「――ほんでさぁ、お前らどう思う?」
自室のソファでゴロ寝しつつ、俺は両手の親指を動かしていた。
画面上では、3Dのキャラが渓谷フィールドをジグザグに走りながら、アイテムと弓矢で前衛のメンバーを支援している。
――そう、意外かもしれないが、前世と比べて高度に発達した技術が存在するこの世界にも、みんな大好きなスマホが存在しており、同じようにメッセージのやりとりや、ネットサーフィン、ゲームといったことが可能だった。
なんだかんだ暇つぶしにはもってこいなので、星間移動中にこうしてときどきゲームをやっているのだが、見知らぬ他のプレイヤーたちと協力や対戦を行ううちに認知しあい、コミュニケーションを取りたくなることもままある。
そんな時は、お互いがフレンド登録するとボイスチャットなどが解禁するので、今のプレイはどうだったーだの、新しいボスモンスターが追加されたーだの、
そうして段々仲良くなったヤツらと組んだチームで、本日はレアドロップ狙いのマラソンをしつつ、話題の一つとして持ち出したのが、俺の現在の状況に関する相談だ。
具体名称こそぼかしつつ、のっぴきならない事情により故郷を離れ、現在幼馴染と旅をしている状況。
しかしながら、そもそも俺の旅の目的と彼女の旅の目的が異なるので、そろそろ離脱して別々の道を歩みたいのだがどうしたもんかね? と、
いあいあ『出てけばいいんじゃないの?』
シルヴァ『右に同じだね』
シング『アネモネさんの意志が一番かと思うな』
アネモネ『ったく、どいつもこいつも適当な返事だな、俺は真剣に相談してるんだっつうの』
このゲームのボイチャ機能は便利なことに、しゃべると勝手に字幕を作ってくれる。うっかり聞き逃しても大丈夫な安心設計だ。
ちなみにアネモネというのは、俺のプレイヤーネームである。姉萌えという、
シルヴァ『アネモネの話を聞いてるとさ、その幼馴染も
いあいあ『たしかに、こんな歳上好きに対して妹的立場だもんねー』
シング『ふふ、妹の立場としてはなんだか複雑な気分』
シルヴァ『あー、シングって、妹属性持ちだったもんね』
そうなのよな。
アネモネ『おい、聞き捨てなんねーぞ。何度も聞くんですけど、あのぅー、シングさんのお姉さんはお姉さんですか? てかお姉さんになりませんか?』
いあいあ『めちゃくちゃ頭悪い質問してる……』
シルヴァ『他人の家庭をTSさせんのやめた方が良いよ』
シング『ごめんなさい、何度も言うけれど、兄です』
アネモネ「はい解散。解散でーす、乙」
とまぁ、リアルでは会ったこと一度もねーけど、……いやだからこそなのか、結構この三人とはあけすけに話し合う仲だったりする。
それに声を一聴すればすぐにわかるが、まさかの俺以外全員女子である。ただしボイチェン使って、
だが、3人とも大人の色気を感じさせるような成分がないし、なんとなく感じる言葉遣いとかからしても、おそらく俺よりは若い女の子たちなのだろう。ちくしょう、これではゲームをきっかけに〜的なアプローチもできん。クソが、壁殴りそう。
シルヴァ『てか、逆に何を悩んでんの? 大事な幼馴染を1人残していくのがぁーって感じ?』
シング『無理もないわ。お話を聞いてるとお似合いの2人だと思うから。なんだか、うらやましい』
こいつら、年下のくせに好き放題言いやがって……、
ただ、さすがに姫子一人を残して
なんだけども、その
アネモネ『まぁそれもねぇこともねぇけどさー、うお! レア出た! 最近男の仲間も増えたし、』
いあいあ『――ほぅ?』
シング『!?』
シルヴァ『くわしく』
ポロッとこぼした言葉に、スピーカーの向こうの雰囲気が明らかに変わったのが伝わってきた。てか食いつきスゲーなオイ。俺のレアドロ報告かき消されたんだけど。
仕方ないので、あくび混じりに続ける。
アネモネ『簡単に言うとあれだ。例の幼馴染の、俺の知らない過去のことをなんか知ってるっぽくて、身長も高ぇし、頼りがいあるし、気配りできて優しいし、なのにドSプレイが似合いそう〜な、メガネの似合うクソイケメンだよ。しかも声もかっけぇ、アニメも作れる。そして何より——その幼馴染のこと、好きっぽいわ』
