むかしむかし、あるところに、
おとこのこと、おんなのこの
ふたりのきょうだいがいました。
きょうだいはとてもなかがよくて、
どんなしれんがなんどもかれらをおそっても、
手をとりあい、おたがいのなみだをぬぐい、
はげましあって、
たくましく生きていました。
なげきやかなしみにあふれた、
くらい夜がつづくせかいでも、
ふたりは、自分たちのしんじる、
だれもが平和にくらせるせかい、
そんなほんとうのらくえんをいつかつくろうと、
やくそくしあうのでした。
でも、そんなあるとき、
ふたりがくらす家のにわさきで、
親にすてられ、今にもきえてしまいまそうな、
――ハーモニーピジョンのひなを見つけました。
そのからだは とてもちいさく、
はえている毛もまばらで、
ほんとうなら、きれいなこえで歌うはずなのに、
そのひなは、いきをするだけでも、
せいいっぱいのようでした。
かわいそうに思ったふたりは、
クッションをもってきて、
そのひなをやすませようとしました。
ですが、きせつはとてもさむい冬で、
にわには、おなかをすかせた虫や、
動物たちがうろついていたのです。
きっとこのままひなをここに置いていけば、
このいのちは、つみとられてしまう。
ふたりはまよいました。
どうすればいいのだろう、と。
……けっきょく、
ハーモニーピジョンのひながせいちょうして
いつか自分で空をとべるようになるまで、
とりかごをつくって、
家のなかでかうことにしました。
さいしょはぐったりとしていたひなも、
ふたりがまいにち、
いっしょうけんめいおせわをしたおかげで、
やがて元気なすがたを、
とりもどすことができました。
そして、
そのころにはふたりのきょうだいも
こどもからおとなになっていました。
きょうだいのおんなのこのほうが、
いつかのやくそくをかなえるため、
家をでることにした、その日。
ふたりはハーモニーピジョンの
とりかごをあけはなち、
空にかえすことにしました。
ですが、ハーモニーピジョンは、
なかなかとりかごから出ようとしません。
なんどもいいきかせると、
ハーモニーピジョンは
かなしいかおをうかべて鳴きました。
そして、ようやくはねを広げて、
とりかごの中からでていくのでした。
ハーモニーピジョンが、その後、
どうなったのかはだれもしりません。
――ほんで?
――ううん、おはなしはそこでおしまいなの。
――いやいや、打ち切りエンドすぎるだろ……。
――わたくしは……きっとそのハーモニーピジョンは、飛び立つことができなかったんじゃないかって思う。
——ああ、まぁ、なぁ……。
——だから、そのおはなしのふたりのきょうだいは今も迷ってるかもしれないわ。そのハーモニーピジョンにとっては、クッションの上にいるべきだったのか、それとも鳥かごの中にいるべきだったのか。どちらが、正解だったのかって。
——なんで……俺にその話をすんだ?
——あなたなら、どう答えるかなって。気になったから。って、あっ、……ごめんなさい。もうこんな時間。今日は、すごく楽しかった。
――んだな! たまには2人クエストってのも新鮮だった。ドロップも4等分じゃねーし。つーか……ここんとこ、なんかお前すげー忙しいんじゃねーの? ヤだぞ、回線切って倒れてるとか。何してんのか知らねーけど、無理はすんなよ。
――ふふっ、兄様みたい。大丈夫。自分で選んだ道だから。でも……、
――でも?
