ホログラフィックディスプレイを8つも並べていれば、普通の人間であればこういうだろう。
――やりすぎ、と。
であれば、エレーナとしてはこう返したい。
――じゃなきゃ終わらないし。
まったくもって、その通りで8つのディスプレイはエレーナの指に連動し、全て停止することなくスクロールし続けている。そして、それを追いかけるエレーナの瞳もディスプレイの青白い光が反射し、また四方八方を追いかけている。
ピンと指を
そこに表示されているファイル名は――”【提出用】コンソナンス_保護児童リスト”とある通り、コンソナンスがシロッカ暫定統治府に定期的に提出しているリストだった。
「登録……47」
もう一度、ピンと指を
今度のファイル名は”配給ログ”とある。直近1ヶ月の
58。58。58。58。58――、
エレーナは眉ひとつ動かさず、別タブを開き、カテゴリを切り替える。マスクや交換用フィルタのサイズ、栄養食のセット内容、医薬品の対象年齢区分、毛布のサイズ規格。どの値も、
「違うな……差分は、大人じゃない。子どもか……」
声に出すと、机の上の空気が少し固くなった気がした。足下のカブはそれを鋭く悟り、小首を
ぽんぽんとカブの頭を撫でつつ、こめかみに手を当てて、トントンとリズムを取る。これで少しでも思考が加速してくれればいいのだが。
もっと、こう想像力を働かせないと。
足がつきやすいデータでないとすれば――、
すぐさまエレーナはファイル
もっと地味な――備品や事務用品、誰も気にしないたぐいの買い物の購入履歴――ヒット。
開き、目を走らせる。
複写伝票。連番の封印シール。
1行ずつ目でなぞっていく。知らず、口元がわずかにゆがむ。
「ドビスキーさんだったか、誰かが言ってたな……最後は紙だって」
たとえば通信が不安定、たとえば形態を変えての管理という観点で紙の併用。いくらでも言い訳は成立するけどとエレーナは思う。
だが、封印シールとご丁寧に復元がほぼ困難な
更にもう1つディスプレイを手前に寄せる。開くファイルは”電力ログ”。早朝、日中、夜、深夜と時間帯をスライドしていき――、
深夜帯の負荷推移。コンソナンスの区画を選び、エリアとタイムラインの表示倍率を調整する。ヒートマップのサブウィンドウを立ち上げれば、コンソナンスのある1点が真っ赤に染まる。
次いで時刻に視線をやる――22時台、使用率が
基本的に数字は嘘をつかない。嘘をつくとすればそれは数字を操る人の存在があるからと普段から提唱しているエレーナである。とすれば、この場合も人の都合によって機械が動くとして、
「この場所で”何か”が夜ごと行われている……か」
エレーナは手帳を取り出し、1枚ページを切り取ると、そこにペンを走らせる。
・登録されていない子供?
・別のリストで管理?
・コンソナンスで行われる何か?
