ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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#27 ”Miss Vagabond”

 

 

 彼女は銀河を彷徨(ほうこう)する。

 

 

 

 当てもなく、目的もない。

 

 

 理屈は介在しない。

 

 

 ただ身体が、感覚が、

 ナニカが呼ぶ方へと向かうだけ。

 

 

 ()()はそれでいいと思っている。

 

 

 ともすれば”漫遊(まんゆう)”と嘲笑されても仕方ない。

 

 

 ()()はそれでいいと思っている。

 

 

 ともすれば”逍遙(しょうよう)”と呼称されても仕方ない。

 

 

 ()()はそれでいいと思っている。

 

 

 ともすれば”漂泊(ひょうはく)”と指弾(しだん)されても仕方ない。

 

 

 

 なんであれ、それが”虚無(きょむ)”。

 

 そして”自滅”へと至る、運命の道なのだとすれば、

 

 

 (あらが)わなければ。

 

 

 たとえ、この世が(つゆ)のように(はかな)いとしても――

 

 

 

 

 ――目覚めれば、くすんだ白の天井が目に飛び込んできた。

 

 柔らかなベッドは、雲の上のように感じられる。固い床ではなく、このように身体が沈むような感触を味わえるのは随分と久しい気がした。

 

 いつまでも耽溺(たんでき)したい気持ちをどうにかして振り払わないといけない。

 

 気だるさの中で、身を起こし、視線を横にずらす。

 

「……ここ、は」

 

 顔を触ろうとして、固い何かが指に先に触れた。マスクのようなものが口に装着されている。

 

 はたしてはずすべきなのか逡巡(しゅんじゅん)するが、そこで少しだけ最後の記憶が蘇ってきた。

 

 

 ——この惑星にたどりついて、人の流れに従って歩いていて、何故だか妙に息苦しくなって、

 

 

 ガチャと部屋の扉が開く。

 

 

 

 

 

    ★  ★  ★

 

 

 

 

 

 ウザかったフルフェイスマスクを取り、ハーフマスクに付け替えた。

 

 その位置を調整しつつ、扉を開ける前にノックとわざと大げさに咳払いをする。これはうっかり着替え途中というラッキースケベイベントに遭遇しないよう、せめてもの心づくしである。

 

 でも、それでも遭遇してしまったら仕方ないですよね、事故ですよねとばかりに、ノックから間を置かず、ホラー映画さながら目玉が飛び出そうなくらい力を入れて、顔だけを差し込む。

 

 

 

 ――先ほど助けたおねーさんは、無事意識を取り戻したのか、身を起こしぼんやりとした目で窓から外を見ていた。

 

 

 

 九分九厘(くぶくり)ばかりのわずかな期待はあえなく散ったが、それはさながら病床の女の子が窓際の枯れ枝についた最後の葉を眺めるかのようで、その他の邪念もたちまち失せる。

 

「おっ! 良かったぁ~、お目覚めですか!」

 

 声をかければ、顔がこちらを向く。藍色に染まる長い前髪が流れ、右目が俺を捉える。

 

「――……あなた、は?」

 

 まだ目覚めたてなのだろう。俺はベッドの隣にもらってきた水のボトルを置く。ちらと横目で物騒な刀が目に入るが、まぁ置いておこう。

 

「はい。あなたのゼインです。覚えてます? あなたマスクもなしでいたせいか咳き込んで倒れちゃったんですよ」

 

 そう、生活区画(リビングエリア)にて手配書ポスターを剥がした俺の近くで倒れ込んだこのお姉さんは思いっきり素顔をさらしていたのである。どういう経緯でたどり着いたにせよ。マスクなしはいただけない――と、

 

 その余りの美貌(びぼう)とホットパンツから伸びるしなやかな絶対領域、ダイナミック銃刀法違反、惜しげもなく披露されたヘソ出しルックというウルトラナイスバデーに同じくひっくり返りそうになった俺は、いったんエレーナからもらったハーフマスクを装着させて、慌てて先行していたアリアたちを呼び戻して事情を伝え、

 

 

 それまで俺たちが目的地として向かっていた保護区画(セーフエリア)にある、ここ——孤児保護施設 ”コンソナンス” に(かつ)ぎ込んだのだ。刀と和傘付きで。

 

 

