ルキンフォー・エム   作:來馬らんぶ

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#29 ” 'D'issonance ”

 

 

 

 聖堂の奥は、思ったより広かった。

 

 礼拝ホールの裏手に回ると、祭壇(さいだん)の背後には通路があり、その先には廊下が伸びている。左右には扉が並んでいて、"楽器庫"、"事務室"――そして突き当たりには"代表室"のプレートがかかった扉があった。

 

 なんか急に事務所っぽくなったな、おい。

 

 さっきのキラキラしたホールとのギャップがすごい。言ってみれば、光と影の影側である舞台裏に迷い込んだみたいな感覚だ。

 

 廊下の照明は控えめで、壁には楽器を持って行進する小人(こびと)たちとそいつらが演奏によって生み出す音符をモチーフにした装飾が施されている。子供たちを怖がらせないようにって配慮なんだろうが、なんつーか、病院の小児病棟(しょうにびょうとう)ですかと問いたい。

 

 とんとんと、肩を指で叩かれる。あ、そうだった。

 

「わりわり、引っ張っちまった」

 

 掴んだままだったアリアの手を離す。こくりと頷くと、アリアはスマホに文字を打ち込んで、

 

「――どうしても話したいことって?」

「あーそうな……」

 

 完全についてきてもらうための口実に過ぎなかったが、言ってしまった手前だよな……俺が周囲を確認しつつ、どうしたもんかと考えていると、

 

 

 

 

「――わたくしも、ある。話したいこと」

 

 

 

 

 言葉が続いた。 

 

 その言葉の温度に、少しだけ足が止まる。

 

 スマホの読み上げ音声は無機質なはずなのに、画面を打つ指の速度とか、こちらを見上げる角度とか、そういうものが声の代わりに感情を運んでくる。

 

 

 話したいこと、か。

 

 

 や、まぁ、正直、俺だって聞きたい。なんだかんだ2人きりになる機会もここまでなかったしな。聞きたいことは、声の件に始まり、……まぁ、それなりにある。

 

 だけど、今はそれより先にやらなきゃいけないことがあるわけで。

 

「……ああ。聞きてえよ、それ。――だけどちょっとだけタンマな」

 

 アリアが小さく首を(かし)げる。

 

「さっきの電話な。人使いの荒いエレーナからの業務命令(ミッション)でさ。ターニャが奥で、けんさちゅーだって言ってたろ、それ見てこいってさ」

 

 アリアの眉がぴくりと動いたのは見逃さなかった。

 

「どんな検査なのか知ってるか?」

 

 アリアの入力待ち。

 

「――コンソナンスに来た子は、最初に検査を受けるの。音楽の適性を見るって」

「音楽ぅ? ……それ、具体的にはどんなことすんだ?」

 

 アリアの指が一瞬止まって、また動き出す。

 

「ヘッドセットをつけて、歌をうたわせるの。それで波形を見て、その子がどのくらい"調和"の力に適性があるか調べる」

「ほぉ……”調和”の力ねぇ……」

 

 ”調和”は、この銀河の運命の1つ。

 

 運命とは、姫子に言わせてみりゃ「本質は謎に包まれていて、人間が理解できる方法で推し量ることしかできない。ある種哲学的な”概念”」だそうだが、なんだそれ、言葉が難しすぎるだろ。ギギギガコンッで理解できるように言えよな。

 

 俺の理解だと”テーマ”とかの方がしっくりくる。

 

 ”壊滅”なら、それこそ”破壊”がテーマの運命。”虚無”であれば、“むなしさ”、”ゼロ”の運命。”知恵”ならそのまんまか”知識欲”とか、”愉悦”なら”快楽”、”享楽”とかそういった”テーマ”がチラつくのが運命だ。

 

 ついでに流れでもっというと、そんな運命の”テーマ”いずれかに由縁(ゆえん)があったり、信じたり、実践する者のことを、人生という名の道になぞらえ「運命の行人(こうじん)」と言ったりもする。もちろん本人の意思が重要なんだろうが。

 

 「運命の行人」はその”運命の道”からわずかながら力――虚数エネルギーを引き出すことができる。

 

 言ってみりゃ、これが()()()()()()()()1()()ってところか。これが運命を完全に掌握する星神(アイオーン)なら”レベル3”。そして、間に入る”レベル2”が、星神(アイオーン)から直接力を授かった者――「使令(しれい)」だ。

 

 引き出せる力の量を仮に水で例えるなら、「運命の行人」がコップ1杯の水、「使令」が川、「星神」が海ってぐらいケタが違うらしい。インフレあるある。

 

 ……長くなったな、話を戻そう。

 

 ほんで”調和”だが、別名で”ハーモニー”と称されることもあるくらい音楽や歌と深い繋がりがある力だ。……簡単に言やぁ、争いなり乱れをなくし、万物を調和させて1つになろうとする力。平和万歳でラブ&ピース的な。

 

 (つかさど)星神(アイオーン)はたしか”シペ”だったか。

 

 まぁ万物を調和させるっつっても、スケールがデカすぎてピンとこねーな。調和に限った話でもねーけどさ。

 