シルヴァ『こういう時なんて言えばいいんだっけ?』
シング『お役御免ですか? それとも噛ませ犬かしら』
いあいあ『BSS!』
シルヴァ『それだ!』
こいつら、ほんとにチームだったのか疑わしくなってきたんですけど。……え、それって、もしかして俺を除くチームとしてはサイコ~ってコト!? ここからパーティ追放系始まっちゃう。
アネモネ『まぁ言いたいことは一杯あるが、もういいわ……。とにかく。クールに去るには頃合いかと思ってんだよ。なんかいいアイディア募集なう』
いあいあ『手切れ金でもあげたら?』
シング『それでも……やはり正直に伝えてみた方がよろしいんじゃないですか?』
アネモネ『いやーどっちもキツいわ。ぜってーこじれ、
シルヴァ『あるよ』
鶴の一声に、息を呑む。
アネモネ『……シルヴァさま、教えて』
あまり期待はしてないが、ひとまず
シルヴァ『うん。アネモネには貸し1として、教えてあげようかな。それじゃあ、まずは————』
★ ★ ★
男の名は、
——ヴェルト・ヨウ。
本当の名は”ヨアヒム・ノキアンビルタネン”といういかにも噛みそうな名前だが、現在はその名を名乗っておらず、先代より受け継いだ、彼の故郷では「世界」を意味する”ヴェルト”を用いている。
彼の前の世界での活躍については、ここで語るべき物語ではないため割愛するが、彼は異なる宇宙からの来訪者、紛うことなき異邦人である。
紆余曲折の果て、この世界にたどり着いた彼は乗っていた宇宙船の燃料切れによって、広大な宇宙空間を漂流していた。そこに偶然通りかかった星穹列車によって、からくも命を救われる。
そして、ある出会いを得るに至る。
最初は
赤い長髪をたなびかせる女性。自分がもし知っている人物と一緒ならば、その名は——
——姫子よ。
そう名乗った彼女に、ヴェルトは困惑する。
自分の知っている、そして探していた人物と名と顔が一致。天上の人の母艦でデータを見ていたとはいえ、本当にそんなことがあり得るのか。
しかし会話を重ねるうちに、ヴェルトの知っている姫子とこちらの宇宙での姫子はやはり異なることを悟る。かつて
この世界の姫子はヴェルトの元の世界の姫子と平行同位体。すなわち、平行世界の同一存在。より陳腐かつ簡単な言い方をすれば、「マルチバース上の存在」が正しいだろうか。
別の世界で異なる運命をたどった存在。
ヴェルトの知っている元の世界の姫子は、彼の知る限り、決して幸せな人生を歩めたとは言えなかった。
皮肉な運命により、科学者となる夢を諦め、「崩壊」現象との戦いに身を投じざるを得ず、その果てに命をすり減らし、散っていった。
だが、今目の前に立っている彼女はどうだろうか。
少なくともヴェルトの目には、
科学者となる夢を叶えた、幸せな運命を彼女はたどっているように見えた。
ただし、1つ明確に異なる点もあった。
姫子のかたわらには、ゼインと名乗る1人の青年がいたのである。
ヴェルトの以前の世界での記憶にはない存在。異物。
それ故にヴェルトはコミュニケーションを積極的に図る。初対面からさほど間がなかったため、若干というよりかは、かなり警戒された。それでもめげずに、何かにつけて会話の機会を重ねていった。
そんな折、
「——ヴェルトさ。なんかお前と一緒に宇宙船に乗ってた
「もちろんだ。どちらかというと、俺は姫子さんにとっての君の存在がなんなのかを知りたい」
「――ん? ……あ〜、……あー、はいはいはい、なるほどなるほど……」
”すべてわかりました”と言わんばかりの顔をしてから、ゼインは、
「大丈夫だから。ただの幼馴染だし。俺、年上好きだから」
「——? すまない、どういう」
「任せとけ任せとけ。ちょうど良かったし!」
気づけばパーティー車両のバーカウンターで、ヴェルトはなぜか機嫌を良くした彼と肩を組んで酔っ払いながら歌っていた。