 上記の経緯をかいつまんで話せば、綺麗なお顔に陰が差す。

 

「すまない……面倒をかけた。このマスクも……ありがとう」

「面倒だなんてとんでもない! いくらでもかけてください、面倒くらい!!」

 

 俺の語気に、目をパチクリさせると、

 

「す、まない?」 

「あり? どしたんです?」

 

 語尾が上がったことに対し、俺も疑問に疑問で返しちゃう。

 

「……長いこと旅をしているが、そんなことを言われたのは初めてな気がするんだ。……あなたは……きっと善人なんだな」

 

 なんてことだ。

 

 愕然(がくぜん)とする。たかがこの程度の言葉でそこまで言ってくれるとは。いったいどんな人生を送ってきたというんだ。このおねーさんの過去に思いを馳せるだけで泣けそう。さぞかしおツラい経験をしてきたのだろうな。うっうっ。心で滂沱(ぼうだ)の涙を流しつつ、

 

「よく……言われます。似てるでしょ、善人とゼインて」

 

 ちなみに全く言われたことはない。

 

 姫子に『ときどきゼンって、ほんとにゼンと呼んでいいものか迷うことするわよね……』と苦言を呈されたことは何回かある。勝手に呼んでおきながらうるへーわ。勝てばよかろうなのだァという名台詞(めいぜりふ)を知らねーのかよ。

 

 今は昔のやり取りを思い出していれば、何かを思案しているのか、こちらをじっと見つめていて、

 

 

 

「私は、――黄泉(よみ)。ただの、黄泉(よみ)だ」

 

 

 

 ”え、それ本名です?” と喉元まで出かかったが飲み込む。人間色々な事情があるんだから様々な名前を使うこともあるんです。ヴェルトとかアリアとか。

 

 にしても、チョイスが、その、な、なかなかなお名前ですね。仲良くなれると思いますよ。これでも俺氏、黄泉路(よみじ)をたどり、三途(さんず)の川を渡った経験もありますからね、ええ。

 

 

 が、名乗り終わると、

 

 

 

「1つ聞きたいんだが……私たちは、どこかで会ったことがあるか?」

 

 

 

 うっわ、やば、きたよ、え、これ、いいの? ボーナスステージ? えらく古典的な口説き文句ですよ。運命感じちゃう。ロマンチック止められそうにない。

 

 答えなんて決まってんだろ。任せてください。いくらでもお付き合いしますよ。

 

「そうですね。……黄泉(よみ)のねーちんは覚えていないかもしれませんが、俺たちはその昔、会ったことがあります」

「……? すまない……そのねーちん、というのは?」

「ねーちんですか? 俺が敬愛するあなたをかつてそうお呼びしていただけです」

「そう、だったのか……? だとしたら、すまない。全く覚えがない……私は……少し事情があって、記憶力が悪いんだ……」

 

 待て待て。

 

 そ、それって()り込みキャラメイクし放題ってコト!? お、俺が守らないと、この無防備過ぎるねーちんが悪い奴らに捕まって感度3000倍にさせられる世界線だってあり得る。

 

 俺はダンコたる決意を胸にしつつ、

 

「ま、まぁ、それはそうと、なんであんなとこで倒れてたんですか?」

 

 聞いた途端、ねーちんの顔に陰ではなく、朱が差す。

 

「み、……」

「み?」

 

 少し前屈(まえかが)みになって、次の言葉を待てば、

 

 

「道に、迷ってしまったんだ……」

「かわよ」

 

 っべー、ついうっかり口に出してしまったわ。でも、もう一度言うわ。かわい。かわえ。かわよ。

 

「うんうん、あるある、ありますよね、道に迷うことくらい。俺もありますよ、寝る前とか時々、やっぱ上司が猫っておかしくない? って」

 

 無理だこれ。俺、黄泉(よみ)のねーちん全肯定botになっちまう。

 

 なんなんだこのダウナーで(はかな)いのに放っておけない、おっちょこちょいでキュートなおねーさんは。やっぱり、お、俺が守らなきゃ。

 

 そっとその手を、俺の手で包み込んで、

 

 

「――大丈夫です。これからは俺があなたの道標(みちしるべ)になります」

 

 

 感動の挿入歌が流れてもおかしくない場面なのにノックの音が割り込んでくる。チッ、んだよ、今めちゃんこ大事なとこなんだけどー。

 