「そもそもに戻ろ。コンソナンス。ここの代表者誰なのかというと――」
購買の承認者欄にあった名前からカンパニー側の人物データベースにアクセスし、せわしなく動いていたエレーナの指がピタッと止まる。
ビョルン/ 施設代表(コンソナンス)
――そこをタップすると、人物データベースの照会画面が開く。
PERSONNEL PROFILE // QUERY RESULT
氏名:ビョルン(登録名)
役職:戦災孤児保護施設「コンソナンス」代表/最終承認権
所属:民間救護組織(暫定統治府 登録)
所属(上位):[MASKED]
照会制限:LEVEL-EX(対壊滅級)
理由コード:DSTR-L / EXTERNAL-BLOCK
紹介元(スポンサー):[MASKED]
監査フラグ:ACTIVE(閲覧不可項目あり)
照会ログ:記録済(詳細は権限外)
”所属(上位)”
シンプルな文字情報のなかでそれだけがやけに目につく。
“所属:民間救護組織(暫定統治府 登録)”。そこまでは、正直いくらでも偽装できるだろう。しかし、わざわざ伏せられている、かつ――、
”照会制限:LEVEL-EX(対壊滅級)”
添えられているのは実にイヤな文字だった。
「"壊滅"、そうくるかぁ……」
この手の制限が付くのは経験上、事故物件みたいな人物か、事故物件みたいな“背後”があるときだけだ。
”所属(上位)”のマスクされている部分をダメもとでタップする。
対象項目:AFFILIATION_TREE(所属(上位))
遮断理由:EXTERNAL QUERY BLOCK
関連区分:DSTR(壊滅)
注意:本照会は監査ログに記録されます
「……なるほど、
コンソナンスの代表者。
そして、どうやらその上に乗っているのは、この銀河における全ての文明と生命を滅亡させるべく、万物を破壊し尽くす最凶最悪の運命である”壊滅”の影。
コンソナンス――協和音などという名を冠すこの施設は、こうなってくると明らかにただの孤児院というわけじゃない。
そしてビョルンも、ただの代表でもない。
ロビンの正体にたどり着く前後の調査で、叩けばホコリが出そうなキナくさいものにはいくつかあたりをつけておいたものの、初手からこうも大きなホコリが見つかるとは。
喜ぶべきか嘆くべきか。結局は愚痴に近い形で、
「彼に、ジェイド様にロビンさん、それに私もか。なかなかどうして
あるいはそれとも――、
いや、
いずれにせよ、やはり、
「――そこは私も行くしかない、か」
★ ★ ★
「――なるへそ」
こくんとうなずくアリアとおチビたちに俺が加わり、車座になって座っていた。
そんでもって、”ここ! ここ!”と、おチビたちに
「つまり、あれだ、この聖堂は特別扱いでマスクなしでも問題ないくらい空気が浄化されてるってことか」
「うん、そうだよー!」
”そうだそうだー!”と声が続く。こだまでしょうか。じゃなきゃ、これが若さか……元気ありあまりクリスティすぎる。
まぁ詳しいことはさておき、入り口の二重扉とかも含めて、ことさら密閉性を高めているから出来るのだろう。
俺もマスクをつけていなくていいなら、わざわざつけておく理由もないので外すことにする。
「ああ……やっぱずっとつけてると取ったときにスゲー解放感が――あん?」
おチビ共の女子から黄色い声が上がっている。
「どしたん……?」
なんか急にテンション上がって、”やだもー!!”とか”いいっ!!”とかキャイキャイ言いながら、お互いをばしばし叩きあってっけど大丈夫なんこいつら……。男子陣もそれに対して少し引いていた。
やれやれ、これだから年少は困る。年上の母なる海のような包容力と大地のような安定感をいつか持てるよう
”はーい”と元気よく挙手する女子が出てきて、満面の笑みでこっちにアピールしてくるのを無視するわけにもいかず、発言を許可する。
「せんせーのどこが好きなの?」
いやだから、さっきからその前提なんなんだよ。どうにかしてくれと助け船を求めて、アリアにアイコンタクトを送ると、スマホに文字を打ち込んで、読み上げさせる。