――……たまには、その、今日みたいに色んな話を聞いてほしいなって。
――いや今日が初じゃねーし、むしろ時々聞いてやってんだろ……あーあ、シングのお兄様がお姉様ならなぁ。んでもって、歳が離れててほしい。したら、これをキッカケに紹介してもらうこともやぶさかじゃねーのによぉ。
――…………あほー。
――もしもし、シングさん? そっちなんか
――どうかしら。……でも、ほんとに今日はここまでみたい。いつか……、
――いつか、答えを聞かせてね。
——アネモネさん。
★ ★ ★
――震えるアリアの手を放っておくわけにもいかなかった。
一体全体何が見えたってんだよ。あの波形に。と聞きたいのは山々だが、検査室の中にはビョルンもターニャもいるわけで。
さすがに今すぐここで聞くのはマズい。
マスクのせいで確証はないが、ビョルンがこちらに視線を向けてることを祈りながら、
――しゃーねぇ、伝家の宝刀を抜くしかねぇ。
「あーっとさ、
名付けて、”Q. 先生、トイレ⇒A. 先生はトイレではありません”作戦である。うーん、これ我ながら雑過ぎる。
だがビョルンは一瞬の間を置いて、
「ああ、どうぞ。まぁ廊下を戻ってすぐそこですが。アリア、ご案内を頼めますか」
いまだに水面に一切波紋が立っていないような穏やかな声のままだった。
バレバレの嘘を見抜かれたのか、そもそも気にしていないのか。どっちにせよエレーナには検査見てこいとしか言われてねーんだ、これ以上ここにいる理由はない。
「ざっす。ターニャ、またなー」
「ばいばーい!」
ヘッドセット越しにターニャが手を振る。微妙に方向が合ってない感じだが、ご
アリアの背中にそっと手を添えて、足早にならないよう注意を払いつつ検査室を出る。廊下に出た瞬間、アリアの肩からわずかに力が抜けたのがわかった。
だが、まだだ。ここは廊下で、声は検査室まで届きかねない。
「えーあー、こっちなんだー」
棒読みで言って、隣の扉に手をかける。"楽器庫"のプレート。鍵はかかっていなかった。
中は、……まぁ名前の通りだ。
壁際にケースに入った楽器が何本か立てかけてあり、棚には予備の弦やら譜面台やらが雑然と並んでいる。窓はなく、照明は天井のライトひとつだけ。学校のほにゃらら準備室みたいな、いい意味で誰も来ない雰囲気がある。
扉を閉めてから、背中を扉に預けて、アリアに向き直る。
「おい、大丈夫か? なんか顔色ヤバかったけど。あの波形、何か見えたのかよ」
気遣いつつ問えば、アリアが握ったままだったスマホを文字を打ち始める。その指もまだ震えている。
何度か打ち直してから、ようやく画面をこちらに向けた。
「――あの検査、何か、おかしい」
読み上げの無機質な声が、狭い部屋に転がった。
「……おかしい? いつもと違ったってことか?」
「――うん。わたくし、前にも検査を見たことがあるの。ここに来たばかりの子が受けるのを」
アリアの指が画面を走る。
「その時は、ヘッドセットをつけて歌って、波形を記録するだけだった。機器もヘッドセットとモニターぐらいで、すぐ終わった」
「……マジか。さっき色んなもんあったぞ」
「うん。機器が多すぎで、手順も長かった。それにあの波形が出たとき、ビョルンさんの手が、止まった」
その瞬間は、俺も見ていた。
ほんの一瞬ではあったが、端末の上でビョルンの指が止まったんだ。
あれは、おそらく何かを確認したような間だった。
「"調和"の適性を見るだけなら、声や脳の波形を拾って数値化すればいいわ。でもさっきのは、そうじゃない」
「……じゃあ、何が」
意を決したように、スピーカーを震わせた内容は、
「――あれは"調和"の力を
——増幅。
その言葉が頭の中で引っかかる。
「……つまり、ターニャが持ってるかもしれない”調和”の力を強くしようとしてたってことか? なんで?」
「——理由はわからない。でも、どうして……」
アリアの指が止まった。止まって、震えて、また動き出す。
「わたくしが知ってるものと、似てる。昔、"調和"の