 へーいと扉に向かって声を放るも、反応がない。

 

「ったく、なんなんだよ……」

 

 もう1度だけ冷たいねーちんの手をぎゅっと味わってから、断腸の思いで離し、俺は扉の前まで寄る。乱暴に開け放つとそこには、

 

 

 

 車椅子にすっぽり収まった人。

 

 ――ただし、その頭はやはりマスクに包まれているが、印象が他の人間に抱いたものと異なっていた。

 

 本来なら目元や鼻っ柱がのぞくシールド部分は(にぶ)い光沢を放ってはいるものの完全に漆黒で、表情が全くといっていいほど見えない。

 

 辛うじて耳のような形状の出っ張りとあごから首元までの縁取(ふちど)りが金属のおかげで、ああこれは頭で、そんでマスクなんだと思えるが、もしもそれらを取っ払ったら黒真珠(くろしんじゅ)にしか見えねぇって。

 

 

「――すみません。開けてくれてありがとう」

 

 

 落ち着いた、野郎のバリトンボイスで合成音声が発せられる。なに、この星、合成音声が流行ってんの??

 

(^^)

 

 続いて、その黒真珠にそんな顔文字が白抜きのように突如表示される。

 

「うぉっ!? なんか出た!」

「あ、なにも表示されないと思ったかな?」

「いやいや、そらそーだろ! さっきそんなんなかったし。そのマスク、まさかディスプレイとは思わねーだろ……」

 

 ”ふふふ”とわざわざ笑い声まで合成音声で再現しながら、車椅子の男は室内に入ってこようとするので、慌てて道をあける。

 

 気づかなかったが、普通にモーターで動いている電動車椅子らしい。

 

 すい~と部屋の真ん中まで移動すると、

 

「やぁレディ。お加減はいかがでしょうか」

「……あなたは?」

 

 珍妙極まりないものを見たと言わんばかりの口調を隠さずにねーちんは首を(かし)げる。ですよねー、わかるわかる。

 

「こんな姿で申し訳ありません。僕は――ビョルンと申します。孤児保護施設であるここ、”コンソナンス”の代表をしています」

「私は黄泉だ。こちらこそすまない……あなたにも迷惑をかけてしまった」

「いえいえお気になさらず。僕たちの家族の1人、アリアの恩人の頼みでしたので」

 

 言うと首を動かし、俺とねーちんの両方を往復させて、

 

『( ¯▽¯ )』

 

 顔の表示が切り替わる。

 

 

 

 

 

 

 ”コンソナンス”に到着すると、俺たちを待ち構えていたのがこのビョルンという男だった。アリアの姿を見るなり、開口一番が、

 

 ――無事で良かった。

 

 その後、連絡はすでにエレーナからもらっているということを開口して2番か3番目には言葉にしていたと思うが、横で色々話しを聞くうちに俺も背景を理解してきた。

 

 ”コンソナンス”は外観からして教会と孤児院を足し合わせた宗教施設といったような感じで、こことはまた(おもむき)が違うものの、かつて俺と姫子のいた施設を思い出させるような、妙に多い子供たちとわずかな大人のスタッフで運営がされていた。

 

 そして、それこそがエレーナが「案内は不要」と言っていた理由。

 

 どうやらアリアは現在ここで教師兼スタッフの1人として働いているらしく、そりゃ家に帰るのに案内も何もないよねというのが真相だった。親を失い、行く当てもないターニャを保護するのも、(すじ)としてはここの役割だったようで、早い話がエレーナにとってみれば一石二鳥だったというわけだ。しごでき女子め。

 

 ビョルンに対し、エレーナがどう伝えたのかはわからないが、俺もあいつと同じくスターピースカンパニー側の人間として今このシロッカに来ており、港区画(ポートエリア)の騒動に巻き込まれたアリアとターニャを偶然助けた恩人ということで出入りの許可をもらった。

 

 ねーちんのために1室を貸してもらったのも、それにかこつけた部分があることは否めない。でも人命(じんめい)いや姉命(あねめい)優先なのは国も星も問わないはずじゃん!