……やっぱ、自分の口からは発さねーのか。と、
「ダメよ。みんな、――ヴェルトさん困ってるから……」
吹きそうになった。
そうだった。そういや、こいつの前でそう名乗ったまんまだった。
「カッコいいお兄ちゃん! ヴェルトさんって言うの!?」
女子たちが、わぁっと立ち上がって駆け寄ってくる。ち、違う。カッコいいお兄ちゃんと褒めてくれるのはめちゃ嬉しいが、ヴェルトを褒めないで。俺をもっと褒めて。
だが、そのためだけに名乗り直すなんてカッコ悪すぎんだろ。さすがにそれは無理、できんわ。カッコいいが欲しければ、カッコ悪いをしなければならないという、なにこのジレンマ。
「ヴェルトさん、ねぇねぇ、じゃあ、ヴェルトさんのすきなタイプおしえてー」
左右に揺さぶられる。現実に則するなら姫子の特徴を言ってやるべきなのだろうが、それはヴェルト、いつか自分で言いなさい。他人をアテにしてはいけません。
てか
期待に輝く眼差しが集まり、ついぞ耐えかねて俺は口を開く。
「……えー、あーん、そうだな。好きなタイプぅ? そりゃあ、もちろん――年上のおねーさんよ」
力強く断言する。
フッ、ここでブレる俺ではねーわ。なんなら詳細に描写してやろうか。
しかし、
スッと真顔になった女子たちは距離をとると、気まずそうにアリアと俺へ交互に視線をやる。
一方、男子たちはというと、”お前は上と下どっち派だ”と宗教戦争で二分されていた。今はわからない――いや今しかないぞ、お前たち。ほぼ世の中に年上しかいない今を楽しめ。俺の言葉の意味がお前たちにも、いずれわかる時が来る。後悔してからでは遅いんだ。いいか、俺は大事なことを伝えたからな。
くいくいと袖を引かれて、なんじゃいとそちらを見れば。
口を開けたまま、
唇が何か言の葉を吐き出したそうに微動して――、
――ケツポケットのスマホが着信を知らせた。
あ、わり、と一言謝って、長方形の板を取り出し、発信者を確認すると同時に光の速さで耳に当て、応答する。
「はい、あなたの最高傑作です。こんにちは」
「――こんにちは。ゼインさん、その後、身体の調子はいかがですか」
ルアン姉ちゃんからのお電話だった。いやだわ、身体の調子の確認にわざわざメッセじゃなく電話をくれるなんて、ほほほ。痛み入っちゃうわ。
「ありがとうございます。お陰様で、色々出力上がってて、すこぶる快調です!」
「……そうですか。それはよかった。特段、その後は大きな怪我や病気などもなかったということであってますか?」
「はい?」
なんか引っかかる物言いに首を
「えー、まぁ、そうっすね、その通りです」
「なるほど。であれば、申し訳ありません。少しかけるのが早かったようですね。それでは」
ブツッと通話が終了し、
地味にへこみながら、スマホをしまおうとして、再度着信――あーん、なるほど、きっと話してるときにトンネル入っちゃって電波切れちゃったんだ。それか操作ミスで切っちゃったんだ。そうに違いない。
「はい、あなたの最高傑作です」
「……えーと、私だけど」
困惑する沈黙の後に聞こえてきた、ルアンねーちゃんとは異なる年下ボイスに発信者の名前を再確認すれば――げげ、エレーナじゃんか。
「君……自己評価高いタイプ?」
「おろろろろなんか音声乱れて聞こえないっす。あ、戻りました。で、なんすか」
華麗にスルーして用件を尋ねると、エレーナもよく訓練されているのか、はたまたスピード優先なのか、それ以上の追及はされなかった。
「今、ゼイン君のいる、コンソナンス。少しそこを探ってほしくて」
「はぁ、ここすか? ま、いいすけど、対象はなんすか?」
おっしゃ、どうにかなれ――と風の向くままブラつくより、なんか行動指針もらえるだけで全く違うぞ。
「周りに子供たちいる? なんか声が聞こえるから復唱はしないで、――
子供たちの名簿? 直前の忠告と話の内容を意識し、俺はお仕事の電話ですオーラを放ちつつ立ち上がってアリアと子供たちから距離を取る。