言葉が途切れた。スマホをお守りのように胸に抱いたまま、唇を噛みしめている。
増幅に修練ね……、難しいことはわかんねぇ。
ただアリアが言うように、いつもの検査とやらと違って、”調和”の力の計測じゃないのかもしれない。
かもしれないが……たまたま違っただけということも大いにありうる。
だが、今にも泣きそうなその顔を見させられたら、
「……アリア」
名前を呼ぶと、両肩がぴくりと動いた。
「お前の言うこと信じるわ。だから、ここにいろ。俺ちょっとアイツに聞いてくる」
”どういうつもりだ”と、ビョルンに直接問いただす。
大恥かいて、おもくそご機嫌を損ねるかもしれないし、変な方向にコトがこじれて、エレーナや引いてはジェイドお姉様まで迷惑がいくかもしれない。
けどよ。
上等だ。そうなりゃ、土下座でも何でもしてやるよ。
アリアに背を向け、検査室に戻ろうとして——、
「――
「なんだ――ぃよ?」
あ。
やば。
気づいたけど、時既に遅し。
正解は「なに? 誰だそれ?」だっただろうが。
完全に流れで振り返って、反応してしまっていた。
「――シングって名前。覚えてる?」
おおう、直球でトドメさしにくるじゃん……。
何でバレたんだという思いもあるが、いやもうバレたのなら仕方ねぇ。
眉を揉み込んで、少しだけ悪あがきをして——ここがタイミングかと、腹をくくる。
「ぃよう、シング。ひっさしぶりだ——ちょっ!?」
言葉の途中で胸に飛び込んできて、抱きつかれた。
ちょちょちょちょちょ、なにこれ。待て待て、男子憧れの放課後の準備室で女子と
しかし、俺の動揺なんてまったくお構いなしに、
鼻をすすり、口からは声にならない息が漏れ、
淡い、空色の前髪から見えたその顔はやはり——、
「シング……いや、お前は——あのロビン、で、いいのか」
俺の胸の中で、
銀河の歌姫から頷きがゆっくりと——返ってくる。
「落ち着いた……かよ?」
感情が決壊してしまったご様子のロビンを抱いたまま、大昔に号泣する姫子へしてやったように背中をしばし優しいリズムで叩いてから、俺は問いかける。
それをきっかけにロビンはゆっくりと俺から離れ。ぶんぶんと頷いた。
顔面は火が出そうなくらい赤くなっており、慌てて落ちた眼鏡をわざとらしく”メガネメガネ……”といわんばかりに四つん這いになって探し回りながら、発見するやいなや、すぐにまたかけ直そうとして、——思いとどまる。
あざと……いやまぁ、俺もたいがい恥ずかしかったんですけど。
つーかどうしよ、おチビたちに今の見られてたら。
一生レベルでこすられつづけるだろ……”セキニン!”コールが女子陣から湧き起こるのが脳内再生余裕です。念のために周囲を確認しとくか、いや扉を背にしている以上、大丈夫か……。
なんでもいいから空気を変えたくて、というより暑くて、まだ熱が残っていく気がする胸元をパタパタしてると、ロビン——いやここはあえてこう言うべきか、
「どした?」
アリアの指がまたスマホの画面を叩き始めた。
今度は、さっきまでの切羽詰まった打ち方じゃない。おそるおそるというか。一文字打っては消して、また打って消して。
やがて、確定を押すようにタップし、
「聞いていい?」
短い。たったそれだけなのに、その5文字にやたらと重力があった。
「……ああ。いいぜ。言ったろ、俺もお前に聞きたいことがあんだ」
声に出すとほぼ同時にアリアの指が動き出す。今度の文章は長かった。
「ずっと、ずっと、心配してた。幼馴染の人と別行動をしたいから一芝居打つって聞いて、」
——ギクゥッ&グサァッと胸にトゲがぶっ刺さる。
ああ、嫌な事件だったね、まだ見つかってないんだろ、そいつ……。
「そしたら、それを最後にゲームにも来なくなって。みんなで何かあったんじゃないかって」
アリアの肩が震える。
やばい、これはやばいぞ……思ってたよりもすげー心配かけてったぽい。銀狼がたしかにそんなことを言ってたけど、たしかに俺ももう少し心配されたい的なこと言ったけど!
