
うん。見なかったことにしとこう。そうしよう。い、今中途半端な対応をしたら逆にマズいことになる気もするし、未来の俺がなんとかするはず。ファイティン俺! ようし、いったんまとめて非表示にしておこう。くわばらくわばら。
この危険過ぎる話題を変えるべく、俺は、
「つ、つーか、俺こそ聞きてーんだけど、このカブ太郎の飼い主って、おたくでいいんだよな?」
「ちょっと変な名前勝手につけないで。第一、カブはメスだし」
げ、と足下を見る。か、カブ子はおまいだったのか……さよなら、カブ太郎。や、だから尻を振るな。
「なんでだろ……カブが私以外にこんなに求愛行動示すなんて。なんか君変なことした?」
「何もしてないです」
ちぇ~るをあげたくらいです。心あたりもないです。そんな
「待て待て、んなら、なんであの
「私はあの時、ゲートの封鎖対応や避難誘導をしなきゃならなかったから。
「あん? 彼女って――?」
あごをしゃくるようにして、映像内のアリアを示すも、俺の疑問は解消しない。
「あいつ、なんか重要なんすか?」
一瞬だけ言うべきかどうか
「あの中身が、現在失踪中の銀河の