 

 まぁ幸い、イヤな顔ひとつせず……いや見えないから当たり前なのだが、ビョルンはすぐに手配してくれたので助かった。めでたしめでたし。

 

 

 ――じゃねーわ。

 

 問題はこっからどうするかだ。とりあえずエレーナには”コンソナンス”に無事到着した旨をチャットで飛ばしたものの、「よき!」的なニュアンスのスタンプが1つ返ってきただけだった。か、た、て、で、塩(対応)!

 

 ひっじょ~に名残(なごり)惜しかったものの、いったんねーちんとビョルンが話し込み始めたので、そっと部屋を出た。俺が守らないといけないのに……。

 

 そこそこ掃除はされているようだが、いかんせん建物の古さが目につく。まぁ最新の施設なんて、ここの目的から考えたらあり得ねーけどな。俺のいたとこもクッソボロかったし。

 

「さ~てどうすっべ……」

 

 廊下をコツコツ靴音を反響させながら歩いていると、

 

 

 耳がかすかなメロディを拾う。

 

 

 目を閉じ、耳元に熊手を作って当ててみる。

 

 

 

 ――それは声だ。しかも子供たちの。

 

 

 

 引き寄せられるよう、音量を頼りに脚を発生源の方に向かわせる。階段の手すりにケツを乗せてすべり降り、草木の()(しげ)る中庭を抜けて、

 

 

 聖堂と思しき独立した建物を探り当てた。

 

 

 ――声はここから聞こえている。

 

 

 扉を少しだけ開け、中を確かめようとするが、建て付けが悪いのかスムーズに開かない。

 

「あん? かってぇな、これッ!」

 

 脚を踏ん張って、ようやくプシュッという炭酸の缶を開けた時のような音と共に開き始める。

 

「だぁ……ここも二重扉なんかよ」

 

 ゲートと同じような仕組みだった。俺は扉の隙間に身体を滑り込ませて、外扉が閉まったのを確認してから内側の扉を開ける。今度は最初から力を入れ、勢いつけて開けようとしたら、

 

「どわったたたッ!??」

 

 ――結果的にめちゃくちゃド派手に扉を開けてしまうことになった。いやもう完全に「その結婚ちょっと待った――――!!」のシーンだわこれ。

 

 案の定そんなダイナミック登場をかませば、綺麗に揃っていた歌声も驚きによって停止する。

 

 最初、子供たちは円になっていたのに、めいめいが俺の闖入(ちんにゅう)を知覚すると楕円(だえん)となり、次第に崩壊する。

 

 そして、男女問わず年齢1桁程度特有の甲高(かんだか)い声が(せき)を切ったように飛び交い始め、すぐに手に負えなくなる。

 

「あっ、例のアリアせんせ~のカレシだ!」

「ほんとだー!!」

「えっあれが!? せんせーそうなの??」

 

 指を差されたので念のため背後を確認するも誰もおらず、扉があるだけ。……俺かよ。

 

 だーれが、だれのカレシだって? と思った矢先、俺の中で何かが引っかかる。ちょい待ち。あれ、なんだ、……当たり前になっていて見過ごしてしまった何かがあるような――

 

 

 子供たちの中心でオルガンを演奏していた人物が立ち上がってこちらに振り返り、

 

 

 ――俺は固まる。

 

 

「…………え”、」

 

 

 口元をひくつかせつつ、声を振り絞るのがせいぜいだった。

 

 というのも、問題はその出で立ちで、首元までぴっちりした露出のまったくないシスター服+頭巾に身を包み、髪は三つ編みおさげ、

 

 それになんといっても顔だ。

 

 目元に、ぐるぐる模様の入った古式ゆかしい瓶底眼鏡(びんぞこめがね)をかけていた。

 

 

「…………なんなん、それ? へんそ……コスプレ?」

 

 

 ようやく理解が追いついて、思わずツッコんでしまうと、見る間に当人――アリアの顔が真っ赤に染まる。いや普通に恥ずかしがるんかい。

 

 それを見て、やいのやいのと子供たちが騒ぎ立て始めるが、

 

 

 

 ――ん?

 

 

 そこでようやっと、先ほどからつきまとっていた違和感の正体に気づく。

 

 

 アリアも、子供たちも、

 

 

 

 

 

「――お前らなんで、マスクしてないの?」

 

 

 

 

 

 

 






ロビンのコスプレイラスト集はいいぞおじさん「ロビンのコスプレイラスト集はいいぞ」
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