「――コンソナンスでは、紛争で心に傷を負った孤児たちの中から、”調和”の力に適性がある子を見つけて、歌のレッスンを通じてケアしてる。適性が高い子ほど、歌うことで心が安定するから、って」

「なるへそなるへそ」

 

 それで聖堂で歌の練習をさせてたのか。歌うにはマスク外さねーといけねぇしな。一応スジは通ってる。

 

 だがそうなると、もう1個聞きたくなるのが人情ってやつで。

 

「じゃあお前は? ここで教えてるってことは、お前もその――”調和”の力、持ってんのか」

 

 アリアの指が、今度はわかりやすく止まった。

 

 数秒の沈黙。それからゆっくりと、

 

「――……うん」

 

 短い返答だった。打ち込むのに時間がかかった割には、たった2文字。そこに込められた重さを察する程度の機微(きび)は、さすがの俺でも持ち合わせている。

 

「そっか」

 

 迷う。

 

 これ以上はまだ踏み込まないの方が得策か? 相手が言いたくなさそうなことは、こっちから掘らない方がいいこともある。無理に聞いたところで、出てくるのは本音じゃなくて建前だし。

 

「……あー、検査ってどこでやってんだ?」

 

 話題を戻すと、アリアが廊下の左手を指さした。さっき通り過ぎた扉にかかっていたのは――"検査室"のプレート。あれれー、見てたのに素通りしてましたわー。

 

 観察力、改善の余地(ノビシロ)ありますねぇ。名探偵ゼインへの道は思ったよりも遠いかもしれない。ネクストゼインズヒーント、”フシアナ”。

 

 ちょいちょいとアリアを手招きして、2人で検査室の前に立つ。

 

 扉に耳を寄せると、中からかすかに電子音がしている。

 

 検査中、か。まぁアリアの話からすると事故りうる身体検査ってわけでもなさそうだが、ノックするのもアレだし……と考えていると、アリアがスマホを打つ。

 

「――ドアに鍵はかからないはず。入っても大丈夫」

「マジのすけ? さすがアリアせんせー」

 

 んじゃ遠慮なく、と控えめにドアを開ける。

 

 中は――なんつーか、手作り感がすごかった。

 

 廊下から続くように壁一面の音符と楽譜のモチーフ。パステルカラーで統一された室内は、廊下の小児病棟感をさらに煮詰めた感じだ。

 

 奥にはベッドとソファ、手前の壁には色とりどりの楽器が描かれたポスター。そして部屋の中央には大きめの椅子があって、座面のクッションがやたらふかふかしている。

 

 そのふかふかに、ちょこんと座っているのが――おそらくターニャだった。

 

 ヘッドセットのような機器をつけられて、目をつぶっている。口元がかすかに動いていて、何か小さく歌っている――のか? 音は聞こえないが、唇の動きがそう見える。防音というか反響音対策がしっかりしてるってことなんかな。

 

 さっきアリアが言ってた通り、ここは”調和”の力を測る場所だってんなら、色々”音”に対しては考慮されているのかもしれない。

 

 あのゲートで泣きじゃくってた子どもが、ちゃんとこうして椅子に座って、検査を受けている。

 

 母親を目の前で亡くしたばかりだってのに。子供ってのは、強いのか、それとも——まだ理解したくないだけなのか。

 

 どっちにしろ、胸が痛むことには変わりない。

 

 そして、

 

 

 ――ターニャの正面に、見覚えのある車椅子と漆黒のフルフェイスマスクがあった。

 

 

 ビョルンだ。

 

 

 ……ん?

 

 

 いやちょっと待て。

 

 あいつ、さっきまで黄泉のねーちんのとこにいなかったか?

 

 俺とアリアが聖堂に入ったとき、ビョルンはまだあっちで黄泉のねーちんと話し込んでたはずだ。それから――いや、どんだけ経った? 

 

 おチビたちと車座になって、好きなタイプがどうのとか、ルアンねーちゃんから電話が来て、エレーナから電話が来て。俺たちは入り口にいたから、そこから入ってきたなら流石に気づくよな。

 

 ……まぁ、向こうはここの主だ。その間に俺の知らないルートで移動してきたって言われたら、それまでっちゃそれまでだが。

 

 けど、何かが引っかかる。

 

 タイミングが妙に良すぎるというか。会話をやめてここに来て、もう検査の途中まで進んでるってのは、ちょっといくらなんでも展開が早くないか。

 

 マスクのせいで表情が読めないのが、余計にそう感じさせるのかもしれない。フルフェイスで常時ノーヒントって、人狼の初日吊りでも鬼畜仕様だろ。おめーが狼だ、知ってんだぞ。いや知らんけど。

 

 ビョルンがこちらに気づいて、ゆっくりと顔を向けると。

 

Σ(´Д`;)

 

 やはり、顔文字が表示されてから、

 

「――ややっ、驚かせないでください」

「——あんた黄泉のねーちんとのおしゃべり終わったのか?」

 

 発言がかぶった。

 

「先ほど終わりました。レディはお疲れのようだったので、今はまたお眠りになっています」

 