この年になっても友人が増えるなんて夢にも思っていなかったし、何より新しい世界にたどりついて初めての友人だった。だからだろう、つい楽しくなってしまったのだ。
同時に理解する。今の彼女の幸せの一端を彼が担っているというのなら——、
——星穹列車のメインスペースであるラウンジ車両に一同は集まっている。
「よし、姫子、ゼイン、ヴェルト、全員揃ったようじゃな! それでは
3人を見回しながら、車掌のパムが宣言した。
「1ついいか? その、跳躍航路会議ってのはなんなんだ?」
至極もっともなヴェルトの疑問にゼインが答える。
「まぁ簡単に言うと、アレだ。この列車の次の行き先を多数決……という名のほぼ全員の合意を持って決める、そのための議論だな」
「なるほど……」
その説明に頷いていると、ついでにとばかりに姫子が言葉を続ける。
「せっかくだから、そうね、開拓者の信条についてもあんたに教えておくわ」
仲間に加わったばかりのヴェルトに対して、これから立派な開拓者となる以上、基本となるマインドセットを伝えておいた方が良いと思ったのだろう。
『開拓者の信条』
一、運命の盛衰に惑わされず、開拓者は自身の主張を持て。
二、猛り狂う荒波を前にしても、列車の乗員は常に団結せよ。
三、逆境にあろうと、悪に立ち向かえ。
四、人々に忘れ去られたとしても、決して後悔するな。
五、銀河に帳が下りたのなら、共に長い夜を照らそう。
六、困難な局面でも、前を見据えてそれを乗り越えるのだ。
1つずつ講義するように姫子が語る姿を見て、いつかの記憶がヴェルトの脳裏によみがえる。大学の講堂、黒板を背に語るのは自分で、その内容を興味深そうに聞いていたのは彼女の方だった。
「……なるほど。ありがとう。どれも素晴らしい心得だと思う。胸に刻ませてもらうよ」
素直な感想を述べて、ヴェルトは、
「とはいっても、俺は行き先といっても候補自体がまだわからないからな……すまないが、君たちに任せる」
「まぁそうなるわよね。わかったわ。次の行き先の候補なんだけど、ゼンはどう?」
「俺かぁ……そうだな、」
いったん伝えるべきか
「——プテルゲス-
「プテルゲス-
事情がわからぬであろうヴェルトに、姫子は「
「星核。それは宇宙を汚染するモノとして考えてもらって差し支えないわ。周囲のあらゆるモノを浸食し”
「そんな危険な代物がはびこっている星ということか……現状、何か打つ手はないのか?」
「残念だけどないわね……、壊滅を除くどの派閥も苦慮しているから研究は進んでいると思うけれど」
首を横に振る姫子にヴェルトも押し黙る。すまないと一言謝って、ゼインに続きを促す。
「ナナシビトが再始動したっていうのが徐々に広まってきてんのか知らねーけど、実は、そのプテルゲス-
スマホを取り出すと、ゼンは音声とホログラムデータを再生する。ぼろきれのようなフードをかぶったおそらくは女性が、そこには映り、
「——この星は狂っている。——この星は、何もかもが狂っている。本来あるべき
ノイズの向こうから壊れたような笑い声がひとしきり続き、重い沈黙が車両内に舞い降りる。
やがて口を開いたのは、
「放っとけねーだろ。こんなん。さすがに」
ドン引きといった顔を隠さないゼインは、やおら指を3本立ててみせる。それを見たヴェルトは眼鏡を直しながら、
「……三、逆境にあろうと、悪に立ち向かえ——ということか」
「さっすが、ヴェルトくぅん。優秀」
この空気を振り払うようにゼインはおどけてみせるものの、焼け石に水といった方が正しい。姫子もヴェルトも、パムすらも、
「……わかったわ。ナナシビトとして見過ごせない。私は賛成よ」
「俺もだ」
神妙に同意する2人に、ゼインも
「全会一致。っつーことで、車掌、いいか?」
「わかった。……乗客諸君が納得しているなら、オレも異論はない! じゃが、先ほどの通信のように、プテルゲス-
へいへいと肩をすくめてゼインは、
「——命あっての、物種だからな」