声を
「それ、データってことすか?」
「多分。という言い方になるけど、データじゃなく、アナログで」
一体全体なんに役立つんだという当然の疑問はさておき、まぁ探せと言われたら脳死で探すしかない。これも大事な処世術の1つだ。ひとつなぎの財宝よりは見つけやすいだろたぶん。世はまさに大社畜時代。
「ゼイン君、そっちの本館っぽい建物の脇に、なんというか他の建物ないかな?」
「あん? 聖堂……すか? つーか、いますよ。そこに」
「あ、ほんと? なんか変なとこない? ごめん、抽象的で」
謝られても逆に困るわ。そんなんまず思い浮かぶのは、
「ここマスクなしでも問題ないみたいっす」
「――どういうこと?」
や、それは俺もさっき教わったばかりで解説はツラいなり。右から左に伝えるしかねーわ。
「ここは特別で、仕組みはわかんないんすけど、ゲートみたいに入り口が二重扉で密閉されてて、浄化されているからとかなんとか」
「……そこで子供たちは何を?」
「歌の練習? まぁ俺が来たときは歌ってました」
沈黙が返ってくるので、
「あのー、もしもーし」
「……他には?」
そんな敏感にあれもおかしいこれもおかしいって気づけたら、星核ハンターじゃなく、たった1つの真実見抜く名探偵ゼインやってるっつーの。
「うえぇ~?」
でも
しゃーなしにアリアと子どもたちの顔を見ていき、
「あん? そういや、あいつ……ターニャって?」
マスクのせいで素顔を知らんけど、すぐに俺に声をかけてこなかったことを考えると、この場にはいねーのかな。
通話中のスマホから頭を離して、アリアに確認を取れば、文字を打ち込むより早く脇の男子が、
「おくのへやでけんさちゅーだよ!」
「コンソナンスに来たら、まずやるんだ。おれたちもやったよ!」
代わりに答えたので、サンキュと礼を言い、
「あ、すんません。別に他はないんじゃ――」
「――その検査、見に行ってみてくれない?」
「は?」
聞こえてたんかい。
いやいや健康診断とかだったら、タイミング次第で事案になりかねねーんだけど。
「いやあのー、終わるまで待つ方が――」
「いいから、
んだよ、声荒げんなよな。危うく「ゼッタイ!」ってコーレスしそうになったぞ。くっそ、これだから年下は……、
「わーりやしたよ。じゃ、ちょっと見てくんでかけ直します」
「うん、よろしく! 私の方ももうちょっとしたらそっちへ合流するから」
通話終了。
つうかエレーナこっち来んのか。分析云々は終わったんかいな、色々行動はえーなあいつ。デキすぎる上司を持つのも考えもんだぞ。
しかしだ。さすがにロリッ子のけんさちゅー? に成人男子1人で突っ込むのはまずいよな……。
あ~こういう時こそ、ホタルがいてくれたら頼みやすいんだけどなぁ。
”うん! 見てくるね!”っつって、ソッコーで確認してくれただろうに。そんで、戻って報告をくれたら、何も言わずに胸の前で両手をグッと握って、”まだかなまだかな”と目で訴えてくる姿が目に浮かぶ。”よーしよしよし、偉いぞ、ホタル”、にするべきか、”おう! ご苦労さん!”にするべきかは迷う所だが、
だー、もうこうなりゃ、やむなしだ。
「あーアリア、頼むっつーか、お願い。俺どうしても話したいことあってさ。ここだとアレだから、奥の部屋ついてきて」
「えぇ~1人で行けばいい――」と言いかけた男子が、女子たちから
いや声聞こえてっからね。”ボケナスがよォ、わかんねーかなァ。2人きりにさせてあげろや”、”オメー空気読めねェなァ、こっち来いや”とか、シロッカ治安が悪いわ。
「どうぞいってらっしゃーい。わたしたち、せいしょーのれんしゅーつづけてまーす!」
女子を代表したヤツがそう言って、アリアの背中を押してこっちに近づけてくる。いい、いい、そういうのいいからマジでやめて。
とりあえずこの何故か甘酸っぱくしてこようとするのがむず
「よーし、こっちかな~、ほぅら無限の彼方へ出発進行だー」
背中でまた黄色い声を受けながら、俺たちは逃げるように奥へと向かっていく。