 声は変わらず穏やかだ。マスク越しでも、その柔らかさは伝わってくる。

 

「にしては、こっち来るの早くねーか?」

「それはアレです。車輪の力ですね」

 

 わざとモーター音を立てて、器用にその場でくるりと一周してみせる。いや、そこまでしろとは誰も言ってねーんだわ。

 

 ……疑問は収束してないが、追及してもはぐらかされ続けそうだった。

 

「あなたの方こそ、こんな奥まった所まで見学ですか?」

「——えっと……ちょっとその子の様子が気になってて探してたんだよ。港で色々あったしな……」

「ああ、なるほど。港区画(ポートエリア)でアリアとターニャさんを助けてくれた方ですものね。重ねて感謝を述べたいと思います」

 

 そのセリフ、さっきも聞いた気がするぞ。コンソナンスに着いたとき、ビョルンに最初に会ったときも、同じことを言われた——よな?

 

 なんか見た目もさることながら、うさんくせーんだよな。こいつ。

 

 黄泉のねーちんのことをレディとか呼ぶあたりが特にそう。もしも星核ハンターファミリアにいて、カフカさんをそう呼ぼうものなら、ノヴァイレイザーがノータイムで炸裂していた。

 

「検査は順調ですよ。もうすぐ終わります。よろしければ、そちらでお待ちください」

 

 ビョルンが壁際のソファを示す。お言葉に甘えて腰を下ろすと、アリアもその隣に座った。

 

 検査の様子を眺める。ターニャの前に設置された小さなモニターに波形が表示されていて、ヘッドセットから拾ったデータがリアルタイムで流れているらしい。ビョルンはその波形を時折確認しながら、手元の端末に何かを書き込んでいる。

 

 エレーナに”見てこい”と言われたものの、率直に言って、俺にはさっぱりわからん。

 

 さっきアリアから聞いた話だと、歌をうたわせて”調和”の力の適性を測るってことだったが、モニターの波形がどうなったら適性が高くてどうなったら低いのか、見当もつかねーわ。心電図とかならまだなんとなくわかりそうな気がするものの、これは完全に専門外だ。

 

 ちらりとアリアを見ると、さっきまでとは打って変わって真剣な目でモニターを見つめている。流れてくる波形の意味が、こいつにはわかるんだろう。”調和”の力を持ってるって自分で言ってたもんな。

 

 音楽の適性検査ってこういうもんなんか、とぼんやりと眺めていると、ターニャが目を開けた。きょろきょろ周囲を見回すとこちらを見つけて、ぱっと顔が明るくなる。

 

「おにーちゃん!」

「よぉ。痛くねーか? それ」

「ぜんぜん! なんかね、お歌うたうとキラキラするの、すごいんだよ!」

 

 ヘッドセットを撫で、嬉しそうに足をぱたぱたさせている。こういうの見ると、変なことを考えず、とっとと会いに来てやりゃあよかったって素直に思う。

 

 港区画(ポートエリア)で会ったときは、目の前で母親を失って、泣き叫んで、アリアに抱きついていたこの子が。少しでも笑えてんなら、いいんだけどさ——

 

「ターニャさん、もう少しだけ我慢してくださいね。最後の測定がありますから」

 

 ビョルンが優しく声をかけると、ターニャは"はーい"と素直にヘッドセットに手を添えた。いい子だな、お前。この聞き分けの良さは、どっかの(せい)さんに見習わせたいくらいだ。

 

 最後の測定が始まる。

 

 ターニャが目を閉じて、何かを口ずさむ。

 

 モニターの波形が、大きく揺れた。

 

 前の測定とは明らかに違う。振幅(しんぷく)が段違いだ。素人目にもわかるくらい、波形が画面の端から端まで暴れている。

 

 ビョルンの指が端末の上で止まった。ほんの一瞬。それから何事もなかったかのように、記録を続ける。

 

 端末に書き込む文字が、さっきより少し増えた気がする。気のせいかもしれないが。

 

 俺は――正直、その一瞬の意味がわからなかった。

 

 だが、

 

 

 隣のアリアの——空気感が変わったことを悟る。

 

 

 ふと視線を横にやって、息が詰まりかける。

 

 元々白かったアリアの顔から、さらに血の気が引いていた。瓶底眼鏡(びんぞこめがね)の脇から覗く瞳が大きく見開かれ、口元がわななくように震えている。膝の上のスマホを握る指が白くなるほど力が入って、画面にヒビでも入りそうだった。

 

 視線はモニターに釘付け。まるでそこに映っているものが、信じたくない何かだとでもいうように。

 

「……おい、どした?」

 

 小声で呼びかける。

 

 アリアの顔が、ゆっくりとこちらに向いた。

 

 そして俺の手へと伸ばされたアリアの手から伝わってきたのは

 

 

 

 

 

 ――(おび)え、だった。

 

 

 

 

 




▼おまけ▼
「て、天才クラブ2人……おのれ、許さねえぞ……よくも俺様をここまでコケにしてくれたな。Xしてやる……Xしてやるぞ、スティーヴン・ロイド」←何か見た誰かさん
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