「連絡も取れなくて。生きてるか、死んでるかも、わからなくて」
指が止まった。アリアは下を向いて、袖で顔をぬぐう。
やっちまった。泣かしちまったよ。
――ずっと心配、か。
「……悪かった、ほんとごめん」
出てきた言葉は、それだけだった。
こういう時に限って、もう少し気の利いたセリフが出てこない。
「……その、ほんとに色々あってよ。環境がガラッと変わって、人間関係も全部リセットしねーといけなかったんだ」
もちろんスマホがぶっ壊れたという言い訳も出来るが。とどのつまり、アリアたちとの関係を捨てたことに変わりない。
取り戻すことも本気でやればできたかもしれない。だけど、自分で選んで、捨てたんだ。
それが事実だ。
「俺は、自分のことしか考えてなかった。ごめん」
頭も下げる。
天井のライトが、じじ、と小さく鳴る。
これは俺が悪い……ただ、そうだとしても、これは伝えないといけない。
「――でも、お前らとゲームしてた時間は、すっげー楽しかったよ。それは本当だ」
他人から見りゃ現実逃避の一種で。なんでそんなことに夢中になるのかわからんと冷笑されるかもしれない。
でも、なんつーか、前世でガキの頃に学校が終わって、友達ん家に押しかけて騒ぎながら日が暮れるまでゲームしてた時のような、そんなもう絶対に手に入らない光景をまた味わわせてくれた時間だった。
さらにアリアの肩が震えた。声が出せないから、感情の発露として泣くことしかできないんだろう。
だけど、その沈黙の泣き方が、どんな号泣よりもきつかった。
スマホを握りしめたまま、身体を折り、膝の上に突っ伏すように身を縮める。肩が小さく上下するたびに、こっちの胸がぎゅっと締まる。
「お、おい、だから、ごめんて、悪かったよ、……マジで、ほんとに、頼むから」
どうすりゃいいんだ。また背中をさすればいいのか、土下座して許しをこえばいいのか。こいつの悲しみの深さを埋め——
アリアが首を振る。違う、と言いたげに。泣きながら、震える指でスマホを打つ。何度も打ち直して、ようやく。
「――嬉しいの。生きててくれて。また会えて」
ずっこいだろ。……参った。
そう来られたら、こっちは何も言い返せないじゃねーか。
嬉しい。
その一言に込められた重さが、胸の奥にどすんと落ちる。
俺が勝手に消えて、心配かけて、それでもこいつが怒るでも恨むでもなく"嬉しい"と言ってくれることが、なんつーか、ありがたいを通り越して、申し訳なかった。
しばらく、お互いが自分の感情を噛みしめ、沈黙が流れた。
楽器庫の中は静かで、ホールの方から子どもたちの練習する歌声がかすかに聞こえていた。
アリアが取り出したハンカチで顔を拭き終わるのを待ってから、俺は口を開く。
「……なぁ」
アリアが顔を上げる。鼻の頭が赤い。
「お前さ。ゲームの中で、俺に相談してきたこと、あったよな。色々と」
アリアの手がぴくりと動いた。
「そん時はさ、正直……、あんまり深く考えてなかった。お前が何かしんどそうだなーくらいには思ってたけど、こっちはこっちで自分のことで手一杯だったし。気軽に"大丈夫だろ"とか言っちまってたかもしんねーけど」
アリアがスマホを打つ。
「――ううん、強がってたけど。あの言葉とあの時間に、救われてた」
「……そっか」
救われてた、か。
俺にしてみれば、ゲームの合間にだべってただけの会話だ。
それが誰かにとっての救いになっていたなんて、当時の俺には想像もつかなかった。
「――思い描いてた理想と現実の芸能生活は違ってて。気軽に相談できる人、アネモネさんしかいなかった」
芸能活動。その言葉で、"シング"と"ロビン"が頭の中で重なる。
あんときはスター街道をのぼっていく途中だったのかもしれないが、今や銀河の歌姫とまで呼ばれた人間が、ゲームの中で名前も顔も知らない相手に――俺に――相談するしかなかったってことは、リアルでは本当に逃げ場がなかったってことだ。
こいつさっきの言動も、ここまでの行動でもわかりきってる通り、底抜けに優しいからな……、どんな理想を持っていたのかはわかんねぇ。
でも、スーパースターの光の部分が大きければ大きいほど、よく言うだろ? 闇もまた大きくなる。プライベートは暴かれ、大衆の求める
「――あなたがいなくなって……わたくしも、色々あった」
それだ。
それを、聞かないといけない。
「何があったんだよ……その、」
一瞬だけ、検査室の方へ俺は視線を向けるが、決めた。
こっちが優先だ。
「声は——どうしたんだ」
アリアの指が止まる。スマホを持つ手へ、勇気を振り絞るように力が入る。何かを打とうとして、消して、また打とうとして、結局消して。何度も、何度も。
スマホを脇に置いて、
やがて、改めて正面に立ち、
瞳が俺を見据える。
頭巾を取る。
内側から長い髪がこぼれ、肩にかかったのを後ろに流す。
シスター服のぴったり張り付くような
首元から喉にかけて、
まるで稲妻のように斜めに走る、
——痛ましい